2019-09-10

再就職に代わる個人M&Aで、リラクゼーションサロンを買収。マネジメントの経験を活かすための、案件探しの基準とは

 

駅を降りると、気持ちよさそうに体をもみほぐされている女性の大きな看板が目に入る。私鉄沿線の駅から徒歩30秒という好立地にある、この看板のもみほぐし専門のリラクゼーションサロンを購入したのが、長年保険会社に勤めていた51歳の渡辺俊介(仮名)さんだ。全くの異業種からの参入だが「マネジメントに業種は関係ない」と、事業に対する意気込みと課題解決に向けた動きについて話してくれた。

Q.そもそも、なぜこの店を買おうと思ったのでしょうか。

私は新卒で外資系の保険会社に入社し、営業部門と本社管理部門に27年間勤務していましたが、2年前に病気療養で会社を退職しました。10年前に患ったアレルギー疾患によって血管性浮腫がひどくなり、パソコンのマウスを1時間も握っていれば、手が痛くなるし、足も膨れ上がり、ついに足を引きずって歩くようになり、これではもう出社できないと判断し、半年間の休職を経て退職しました。

しかし退職してからも、舌がん、肺がんと、がんを立て続けに患いました。どちらも早期発見でしたが、その後、療養生活を余儀なくされました。そろそろ働けるかなと思ったのが、今年の1月のことです。そこから再就職に向けて動き始めました。

とはいえ、まだ治療中の身ですから、健康に不安がありました。業界内では独立系の法人代理店から「取締役に」という声をかけてもらいましたが、瞬発力を要求されるこの仕事は、今の健康状態ではきついので断念しました。だからといって他業種の就職は年齢的に難しい、このような体になってしまったので、通常の会社に雇用されるのは無理だなと最終的に判断しました。

そんなとき、たまたま個人M&Aに関する本を読んで「あっ、この手もあるんだ」と。そこから関連書を読んだり、トランビに登録したり、M&Aでの独立起業に向けて少しずつ準備を始めました。


店舗の広さは約50㎡、ベッドは5台。近隣の住人はもちろん、飛び込みで来る人も多い。
タオルごしに凝った部分をやさしくほぐす。60分約3500円と安価なのも人気の理由。

Q.トランビに登録したあとは、どのように動きましたか?

登録後は、総枠の予算を決めたうえで、購入を前提に本格的に探し始めました。私の選定基準は、極めて明確です。それは次の3つです。

① 営業してから何年か経っていること (ブランディングが確立している)
② 一定程度の利益が出ていること (既に集客力・営業基盤がある)
③ スタッフも丸ごと含まれていること (サービスレベルが確保できている)

これは、ひとえに私の時間がないから。この3つの状態を自分で1から作り上げるとしたら、何年かかるかわかりません。病気はすべて治療したとはいえ、あと何年生きられるか自分でもわかりません。だとしたら、もう絶対に買ったほうがいい。逆にいうと、始めたばかりで利益もスタッフも見込まれない会社は、他の方々には魅力的な会社であっても、自分にとっては対象外になってくるわけです。

そのような基準を満たす事業として見つかったのが、リラクゼーションサロンの案件でした。そもそも私はプレイヤーになるつもりはなかったので、業種はあまり関係なかった。ビジネスモデルを理解し、課題を見極めることさえできれば、打つ手はあると。私はかつて保険代理店の経営サポートや、代理店経営者を目指した研修、社員の採用から育成、管理までやっていましたので、いわゆる中小零細企業の経営に携わることに抵抗はありませんでした。結局、マネジメントというのは、どんな業種であっても、仕事内容はそんなに変わらないですよね。実際に、ここを含む3つの案件でお会いして話をしました。

Q.なぜこちらのリラクゼーションサロンに決めたのでしょうか。

決め手は、利益面と事業の継続性ですね。縁が無かった案件は、利益は出ているけれど、それでも3年か5年、経営して売却すれば、いい金額で売れるかもしれない。でも私はそういう経営をしたくなかったので、10年先まで試算して考えました。

購入させて頂いた事業はビジネスとして確実に利益が出せるし、利益を出す方法もわかる。そこで決断させて頂きました。

購入金額は税込350万円。当初は税別で400万円でしたが、譲渡直前に6人いるスタッフのうち3人が辞めてしまったんです。ですから、その分を値引きしてもらったという形です。売り手さんはもう一店舗お持ちで、そちらに集中したいというのが、今回の売却理由でした。

とはいえ、面談のときはお金の話だけではなく、経営者として事業をどうするかというビジョンについてもお話ししました。やはり経営者の方にとっては、自分が一から起こした事業というのは思い入れがありますから。そういったビジョンの話から入ったことも、売り手さんの心に響いたのかなと思います。

2、3回の膝詰め交渉を経て、6月に契約し、いよいよ7月に引き継ぐことになりました。残った3人のスタッフには、まず売り手さんから話をしてもらい、次に私が一人一人と話し、「お客さんとコミュニケーションをとってほしい」といった方針も伝えました。スタッフは皆「わかりました」と言ってくれたので、私の考えに賛同してくれていると受け取っています。

ただ私はこの業界が初めて。特に人材を見極めるといった採用関連のことがわからなかったので、売り手さんには別に顧問契約を結んでいただき、引き続き相談にのってもらっています。ですからスタッフにとっても、前のオーナーと全く縁が切れるわけではないので、それほど不安はなかったのではないかと思います。

店に来るのは週に2~3回程度。「スタッフがよくやってくれているので、安心して任せられます」


前職のマネジメント業務を活かして、店舗運営の効率化をはかる。

Q.スタートして1カ月。実際に始めて、何か変えたことはありますか?

スタッフがやり慣れているところで、あまり変えても混乱を招くだけなので、基本的には、あまり変えていませんが……、これは私がプロジェクトマネジメントをしていたせいかもありますが、誰がやっても同じようにできる手順だけは、しっかりとドキュメントに落としました。具体的には店を開けるところからはじまり、何をつかって、どのタイミングで何をする、ということがずらりと書き出してあります。いわゆる作業を分解して構成図にするWBS(Work Breakdown Structure)の援用ですね。これがあれば、スタッフ誰もが、週末だけ来てくれる派遣のかたに説明できますし、今後の業務改善のベースになります。

またスタッフ同士は、業務に入るシフトの時間が違うため、全員が一斉に顔を合わせる機会はまずありません。ですので、そこは私がしっかりと間に入って、スタッフ同士のコミュニケーションをとりたいなと思っています。

ただ、今いるスタッフは業務委託にもかかわらず、シフトの調整やレジの管理など、店をよくするために業務委託以上の仕事をしてくれています。これは本当に助かっています。その分、自分はこの店のオーナーとして何をするべきか、ということを本気で考えていかなければならないと身の引き締まる思いです。

Q.スタートしてからわかったこと、そして今後の展望をお聞かせください。

この業界は、とにかく“人”ということです。今は、とにかく人手不足でお客様をお断りしている状態。ここを改善しないことには始まりません。しかし人材不足の業界なのでなかなか改善に時間がかかるのが現実です。今は高いコストをかけて外部派遣を依頼していることもあり、まだ収支としてはトントンですが、質の高いサービスを提供できるスタッフが増えて、お客様をちゃんと受け入れることができるようになれば、利益が上がることはわかっています。先ほど「利益を出す方法もわかる」といったのは、こういうことです。今は求人広告を出したり、スカウトメールを送ったりしていますが、しっかりと人材を確保するためには、さらに策を練らなければなりません。

将来ビジョンのひとつである多店舗展開も人材不足の業界であることを前提にしています。簡単に言うと多店舗で人材を回していく ことを想定しています。一店舗よりも二店舗、三店舗と複数あれば、空いているスタッフは忙しい別の店舗に行ってもらって、と店舗同士でスタッフを融通できるからです。ですから、実は今、私はまたトランビにお世話になり、同一沿線にあるマッサージ店に買収交渉中です。そして、ここ数年の間に5店舗までもっていくのが目標ですね。

振り返ってみると、病気のために49歳で退職したとはいえ、早期退職でしたので、退職金の上乗せもありましたし、個人年金にも加入していましたので、正直、働かなくても生きていけるだけの蓄えはありました。それでも、こういう形で独立起業したのは、やはり私がビジネスパーソンだからでしょうか。またどんな商売でも根底にあるのは、お客様のことをどれだけ考えられるかということ。前職は法人顧客がメインで、今回は個人顧客ですが、どういうところにニーズがあるのか常に考えながら動く点は非常に似ています。

なんだかんだ言って、今は楽しいですね。


  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。