医療法人の事業承継|出資持分の評価額とスキーム4つ・使える制度を解説
医療法人の事業承継は、1社員1議決権・配当禁止・理事長は医師という3つの制約で進め方が決まります。出資持分の評価額が膨らむ仕組みと3種類の評価額の違い、承継スキーム4つの比較、そして事業承継・M&A補助金の対象外である事実と認定医療法人制度まで整理しました。
「そろそろ後継者に譲りたい」と考えて顧問税理士に相談したところ、出資持分の評価額が数億円になっていると言われて驚いた——医療法人の事業承継では、こうした場面が実際に起こります。
医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が内部留保として法人に積み上がっていきます。経営が順調で運営年数が長い法人ほど、出資持分の評価額は膨らみます。設立時に2,000万円だった持分が、30年後には数億円になっているケースも珍しくありません。この評価額が、承継の際に後継者の資金調達や税負担として重くのしかかります。
この記事では、医療法人と出資持分の関係、株式会社との制度上の違い、出資持分の評価額がどう決まるのか、承継スキーム4つの比較、そして医療法人が事業承継・M&A補助金の対象外である事実と、かわりに使える制度まで整理します。持分ありの医療法人を承継する立場の方に向けた内容です。
医療法人と出資持分の関係
医療法人は大きく「社団たる医療法人(社団医療法人)」と「財団たる医療法人(財団医療法人)」に分けられます。厚生労働省の統計では、令和8年3月31日現在の医療法人59,893法人のうち、社団が59,514法人、財団はわずか379法人です。医療法人の99%以上が社団医療法人であるため、この記事では社団医療法人の承継を前提に解説します。
「持分あり」と「持分なし」の違い
社団医療法人は、出資持分の有無によって「持分あり(経過措置型医療法人)」と「持分なし」に分かれます。出資持分とは、医療法人に金銭などを出資した人が持つ財産権のことです。
【2つの違い】
- 持分ありの医療法人:定款に定めがあり、出資者が財産権を持ちます
- 持分なしの医療法人:定款に定めがなく、出資者は財産権を持ちません
持分ありの医療法人では、出資者は退社するときに出資額に応じた払い戻しを請求できるほか、法人が解散したときには残余財産の分配を請求できます。この払い戻し請求権があるかどうかが、承継のスキーム選択と税負担を大きく左右します。
なお、2007年の第5次医療法改正以降、持分ありの医療法人は新たに設立できなくなりました。いま残っている持分ありの法人は、改正前に設立されたものが経過措置として存続しているものです。
持分ありは減り続けている|直近5年の推移
「持分ありがまだ多数派」という説明をよく見かけますが、実際の数字を追うとその構図が年々変わってきていることがわかります。
| 年(各年3月31日現在) | 社団医療法人 合計 | 持分あり(経過措置型) | 持分なし |
|---|---|---|---|
| 令和4年 | 56,774 | 37,490 | 19,284 |
| 令和5年 | 57,643 | 36,844 | 20,799 |
| 令和6年 | 58,508 | 36,393 | 22,115 |
| 令和7年 | 59,034 | 35,766 | 23,268 |
| 令和8年 | 59,514 | 35,104 | 24,410 |
社団医療法人の総数は5年間で2,740法人増えているのに対し、持分ありだけが2,386法人減っています。一方で持分なしは5,126法人増えました。新設ができない持分ありが、承継や持分なしへの移行によって着実に減っている構造がそのまま表れています。
比率で見るとさらに明確です。持分ありが社団医療法人に占める割合は、令和4年の66.0%から令和8年には59.0%まで下がりました。年に1.5~2ポイントのペースで減っており、この傾向が続けば数年のうちに半数を下回る可能性があります。
とはいえ、令和8年時点でも35,104法人が持分ありのまま残っています。そして事業承継を検討する年齢に達している理事長は、2007年より前に法人を設立した世代が中心です。これから発生する承継案件では、当面は持分ありのケースが多数を占めると考えてよいでしょう。
株式会社と何が違うのか
医療法人の事業承継を理解するには、まず株式会社との制度上の違いを押さえる必要があります。ここを株式会社と同じ感覚で進めようとすると、承継の途中で行き詰まります。
制度の違いを一覧で確認する
承継に影響する主な違いをまとめました。
| 比較する項目 | 株式会社 | 医療法人 |
|---|---|---|
| 意思決定機関 | 株主総会・取締役会 | 社員総会・理事会 |
| 議決権 | 1株1議決権。出資が多いほど発言力が強い | 1社員1議決権。出資額は議決権に影響しない |
| 利益の分配 | 配当ができる | 剰余金の配当は禁止されている |
| 代表者の資格 | 欠格事由がなければ誰でも代表取締役になれる | 理事長は原則として医師・歯科医師に限られる |
| 営利法人の参加 | 制限なし | 営利法人は社員になれない |
| 出資者の権利 | 株式の譲渡は原則自由 | 持分ありなら財産権を持つ。持分なしには財産権がない |
このうち承継の実務でとくに効いてくるのが、議決権のルールと非営利性の2つです。順に見ていきます。
1社員1議決権|出資額が多くても発言力は同じ
医療法人の意思決定機関は「理事会」と「社員総会」です。理事会は株式会社の取締役会、社員総会は株主総会に相当すると考えるとわかりやすいでしょう。
社員総会を構成するのが「社員」です。これは医療法人で働く職員のことではなく、株式会社の株主に相当する立場を指します。理事は社員によって選ばれ、日常の運営は理事会で決めていきます。
ここが株式会社と決定的に違う点です。株式会社には1株1議決権の原則があり、株式を多く持つ株主ほど経営に強く関与できます。ところが医療法人では、社員は必ずしも出資者とは限らず、出資額にかかわらず1社員1議決権が原則です。
つまり資本多数決が通用しません。理事長が出資金の全額を拠出していても、議決権は1票です。承継を進めるには、より多くの社員から賛同を得る必要があるということになります。
中小規模の医療法人では、社員名簿が長年更新されていないケースも珍しくありません。すでに関与していない人が社員のまま残っていると、承継の議決で思わぬ障害になります。まず誰が社員なのかを確定させる作業から始めるのが実務の出発点です。
非営利性|配当ができないことが評価額に跳ね返る
医療法人と株式会社のもうひとつの大きな違いが非営利性です。ここでいう非営利性とは、利益を一切追求してはいけないという意味ではなく、医療法人が得た利益を構成員に配当してはならないという意味です。
この配当禁止が、後述する出資持分の評価額の問題に直結します。利益を配当で外に出せないため、剰余金が内部留保として法人の中に積み上がり続けるからです。経営が順調な法人ほど純資産が厚くなり、それがそのまま持分の評価額を押し上げます。
また非営利性は、買い手の範囲も制限します。営利法人である事業会社は、医療法人の社員になれません。仮に株式会社が出資持分を保有したとしても、社員になれない以上は社員総会で議決権を行使できず、経営に直接参画できません。配当も受けられないため、投下した資本を配当で回収する道もありません。
つまり出資持分を持つことと、経営権を得ることは別だということです。この点は後述する承継スキームの選択にも関わってきます。
「シナジーを見込んで医療法人を傘下に入れたい」と考える事業会社は少なくありませんが、この2つの制約があるため、医療法人が事業会社にそのまま承継されるケースは多くありません。事業会社が関与する場合の具体的な方法については、クリニックのM&Aの記事で解説しています。
理事長になれるのは医師・歯科医師が原則
株式会社では欠格事由に該当しなければ誰でも代表取締役になれますが、医療法人の理事長になれるのは、原則として医師または歯科医師の免許を持つ人に限られます。
これは承継の選択肢を大きく狭めます。理事長に子どもがいても、その子が医師や歯科医師でなければ後継者として選任できないためです。親族内に候補がいないという状況が生まれやすく、結果として第三者への承継を検討する法人が増えています。
なお、都道府県知事の認可を受ければ医師・歯科医師以外が理事長になれる例外もありますが、認可の運用は限定的です。実務では医師である後継者を確保できるかが最初の関門になります。
病院や医療法人のM&Aの動向については、以下の記事で扱っています。
出資持分の評価額はどう決まるのか
持分ありの医療法人を承継するとき、最大の論点になるのが出資持分の評価額です。ここを見誤ると、後継者が資金を用意できずに承継そのものが止まります。まずは「評価額」という言葉が指すものを整理しておきましょう。
「評価額」には性質の違う3つがある
出資持分の金額を検討していると、税理士やアドバイザーから複数の数字が出てきて混乱することがあります。これは場面によって計算の根拠が異なるためです。
| どの場面の金額か | 決まり方 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 払い戻し請求権の額 | 法人の定款の定めによります。純資産額に出資割合を掛けて算出する定めが一般的です | 社員が退社して法人に払い戻しを請求するとき |
| 税務上の評価額 | 国税庁が定める財産評価の方法によります。純資産の額や、類似する業種との比較をもとに算出します | 相続・贈与で持分を取得したときの相続税・贈与税の計算 |
| M&Aの譲渡価格 | 売り手と買い手の交渉で決まります。純資産に将来の収益力を加味した金額が土台になります | 第三者へ出資持分を譲渡するとき |
この3つはそれぞれ別の金額になります。たとえば税務上の評価額が3億円でも、M&Aの交渉で3億円がそのまま通るとは限りませんし、定款の定め方によっては払い戻し請求できる額がまた違う金額になります。
相談の場では「持分の評価額は」という言い方でまとめて語られがちですが、いま話している内容がどの金額なのかを確認しながら進めることが大切です。とくに税務上の評価額は算定方法が細かく定められており、法人の規模や業績によって使う方法が変わります。実際の金額は税理士に算定してもらうことをおすすめします。
なぜ評価額が膨らむのか
医療法人の出資持分が高額になりやすいのは、制度上そうなるようにできているからです。
前章で見たとおり、医療法人は剰余金を配当できません。株式会社であれば利益を株主に配当して外に出せますが、医療法人ではそれができないため、毎年の利益が内部留保として法人の中に積み上がり続けます。純資産が厚くなれば、その分だけ出資持分の評価額も上がります。
つまり経営が順調で、運営年数が長い法人ほど、評価額は大きくなります。設立時に2,000万円だった出資持分が、30年後には数億円になっているケースも珍しくありません。皮肉なことに、まじめに経営してきた法人ほど承継の難易度が上がるという構造になっています。
そしてこの金額は、決算書を見ただけではわかりません。貸借対照表の純資産の部を見れば概算はつかめますが、税務上の評価額は別の計算方法によるためです。承継を考え始めたら、まず現時点の評価額を算定してもらうところから始めてください。
評価額が高いと何が起きるか
評価額が膨らんだ状態で承継を迎えると、次のような問題が生じます。
【親族に承継する場合】
- 持分を無償または低額で譲ると、後継者に高額な贈与税が課されます
- 理事長が亡くなってから承継する場合は、相続人に相続税が課されます
- 納税資金を用意できず、持分を売却せざるを得なくなることがあります
- 相続人が複数いる場合、持分をどう分けるかで争いになることがあります
【第三者に承継する場合】
- 後継者が譲渡代金を用意できず、交渉が成立しないことがあります
- 買い手が金融機関から借り入れる場合、返済負担が承継後の経営を圧迫します
- 前理事長が払い戻しを選ぶと、法人から多額の現金が流出します
とくに注意したいのが最後の点です。払い戻しは法人の資金で行われるため、承継の瞬間に法人の体力が大きく削られます。設備投資や運転資金に影響が出ることもあるので、払い戻しを選ぶ場合は払い戻し後の資金繰りまで含めてシミュレーションしておく必要があります。
これらの負担を軽くする方法として、持分なしの医療法人へ移行するという選択肢があります。この点は後の章で詳しく扱います。
承継スキーム4つを比較する
持分ありの医療法人を第三者に引き継ぐ場合、実務では主に4つのスキームが使われます。どれを選ぶかで、手続きの重さも税負担も、承継後に残るものも変わります。
4つのスキームを一覧で比較
まず全体像を確認しておきましょう。
| スキーム | どんな場面で選ぶか | 法人格と雇用 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 出資持分の譲渡 | 持分ありの法人を丸ごと引き継ぐとき。最も多く用いられます | 法人格はそのまま。雇用も取引先との関係も継続します | 譲渡だけでは経営権は移りません。社員の入れ替えが別途必要です |
| 出資持分の払い戻し | 前理事長が退社して法人から払い戻しを受けるとき | 法人格はそのまま継続します | 法人から多額の現金が出ていくため、資金繰りを圧迫するおそれがあります |
| 事業譲渡 | 複数の施設のうち一部だけを譲りたいとき | 譲渡する範囲を個別に選びます。雇用契約は結び直しが必要です | 許認可を取り直す必要があり、手続きがもっとも重くなります |
| 合併 | 複数の医療法人を統合して規模を拡大するとき | 包括的に承継されます | 合併できるのは医療法人同士のみです。株式会社との合併は認められていません |
表のとおり、もっとも手続きが軽いのは出資持分の譲渡です。法人格が変わらないため、許認可も雇用契約も取引先との関係もそのまま引き継げます。実務でこのスキームが選ばれることが多いのは、この身軽さによるものです。
出資持分の譲渡|譲渡だけでは経営権が移らない
持分ありの医療法人の承継で、もっとも多く用いられるスキームです。理事長が保有する出資持分を第三者に譲渡し、地位を移転させます。
ここで見落とされやすいのが、出資持分を譲り受けただけでは経営権を握れないという点です。前章で見たとおり、医療法人は1社員1議決権が原則で、持分の保有割合は議決権に反映されません。
そのため実務では、出資持分の譲渡と同時に「社員の入れ替え」を行うことが通常です。前理事長に近い社員に退社してもらい、後継者側の社員を入社させることで、社員総会での議決権を確保します。
この社員の入れ替えがうまくいかない場合、持分は移ったのに経営権は前理事長側に残るという、もっとも避けたい状態になります。譲渡契約と社員の入れ替えはセットで設計しましょう。
出資持分の払い戻し|法人の資金で買い取る形
社員資格を失った人は、法人に対して出資額に応じた払い戻しを請求することができます。この仕組みを使う手段が払い戻しのスキームです。
流れとしては、出資者である前理事長が先に退社して払い戻しを受け、その後に後継者が入社して出資者になるという形をとります。前理事長と後継者のあいだで持分が直接移転するわけではなく、法人が前理事長の持分を買い取る形になると考えるとわかりやすいでしょう。
このスキームでも社員の入れ替えは必要です。そして前章で触れたとおり、払い戻しの原資は法人の資金です。評価額が高い法人ほど流出額が大きくなるため、承継後の経営を圧迫しないかを事前に確認してください。
事業譲渡|施設単位で切り出せる
複数のクリニックや病院を運営する医療法人が、特定の施設だけを譲渡したい場合に選ばれるスキームです。事業譲渡とは、事業の一部または全部を第三者に譲渡することを指します。
出資持分の譲渡では法人の権利義務が包括的に承継されますが、事業譲渡では譲り渡す対象と範囲を個別に選べます。不要な資産や負債を引き継がずに済む一方で、取引先との契約や従業員の雇用契約については、ひとつずつ同意を得る必要があります。
そして手続きの重さが最大の課題です。許認可は引き継がれないため、譲受側が新たに開設許可や保険医療機関の指定を取り直す必要があります。診療所を事業譲渡で引き継ぐ場合の行政手続きについては、クリニック・診療所のM&A・事業承継の記事で詳しく解説しています。
なお、医療法人の事業譲渡について、医療法に包括的な規定は置かれていません。医療法人は会社ではないため、会社法が直接適用されるわけではありませんが、契約実務では会社法上の事業譲渡の考え方が参考にされます。あわせて、定款の定めや都道府県への届出の要否も確認が必要です。
合併|医療法人同士でしかできない
合併は、2つ以上の医療法人をひとつの法人格に統合するスキームです。規模の拡大や経営基盤の強化を目的とする、比較的大きな再編で用いられます。
【合併の2種類】
- 吸収合併:消滅する法人の権利義務を、存続する法人が承継します
- 新設合併:すべての法人が解散し、新たに設立した法人が権利義務を承継します
ここで押さえておきたい制約が2つあります。1つ目は、医療法人が合併できる相手は医療法人に限られるという点です。株式会社との合併は認められていません。
2つ目は持分の扱いです。持分ありの医療法人同士が合併する場合を除き、合併後の法人は原則として「持分なし」になります。つまり持分ありの法人が持分なしの法人と合併すると、持分という財産権が消えることになります。この点は出資者にとって重大な影響があるため、合併を検討する際は必ず確認してください。
合併には共通部門の統合による効率化や信用力の向上といったメリットがありますが、手続きは都道府県の認可を含めて重くなります。スキームの選び方全般については、以下の記事も参考になります。
医療法人は補助金が使えない|かわりに何があるか
後継者不足を背景に、国はさまざまな事業承継の支援策を用意しています。ところが医療法人は、その多くから外れています。ここを正しく理解しておかないと、使えない制度を前提に資金計画を立ててしまいます。
事業承継・M&A補助金は対象外
事業承継・M&A補助金は、M&Aの専門家費用や承継後の設備投資を補助する制度です。中小企業の事業承継を後押しする代表的な支援策として広く使われています。
しかし医療法人は、この補助金の補助対象者に含まれていません。公募要領の「対象外となる中小企業者等」の項目に、医療法人が明記されています。専門家活用枠でも事業承継促進枠でも、この扱いは同じです。
対象外とされているのは医療法人だけではありません。社会福祉法人、一般社団法人、財団法人、公益社団法人、公益財団法人、学校法人、農事組合法人、各種の組合、法人格のない任意団体なども同様に列挙されています。非営利性を持つ法人形態が一括して外されている構造です。
なお、補助対象者の範囲や枠の構成は公募回ごとに見直されます。申請を検討する場合は、必ず最新の公募要領で確認してください。
使える制度・使えない制度を整理する
医療法人の承継で使える制度と使えない制度を一覧にしました。
| 制度 | 医療法人が使えるか | 内容と注意点 |
|---|---|---|
| 事業承継・M&A補助金 | 使えません | 公募要領の「対象外となる中小企業者等」に医療法人が明記されています。社会福祉法人・学校法人・農事組合法人なども同様に対象外です |
| 認定医療法人制度 | 使えます | 持分なしへ移行する際に法人へ課される贈与税が課されません。相続・遺贈で取得した持分の相続税を猶予する仕組みもあります |
| 事業承継税制(法人版) | 使えません | 対象は非上場株式です。医療法人の出資持分は株式ではないため、この制度は適用されません |
とくに注意したい制度が「事業承継税制(法人版)」です。事業承継税制という名称から「医療法人にも使えるのでは」と考えてしまいがちですが、この制度の対象は非上場株式です。医療法人の出資持分は株式ではないため、そのままでは適用されません。この点を取り違えると、税額の見通しが大きく狂います。
認定医療法人制度|期限が迫っている
医療法人の持分の問題に対して用意されているのが認定医療法人制度です。持分ありの医療法人が持分なしへ移行することを支援する仕組みで、承継の負担を根本から軽くできる可能性があります。
持分ありの法人が持分なしへ移行するとき、出資者は持分を放棄することになります。このとき原則としては、放棄によって利益を受けた医療法人に対して贈与税が課されます。せっかく持分をなくそうとしても、そこで税負担が発生してしまうわけです。
ところが一定の要件を満たして認定を受けた医療法人が移行する場合、この贈与税は課されません。また、相続や遺贈で持分を取得した場合についても、認定移行計画に記載された期限まで相続税の納税を猶予し、期限までに持分を放棄すれば猶予されていた税額が免除される仕組みがあります。
ここで押さえておきたい点が期限です。認定の申請期限は2026年12月31日とされています。当初の期限から延長された経緯がありますが、現時点ではこの日付が区切りです。検討するなら残された時間は多くありません。
期限や認定の要件は、今後の税制改正で変更される可能性があります。実際に検討する際は、必ず最新の情報を確認してください。
ただし、これは持分という財産権を手放す決断でもあります。移行後も一定期間は要件を満たし続ける必要があり、要件から外れた場合の影響も含めて判断が必要です。認定を受けられるか、そもそも自院にとって移行が有利かは、必ず税理士に相談したうえで決めてください。
制度の全体像や最新の公募状況については、以下の記事で解説しています。
事業承継を円滑に進めるには
医療法人の事業承継は、理事長の意向だけでは実現しません。制度上、周囲の協力がなければ物理的に進まない構造になっているためです。
理事会・社員の協力を先に固める
ここまで繰り返し触れてきたとおり、医療法人は1社員1議決権が原則です。出資者が理事長ひとりの場合でも、出資割合の多い人の意見が優先されるわけではありません。
そもそも社員総会は、総社員の過半数が出席しなければ開催できません(定款に別の定めがある場合を除きます)。議事は出席した社員の議決権の過半数で決することが一般的であるため、賛同してくれる社員を確保できなければ、承継の議決そのものが成立しません。
とくに問題になりやすい点が、旧社員が退社に同意してくれないケースです。出資持分の譲渡や払い戻しのスキームでは、旧社員の退社と新社員の入社によって手続きが完結します。ここで同意が得られないと、承継後も旧社員が在籍を続け、後継者にとって望ましくない議決権を行使される状態が残ります。
そのため実務では、スキームを決める前の段階から、理事や社員に丁寧に説明して賛同を得ておくことが重要になります。
医療法人に精通したアドバイザーを起用する
医療法人の承継プロセスは、大枠では一般的なM&Aと変わりません。しかし社員の入れ替え、持分の評価、認定医療法人制度の検討、都道府県への届出など、医療機関ならではの論点が随所に入ってきます。
加えて、医師は交渉の場に慣れていないことが多く、金銭が絡む場面で冷静な判断が難しくなることもあります。知り合いから紹介を受けられる場合を除いて、理事長自身が後継者を探すのも簡単ではありません。
アドバイザーを起用すれば、後継者候補の発掘から契約書の作成まで一貫した支援を受けられます。選ぶ際は、医療法人の承継実績があるかどうかを具体的な件数で確認してください。相談先の種類ごとの特徴は、以下の記事で整理しています。
準備はいつから始めるか
医療法人の承継は、5年から10年単位で考えることが現実的です。理由は3つあります。
【時間がかかる理由】
- 出資持分の評価額を把握し、税負担を軽くする対策を打つには年単位の時間が必要です
- 社員の構成を整理し、承継に賛同する体制をつくるにも時間がかかります
- 後継者が医師である必要があるため、候補の母数がそもそも限られます
そして認定医療法人制度を検討するなら、2026年12月31日という申請期限があります。持分なしへの移行を選択肢に入れるのであれば、逆算できる時間はさらに短くなります。
「まだ元気だから先でいい」と考えているうちに、評価額はさらに膨らんでいきます。まずは現時点の出資持分の評価額を算定してもらうことから始めましょう。数字が見えれば、取るべき対策の輪郭がはっきりします。
医療法人の事業承継に関するよくある質問
最後に、医療法人の承継を検討する方からよく寄せられる質問をまとめました。
Q1. 持分なしの医療法人なら承継は楽になりますか?
A. 持分の評価額をめぐる問題は生じないため、その点では軽くなります。出資者に財産権がないので、贈与税や相続税、払い戻しによる資金流出を考える必要がありません。一方で、1社員1議決権や理事長の資格要件は持分なしでも同じです。社員の賛同を得る必要がある点と、後継者が医師でなければならない点は変わりません。また持分なしの場合、前理事長は持分の対価を受け取れないため、役員退職金などの形で設計することになります。
Q2. 医師でない子どもに医療法人を継がせることはできますか?
A. 理事長になれるのは原則として医師・歯科医師に限られるため、そのままでは困難です。都道府県知事の認可を受ければ医師以外が理事長になれる例外もありますが、運用は限定的です。実務では、医師を理事長として迎え、子どもは理事や事務長として経営に関わるという形をとることがあります。ただし社員としての議決権をどう配分するかを含めて、事前の設計が必要です。
Q3. 出資持分の評価額を下げる方法はありますか?
A. 純資産を圧縮する方向の対策として、役員退職金の支給や、事業上必要な設備投資などが検討されることがあります。また、持分なしの医療法人へ移行すれば、持分の評価という問題自体がなくなります。
ただしこれらは節税を目的に行うものではなく、経営上の必要があって実施した結果として評価額に影響するという位置づけです。効果の大きさも法人の個別事情によって変わります。いずれも税務上の判断が伴い、実行の時期や金額によって扱いが変わるため、自己判断で進めず、必ず税理士と計画を立てましょう。
Q4. 社員が退社に同意してくれない場合はどうなりますか?
A. 承継後もその社員が在籍を続けることになり、社員総会で議決権を行使できる状態が残ります。定款に退社に関する定めがある場合はそれに従いますが、基本的には話し合いで同意を得るほかありません。だからこそ、スキームを決める前の段階から理事や社員に説明し、賛同を得ておくことが重要になります。
Q5. 医療法人は事業承継・M&A補助金を使えますか?
A. 使えません。公募要領の「対象外となる中小企業者等」に医療法人が明記されており、専門家活用枠でも事業承継促進枠でも扱いは同じです。かわりに検討したいのが認定医療法人制度で、持分なしへ移行する際の贈与税が課されない仕組みがあります。申請期限は2026年12月31日です。
Q6. 買い手が見つからない場合はどうすればよいですか?
A. 医療法人の買い手は、医療法人か個人の医師に限られるため、一般的な事業に比べて母数が少なくなります。地域の医師会や取引のある金融機関に相談するほか、M&Aプラットフォームで全国から探す方法もあります。実際にどのような案件が動いているかを見ておくと、自院の位置づけや相場感をつかむ助けになります。
まとめ|まず出資持分の評価額を算定することから
医療法人の事業承継は、株式会社のM&Aとは前提が違います。1社員1議決権によって資本多数決が通用せず、非営利性によって配当ができず、理事長になれるのは原則として医師・歯科医師に限られます。この3つの制約が、承継の進め方をほぼ決めています。
そして持分ありの医療法人でもっとも大きな論点が、出資持分の評価額です。配当できない以上、利益は内部留保として積み上がり続けます。まじめに経営してきた法人ほど評価額が膨らみ、承継の難易度が上がるという構造になっています。設立時に2,000万円だった持分が数億円になっていることも珍しくありません。
制度面では、事業承継・M&A補助金や法人版の事業承継税制が使えない一方で、認定医療法人制度という選択肢があります。ただし認定の申請期限は2026年12月31日です。持分なしへの移行を検討するなら、動ける時間は限られています。
準備の段階で押さえておきたいのは、次の3点です。
- 現時点の出資持分の評価額を税理士に算定してもらう
- 社員名簿を確認し、誰が議決権を持っているかを確定させる
- 認定医療法人制度を使うかどうかを、期限から逆算して判断する
そのうえで、実際にどのような相手がいるのかを知ることが次の一歩になります。TRANBIには病院やクリニックの案件も掲載されており、地域や規模で絞って探せます。承継の相談先を決める前に、まずはどのような案件が動いているかを眺めて相場感をつかんでみてください。登録も掲載も無料で始められます。
