2026-03-04
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」元自衛官の市場経営者が描いた「引き際」と異業種からの青年への承継ストーリー
売り手(法人):株式会社小倉商店 小倉さん
<売り手による市場仲卸業M&A事例>
- ➤ 急激に減少する仲卸業界で、自らの知恵と努力で生き残ってきた
- ➤ 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」10年かけて承継準備を進める
- ➤ 業界に新しい風を。未経験の30代個人を受け入れた理由
- ➤ 安堵とこれからの市場への期待。譲渡を考える経営者へのメッセージ
岡山中央卸売市場。岡山市が設置した本市場は、加工設備等も充実しているものの、ここ数年、事業者が激減し、活気を失いつつある。そんな中、早い時で2時に出社し卸事業を続けてきた小倉さん。体調不良をきっかけに事業承継を考え始めました。
後継者のために準備した期間は約10年。今回、約1年の交渉やトライアル実習期間を経て、無事に同市内に在住の大手企業勤務の30代サラリーマンに承継が決まりました。
想定してなかった未経験個人への譲渡。どのように事業承継が決まったのか、詳しくお話を聞きました。
【急激に減少する仲卸業界で、自らの知恵と努力で生き残ってきた】
- 小倉商店様の成り立ちや社長として取り組まれてきたことを教えてください。
小倉商店は、岡山中央卸売市場内に拠点を置く水産物の仲卸(なかおろし)業者です。
基本的な業務は、市場内での水産物の仕入れ、加工、配送、販売です。
私自身は元・海上自衛官という経歴を持っており、約30年前に父親から事業を承継しました。
全盛期時代より売上規模は1/3とか1/4とかに縮小している状況です。市場開設当初(昭和50年代後半)は32社あった仲卸業者が現在は12社ほどに減少しており、その中で生き残ってきた老舗の一つです。
こうして生き残るために、 過去には「岡山市場ネット」という合同会社に出資してネット販売を行ったり、市場内の関連売り場(「ふくふく通り」)で小売を行ったりと、多角的な販路開拓にも挑戦してきました。
他にも、飲食店、学校給食、病院給食などへ納品しています。15〜20年ほど前に加工部門を強化し、早朝の暗いうちに包丁仕事をする古い慣習にとらわれず、日中に加工して翌日出荷する体制などを導入してきました。
通常の卸業者だとなかなか、従来の業務以外のことをやることは躊躇しますが、私は積極的に可能性のあることに挑戦してきました。
【「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」10年かけて承継準備を進める】
- 今回事業承継を考えたきっかけはなんだったのでしょう。
現在70歳ですが、還暦(60歳)を迎える頃から「事業所(法人)は経営者の年齢に関わらず永続的に続くもの」と考え始め、いつか引退して若い人に引き継ぎたいという構想は持っていました。
体調のこともあり「物理的に引退する時はやってくる」ことを見越し、10年ほど前から準備を進めていました。
ちょうど昨年度岡山市のアンケート調査がありました。そこで相談すると言うチェックがあったので、思い切って相談希望を出したところ、具体的に事業承継の話が進みました。
- 事業承継を考え始めてからは、どのような取り組みをされてきましたか?
まず、経営者が現場にいなくても回るよう、部門ごとの責任制を導入し、継承しやすい体制を作りました。各部門で頼れる人材がおりましたので、しっかりその部門を守ってもらえるよう育成していきました。
他にも、継承者が人員整理で苦労しないよう、あえて若い人材を雇わず、機械化を進めて身軽にしておくということも心がけました。ただでさえ、市場内は高齢化していて、なかなか若手を採用するのは難しい状況ですのでね。
まさに「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。これを金科玉条として、この引き際を設計し準備を進めてきました。
他にも岡山県事業承継・引継ぎ支援センターへの相談も進めていきました。
【業界に新しい風を。未経験の30代個人を受け入れた理由】
- 全くの未経験、かつ個人の方からの承継の申し出でしたがどのようにして承継を決められたのでしょうか?
当初は、社内や市場内で継いでくれるところがないか声をかけていました。しかし、実際候補となる人材も見つかりませんでしたし、そのまま進めばいろんな軋轢も予想されました。
個人は全く想定しておりませんでしたが、よく考えると未経験のいわゆる部外者の方に継いでもらうことで、そのような懸念は払拭できるとも思いました。
「新しい酒は古い革袋に入れないといけない(古い革袋に新しい酒を入れる)」という言葉があるように、古い体質の市場に、世間の感覚を持った新しい人材を入れることが、この市場の活気を再び取り戻すために非常に重要だと考えていました。
- 最終的にこの人だと決めたポイントはなんでしたか?
これまで経験してきたデスクワークの仕事とは異なります。朝は早く、業界としても先が不透明です。相当の覚悟がないと承継しても続かない。そう思って、そのまま彼に話しました。
「覚悟はあります!」そう威勢よく返事が来まして、実際無給で現場実習を数ヶ月やってみるなど本気なんだということを強く感じました。
また家庭の理解もあることが非常に重要となるので、私と妻と、彼と配偶者の方と食事会もしました。その際にお二人に本当に大丈夫か?本当に大変だぞ、とやや脅し気味に話たところ、二人とも意思はかたく、「大丈夫です」と返事をくれまして。
応援してくれるパートナーがいると言うことは本当に心強いと感じました。
それでもう会社を譲ることを決めました。
【安堵とこれからの市場への期待。譲渡を考える経営者へのメッセージ】
- 今回譲渡が決まり心境としてはどんな状況でしょうか。
一言で言うと「まさかこんな日が来るとは」と安堵しております。
今回の事業承継においては、自身の利益よりも、後継者が苦しまないスタートを切れることを最優先しました。
金融機関からもスキームについて提案を受けましたが、会社にしがらみが残るようなやり方になりそうだったのでそれは受け入れず、後継者たる中原さんと相談して決めていきました。
借入金に関する保証の手続きも無事に済ませることができ、金融機関には感謝しています。
また、この事業承継において岡山市の事業承継支援事業を活用しました。その中でも第1号案件となったと聞いてその意義を強く感じています。
市内事業者や市場内の事業者においても、事業承継促進の足がかりになる事例となれればと思っています。
何より、冒頭お話ししましたが仲卸業者は減少の一途を辿っています。さらには高齢化は言うまでもありません。
市場内の事業者同士が合併や承継をすることで現代にあった仲卸の形を作り出すことができるのではないかと思うんです。
中原さんのような外部から若者が入ってきたことは、市場内でも歓迎ムードなんです。
ですからこれをきっかけに市場が活性化していってほしいなと願っています。
- 最後にこれから譲渡を考えている方や後継者不在の事業者様にメッセージをお願いします。
私は「もし自分が今25歳や35歳だったら、この会社を継ぎたいと思うか?」と常に自問自答してきました。 昔ながらの「職人の勘」や「社長が全部やる」スタイルでは、若い人は入ってこられません。
私は10年前から、部門ごとに責任者を置き、社長がいなくても現場が回る「組織化」を進めました。「カチカチに固まった古い会社」のままでは、誰も手を挙げません。後継者が自分の色を出せる「余地」を作っておくことが、譲り渡す側の責任だと思っています。
まず、承継において最も邪魔になるのは、経営者の「未練」と「金銭的なしがらみ」です。
財務面の課題が多かったり、譲渡金額が膨大になると、新しい経営者が思い切った挑戦ができなくなります。
金銭的な損得よりも、会社を存続させ、従業員の雇用を守ることを優先させるにはどうしたらいいか?それを考えることが引退する自分の最後の責任でもあります。
第三者承継は親族や社内の人間に継がせることより不安は大きいですよね。
しっかり相手を見極めることができれば、ベストな選択となりうると感じております。