ホテル・旅館業界の市場動向
新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴う国内旅行需要の回復と、円安を背景としたインバウンド観光客の急増により、ホテル・旅館業界の市場は力強い回復を見せています。特に都市部や主要観光地では、客室稼働率と客室単価(ADR)がコロナ禍以前を上回る水準で推移しており、業界全体が活況を呈しています。
しかしその一方で、多くの事業者が深刻な課題に直面しています。恒常的な人手不足はサービスの質低下や機会損失を招き、後継者不在に悩む中小規模の施設では事業承継が喫緊の課題となっています。
また、施設の老朽化に伴う追加投資の必要性や、光熱費・人件費といった運営コストの高騰も経営を圧迫する要因です。こうした状況から、事業基盤の強化や成長戦略の実現を目指し、M&Aを積極的に活用する動きが活発化しています。
ホテル・旅館業界のM&Aのポイント
ポイント①:立地と施設状態(ハード面)の将来性を見極める
M&Aを検討する上で最も重要なのは、対象となる施設の立地と物理的な状態を正確に評価することです。交通の利便性や周辺の観光資源はもちろん、将来的なインバウンド需要の伸びしろや、再開発計画の有無といった観点から、そのエリアのポテンシャルを多角的に分析する必要があります。
さらに、建物の老朽化度合いや設備の状況も厳しくチェックしなければなりません。買収後に必要となる修繕・改修費用(CAPEX)の規模を事前に把握しておくことは、投資回収計画の精度を大きく左右します。
デューデリジェンスの際には、専門家による建物調査などを実施し、耐震性や法規制への適合性を含めて詳細に確認することが、予期せぬ追加コストのリスクを避けるために不可欠です。
ポイント②:収益構造と無形資産(ソフト面)を評価する
施設のハード面と並行して、収益性やブランド価値といったソフト面の評価も欠かせません。客室稼働率や客室単価、顧客層(個人・団体・国内外の比率)、リピート率といった運営指標を分析し、収益の安定性と成長性を検証します。
特に、自社サイト経由の予約比率や、特定のオンライン旅行会社(OTA)への依存度を確認することは、マーケティング戦略の自由度や収益性を測る上で重要な指標となります。また、支配人や料理長といったキーパーソンの存在は、施設の魅力や運営ノウハウそのものである場合も少なくありません。
M&A後も彼らが事業にコミットしてくれるか、従業員のスキルや定着率はどうかといった「人」に関する評価は、事業の円滑な承継と発展の鍵を握っています。
ポイント③:法務リスクと買収後のシナジーを精査する
ホテル・旅館業は、旅館業法や消防法、食品衛生法など、多岐にわたる法規制のもとで運営されています。デューデリジェンスでは、必要な許認可が適切に取得・維持されているか、行政からの指導履歴はないかなど、コンプライアンス遵守状況を徹底的に確認する必要があります。
また、財務諸表に表れにくい簿外債務や偶発債務のリスクにも注意が必要です。特に、未払いの残業代や退職給付引当金などは、買収後に大きな負担となる可能性があるため、労務関連の調査は慎重に行うべきです。
これらのリスク評価と同時に、自社の既存事業との連携による集客力の強化や、IT導入による業務効率化など、買収によってどのような相乗効果(シナジー)を生み出せるかを具体的に描くことが、M&Aを成功に導くための重要なポイントとなります。
