2020-12-01

「不人気分野をあえて狙う」7つの歯科医院を一代で築いた30代歯科医師が描く差別化戦略

買い手(法人):医療法人正翔会

<医療法人の事業拡大M&A・買収事例>

 

日本の歯科医院の数はコンビニ店を上回るほど。歯科医院には生き残りをかけた熾烈な競争が迫られています。そんな業界で、最近、TRANBIで歯科技工所をM&Aした方は、理事長を務める医療法人で7つの歯科医院のほか、関連する子会社数社を共同経営するツワモノです。今回の買い手となった医療法人の理事長兼歯科医の大西正嗣さんに、歯科技工所の買収理由をはじめ、業界独自のあるある話、そして経営者として今描いているビジネス戦略などを伺いました。

【赤字の矯正歯科を引き継ぎ、年商を6倍に】

- 大西さんは2012年に歯科医院を開業されましたよね?
はい、矯正歯科、つまり歯並びの治療専門の歯科医院からビジネスをスタートしています。もともと私が勤めていた歯科医院の先代院長から「このままでは経営が大変厳しい。引き継いでくれないか?」との要請がありました。

すでに2年間の歯科矯正代金を前払い済みのお客様も引き継ぐことが条件で、いわば一定の債務を背負った状態でスタートしなければならないという厳しいものでした。雇われ医師だった私ともう一人の医師とで引き継ぎ、経営の立て直しに成功。今日までの8年間のあいだに、二人で7つの歯科医院を経営することになりました。うち4つはM&Aでの買収です。

- 短いスパンで次々に歯科医院をM&Aしたり新しく立ち上げたり、ものすごく意欲的ですね。
ありがとうございます。最初の歯科医院は1500万円で購入し、一年で6倍の年商にまでアップできました。

- すごい!年商アップの秘訣は何ですか?
保険がきかない自由診療の矯正歯科専門医院でしたが、新たに虫歯や歯周病などの保険治療もやり始めたのです。それまで「虫歯ができたら他院に行ってください」と言っていたのに、歯のすべての治療がうちでできるようにしたことで、新規の顧客もたくさん獲得できるようになりました。

通常、歯科医の方は職人気質の方が多く、他の歯科医が矯正した途中の歯を治したくないものですが、私たちはあえてそれをやった。人が敬遠するところにこそチャンスがあると私は思います。

それが珍しがられて「うちもM&Aで買収してくれないか」というお声が他院からかかるようになり、実行することで事業を拡大させていき、今の形に至っています。

- 今回M&Aをした歯科技工所、有限会社クラフトはTRANBIを通じて成約された案件です。TRANBIを利用されるようになったきっかけを教えてください。
TRANBIがテレビ番組で紹介されているのを見たのがきっかけです。歯科医療系の案件情報が公開されたら、必ずチェックしてコンタクトをとっていました。ただ、なかなか我々の探す条件にフィットする案件が見つかりませんでした。有限会社クラフトはTRANBIを通じて、M&Aをおこなった初めての案件です。

TRANBIは他の会社のサイトより見やすいし、信頼度やブランド力も高いと思います。



(患者様へ説明する買い手の大西さん)

【閉鎖的な業界は、コネクション次第でブルーオーシャンに】

- 今回の売り手である有限会社クラフトの鈴木所長は歯科技工士ですが、そもそも歯科技工士とはどんな職業でしょう?
奥歯の被せ物、義歯、ブリッジ、マウスピースなどの製品の仕上げをおこなうのは、歯科医でなく歯科技工士の仕事です。

法律上、資格のない我々がそれらを製作するのは許されず、歯科技工士は歯科医にとって必要不可欠な存在と言えます。しかし歯科技工士の仕事は残業になることが多いわりには、給料が多いとはいえず割に合わない。特に保険診療の仕事は単価が安い状況です。

人気がない仕事なので、中堅クラスの技工士は設計スキルを活かせる他業界へ離職してしまう人も多い。高齢者の廃業は止まらず、若手が歯科技工士を目指さない状況にあり、後継者が不足しています

- 売り手である鈴木所長はなぜ株式譲渡譲渡を望んでいたのでしょう?
長年一緒に仕事をし、技術を伝え、後継者にと考えていた歯科技工士が一部の顧客を連れて独立してしまい、それが理由で心身ともに参ってしまったそうです。

売り手である鈴木さんご自身はどちらかというと、経営者というより職人気質が強い。現在60歳を過ぎて将来への不安もあり、既存顧客のために現業を継続することが事業を譲る条件であり、ご自身は雇用される立場になってもいいので、モノづくりや後進の育成に集中したいとのことでした。

- 歯科技工所である有限会社クラフト購入の決め手は?
一番の決め手は長い歴史です。有限会社クラフトは我々の本拠地である愛知県名古屋市の隣の日進市にあります。鈴木所長が日進市で培ってきたコネクションや顧客はとても貴重な財産です。歯科業界は閉鎖的で新たな参入者は通常だと門前払いされてしまいますが、今回のM&Aで買収した有限会社クラフトを拠点にして、今後は日進市の歯科ネットワークとつながりを持つことができます。

うちのグループの子会社にも歯科技工所があるので、有限会社クラフトと連携すれば幅広いビジネスができ、受注数が増えて我々がこなしきれない仕事をクラフトで請け負ってもらうこともできます。歯科技工士のなり手が少なく、斜陽産業ですが、需要がなくなることはないのでいい腕を持った歯科技工士には必ず仕事が集まります

また、狭い業界なので、一度中に入ってしまえば有益な情報がさまざまに入ってきます。考え方によっては、ブルーオーシャンの業界なのです。



(歯科医としての顔も見せる買い手の大西さん)

【売り手が愛弟子に裏切られた苦い経験に共感】

- 契約上で苦労されたことを教えてください。
特にこれといった点はなく、満足のいくものでした。

有利子負債は有限会社クラフトの会社保険を解約して返済したため、我々が引き継ぐ負債はありません。交渉の余地があったとすれば、売り手さんが提示した700万円という譲渡金額です。

M&Aの仲介業者がいたので、300万円がその手数料で、残りの400万円が鈴木さんの手元に入りますが、提示された額が妥当かどうか?有限会社クラフトは現在赤字で、私が最初の歯科医院で6倍の年商を達成したときのような仕事量や売上が、鈴木所長に期待できるかというと難しいところです。

彼の取り分の400万円については退職金扱いにして、今後十年間働いていただくことを前提に、その間に私が運用するという形を取っています。

- さきほど鈴木所長は、後継者にと考えていた歯科技工士が一部の顧客を連れて独立してしまったことが理由で心身ともに参ってしまったとのことですが、会社に残り引き続き働いていただくことに、メンタルも含め、不安はありませんでしたか?
もちろん不安はありました。ただ、私も自分が育てた若手歯科医に顧客を引き抜かれ、すぐ近くの場所で開業された苦い経験があるのです。

だから、鈴木所長の苦悩は痛いほど分かります。もし40代、50代前半までの出来事なら挽回できたかもしれませんが、60歳過ぎてのパートナーの仁義なき独立はよほどこたえたと思います。30代の私でさえトラウマになったくらいですから。

M&Aが締結して引渡しが決まった時、鈴木所長はとても晴れやかな顔をなさっていて、「今日の日を待っていた」とおっしゃっていたそうです。心身ともに元気になって、歯科技工士としての残りの人生を全うしていただけたら嬉しく感じます。その未来と可能性に期待したいと考えています。

【若手歯科医が独立できる“のれん分け”モデルをつくる】

- 購入された有限会社クラフトに新しく技術を導入するなど、本業とのシナジーや新しい施策で今後考えていることはありますか?
もともと私が持っている子会社の歯科技工所では、初期費用が1500万円ぐらいかかるCAD /CAMといった歯のデータ取り込みシステムを導入しています。これがあれば機械が自動で義歯や詰め物等を制作してくれるため、最後の仕上げだけを鈴木所長に任せるといった形が可能になります。

既にお伝えしたように人の口にいれるものは最終的に免許を持った歯科技工士のお墨付きがないと製品として出せません。しかし、こういった方式を取り入れることで作業効率を高めることができ、多くの受注を受け入れることができるようになります。当然収益も上がります。

しかし、設備投資に巨額のお金がかかっているので、たとえ黒字化しても思ったほどの回収ができないのが悩みですね。

- そもそも業界として、歯科医院や歯科技工所は世襲が多いと聞きます。大西さんもご両親が歯科医だったのですか?
いえ。私は普通のサラリーマンの家庭に生まれたので、家族の後ろ盾はありません。だから自分で仕事を開拓していくという気持ちが強いのだと思います。

今後もいい案件があれば、M&Aをして医院などを増やしていきたいですね。

- ビジネスマンとしての野望に燃えていますね(笑)。
最終的には次世代につなげる経営がしたいのです。

繰り返しになりますが、自分が育てた若手に顧客を連れて独立された時のショックたるや……。独立は法律違反でもないですし、相手だけが悪いわけではありません。その時は自分も若かったので“勝ち馬だ”と調子に乗っていたし、若手の心を読めずにいました。

だから、グループが持っている歯科医院を、独立を希望する若手にバイアウトする仕組み、いわばのれん分けのような経営モデルを今後進めていきたいのです。

- 若手の独立心を応援したい気持ちがあるのですね?
そうですね。若手の独立を応援できる医療法人でありたいです。また、うちの医療法人の下には、歯科技工所、人材派遣、広告宣伝などの子会社があるので、若手が独立した後もそこを使ってもらえたら“三方よし”の関係になれます。

もちろん鈴木所長から買収した有限会社クラフトもその一つです。今はまだ赤字企業ばかりですが、グループ数が拡大していくにつれ、子会社への発注量も増えるはずです。

いずれ株主である自分自身に投資のリターンが戻ってくるよう仕組み作りに今は注力していきたいですね。

私はまだバイアウトが出来ていませんが、パートナーは1億5000万円ほどで歯科医院を来年バイアウトするそうです。まずはそこが目指すところですね。

- ありがとうございました!


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  • 東野りか
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    ライター紹介東野りか


    ファッション誌、生活誌の編集者を経て独立。インタビューと旅の取材・執筆がもっとも得意な分野。酒と旅と音楽と映画をこよなく愛する。

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