2025-05-09
個人向けAIセキュリティ事業をM&Aで成長加速――特許取得・リブランディングを経てスケール化へ
買い手(個人):佐々木 栄和

<個人の新規事業を目的としたM&A・買収事例>
- ➤ 豊富なM&A経験を生かして、未知の業界の買収にチャレンジ
- ➤ 世界にも事例がない、AI解析を活用した画像解析サービス
- ➤ 資金調達やスケールアップの足かせになる要素は取り除き、事業再生に着手
- ➤ 特許取得・アプリ化・保険連携――スケールに向けた新戦略
- ➤ M&Aに慣れていても、失敗はある。改めて伝えたい「DDの重要性」
事業開発やプロジェクトマネジメントの領域で企業を支援している、佐々木さんはヘルスケア領域で長くキャリアを積んだ後スタートアップへ転向。
過去3年間では総額700億円のM&Aイグジットを手掛け、多くの事業開発に携わった経験があります。
そんな佐々木さんがM&Aを検討する中で目を付けたのは、自身の歩んできたキャリアとは異なるIT領域のAI事業。
無断でインターネット上に掲載された画像や動画を監視・検知して被害者に知らせるという、昨今増大している悩みやニーズに応えるようなサービスです。
M&A経験が豊富な佐々木さんですが、今回のM&Aは順風満帆ではなかったそう。買収後の予期せぬトラブルも含めて赤裸々に話していただきつつ、リブランディングなどを経てスケールアップを目指す今後の事業展望についても教えていただきました。
【豊富なM&A経験を生かして、未知の業界の買収にチャレンジ】
- はじめに、佐々木さんのキャリアについて教えてください。
28年にわたり、外資系製薬企業や医療機器メーカーで事業開発に携わりました。国内外での経験を経て、より自由なチャレンジを求めてスタートアップに転向。
これまで6社の立ち上げから拡大、M&Aを経験し、直近ではオリシロジェノミクスを役員として米モデルナへ売却するなどの実績を積みました。
現在は個人投資家、起業家、スタートアップ顧問として、企業の事業開発やスケール支援に取り組んでいます。
- 今回M&Aに挑戦したのは、どんな理由からだったのでしょうか。
ファンドを立ち上げて運用したり、LP出資したりするよりも、自分で主体的に事業を手掛けて何倍にも成長させる方が自分の強みを活かせると思ったからです。
M&Aの経験は豊富でした。外資系製薬企業や医療機器メーカー時代には年に数社の事業買収があり、事業再編や事業譲渡に関わった経験から、M&AにおけるDD(デューデリジェンス)プロセスや契約プロセスには理解と経験がありました。
- どのようなポイントを重視して、案件を探していましたか。
予算は3000~5000万円で、「大企業も含めて、あまり他社が手掛けていないような事業」を探していました。業界の垣根は設けず、IT系、MaaS(Mobility as a Service)系、ファッション系など幅広く見ていましたね。
今回スタートアップ案件がM&Aプラットフォームに出ているのは珍しいと感じて、興味を持ちました。

(今回の案件を買収した佐々木さん)
【世界にも例のない、AIを活用した画像解析サービス】
- あらためて、今回M&Aを行った案件の概要を教えてください。
元交際相手や元配偶者への嫌がらせなどを目的として、プライベートな性的画像や動画を許可なくネット上に掲載する「リベンジポルノ」と呼ばれる事象が社会問題になっています。
最近では生成AIの発展により、ディープフェイクが簡単に作れてしまい問題になっております。
しかしながら解決策やソリューションが全く存在していないという事に気づき、独自に調査を行ったところ、日本だけでなくグローバルでも共通の課題であることがわかってきました。
我々のサービスは、こうした「同意を取らずに掲載された画像や動画を、AIを活用してインターネット上から見つけ出し、お知らせする」というサービスになります。
流れとしては、利用者の方に顔写真を登録していただき、その顔写真を分析します。そして当社のAIが、性的画像や動画が無断掲載されやすいと思われる特定の悪質なサイトを随時監視する中で、利用者の方の顔画像と一致するものがあれば検知するという仕組みになっています。
特徴として動画のフレーム毎に画像解析を行うため、動画の内容までしっかり検索するといったところが他社にはない強みです。
- 特定の悪質なサイトに絞っているのはどうしてなのでしょうか。
初期から弁護士事務所と提携しており、その弁護士事務所には同様の相談での入電が1年半で約17,000件ありました。
それらの相談内容を分析したところ、事件性の元になるような悪質なサイトが複数特定されたため、それらを重点的に監視するように設計しています。
- 珍しいサービスのように思いますが、競合他社はいるのでしょうか。
直接的な競合は日本にも海外にも存在しないと認識しています。法律対応まで視野に入れたトータルソリューションが求められる領域だからこそ、参入障壁が高かったのだと思います。
結局、画像や動画を検知するだけでは片手落ちで、それらを削除した上で、再度掲載されないかを見張るプロセスまで用意する必要があります。
日本の法律では、削除申請を行えるのはご本人、もしくは代理になれるのは弁護士さんのみ、という決まりがあり、この中でいかに解決策を容易するかが重要です。
弁護士さんを頼るとなると、最初に約10-20万円の着手金が必要ですが、こうした被害者の方は10~20代の若い人が多いために、この着手金を払うことができません。
また両親に相談するにもできない、迷惑をかけたくない、といった意識が強くあります。
そして本人が削除申請をするにしてもやり方がわからないというのが現状です。内閣府の調査結果*からも、6割近くの人が声をあげられずに泣き寝入りしているというデータが出ています。
*令和3年度若年層に対する性暴力の予防啓発相談事業 若年層の性暴力被害の実態に関する オンラインアンケート及びヒアリング結果
https://www.gender.go.jp/policy/noviolence/e-vaw/chousa/pdf/r04houkoku/01.pdf
だからこそ、なかなかニーズが顕在化しておらず、この領域に目を向ける人もこれまでいなかったのだと思います。
かつ、サービスを提供するにしても、「検知する」先の解決策までセットで提供できなければ、ビジネスがスケールしないと捉えられていたのではないかと思うのです。
- 「検知する」の先の一手としては、どのようなソリューションを提供されているのですか。
被害にあった方自ら、プロバイダに対して削除申請を出せるような仕組み作りを行っております。
「いつ、どのサイトで掲載されて、該当URLはどれか」といった証拠は、われわれのツールを使うことで証拠保全が可能です。この証拠に添えて、利用者様はプロバイダに対する削除依頼の文書例へのアクセスや、サイト毎の削除申請の方法が閲覧できます。
プロバイダ責任制限法という法律が施行されており、「法律の条項に則って、該当の画像や動画を削除してください」といった内容のもので、それを利用者様自らプロバイダに送っていただくようにしております。

(※写真はイメージです)
【M&A後に直面した課題と、事業再生への取り組み】
- 交渉や取引の中で、大変だったことはありますか。
想定以上に事業基盤が脆弱でした。決算書上は黒字だったのですが、それは助成金が入るタイミングであったことが大きな要因で、継続的な数字ではなかったのです。
もちろんこれは買収前に認知できました。しかしながら本当の問題は会社として営業体制が整っておらず、定期的に相談が入ってくる仕組みや方程式は確立されていなかったことです。
いわゆるノウハウというも言葉で語られる事も多く、DDでは最も確認しにくいものです。買収後にストレステストとして広告費のバランスを変えながら継続しても、利用者が想定どおりに取得できるわけではないということが露呈してきました。
また、被害者支援には弁護士介入が必須であり、当社単独でのサービススケールには限界があることも判明しました。
そこで、われわれとしては「AIで監視し、検知する」事業に資源を集中することを決断しました。それまでネットトラブル関連の法律事務の勉強をしていたスタッフさんについては顧問をしてもらっている弁護士事務所へ出向という形で交渉し折り合いをつけました。
- そうした判断はどのタイミングで行なったのでしょうか?
買収後6ヶ月が経過した時点です。最初の2ヶ月間は従来のやり方をオブザーブしていましたが、3ヶ月後から介入に入りました。
前オーナーとも数か月は並走していました。彼がもともと経営も営業も一手に手掛けていたので、「経営は私が引き受けるから、営業活動に時間を注いでほしい」と。
ただ、一向に業績が向上せず、またM&A前には聞いていなかった重要な経営事案が出てくるなど、経営者としても未熟な面が露呈してきました。最終的に、この判断とともに、離れてもらうことにしました。
ビジネスの視点自体はオリジナリティがあって面白く、企業価値は数百億円まで達する可能性を秘めていると思うので、今はビジネスをスケールするためにいろいろな新しい取り組みを始めて、再生を図っている最中です。
【特許取得・アプリ化・保険連携――スケールに向けた新戦略】
- 買収後、新しくどのような取り組みを始めていますか。
まず基本技術についての特許や商標を出願し、国内は1月に特許成立しました。そしてシステムを一から作り直し、将来のスケールアップに向けて高負荷にも耐えられるよう刷新しました。
この4月にはスマホアプリ版をリリースしました。年内にかけて見張る対象サイトを大幅に拡大する予定で、事業としてスケールアップできる体制を準備しています。
また、保険会社と提携することができ、被害者支援までセットにしたサービスを開始しました。月々980円を払っていただくと、当社のAIサービスに加えて、ネットトラブル専門の相談窓口が利用でき、かつ補償期間内に発生した案件を対象として弁護士費用で最大30万円を補償します。
高精度なAIを用いても100%対象となる動画・画像を検知することは難しい側面があるため、ネットトラブル全般に対応できるサービスを付けて提供することは利用者様にとっても心強いサービスになると考えました。
そして、大きなリブランディングも行いました。これまでの料金体系では利用できるのが一部の方に限られていましたが、インターネットとSNS時代には、誰にとっても身近に起きうる問題だからこそ、ブランド名やキーメッセージ、料金体系なども変えて、Z世代の方をはじめ多くの人に利用してもらいやすいようなサービスへ進化させています。
【M&Aに慣れていても、失敗はある。改めて伝えたい「DDの重要性」】
- 佐々木さんが引き継がれてから、大きくサービスが前進しているのですね。
スタートアップで立ち上げから事業拡大、そしてイグジットまで一例の経験が生かせていますし、周囲のネットワークにも助けてもらいました。というのも、「こうしたサービスを買収したんだよ」と発信すると、いろんな方が「力になりたい」と声を掛けてくれました。
現在はインドの開発チームと一緒にアプリを作っているのですが、その開発チームは私の投資家コミュニティの方から繋いでいただいたものです。
ある意味、自分にしかできないことだと思えたからこそ、紆余曲折があった中でも「なんとかやってやろう」というモチベーションを持って取り組むことができたのかなと思います。
- 今回のM&Aを振り返っての感想を教えてください。
新しい領域に挑戦したことで、多くの学びを得ました。投資家層や求められる事業計画の視点も、ヘルスケア領域とは大きく異なっていました。
- 最後に、M&Aを検討されている方へのアドバイスをいただけますか。
すべての情報を獲得して調べ切ることは難しかったとしても、買収前のDDはしっかり行ってほしいということ。
そして、今回の私のようにスタートアップ系の事業をM&Aをされる方は、法律面などの観点も含めて「このビジネスはスケールできるのか」という視点でDDを行うべきということですかね。
自分が詳しい業界の案件であれば、注視すべきポイントを心得ているのでスムーズにいきやすいかと思いますが、経験のない業界や、これまで自分が軸足としていなかった事業に挑戦するときには、特に慎重にDDを行うべきだと思います。
また、経営者の方が純粋に「自分の手でこれ以上の事業成長を手掛けることに限界を感じた」ために事業を売却されるケースもあると思いますが、裏側では何かしらの真の理由を抱えているためにビジネスをスケールしづらいこともあると思うので、その辺りはしっかり確認すべきではないでしょうか。
そして、最終的に重視すべきは、やはり売り手様のお人柄や誠実さ、だと思います。こまめに連絡を取ることができるかや、依頼した資料を期日までに提出してくれるかなどといった行動も含めて、数か月間は相手の人間性を観察した上で判断すべきだと思います。
事業会社で何十年もM&AやDDに携わってきた私でも、見逃してしまうことや失敗をしてしまうケースもあるからこそ、今回の私の体験談を通して、あらためてDDの大切さを認識していただきたいです。

(※写真はイメージです)
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