2020-11-24

M&Aの肝は引継ぎ先従業員への誠実な対応~購入金額が当初の8分の1に?!四国の旅行代理店が観光バス事業を買収

買い手(法人):匿名

<中小企業の事業拡大M&A・買収事例>

 

四国で旅行代理店を営む前田勇作(仮名)さんが、甲信越の貸切バス会社を買収したのが、今年2020年8月のこと。自社資産とのシナジー効果を求めるなら同地域もしくは近隣のほうが有利なはずだが、なぜわざわざ遠隔地の会社を買収したのでしょうか。そして、あえてコロナ禍でM&Aに踏み切った理由とは何だったのでしょうか。観光業の未来を見据える三代目後継者にお話を伺ってきました。

【コロナ禍で、掘り出し物と出会う】

- 今回のM&Aのきっかけと経緯を教えてください。
当社は旅行代理店ですが、私の祖父が創業した当時は、バス事業も手掛けていました。ところが祖父が体調不良で一線を退かざるを得なくなった。しかし、そのとき私の父は、まだ学生でしたから、すぐにバトンタッチは難しいということで、バス事業は親戚に譲渡し、残った旅行業を60年あまり続けてきました。

私自身は金融会社に勤めていましたが、7年前に戻って会社を引き継いでいます。もともと自分たちが保有していたバス事業を改めてグループ内に入れたいという思いがあったところに、今回の案件との出会いがありました。トランビのサイトでは、主にバス事業に着目していましたが、近隣業種ということで運送業や宿泊業もチェックしていましたね。

- 交渉は新型コロナウイルス問題の最中。あえて、この時期にM&Aをしようと思ったのはなぜでしょうか。
一番の大きな理由は、買い手目線になってしまい申し訳ないのですが、この環境だと掘り出し物に出会える確率が高いと思ったからです。今回、私が買収した案件もそうですが、通常の環境なら絶対に遭遇しない案件がかなり金額を抑えられた形、つまりリーズナブルな価格で出ているのは、コロナ禍だからこそでした。

そして観光業に身を置くものとして、このコロナ禍のトンネルの出口がどこにあるのかという見通しはある程度つけられます。私としては2021年にはワクチンや治療薬がリリースされて、2021年の上期に観光のニーズが戻ってくるのではないかと踏んでいたのです。

今回、M&Aが成約に至った私の案件でいうと、やはり譲渡金額が極めて低い水準でした。ある程度先を見通すことができて、かつリーズナブルな金額ということで、思い切ってM&Aに着手したわけです。

とはいえ、この環境下であれば商売のセオリーは、熊が冬眠するかのように支出はなるべく抑えてじっくり待つ姿勢をとるものです。ただ、それだといざ春が来た際、なまった身体をほぐしている間に、この冬の間、逆にトレーニングを積んだライバルに先をとられてしまうおそれもあるので、今のうちからできる準備をしておきたいのです。



(※あくまでイメージです)

【購入金額が当初の8分の1に?!むこう1~2年分の固定費分を値引き】

- 当初の提示金額からかなり値引きされたようですが、どのように交渉は進んだのでしょうか。
そもそも売り手様の本業は運送業で、今回の案件は多角化の中のサブ事業という位置づけでした。指揮をとっていたのは二代目の息子さんでしたが、ずっと運送畑で働かれてこられて観光業は全くの門外漢。だから今のバス事業のパフォーマンスが最大限のものなのかわからないし、今後最大限のパフォーマンスにもっていける自信もないと。そのうえ、新型コロナ問題の影響で売り上げが落ちてしまい、自分がこれ以上事業を引っ張ってもよい結果は出ないだろう、他に譲った方が経営的にも効率的だろうと、売却を決意されたようです。

先方は案件掲載時から少しずつ減額されていったようで、当初の3分の1になったところで、私としては手を挙げることにしました。詳しくお話を聞きながら、売り手側の仲介会社とさらに交渉したところ、いたずらに成約まで時間がかかり損失を出し続けるよりは今決断した方がいいだろうということで一致し、最終的に当初の8分の1の金額で話をまとめることができました。また、仲介会社が売り手に対して、今後売り上げがしばらく見込めないことを前提に、1~2年の固定費分はさらに値引きしたらどうかと持ち掛けてくれたようです。これは推測ですが、すでに投資した分の回収はある程度できていたからこそここまで割り引いてくれたのかもしれません。

ただ、値引く代わりにその金額を運営資金に充ててほしい、事業をずっと残してほしいという強い想いを聞いており、我々としてはぜひそれに応えたいと思っています。

【買収エリアが地元だと反発にあう恐れも】

- 御社は四国、買収されたバス会社は甲信越です。あえて他のエリアを選んだのでしょうか。
旅行代理店とバス会社はいわば仕入れ先と売り先の関係で、同じエリア、他のエリア、それぞれメリット・デメリットがあると思っています。同じエリアであれば、たとえば当社が社員旅行などの仕事を獲得し、グループ内のバス会社を使うという形が最もシナジーが発揮しやすい例です。

その反面、当社がバス会社を内製化すると、これまで委託してきたバス会社など同業他社から反発をうける恐れがある。結局、バス事業を持ったはいいけれど業務を回す先が弊社しかなくなり、受注した仕事をさばききることができず全体として収益が上がらないということになったかもしれません。旅行代理業者の競合からは逆に、弊社グループのバス会社に仕事を回すことは競合を育てることにつながり脅威に感じるでしょうしね。

その点、遠方であれば、そういった地元の反発というリスクはないものの、シナジーは生まれにくい。ただ今抱えているエリアだけでは頭打ちであるため、どうしても観光需要が多い他地域への足掛かりも欲しかったのです。

遠方でも不安がなかったのは、隣接業種のバス会社だったから。業界内での仕事の回し方やうまくいくノウハウがある程度わかっていたので踏み切れました。これが全く違う分野なら手を出さなかったと思います。

- 交渉時に想定外の事態はありませんでしたか?
購入した時期と決算書の時期との期間が空いている場合は、項目に変動があるかもしれませんので要注意です。今回、買収の判断の際にベースとなったのは3月の決算書でしたが、そこから5か月経って8月に購入したときには、当時の決算書とは内容が変わっていたんです。細かい話になりますが、当初本業の収入とは別の「家賃」項目が一定額ありましたが、引継ぎ時に7月で契約切れということでその売り上げがなくなっていたことに気づきました。当然あるものだと思っていたのでそこについては誤算でしたね。

一部上場のような大企業であれば、M&Aにあたり極力決算書に変動を生じさせないように事業を配慮するでしょうが、中小企業に求めるのはなかなか難しい。これからも協力関係が必要な中で、あまりシビアに言いすぎても他に影響が出てきてしまう。事前に確認、注意しなければいけない落とし穴でしょう。



(※あくまでイメージです)

【従業員の不安を見て急遽開催!時間無制限の相談会】

- 引き継ぎはどのような形で行われましたか?
株式譲渡契約の締結日をもって全経営陣はいったん退任するという形をとりました。とはいえ業務の引き継ぎもあるので、3か月を目処に旧オーナーには引き続き携わっていただいています。

従業員への説明は、株式譲渡契約の翌日に、新旧オーナーと仲介会社の担当者の3人で行いました。その日は説明会だけで終わる予定でしたが、説明を受けているときの個々の顔色や反応を伺っていると不安な状況が見てとれ、このまま帰ったらたぶんつまづくだろうなという予感がわいてきました。ですから説明会終了後に、私は何でも質問を受けるから、話をしたい人は残ってほしいと急遽案内したところ、従業員は全員残るということに。

そこから、かれこれ4~5時間は話し合いました。従業員からすると、私は地元の人間ではないし、何者かわからない。そこで彼らの話を聞きながら、私の考えているやり方や今後の展開などを、しっかりと伝えました。結局、時間切れで翌日には四国に戻りましたが、これは早い対処が必要と感じたので、急遽翌週もまるまる滞在することにしました。

2回目に訪れたときは、部長や課長、事務員たちと具体的な業務フローの構築をしながら、外にいるドライバーとも缶コーヒーを差し入れながらフランクにコミュニケーションを図りました。とにかく最初は、なるべく多くの時間を共有して、お互いの意見が何なのか、それがかけ離れているのか近いのか、そこを見極めていく作業に注力しました。そのおかげで日曜日に現地に着いたときは、不安で食事ものどを通らなかったのが、金曜日に帰るときには一応食べられるようになった(笑)。

私が恵まれていたのは、志を同じくする部長がいたことでしょうね。私がいない間は彼がしっかりとリーダーシップを発揮して、従業員を引っ張ってくれています。そのおかげで早く軌道にのせることができたし、今も非常に円滑に運営できています。ですから彼と意見をすり合わせることは常に大事にしています。

- 社内の施策はどんなふうに変えたのでしょうか?
大きな目玉は、給与以外の会社にまつわる数値的なデータをすべて従業員に開示したことです。データも開示しないで、売り上げが足りない、コストを下げてほしいと言われても、実際はどうなんだって従業員に不信感が芽生えます。具体的な数字で示せれば、従業員も納得しますし、私が主観でものを言っているわけじゃないことも証明できます。これは四国の会社でも、もともと行っていたことです。

【M&Aは既製服をお直しするようなもの】

- これからどのような事業展開を考えておられますか?
いずれは間接部門のオペレーションを四国の本部に集約し、実際の運営はそれぞれのエリアごとに行う形をとりたいと思っています。北海道や関東、関西、九州、沖縄など、主要な観光地で事業基盤が持てれば、相当安定した経営ができると考えています。

そもそも貸切バスは、人間を乗せる商売なので、そこに人間がいるか、もしくは人間が来てくれるエリアで商売をしないとダメなんです。でも今の基盤は人口が減っていくエリアなので、ある程度、人口が残るエリアに事業基盤をもっておくことが、会社を永らえていくためには必要だろうと思っています。基本的に観光業は人間の数がキーになってくるので。

- 今後、M&Aを考えている人にアドバイスをお願いします。
やはり自分で一から事業を立ち上げるには、時間もお金もかかります。その点、M&Aは効率的に自分の手掛けたい事業に進出できるツール。ただ洋服で言えば、既製品を買うようなものなので、自分のサイズにフィットしているかどうかわからないし、思っていたのと違うこともあります。

ですから既製品を買ってきて、それを自分でお裁縫をしながら調整していくことを楽しめる、そういう労力を理解したうえであれば、M&Aはおすすめのツールと言えますね。

- ありがとうございました!


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  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。