表明保証保険の活用方法は?売主用と買主用の加入目的、メリット

表明保証保険の活用方法は?売主用と買主用の加入目的、メリット

表明保証保険は、M&Aの表明保証のリスクをカバーする保険で、売主用と買主用の2種類があります。保険に加入するメリットを、売り手と買い手の両方の視点から解説します。補償の対象とならない免責事項についても確認しておきましょう。

表明保証とは?

M&Aでは、最終契約やクロージングの際に表明保証が行われ、契約書に表明保証条項が盛り込まれます。表明保証は『誰が』『どのような目的で』行うものなのでしょうか?

契約の目的物について真実性を保証するもの

表明保証とは、契約目的物の真実性を表明し、保証することです。M&Aでは最終契約やクロージングの際、売り手が買い手に対して行うのが一般的です。

表明保証が必要となる背景として、契約当事者の情報収集能力や調査能力に限界があることが挙げられます。

M&Aの過程では、買い手は売り手に対して『デューデリジェンス(買収調査)』を行います。買収金額に影響を与えるような内容を査定し、さまざまな問題点やリスクを洗い出した上で条件交渉を行いますが、この時点で全ての問題を把握するのは現実的には困難です。

売り手に正確な情報の開示を求め、かつ内容を保証させることは、M&A実施後のリスクを最小限に抑えるのに有効といえます。

なお、表明保証は英米法に由来するもので、日本の法律上での扱いは定まっていません。

主に簿外債務が存在しないことを表明、保証

売り手が買い手に対して行う表明保証の中には、『簿外債務』や『偶発債務』などが存在しないことを保証するものがあります。

簿外債務は、貸借対照表に計上されていない債務で、代表的なものとして、退職給付引当金・未払いの社会保険金・未払いの残業代・買掛金などが挙げられます。

また、将来的に一定の条件下で発生する『偶発債務』や、損害賠償責任が発生する恐れのある『訴訟・紛争』も、買い手にとっては大きなリスクとなります。

これらはM&Aのデュー・デリジェンスにより抽出されるべきものですが、実際は時間やコストの制約があるのが実情です。表明保証の目的は、『開示情報に虚偽はない』という売り手の保証により、デュー・デリジェンスを補完することといえます。

違反があれば契約無効や損害賠償請求など

表明保証の違反が発覚した場合、違反当事者に対して損害賠償や、クロージング前であれば契約解除を求めることが可能です。

ただし、具体的な補償条項が契約書に記載されていない場合は、訴えが認められない可能性があります。民法上の債務不履行責任の要件を満たす場合は別ですが、違反があったという事実だけでは不十分です。

例えば、『重大な表明保証違反があった場合』と記載したとすれば、『何が重大な違反にあたるのか』が争点となります。

内容を作成する際は、『表明保証条項』を設け、どんな行為や状況が違反にあたるのかを細かく記しておく必要があります。

表明保証に関する保険をかけられる

表明保証には『表明保証保険』と呼ばれる保険がかけられます。表明保証違反によって生じる経済的な損失を補填するためのもので、売り手と買い手の両方が加入できます。

表明保証保険には売主用、買主用がある

保険の種類には、『売主用』『買主用』があり、内容に若干の違いがあります。

売主用保険は、買い手から損害賠償請求された際の金銭を補填する内容です。未加入の場合、売り手は買い手に対して補償金を支払う必要がありますが、保険に加入していた場合は、買い手に対する補償金は保険金でまかなわれます。

一方、買主用保険は、売り手の表明保証条項違反で被った経済的損失を補填する内容です。売り手の違反があった場合、売り手ではなく保険会社から補償金を支払ってもらうことができます。

実際のところ、売主用保険よりも買主用保険の方が多く利用される傾向です。

国内M&Aで利用できる保険が登場

事業承継にM&Aを選ぶ中小企業が増加したことを受け、多くの保険会社では、2020年頃から『国内M&A向け表明保証保険』の販売を開始しています。

既存のM&A国内保険は、買収金額10億円以上の大型取引や海外企業との取引で用いられるケースが大半でした。

あいおいニッセイ同和損害保険や東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険などが取り扱っている表明保証保険は、引受審査のコストが低く、買収金額1億円以上の中小規模のM&A取引に適した保険料水準となっています。

かつては言語のハードルがあった

M&A保険が販売された当初は、国内企業と海外企業のM&A取引が想定されていたため、英語による引受審査が一般的でした。

国内の事業承継で保険を利用したいと思っても、莫大な翻訳コストがかかり、保険に加入する企業はごく一部に限られていたようです。

あいおいニッセイ同和損害保険や東京海上日動火災保険などが販売する国内M&A保険は、関連書類・引受審査・証券発行が全て日本語のため、保険加入を検討する中小企業が増加傾向にあります。

表明保証保険のメリット

表明保証保険は、対象会社との関係性を維持したり、交渉をスムーズに進めたりするのに役立ちます。事業承継・引継ぎ補助金の対象とされており、要件を満たせば保険料の負担が軽減されます。

対象会社と良好な関係性を保てる

売り手が事業上のパートナーである場合、損害賠償を求めると関係性に亀裂が生じるケースがあります。

もし、買い手が買主用の保険に加入していれば、被った損害を売り手ではなく保険会社に請求できるため、売り手との良好な関係性が維持できるでしょう。

一方、保険に加入している売り手は、表明保証違反時の損害賠償の不安から解放され、より積極的な交渉ができるようになります。

保険がなく、かつ補償資力もない場合、リスクが加味されて低い譲渡金額で買収されたり、M&A自体が不成立に終わったりするケースも珍しくありません。

事業承継・引継ぎ補助金の対象

表明保証保険の保険料は、中小企業庁の『事業承継・引継ぎ補助金』でまかなえる可能性があります。

事業承継・引継ぎ補助金とは、小規模・中小企業のM&Aを支援するための制度です。『経営革新型』と『専門家活用型』の2種類から構成されており、うち専門家活用型の補助対象経費には保険料が含まれています。

補助額は補助対象経費の1/2以内で、上限額があるものの、資金に限りのある中小企業にとっては大きな助けとなるでしょう。

参考:事業承継・引継ぎ補助金(令和3年度)

買い手が表明保証保険を活用する理由

表明保証保険は、買い手と売り手の両方に利点があります。買い手の場合、売り手に対して補償請求をせずに済むほか、万が一売り手から補償金が回収できない場合の備えにもなります。

対象会社への補償請求の手間が不要に

買い手が表明保証保険を活用するメリットの一つに、補償請求の手間が不要になることが挙げられます。保険に加入していない場合、売り手に対して補償請求をしなければならず、両者の間に亀裂が入る可能性があります。

売り手の抵抗によって交渉が進まなかったり、裁判に発展したりして、補償金を回収するまでには多くの時間と労力が費やされるでしょう。

保険を活用した場合、買い手は売り手への補償請求を省き、被った損害を直接保険会社に請求する形になります。売り手に請求するよりも補償金がスムーズに支払われるため、資金の見通しが立てやすくなるでしょう。

対象会社が補償できない可能性に備える

買主用の保険は、売り手が損害を補償できないときの備えになります。

補償請求をしても、売り手に十分な資力がなければ、補償金の回収は困難です。既に株式売買代金を使い果たしているケースも多いため、万が一に備える必要があるでしょう。

また、売り手の受け入れ可能な補償上限額と買い手が求める補償額に大きな隔たりがある際に、その差額を保険でカバーすることが可能です。

保険の活用を前提として、売り手側に配慮した買収条件を提示したり、責任を追及しないことを盛り込んだりすれば、M&Aの競合よりも優位に交渉が進められるでしょう。

海外企業とのM&Aにも有効

M&Aの経験やノウハウが少ない日本企業にとって、海外企業との取引には慎重になる必要があります。海外企業の中には、資金が豊富な日本企業に買収してもらうために、莫大な債務を隠したままM&Aを進めようとする企業も珍しくありません。

表明保証違反が発覚した場合、補償請求の交渉には多くの時間や労力が費やされるでしょう。保険に加入すれば、保険会社から損害を補償してもらえるため、補償請求にかかわる負担が大きく軽減されます。

売り手が表明保証保険を活用する理由

売り手が保険に加入すると、M&A後の賠償責任リスクの大部分は保険会社に転嫁されます。エスクローなしで契約ができ、売却利益が早く手に入るのもメリットでしょう。

売却後の賠償責任に縛られない

事業売却でまとまった資金が得られても、万が一の賠償責任を恐れて資金を自由に使えないケースがあります。

保険に加入すれば、買い手への補償金は保険会社より支払われるため、金銭的な負担を最小限に抑えられます。売却後の賠償責任に頭を悩ませずに済むのは、売り手にとって大きな利点といえるでしょう。

損害賠償リスクを排除した上でM&Aを実行し、当該事業から完全に手を引くことは『クリーンエグジット』と呼ばれます。

エスクロー設定なしで契約できる

表明保証保険が普及する前は、売却代金の一部を『エスクロー』と呼ばれる第三者に預託し、取引の安全性を担保してもらうのが一般的でした。代金は、エスクローで保管され、契約成立後に売り手に支払われる仕組みです。

M&Aでの代金が確実に振り込まれるという安心感がある一方で、第三者を介する分、売却資金の回収に時間を要するのが売り手側の悩みといえます。

表明保証保険に加入すれば、万が一の際のリスクを保険会社が肩代わりすることになるため、場合によってはエスクローの設定なしで契約が進みます。売り手は売却利益の早期回収が可能となるでしょう。

表明保証保険に加入するには

表明保証保険に加入するための第一段階は、保険会社と秘密保持契約を締結した上で、見積もりを出してもらうことです。加入保険を決める際は、保険料や対象取引金額、補償対象項目をしっかりと確認しましょう。

保険会社に見積もりを依頼する

まずは、複数の保険会社に見積もりを依頼しましょう。無料で見積もりを出す保険会社もありますが、保険料とは別に『見積もり費用』がかかるのが一般的です。

見積もりを出すにあたり、M&A契約のドラフトや対象会社についての情報を提供する必要があるため、保険会社との間で『秘密保持契約』を締結します。

見積書の補償金額・補償期間・保険料などを比較し、よく検討した上で1社に絞り込みましょう。表明保証保険の中には、金融機関を介してのみ販売されているものもあります。

対象となるM&A譲渡金額、保険料

保険会社を絞り込む際に必ず確認したいのが『保険料』『補償金額』『M&Aの取引金額(規模)』です。補償限度額は対象会社の企業価値の10~20%、保険料は補償限度額の1~3%前後が一般的といわれています。

例えば、あいおいニッセイ同和損害保険が提供する表明保証保険(買主用)は、2億円以上の取引規模を想定したものです。オーダーメイドのため、案件によって内容は変わりますが、補償限度が3億円の場合、保険料の目安は900万円となります。

三井住友海上火災保険の表明保証保険(買主用)も、2億円以上の取引規模を想定しており、保険料は500万円~です。売主用は1~5億円が対象規模で、保険料は300万円~となっています。

参考:表明保証保険の引受対象範囲の拡大について|三井住友海上三井住友海上火災保険

参考:「国内M&A向け表明保証保険」の販売を開始|あいおいニッセイ同和損害保険

労務や訴訟など補償対象を確認する

表明保証保険では、M&Aの全てのリスクがカバーされるわけではないため、『補償対象となる項目』の確認は欠かせません。

基本的な補償項目のみで構成された『基本プラン』と、補償範囲が拡大された『ワイドプラン』の二つを用意する保険会社もあります。

ニーズに合わせて、補償を個別にカスタマイズできるケースもあるので、じっくりと検討しましょう。以下は補償対象の一例です。

  • 財務諸表
  • 会計帳簿
  • 公租公課
  • 人事労務
  • 対象会社の株式
  • 訴訟・紛争
  • 動産
  • 債権
  • 資産
  • 契約

表明保証保険加入にあたっての注意点

規模に合った保険をピックアップし、申し込みをした後は『引受審査』が開始されます。申し込みをしたからといって、必ず加入できるわけではない点に注意しましょう。

M&Aの規模に合った保険を見つける

M&Aの規模や内容に保険が合っていない場合、保険料や引受審査の費用だけが高くつき、加入する意味が薄れてしまいます。

表明保証保険には、取引規模ごとのラインナップがあるため、保険商品に記載されているM&Aの取引金額を目安にして、案件に合った保険を探しましょう。

表明保証保険というと、これまでは取引規模が数十億、数百億という大型M&Aで利用されていましたが、近年は中小企業や小規模企業向けの保険商品も増えています。

例えば、損害保険ジャパンが提供する『シンプル表明保証保険』は小規模なM&Aが対象で、最低保険料は業界最低水準の30万円、保険金額は1000万円から選択できます。

小規模企業・中小企業向けの保険は、内容がシンプルで保険料が手ごろなため、『保険料や引受審査費用が高すぎて割に合わない』と加入を諦めずに済むでしょう。

参考:金融機関連携による国内M&A買主向け表明保証保険販売開始|損害保険ジャパン

保険引受には審査がある

表明保証保険に加入するためには、保険会社の『引受審査』をクリアしなければなりません。

M&Aでは、保険会社が選任した弁護士によって、契約書や表明保証、決算書類などが細かくチェックされます。審査にかかる弁護士費用は、申し込み者の負担となる点に注意が必要です。

審査の終盤では、M&Aの実現可能性を判断するため、申し込み者・保険会社・M&Aアドバイザーによる『電話会議』が行われます。

M&Aの動機や進捗、デューデリジェンスの状況などについての質疑応答が中心となるため、スムーズな受け答えができるように準備をしておきましょう。

補償の対象とならないケースもある

表明保証保険には免責事項(Exclusion)があります。免責事項に該当した場合、表明保証違反があっても補償の対象外となる点に注意しなければなりません。

デュー・デリジェンスが不十分だった場合

買い手が被保険者となる買主用保険においては、『デュー・デリジェンスで調査が不十分だった事項』が免責事項です。

デュー・デリジェンス(DD)とは、対象企業の価値やリスクを正しく把握するための買収調査を指します。代表的なものには財務DD・法務DD・税務DDなどがあり、売り手の協力の下、買い手の担当者と各分野の専門家が調査を進めます。

DDが十分に行われていない事項は、保険会社としてもリスクの有無や程度が判断できないため、免責事項とされるのが一般的です。また、『デュー・デリジェンスの調査範囲外の事項』も免責事項となります。

認識していたリスクなども免責に

『被保険者やM&A担当者が認識していたリスク』は免責の対象です。例えば、売り手から提供された情報の中に、明らかな計算ミスや申告の未提出があった場合、既知のリスクとして扱われる場合があります。

経営計画や過去実績などから明らかに予測できるリスクや、M&A契約書の価格調整条項に反映されているリスクについても補償はされません。

一方、表明保証違反があると知っていながら、売り手が買い手に事実を開示しなかった場合、買主用では保険金の支払い対象となりますが、売主用では免責事項となります。

まとめ

表明保証保険は表明保証違反によって生じる損害を補填するためのもので、売り手用と買い手用の2種類があります。

中小企業の事業承継でM&Aが増加している状況に伴い、近年は小規模企業や中小企業向けの表明保証保険を扱う保険会社が増えています。

保険を選ぶ際は複数社から見積もりを取り、取引規模や保険料、免責事項などをよく確認した上で申し込みをしましょう。M&Aアドバイザーの助言を受けながら検討することをおすすめします。