2019-08-13

高齢でやむなく印刷代行業社を事業継承。辣腕サラリーマンが経営者の思いを引き継ぐ

 

東京・千代田区にある有限会社三陽コピーセンターは、資料のコピーやスキャンを請け負う印刷代行業社。顧客のほとんどが、大学生か小学校や幼稚園の父母である。その三陽コピーセンターが後継者不足で事業承継を希望。ユニバーサルM&A株式会社(https://unma.com/が仲介を担当し、売り手と買い手をマッチングさせた。最初の面談から譲渡の成立まで約半月。スピード成約の背景について、売り手側のユニバーサルM&Aの伊藤圭一氏と買い手の佐藤学(仮名)氏に語っていただいた。

Q.まずは売り手様の依頼からトランビ登録までの経緯を教えていただけますか?

【伊藤氏】18年の12月ごろ、もともと弊社とおつき合いのある税理士事務所の先生から「三陽コピーセンターさんという会社が事業承継を望んでおられるけれど、なんとかなりませんか」とご相談を受けたんですね。そういった案件については、手前どもでも実績がありますのでぜひ、ということで、すぐに売り手様とお会いしました。お話を聞いて、そこから買い手を探し始めましたが、なかなかうまくいかない。

そもそもこの商売は、売り手を持っていても、買い手がつかなかったり、買い手があっても、マッチする売り手が見つからなかったり。そういう場合は、他の業者さんに「こういう案件があるのですが、マッチングするかたをご存じないですか」と相談することもありますが、残念ながら、それもなかなか難しい。業者間でもさまざまに思惑があるものですから、いいところまでいっても、最終的に報酬などで折り合いがつかないことが多いんですね。

今回もいろいろと当たりましたが、なかなか見つかりません。1カ月ぐらい探して、どうしようかと思っていたところに、トランビさんの情報を受けて登録させていただきました。そうすると驚いたことに、すぐに20件もお問い合わせがきたんです。そのうち十何件かは個人のかたでした。こちらとしても個人のかたを望んでいたので、ありがたかったですね。

Q.なぜ個人を希望されていたのでしょうか?

【伊藤氏】実をいいますと、売り手様はご高齢で、体調を崩されたこともあり、店舗の更新時期である4月の末期に精算される予定だったんです。ただ最初に面談させていただいたときに、学生さんがまるで駄菓子屋さんに来るかのようにやってきて、学校であったことを話したり、いっしょにお茶を飲んだり、売り手様を親のように慕っているんですね。
売り手様のほうも、来られる学生さんを自分の娘や息子のように大切にされていて、心のどこかで「あの子たちとお別れするのは、ちょっと寂しい」という気持ちがおありでした。ですから見ているうちに、何とかしたいな、と私たちも思ってしまったんです。そういった売り手様の思いを引き継いで、購入後もしっかり考えてやってくださるかたがいらしたら……、そういうところから個人のかたに絞って探しました。これまでの事例を振り返ると、どうしても法人さんの場合、子会社化した場合、片手間にされることが多かったので。


店内には自由に食べられるお菓子が置いてある。「うまい棒は1人1本」のポップが微笑ましい。

Q.一方、佐藤さんがトランビに登録されたきっかけは?

【佐藤氏】そもそも私は物流関係の企業に新卒で入社してから、ずっと勤めているので、もう28年。29年目に入りますが、勤続25周年のお祝いを会社にしてもらったときに、一区切りつけたなと思ったんです。
事業長も経験して、サラリーマンとしてはやることはやったし、見るべき場所も見たかなと。ですので、一度、自分でやってみたいなということを考え始めたんです。ここ1、2年、個人でも会社を買えるという風潮が出てきて、どうしたらいいかな、と漠然と考えているところに個人取引の実績があるトランビさんのことを知って、登録してみたわけです。

仕事柄、出張が多いものですから、その合間にどんなものがトランビさんのサイトに出てるかなと見て、気になった案件にはブックマークをつけていました。
ウインドウショッピングをするかのように、出張のたびにチェックして、「ああ、こういうところが出しているんだ」って。ブックマークして、そのブックマークしたところをまた、あとで見直して、詳細を見ながら、頭の中でシミュレーションをする。もし自分がここを持ったら、どうできるかな、と一件一件、妄想して(笑)。それが面白かった。2カ月ぐらい、そうやって頭の中で考えていました。

そのうちブックマークしたものを何回かシミュレーションして、ありかなと思ったら、アクションを起こす、ということを始めました。
実は、この案件の前にエントリーをかけたところがあったんです。ただ、そこはすぐに資金が用意されて、スピーディに動ける企業体を望まれていることが最初の段階で見えたんです。ですから、具体的に交渉に入る前に終わってしまいましたが、この経験から、お金ありきの企業体を求めるところでなく、個人の人柄や実績、人を見て判断してもらえるところはないかなと思った。それから、ちょっと探し方を変えたんです。

Q.どのような探し方にシフトされたんでしょうか?

【佐藤氏】キーワードは“事業承継”です。やっぱり跡を継いでもらいたいと思うからには、今の経営者の思いがあるわけですよね。精算すればいいとか、知り合いにポンと売ればいいとか、そうではなくて、誰かいい人いませんか、ということは今までの思いがある。その思いが私にとって分母ですね。

それで最初にアクションを起こしたところが、東北の蒔絵などの伝統工芸品を扱う会社です。蒔絵職人はいるけれど、経営者のかたがお年を召されていて、誰かに譲りたいという内容で。
そこは観光地の伝統工芸品売り場に置いてあるだけでしたが、ライバルとなりうる会社は通販や結婚式のギフトなどでも扱っている。私がこうしたらいいのに、ということはすでにやられたんですね。ライバルがいたら、なかなか難しいだろうなと、また新たに検索してブックマークしたり、過去にブックマークしたものをまた見直したり、といったことを続けました。


事業継承+経営者の思い 求めていた会社に遭逢

そんなふうに過去にブックマークしたものを見直していたときにひっかかったのが、この三陽コピーセンターの案件です。引き継ぐ相手がいない、本当に困っていそうで……。私は、こういう気持ちが入っているものをやりたかったので、どうしても見逃せませんでした。ただ、書いてあった業務内容ではよくわからなかったので、お会いして内容を聞いて、なるほどそういうことかって、思いました。

事業継承はもちろん、伝統工芸品の交渉の経験から、経験上、扱ったことのある、自分に知識のある市場のほうがいいと学んでいましたが、そう考えると、ここの印刷業というのは、私もよく知っている市場です。私は技術職で会社に入りましたが、途中で営業職に代わり、もう20年以上もやっています。これまでもIT営業の責任者として、お客様の販売促進のためのダイレクトメールを作って、送って、ヒット率を出して、その後の展開まで考えていたので、そこでやっている業種や業態、市場はありかなと勝手に思っていました。
あそこはうまくやってくるけれど、ここは失敗している、もっとこうすればいいのに、など業界の中でも自分の見えている範囲があるので、その範囲に入っているところなら手を出してもいいかなと。今まで担当してきたお客さんの成功事例もかなり見ているので、こうするとうまくいく、これだと失敗する、そういう勘所も何となくわかっていたんです。これが精密機械の会社だったら、全く知識がないので自分には無理ですが、そういう意味で、ここはありかなと思った。
もう何十年も前から「紙はなくなる」といわれていますけれど、実際はなくなっていません。もちろん減ってはいますけれど、ほとんど横ばい。だから、やりようによってはいける。一般的に斜陽産業といわれているからこそ、ライバルが少ないかなと思ったんです。

売り手側の気持ちを動かしたのは 買い手の覚悟とビジョンだった

Q.1回目の面談は、どんな感じでしたか?

【伊藤氏】トランビさんに登録後、実際に何人かのかたにお会いしましたが、佐藤さんと初めてお会いしたのは2月初旬でした。弊社にお越しいただき、交渉というよりは、ご説明が大半でしたね。業務の内容はもちろん、売却価格はこれです、当社にいただく報酬はこの金額です、これで考えてくださいと、先に金額はお伝えしました。それでもよろしければ、来週お会いしましょう、と。

ただ、こちらとしては、初めてお会いしたいときから佐藤さんにお願いしたいというのはありました。というのは、二つ理由がありまして……、一つは覚悟のところです。脱サラされて、そこに私は行くんだ、とご意思を確認できたこと。もう一つは、すでに最初の段階で、こうすればうまくいくだろう、ああすればいいだろう、といろいろ考えていらっしゃった。シミュレーションされていたところで、我々としても、これは佐藤さんに買っていただけたらなと思ったんです。それぐらいビジョンがクリアでした。それで本当に翌週お会いしました。

実は佐藤さんと同じタイミングでお会いしていたかたが、もう一人いらっしゃいました。そのかたも非常に誠実なかたでした。ただ外資系企業にお勤めで、お仕事を続けながら収益を入れたいとおっしゃっていて、どうしても片手間な印象が拭えなくて。もちろん、それも悪いわけではありません。現に売り手様も売却後は、ご自身が週に何日か出社するために、毎日入れるアルバイトのかたをある程度、見つけていらっしゃいました。ただ、我々としては、それでは現状維持で終わってしまうだろうと考えたんです。話を戻しますと、佐藤さんならしっかりと経営に入って、事業拡大といったこともされるのではないかと。そこが、そのかたと佐藤さんの大きな違いでしたね。


【佐藤氏】私のほうも、最初は内容をもう少し具体的にお聞きしたいというのがあったので、1回目はご説明を聞いて、こちらからも疑問に思っていたことをどんどん質問しました。そのうえで、今まで経営されてきたかたの思いを継いで、自分はこういうことを考えている、これからはこうやってみたいということを誠実に伝えました。それしかないですよね。

【伊藤氏】1回目の面談後は、今後のスケジュールや流れなどをメールでお送りしましたが、お忙しい中でも必ずその日じゅうに、お返事をいただきました。
そのうち他のかたから意向表明が出そうでしたので、先制パンチではないですが、先に意向表明してしまいましょう、と2月半ば、三連休の最終日に、佐藤さんを店舗にお連れし、売り手様とお会いいただいたんです。店の中を実際に見ていただきましたが、このときもいろいろ考えていらっしゃるなと感じました。佐藤さんがお帰りになったあと、売り手様も私と同じように感じておられたようで「佐藤さんに買っていただけたら」とおっしゃっていました。

【佐藤氏】店舗は想像よりもきれいでしたし、立地も申し分ない。入り口には学生さんの卒業写真がずらっと貼ってあって、好きなように食べられるお菓子が置いてある。ちょうど学生さんが入ってきて、ワイワイ話しながら作業して、お菓子を食べて帰って……、あっ、こんな感じなんだって、全くの想定外でした。でも、これなら学生が卒業したあとも、つながりがもてるなって。1回目に話を聞いたときの意思は60%でしたが、実際に店舗に足を運んで100%になった。やはり、ここの経営者のかたのお人柄があって、それを慕う学生さんがいて、その証拠に会話や写真があって、実際にそれを目にしたときに心が決まりました。


2回目の面談で、すでに意気投合。左がユニバーサルM&Aの伊藤氏、右が買い手の佐藤氏。

Q.交渉の中で、苦労した点はどんなことでしょうか?

【伊藤氏】これは、いい意味でもありますが、お問い合わせが20件もあったので、まずは選定作業に苦労しました。最初はメールで金額をこちらから伝えて、それでお返事がないようでしたら、NGにしてしまう。今回、最終的に面談させていただいたのは3名様でしたが、そこからの選定もまた、こちらの私見が入ってしまうという点で苦労しましたね。ただ、今思うと、引く手あまたの案件であれば、ある程度、仲介業者が選定しなければ、お見合いではないですが、見込みがないのに会っていただくだけでは、お互いに時間もムダになってしまいます。ですから、こちらで選定させていただいたうえで、本気度の高い人にだけ売り手様にお会いいただくという方向性で正解でした。

【佐藤さん】苦労した点があるとすると、私のあとにも順番待ちをしている人がいるので、限られた期間内で結論を出さなければいけなかったことでしょうか。まだ会社に勤めていますので、その中で、どうスタートを切るか、お金をどう回していくか……、自分のスケジュールと資金繰り、この二つを2週間で詰めなければいけないのは、けっこうハードな作業でした。その目処が立って、ようやくハンコが押せる、という感じでしたね。ちなみに1000万円前後の購入資金は、半分以上自己資金、残りを金融機関から借りました。

現社長と共に働きながら 新しい事業展開を探っていく

Q.今後はどう引き継ぎ、事業展開をしていこうとお考えですか?

【佐藤氏】5月に私が代表になりますが、現社長は今後もずっと働いていただけるので、いっしょにやりながら、お互いに理解していこうという形です。それは、すごく助かりますね。事業展開については、今は企業間取引がないので、今後はそこに注力していきたい。これまでの仕事の経験を活かして、パンフレットやリーフレットなどの冊子を出すことはできるかなと。そのためには、まずはこの地域の会社に営業ですね。飲食店も多いので、飲食店のメニューの改変なんかも、ここで集約してやればいい。企業や飲食店に対してBPO(Business Process Outsourcing)といわれる、後ろのプロセスの業務を、ここでできるレベルで引き受けたらいいだろうと思っています。

Q.これから事業承継やM&Aを考えている人に向けてアドバイスをお願いします。

【佐藤氏】サラリーマンを長らくやってきて、ある程度スキルが身に着いた時点で、もし興味があるなら、一歩踏み出したらいいと思います。基本のスキルとして決算書や財務諸表を読み解けることは必要ですが、それは課長職を経験した人ならできるのではないでしょうか。それ以外に、お金のマネジメントや人のケアなど、バランスよく能力があるなら、やれると思います。


今回を機に独立を決意した佐藤氏は「興味があるなら、トライしてみては」。

【伊藤氏】買いたい会社を買うために重要なのは、やはり本気度。佐藤さんのように購入後の未来図をしっかりと描けるかたは強いですね。それは売り手様のためというよりは、その先のエンドユーザー、このケースであれば大学生のかたのためですよね。ここを利用する大学生のために、よりよい発展をしてくださるかた、ここが重要です。そこをヒアリングさせていただいたうえで、我々仲介業者は売り手様と買い手様を全力でマッチングさせていただく。これに尽きます。今回は売り手様にとっても、買い手様にとっても、我々仲介業者にとっても申し分のない、まさに三方良しの案件でしたね。


売り手様と買い手様が納得されたら、全力でマッチングさせていただく、と伊藤氏。

  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。