医療法人の事業承継は持分の評価額に注意。スキームの種類も解説

医療法人の事業承継は持分の評価額に注意。スキームの種類も解説

医療法人の事業承継では、出資持分の譲渡や事業譲渡、合併などのスキームが採用されます。プロセスの大筋は株式会社の事業承継と同じですが、非営利性が求められる医療法人ならではのルールも存在します。事業承継を円滑に進めるポイントや注意点を確認しましょう。

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医療法人と出資持分の関係

医療法人は大きく『社団たる医療法人(以下、社団医療法人)』と『財団たる医療法人(以下、財団医療法人)』に分けられます。ここでは、医療法人全体の99%以上を占める社団医療法人の事業承継について解説を進めます。

「持分あり」と「持分なし」がある

社団医療法人は出資持分の有無から『持分あり(経過措置型医療法人)』と『持分なし』に大別されます。出資持分とは、医療法人に金銭などの出資をした者が有する財産権です。

  • 持分ありの医療法人:定款の定めにより、出資者が財産権を持つ法人
  • 持分なしの医療法人:定款の定めがなく、出資者が財産権を持たない法人

持分ありの医療法人の場合、出資者は退社時に出資金額に応じた払い戻しを請求できるほか、法人の解散時には残余財産分配請求権を行使できます。

持分ありの医療法人が大部分を占める

厚生労働省が公表する『種類別医療法人数の年次推移』によると、2022年における社団医療法人の総数は5万6,774法人で、うち持分ありが3万7,490法人、持分なしが1万9,284法人です。

2007年の第5次医療法改正以降、持分ありの医療法人は設立できなくなりましたが、持分ありの医療法人がいまだ多数を占めているのが現状です。

事業承継の実施についても、持分ありの医療法人の方が多い傾向があります。医療法改正後に持分なし医療法人としてスタートした院長や理事長は、事業承継を検討する年齢に至っていないものと考えられます。

参考:種類別医療法人数の年次推移|厚生労働省

株式会社とはどこが違う?

医療法人の事業承継を理解する上で、一般的な株式会社との違いを知っておく必要があります。組織のルールや仕組みが分かると、事業承継におけるスキームや留意点なども見えてくるでしょう。

医療法人は一社員一議決権

医療法人の意思決定機関は『理事会』と『社員総会』です。理事会は、株式会社における取締役会で、社員総会は株主総会に該当するものと考えましょう。

社員総会の構成員は『社員』と呼ばれます。株式会社の株主に相当する存在で、医療法人で働く職員を指すわけではありません。理事は社員によって選出され、日常的な運営管理は理事会で取り決めるのが通常です。

株式会社には一株一議決権の原則があり、株式を多く保有する株主ほど議決権を通じて会社の経営に関与できます。

一方で医療法人では、社員は必ずしも出資者とは限りません。出資金額にかかわらず、一社員一議決権が原則です。資本多数決の原理が通用しないため、事業承継を進める際は、より多くの社員の賛同を得る必要があります。

非営利性を保たなければならない

医療法人と株式会社の大きな違いの一つに『非営利性』が挙げられます。ここでの非営利性とは、利益を一切追求しないということではなく、医療法人が獲得した利益を『法人の構成員に剰余金の配当をしてはならない』という意味です(医療法第54条)。

「シナジー効果を見込んで、医療法人を自社の傘下にしたい」という株式会社の経営者もいますが、医療法人が株式会社に事業承継をするケースは多くはないでしょう。

株式会社が医療法人の出資持分を取得することは可能ではあるものの、営利法人は医療法人の社員にはなれず、経営に直接参画できないのが原則です。加えて、配当金による投下資本の回収も実現できません。

参考:第54条|医療法 | e-Gov法令検索

後継者は医師・歯科医師であることが原則

株式会社では欠格事由に該当しない限り、誰にでも代表取締役になれるチャンスがありますが、医療法人の後継者(理事長)になれるのは、医師・歯科医師の免許を持つ者に限られます。

つまり、理事長に息子・娘がいても、医師・歯科医師でなければ、後継者として選任できないのです。

帝国データバンクの調査によると、2022年における全国・全業種約27万社の後継者不在率は57.2%です。業種詳細別で見ると、『医療業』の後継者不在率は68.0%にも上っています。

近年は、親族内に後継者がいないケースが多く、買収や出向などのM&A(第三者承継)を選択する法人が増加傾向にあるのです。

参考:全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)| 株式会社 帝国データバンク[TDB]

第三者承継におけるスキームの種類

第三者承継とは、親族や従業員以外の人物(または法人)に事業を引き継ぐことです。持分ありの医療法人では、どのようなスキームで事業承継が行われるのでしょうか?

出資持分の譲渡

『出資持分の譲渡』は、持分ありの医療法人の事業承継で最も多く用いられるスキームです。

身内や従業員の中で医療法人の後継者が見つからない場合、医療法人は廃業となり、理事長も創業者利益を獲得できません。そこで理事長は、自己の保有する出資持分を第三者に譲渡(売却)し、その地位を移転させます。

しかし、出資持分の譲渡だけでは経営を掌握できません。後継者に有利な議決権を行使する社員をあらかじめ確保した上で、出資持分の譲渡と同時に『社員の入れ替え』を行うのが通常です。

事業承継後、医療法人は存続し、既存スタッフの雇用や取引先との関係もそのまま維持されます。

出資持分の払い戻し

社員資格を喪失した者は、医療法人に対して出資額に応じた出資持分の払い戻しを請求できます。

本手法では、出資者である前理事長が先に法人を退社し、出資持分の払い戻しを受けます。その後に後継者が入社し、出資者になる流れです。出資持分の譲渡と同様、社員の入れ替えを検討する必要があります。

出資持分の払い戻しは、前理事長の出資持分を法人が買い取る手法といってもよいでしょう。前理事長と後継者との間で出資持分の移転はありません。出資持分の譲渡や払い戻しを行う際は、貸借対照表の純資産額に基づいて出資持分を時価評価します。

事業譲渡

複数のクリニックを営む医療法人が特定のクリニックだけを譲渡したい場合、事業譲渡を選択するケースが多いでしょう。事業譲渡とは、事業の一部または全てを第三者に譲渡(売却)するスキームです。

出資持分の譲渡では、医療法人の権利義務が包括的に承継されますが、事業譲渡では譲渡する対象および範囲を個別に選択できます。取引先や従業員の雇用契約については、個別に同意を得なければなりません。

医療法人の事業譲渡については医療法上に規定がなく、会社法に基づいて手続きを進めます。事業譲渡については、以下のコラムをチェックしましょう。

 事業譲渡とは何か?売り手側のメリット・デメリットや注意点を紹介
手法
事業譲渡とは何か?売り手側のメリット・デメリットや注意点を紹介

会社の事業を売却するときに利用する『事業譲渡』とは、何なのでしょうか。行う目的や意味を解説します。会社の譲渡と何が異なるのか、事業譲渡特有のメリット・デメリットも知っておきましょう。事業譲渡の流れや、実際の事例も紹介します。

合併

合併とは、二つ以上の医療法人を一つの法人格に統合するスキームです。医療法人の合併対象は医療法人で、株式会社との合併は認められていません。持分ありの医療法人同士が合併する場合を除き、合併後の法人形態は『持分なし』となるのが原則です。

合併には『吸収合併』と『新設合併』の2種類があります。それぞれの特徴は以下の通りです。

  • 吸収合併:消滅する法人の権利義務を存続する法人に承継させる
  • 新設合併:消滅する法人の権利義務を新設した法人に承継させる

医療法人の合併には、共通部門の統合による業務効率化や信用力の向上、業界シェアの拡大といったメリットがあります。合併とその他のスキームの違いを詳しく知りたい方は、以下のコラムをぜひ参考にしてください。

M&Aにはどんな種類がある?株式譲渡、事業譲渡、合併の違い  M&Aにはどんな種類がある?株式譲渡、事業譲渡、合併の違い
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M&Aにはどんな種類がある?株式譲渡、事業譲渡、合併の違い

昨今は多くの企業においてM&Aが成長戦略として位置付けられています。M&Aと一口にいっても複数のスキーム(手法)があるため、目的によって最適なものを選択する必要があります。株式譲渡や事業譲渡など、M&Aの種類とその特徴について解説します。

事業承継の留意点

医療法人の事業承継は、株式会社に比べるとルールや手続きがやや煩雑で、留意しなければならない点も多くあります。特に持分ありの医療法人は、『出資持分の評価額』に注意が必要です。

出資持分の評価額が高額になる可能性

医療法人では剰余金の配当が禁じられているため、剰余金が内部留保として蓄積されていくのが通常です。

運営年数が長く、かつ経営状態がよい医療法人ほど出資持分の評価額は高くなります。出資持分の2,000万円が、30年後には数億円にまで増大しているケースも珍しくありません。

退社時に理事長が出資持分の払い戻しを請求した場合、高額のキャッシュアウトにより、法人経営が立ち行かなくなる恐れがあります。出資持分の譲渡に際しても、後継者が多額の譲渡資金を用意しなければならない可能性が高いでしょう。

「事業承継・引継ぎ補助金」が使えない

後継者不足で廃業の危機に直面する中小企業が増える中、国は事業承継を後押しするためのさまざまな支援策を打ち出しています。

『事業承継・引継ぎ補助金』は、中小企業者・個人事業主を対象とした補助金です。『経営革新事業』『専門家活用事業』『廃業・再チャレンジ事業』の3種類があり、一定要件を満たせば、取り組みに要する経費の一部が補助金として交付されます。

残念ながら、医療法人は補助金の対象となる中小企業者に含まれません。医療法人のほか、社会福祉法人や学校法人、農事組合法人なども対象外です。

参考: 令和4年度 当初予算 事業承継・引継ぎ補助金|事業承継・引継ぎ補助金事務局

事業承継を円滑に進めるには?

医療法人の事業承継を円滑に進める上で、どのような事前準備が必要なのでしょうか?理事長の意向だけでは実現しないため、できるだけ多くの協力者を確保しておくことが重要です。

専門知識のあるアドバイザーを起用する

事業承継を円滑に進めるためにも、医療法人のM&Aに精通したアドバイザーにサポートを依頼しましょう。医療法人の事業承継プロセスは、一般的なM&Aと大きく変わりませんが、医療機関という特質上、手続きやルールが煩雑です。

加えて、医師の多くは交渉に慣れておらず、金銭的な問題が絡むと冷静な判断ができなくなる人も珍しくありません。知り合いから紹介が受けられる場合を除き、理事長自らが後継者を探すのも困難でしょう。

アドバイザーを起用すれば、後継者候補の発掘から契約書の作成まで、フルパッケージのサポートを受けられます。

理事会・社員の協力が不可欠

医療法人は一社員一議決権が原則です。医療法人の出資者が理事長のみであったとしても、出資割合が多い人の意見が優先されるわけではない点に留意しましょう。

そもそも、最高意思決定機関である社員総会は、総社員の過半数の出席がなければ開催ができません(定款に別段の定めがある場合を除く)。議事は出席社員の議決権の過半数で決するのが一般的なので、自分に賛同する社員を増やさなければ、事業承継は実現しないでしょう。

出資持分の譲渡や払い戻しのスキームを選択した場合は、旧社員の退社と新社員の入社でプロセスが完結します(社員の入れ替え)。

旧社員から退社の同意が得られないと、後継者の交代後も旧社員が在籍を続け、後継者にとって好ましくない議決権を行使する恐れがあります。事業承継を円満に進めるには、理事や社員の全面的な協力が欠かせないのです。

まとめ

医療法人の事業承継は、株式会社のM&Aよりも留意点が多く、非営利性ならではの規制事項も存在します。親子間の事業承継であれば、いくらでも話し合いができますが、第三者承継となるとコミュニケーション不足によるトラブルも発生しやすいでしょう。

事業承継では、専門家や社員のサポートが欠かせません。理事や社員に対しては、できるだけ早い段階で説明をし、賛同を得る必要があります。

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