2019-10-21

サラリーマンからの起業・独立としての事業承継:生徒30人以上の個別指導塾を引き継ぐ 自らも講師となって事業をスタート

プロスアカデミー様

 

中央線の国分寺駅から徒歩数分、住宅街の中に、とある学習塾があった。そこは小・中・高校生を対象にした個別指導の学習塾。授業の補習やテスト対策だけでなく、ロボット教室や国語力を伸ばすことばの教室も取り入れ、地域の子どもたちの学力を支えている。そんな学習塾が後継者不足を理由に譲渡されることに。その引き継ぎは「いつか起業したい」と熱い思いを抱えながら、総合資産運用会社で働いていた河原拓人氏に託されることになった。

Q.まずはご自身が独立しようと思った理由を教えていただけますか?

その理由は大きく3つあります。まず一つ目は、もともと私の父や祖父が自営業だったこと。小さいころから父や祖父の働く姿を見ていて、自分もいずれは自分で何かをやりたいと思っていました。

二つ目は前職の資産運用会社の社長の影響です。30歳で起業し、会社を大きく育ててきた、その社長のもとで働くなかで、やはり自分でも起業してみたいという気持ちがわき起こりました。もともと私がこの会社に入社したのは『金持ち父さん 貧乏父さん』を読んで、不動産投資に興味を持ったから。自分も不動産投資をしてみたいと思っていたところに入社したら、20代の同僚がふつうに不動産を持っていて……、これには衝撃を受けました。

一般的には30代で、それも結婚したり子どもを持ったりすることで資産運用の重要性に気づきますが、彼らは20代で気づいていた。ふつうの人よりは10年ぐらい早くスタートしていたんですね。

多くの人が資産運用の重要性に気づくのが遅い理由は、我々日本人が金銭教育を受けていないからではないでしょうか。日本ではお金儲けはダメだよ、投資は賭けごと、という風潮があり、欧米に比べると貯めこむ習性があります。子どもの頃からお金の勉強をする機会がないことが、そういった状況につながっているのだろうなと思います。ならば、この塾でそういった金銭教育をできるのでは、というのが3つ目の理由です。生徒たちが主要科目の勉強をするなかで、将来の資産運用につながるようなお金の勉強を散りばめられたら面白いのではないかと思ったのです。

Q.なぜ塾という業務形態を選ばれたのでしょうか。

事業を始めるなら、在庫を抱えたり、初期費用がかかったりするものではなく、塾やマッサージなど人と場所があれば、すぐに始められるものがいいと思っていました。ただしマッサージは、たとえお客さんが来なくても、スタッフがいなければいけないので、人件費がかかる。一方、塾は生徒が来る時間にだけ先生がいればいいので、人件費が余計にかかることもありません。経営面で塾は魅力的でした。

また先ほどお伝えしたように、子どもたちにお金の勉強をしてほしいという思いもありました。ただ、お金の勉強は、まずは生徒に通常の5教科をきちんと教えて、そのうえで生徒の勉強に対するモチベーションが上がったり、学習習慣がついたりしてから。半年か1年ぐらい経って、保護者の方が預けてよかったと思えるようになってから、そういった独自色を出していけたらいいと思っています。

Q.トランビ登録から成約までの経緯を教えていただけますか?

先のような理由で、いつか起業したいと思いながら、関連の書籍を読んだり、ネットで情報を探したりしていましたが、なかなか踏ん切りがつかない。これでは、いつまで経っても始められません。ならば、もうやるぞと時期を決めるしかない。そこで2019年のゴールデンウィーク開業を目標に、まずはトランビに登録し、2019年1月から実際に動き出しました。

1月に動き始めたのは、ゴールデンウィークから逆算すると3、4カ月前なので、売り主さんの売りたい時期と自分の起業したい時期がちょうど合うだろうと考えたからです。売り主さんには当然、早く売りたいという思いがあるでしょうから、そうすると秋だと早すぎる。一方、開業をゴールデンウィークと考えると、春先だと間に合わない。結果的に、この目算はぴったり合いました。

動き始めてから、いろいろな塾の方とコンタクトをとりましたが、実際にお会いしたのは2件です。そのうち、こちらは2件目です。実は1件目との話が決まりかけたところに、現在の塾と出会いました。

なぜ、こちらに決めたのか。いちばん大きな理由は、フランチャイズを抜けやすかったからです。どちらの塾もフランチャイズに加入されていましたが、私は自分が始めるならフランチャイズは抜けるつもりでした。というのも、せっかく独立するならお金の勉強など、いろいろなことに取り組んでみたい。だとすると、フランチャイズに加盟していると、なかなか難しいですよね。それならフランチャイズの看板をとって、塾内のことは私がすべて見る形のほうがやりやすいのではないかと考えていました。

そのほか国分寺という立地のよさ、生徒さんが一定数いらっしゃる、テナント料がそこまで高くない、くわえて売り主さんが近くに住んでいらっしゃるというのも大きな決め手でした。こうしたM&Aの場合、売り主さんは売ったあとに連絡がとれなくなり、あとで不明点や疑問点が出てきても確認できなくて困る、ということもあると聞いていましたから。でも、こちらは売り主さんがビルのオーナーであり、近くにお住まいなので、何かあればすぐに聞ける。それは私にとっては、とても重要なことでした。

売り主さんのほうは何十件かの問い合わせのうち、6人と面談されたようでした。今回、売り主さんが譲渡されたのは、ご自身が体調不良のため。トランビに登録されたのは、売り主さんではなく、起業経験のあるお知り合いの方でした。ですから、面接にもその方が同席されていました。

どうやら私以外は、50、60代で長年、教育業界で働いてこられ、今後、定年したときに同じような形で教育に携わりたいと考えている方が多かったようです。しかし、いくら教育業界に長くいても、自分と同じ年齢の人よりは、今後、事業を広げていける熱意のある若い人のほうがいいのではないか、とお知り合いの方が売り主さんに助言されて、それで売り主さんも同意されたようです。

面談では、フランチャイズを引き継ぐかどうか、講師を引き継ぐかどうか、今後どうやっていくのかということを細かく聞かれました。当然、売り主さんとしては近所に住んでいらっしゃいますから、トラブルがあると困ります。ただ私としても、自分で起業するからといって、いきなり独自色を出すことがいいとは思っていませんでしたので、先生方にも残っていただき、フランチャイズの看板ははずすけれど、個別指導という形は変えず、テキストも変えない。生徒と保護者の方のストレスがないのがいちばんなので、基本的にはすべて引き継いでやっていくなかで、改善していくものは改善していきます、というお話をさせていただきました。そこで初めて「じゃあ大丈夫だね」と、ご納得いただけたようでした。


フランチャイズは抜けたものの、基本的なテキストやカリキュラムは変えていない。

 

売り主さんからも先生が変わると、塾自体の雰囲気が変わるので、先生には残ってもらったほうがいいというアドバイスをいただきました。私も残っていただこうと思っていましたので、そこは考えが一致したところです。そういった経緯があり、3月上旬に契約に至りました。


成約から引き継ぎまで1カ月弱。「時間内でやろうと思ったら、何でもできます」

 

Q.交渉時に苦労したことはありますか?

苦労した点というと、売り主さんだけでなく、お知り合いの方も間に入られていたので、自分がどういうことを求められているか、その条件に合うかどうか……、自分なりに整理し、その方にも自分の熱意をしっかりと伝わるようにしました。

Q.契約後はどのような流れで開業しましたか?

3月初旬に晴れて契約し、4月初旬に前職を退職。5月1日から開業しました。退職してから始めるまでの1カ月弱で、やらなければならないことは山ほど。いちばん大変だったのは、法人を設立して体制をととのえること。事業譲渡という形でのM&Aでしたが、設立した法人で譲受しました。会社を立ち上げるは初めての経験で、社会保険はどうするのか、税金はどうやって支払うのか、先生の給料や社会保険はどうすればいいのか、そういった一つ一つのことをクリアしていくのに、最初は苦労しましたね。

また引き継ぎにも、かなり骨を折りました。急に私が来て引き継ぎます、フランチャイズも辞めます、となると先生方にも保護者の方にも、きちんと説明しなければいけません。
先生方は9名いらっしゃいますが、フランチャイズを抜けることで多少教材内容が変わるものの、個別指導という指導方法や給与体系を変えることはしません、と伝えて、みなさんに納得していただきました。

保護者の方には、まず3月の成約の時点で、売り主さんが保護者の方に書面で伝え、4月に保護者の方、売り主さん、私で三者面談を行いました。事業譲渡になる以上、生徒さんに残っていただかないと意味がないので、ここがいちばん緊張したところですね。第一印象の評価や想定される質問や反応など、さまざまに気を遣いました。 実際に三者面談を行ってみると、やはり不安そうな方もいらっしゃったので、その場で、すべて言いたいことは言っていただき、そのうえでこちらの方針をていねいに伝えました。あとは、お子さんの様子を見ていただき、また何かあればご相談くださいと。

そういった引き継ぎとともに大変だったのは、35人の生徒さんのプロフィールを把握することでした。名前を覚えるのはもちろん、誰がどの科目をとって、どんなことに困っているのか、そういったことを知っておかないと、いざ問い合わせがあったときに何も答えられません。「ちょっと待ってください、調べます」では、保護者の方からすると不安が募りますよね。こちらの都合で変わった以上、現状維持か、むしろよくなるのが当然で、悪くなるのはありえない。ですから1カ月弱の間で、そういったことを一つ一つ把握していきました。5月以降は、やりながらわからないことを順々に解消していくという感じです。

Q.実際にスタートしました。振り返ってみていかがですか?

5月1日にスタートして約2カ月。最初の1、2カ月が勝負と思っていましたが、幸いなことにいまのところ一人も辞めず、残っていただいています。それどころか、他のきょうだいも預けたいと言ってくださったり、点数が伸びましたとお礼のメールをいただいたり、それはありがたいかぎりです。

きょうだいを預けたいと言ってくださった方は、とても熱心な親御さんで、いろいろなご相談にお答えしていくなかで「子どものことを細かく見ていただいているので」と言ってくださいました。ほかの保護者の方からも「子どものやる気を起こさせるには、どうしたらよいでしょうか」「テストの点が下がったのは、どういう原因が考えられますか」など、さまざまにご相談がありますが、なるべくていねいにお答えするようにしています。そんなふうにくわしくお答えしていたのが、保護者の方の信頼感につながったのかもしれません。

また、これもありがたいことですが、先生方にも全員残っていただいています。社会人の先生方は、みんな私より年上。4、5年やってこられた方もいらっしゃいますので、私が来るなり独自色を出してしまうと、先生方が混乱してしまいます。ですから生徒の指導や点数のつけ方など、塾として当然やらなくてはいけないことはしっかりと伝えますが、立場的に私は新入り。わからないことは、素直に教えてもらいながら進めています。

振り返ってみると、やはり新規起業ではなく、事業譲渡という形をとって正解でした。新規事業では、飲食店であれば、オープン時に開店セールをすれば、物珍しさからお客さんが来るけれど、塾は初月にチラシをまいて、お客さんが来るかというと、なかなか難しい。

事業譲渡であれば、すでに売り上げが立った状態で始められるので、売り上げが立たなくてどうしようという不安もなく、どっしりとかまえてやれる安心感がありました。売り上げを気にして外に目を向けるのではなく、まずは、今いる生徒にだけ向かい合えばいいのはとても大きいです。
起業というのは、えいやっと始めたとしても、そこから不安の連続だと聞いていましたから。引き継いだ以上、きちんと保護者の方と向き合って、丁寧にやっていけば、保護者の方や生徒さんからの信頼は得られるだろうと思っています。


先生1人に対して生徒2人の個別指導。3、4ブロックにわかれて学習を進める。

 

Q.ご自身で感じる前職とのシナジー効果は?

生活と仕事が一体なのが当たり前という考え方は、前職での経験が生かされています。前職の社長は一から自分で事業を立ち上げた方でしたが、そもそも人生の大半を仕事に費やすなら、いやな仕事でなく、自分の好きな仕事をしていれば、平日と週末の線引きはできない。あまりワークライフバランスを考えないほうが人生は楽しいんじゃないかという考え方の持ち主でした。ですから私がいま起業したところで、週末が休みでなくても全く苦にならない。生活と仕事がいっしょなのが当たり前という環境で働かせてもらっていたのが、私個人の強みだと思います。

Q.今後はどんなふうに事業展開していきたいですか?

会社をつくるのがステージ1、引き継ぐのがステージ2だとしたら、いまは引き継いだあとの継続のステージ3という状況です。保護者の方とのやりとりも大切ですが、生徒のモチベーションを上げていくことはもっと大切です。親御さんに、いくらいい説明をしても、生徒がついてこなければどうしようもありません。生徒さんの様子をしっかりと観察して、それで自分から勉強をしたり、成績が上がったりすれば、それが一番いいです。そういう意味で、やはり塾という事業は生徒第一だなと感じます。

しかし現状維持だと、生徒さんが全員卒業したら、それで終わってしまうので、起業した以上は、新しいカリキュラムを導入したり、規模を大きくしたり、多店舗展開したり、また塾以外の事業に目を向けたり、外向きに動いていかなければいけないなと思っています。そういうことを考えると大変だなと思いますが、同時にやりがいもありますから、起業というのは、大変さとやりがいは表裏一体ですよね。


プログラミング思考を養う「ロボット教室」もそのまま引き継いだ、人気のカリキュラム。

 

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  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。

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