2020-10-27

太宰府天満宮など、歴史的文化財・伝統建築の修復保全を手掛ける建築会社の事業承継

買い手(法人):株式会社妹尾産業

<中小企業の多角化M&A・買収事例>

 

解体工事を営む株式会社妹尾産業の社長が「本当にやりたいことに取り組みたい」という純粋な思いで買収した案件は、社寺を中心とした伝統建築に特化し、新築工事ほか、文化財・茶室などの修復・修繕も請け負う建築会社。ともに福岡県内の企業であり、同一地域でのM&Aとして数億円での買収に成功しました。特殊な事業の譲渡を受けるにあたり、どのような交渉を経て成約に至り、そして前社長だけが持つ知識・見識などの無形資産どのように引き継いでいくのでしょうか。「プレッシャーしかない」と話す社長の妹尾晃さんに詳しくお話しを伺いました。

【100年残る歴史的建築に携わりたい】

- まず今回、社寺建築事業を買収された理由を教えてください。
もともと私の会社は、父が個人事業主として営んでいた会社です。私は商社に勤めていましたが、父が病気を患ったことを機に、その商社を辞めて、父の会社を継ぐことになりました。今から24年前のことです。

継いでからは個人事業を法人化し、本業の解体工事以外にも関連会社でパンの製造販売も始めるなど事業を拡大していきました。解体工事関連のM&Aを考え始めたのが、1年ほど前。超高圧水で劣化したコンクリートを削り取る「ウォータージェット事業」が解体工事に活用できるのではないか、とTRANBIで売却案件をチェックし始めました

主に本業との親和性や会社の所在地である福岡に近いエリアという視点で案件を見ていましたが、色々と案件をチェックするうちに、だんだんと自分の好きなことや、やりたかったことを軸に事業拡大できないかと考え始めました。それが今回買収した社寺建築や歴史、木を扱うといった事業でした。

社寺に使われる木は、樹齢何百年といった材木です。社寺建築は、そういった歴史の上に成り立っていて、しかも100年、200年残る、非常に意義深い仕事です。今回の買収は、私自身がそういった仕事に携わってみたかったということが一番の理由です。もちろん、今の解体工事事業の幅も広がると考えました。

ただ正直言うと、自分がやりたいという純粋なチャレンジ精神だけでなく、今いる建築業界に対する反骨精神もありました。というのは、解体工事は建築会社の一部を担うだけという部分があり、われわれがどんなに技術を駆使してよい仕事をしたとしても、その評価はもともとの受注元である建築会社にとられてしまいます。おいしいところを持っていかれるというか。そういった状況にずっと忸怩たる思いを抱えていたため、今回M&Aで建築会社を買収して、同じ土俵に立ってやろう、と思いました。



(※写真はイメージです)

【金儲けだけを考えるならやるべきではない】

- 同じ建築会社でも社寺建築は特殊な事業、特殊な業界です。新規参入に際して、戸惑いなどはありませんでしたか?
確かに、対象である会社がこれまで手掛けた建築物は、太宰府天満宮や長崎奉行所など誰もが知っている伝統的な社寺仏閣も含まれていて、実物を見ると感動レベルの事業です。素人が見ても、そのクオリティの高さや本物感がわかります。社寺の工事は、住職さんにとっては一生に一度のもの。そこで失敗したくないという気持ちがあるでしょうが、この会社のこれまでの実績を見たら、ここに頼みたいと思うのでしょうね。

重要文化財などに対して非常に質が高い仕事をされていますが、仕事自体は2級建築士の建築事務所でも手掛けること自体はできるので、業界の参入に対する戸惑いはありませんでした。ただ、ある程度の人脈やつながりがないと受注そのものができないと考えられますので、普通に新規参入するにはかなりハードルが高いのではないでしょうか。

加えて、「そろそろ建て替えたいんだよね」という相談から始まり、工期が1年や2年と非常に長いので、単なるお金儲けだけを考えると、効率的だとは言い難くやるべきではないかもしれません。やりがいがある、そして誰にでもできることではないからこそ競争相手が多くなく、結果として収益性が高いといったところがメリットでしょうね。

【建築と木への愛が売り手に伝わった】

- 交渉は、どのように進みましたか?
会計士さんが間を取りもってくださったこともあり、何のトラブルもなく、スムーズに進みました。売り手の社長さんの初めての印象は「この人、いい人やん」(笑)。建築と木が大好きで、それを語り始めると止まらない。最初から、この人は悪い人じゃないなと直感で思いましたし、デューデリジェンスでもだましたり、隠したりするようなことはまずないだろうと。とにかく財務体質は非常によかったし、従業員4人を引き受け、社長は会長として5年残るという条件も、われわれにとってはよい条件でした。

前社長としてもお金よりも、しっかりと事業を継続して残してほしいということを望んでいらっしゃる。私を選んでくださったのは、私が建築や木に興味があり、それをしっかり受け継いでやっていきたいという真面目な気持ちが伝わったからだと思います。

経営方針にも相通ずるものがありました。私はもともと価格競争が嫌いで、高くても買っていただけるサービスを提供したい、と品質で勝負してきました。ですから前社長の値下げ競争に参加しない、売り上げを重視して質を落とすことはありえない、自分の納得できる仕事ができないなら受注しない、そういった姿勢には共感しきりでしたね。

成約してまだ2カ月ですが、前社長のことはもう兄みたいに親しく思っています。

【前社長の知見・経験をスタッフ4人で引ぎ継ぎ、仕組化へ】

- 実際に引き継ぎを進めてみていかがでしょうか。
買ってからのほうが大変です。非常に忙しくなりましたし、楽しみもありますが、プレッシャーのほうが大きいですね(笑)。しっかりやらないと、せっかく託していただいた社長さんにも失礼ですよね。「ちゃんとやってくれると思ったのに」って。

ただ現状は、社寺建築に関する知識や見識は前社長に限られている状況です。たとえば住職さんが「ここの彫刻はどうしたらいいでしょうね」と相談すると、前社長であれば即座にいろいろな角度から答えられる。他の人間にはできません。そういう状況ですから今、前社長にいなくなられると非常に困ります。

とにかく建築に対するこだわりが並大抵ではなく、仕事をイメージする際には実際の建築物の原寸大の設計図を大きな板などに手描きするんです。例えば10メートル×10メートルの屋根などを柱の反り具合なども正確に表します。2階にある事務所の床がガラス張りになっていて、その図面を上から見られるようにもしているんですね。

こうした前社長の唯一無二の知見を、我々はこれから5年かけて、吸収し、またデータベース化していく予定です。具体的には、私も含めた4人のスタッフが、前社長から同じことを学んで仕組化する。動画も残そうと思っています。そうすれば前社長も一度しか言わなくていいですからね。

【儲かる儲からないではなく、興味があるかどうか】

- 今後、M&Aする人にアドバイスをお願いします。
私の場合、お金よりも事業をしっかりと引き継いで名前を残していってほしい、そのために適正な値段で譲るし自分もできるだけ長期間サポートするという相手方の意図があったので、すごく恵まれたM&Aだったと思います。1円でも高く売りたいとか、なるべく高く売り抜けたいという相手ならば、引き継いだ後に今のようないい関係で続けられなかったでしょうから。取り組む事業にしても、儲かる儲からないだけでなく、本当に自分の興味のあることをすれば、うまくいくのではないかなと思います。

今後は私をきっかけに、商談をまとめるのが目標です。幸いコロナ禍でも全く影響がありませんでしたから、解体工事会社の顧客も含めて、どんどん営業していきたいですね。同時に建築士の資格はマストなので、人に任せるだけでなく、自分でも1級まで頑張ってとるつもりです。

この案件が成約した段階では、次はこのM&Aにいこう、なんて思っていましたが、今はとてもそういう状況じゃない、プレッシャーしかないですよ(笑)。前社長の期待に、しっかり応えられるように全力を尽くすのみです。

- ありがとうございました!




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  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。

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