EC運営は、全部自分でやらなくていい。 docket store山下義弘さんが実践する、仕事の整理とAI活用

EC運営は、全部自分でやらなくていい。 docket store山下義弘さんが実践する、仕事の整理とAI活用

【EC特集・後編】実店舗とECを一人で営むdocket store・山下義弘さんが語る、仕事の整理とAI活用術。「全部自分でやる」のが経営ではない——効率化や外部委託、AIを取り入れ、小さな体制でも無理なく事業を回す方法とは。

EC事業をゼロから始める場合、商品選びから仕入先の開拓、集客、発送まで、事業を動かすための仕組みを一つずつつくらなければなりません。EC事業を引き継ぐことに興味はあっても、「これだけの仕事を自分にすべてできるだろうか」「従業員を雇わなければ回らないのではないか」と不安を感じる人は少なくありません。

前編の記事では、文具と収納用品の店「docket store」を営む山下義弘さんに、ゼロから小さなECを立ち上げる難しさと、自分の判断で商いを育てる面白さを聞きました。

実店舗とオンラインストアを運営しながら、商品開発や情報発信にも取り組む山下さん。幅広い仕事を限られた体制で続けるために大切なのは、すべてを自分で完璧にこなすことではないといいます。今回は、仕事の整理、外部サービス、AIの活用を通じて、無理なく事業を動かす方法を聞きました。

EC特集・山下義弘さんの特別コラム前編はこちら

「全部自分でやる」ことが経営ではない

――商品登録や発信、発送など、EC事業には多くの仕事があります。どのように回しているのでしょうか。

山下さん 自分は忙しすぎるとパフォーマンスが下がるので、基本的に週2日は休むようにしています。そのためには、業務を効率化し、一部を外部に任せることも必要です。
たとえば、オンラインストアの発送は現在も自分で行っているものが多い一方、Amazonで販売しているオリジナル商品は、倉庫での保管や出荷を任せられます。以前、移動販売で長期間店を離れたときは、オンラインの発送が止まり、売上も立たなくなりました。その経験から、店にいなくても商品が動く仕組みの大切さを実感しました。
業務を手放すことは、自分の仕事をなくすことではありません。空いた時間を使って、新しい商品を探したり、発信したり、イベントへ出向いたりできる。経営者がどこに時間を使うかを決めることも、仕事の一つだと思います。

docket storeオリジナル商品

すべてを120点にせず、まず80点をつくる

――山下さんは、AI活用について「80点まででいい」と発信しています。これはどういう考え方でしょうか。

山下さん 会社員時代、一緒に店舗で働くスタッフが、他店の優れた売り場をそのまま再現しようとして、細かな違いに時間を取られたことがありました。あとから振り返ると、成果を生み出す核となる部分を押さえれば、すべてを完全に再現しなくても一定の結果は出せたと思います。
無印良品で働いていた頃には、「MUJIGRAM」という業務基準書がありました。これは、マニュアルと混同されがちなのですが、売り場のつくり方や接客の基準を明確にすることで、特別な能力を持つ人がいなくても、一定の水準を保てる仕組みです。
EC運営にも同じことがいえます。限られた時間のなかで、すべての業務を120点にしようとすると続きません。なにより、自分が120点だと思っていることが、60点しか取れなかったり、その逆もありえます。まず必要な水準まで整え、そのうえで自分がこだわりたい仕事に力を使う。この考え方は、AIを使うときにも役立っています。
業務を分解し、優先順位を決め、手順を整え、人や外部パートナーへ依頼する。こうした力は、企業で働くなかでも培われるものです。営業、企画、管理、マーケティングなど、これまでの仕事で身につけた経験は、小さな事業を動かす場面でも生かすことができます。

AIは、経験や時間の不足を補う道具になる

――現在、どのような業務でAIを使っていますか。

山下さん 特に役立っているのは検索です。以前は複数のキーワードを組み合わせて時間をかけて調べていましたが、現在はAIに条件を伝え、参照元のリンクと一緒に候補を出してもらえます。オリジナル商品の製造を相談できそうなメーカーをリストアップしてもらい、実際の仕事につながったこともあります。
商品のサイズや素材など、オンラインストア内の表記を統一したり、商品情報を複数の言語に翻訳したりする用途でも使っています。海外で商品が通用する可能性を調べる際には、現地のニュースやECサイトを確認する手がかりにもなります。
業界について分からないことを調べる、散らばった情報を整理する、文章の下書きをつくる。こうした作業をAIに補ってもらうことで、未経験の領域でも検討を始めやすくなり、限られた時間を判断や実行に使えるようになります。

――AIに依頼すれば、すぐに使える成果物が出てくるのでしょうか。

山下さん 最初は、過去の記事と商品ページを渡して「同じように書いて」と頼んでみましたが、求めていた内容にはなりませんでした。そこで、商品名、特徴、想定する読者、使い方、文章の構成など、必要な情報を項目ごとに整理して渡すようにしたところ、下書きとして使える水準まで精度が上がりました。
AIから良い答えを得るには、こちらが何を求めているのかを言葉にする必要があります。これは人に仕事をお願いするときと同じです。AIへの指示を考えることが、自分の業務を整理し、将来誰かと働くための準備にもなっていると感じます。

AIに任せても、最後の判断は経営者に残る

――今後、商品開発もAIによって簡単になっていくのでしょうか。

山下さん 図面の作成やメーカー探しまでAIが担うようになれば、商品を形にするハードルは下がると思います。一方で、アイデアがあるだけでは商品はできません。メーカーごとの得意分野を理解し、相談を重ね、信頼関係を築く必要があります。
どの商品を扱うのか、どこに魅力を感じたのか、誰にどう届けたいのかを決めることも人の仕事です。お客様の反応を受け取り、次の商品や発信につなげることも、AIだけではできません。
調査や文章整理のような業務をAIに任せることで、商品を見る、取引先と話す、お客様の声を聞くといった仕事に時間を使えるようになる。AIは経営者の代わりというより、自分が担うべき仕事を選び直すための存在だと思います。

小さな事業の経営に向いているのは、どんな人か

――山下さんの経験から、小規模な事業を運営するのは、どのような人に向いていると思いますか。

山下さん すべての仕事が得意である必要はないと思います。それよりも、自分で判断することを楽しめる人、小さく試して改善できる人、分からないことを調べたり、周囲の力を借りたりできる人の方が向いているのではないでしょうか。
経営では、正解が分からないまま決めなければならないこともあります。完璧な答えが出るまで止まるのではなく、まず一定の水準まで進め、反応を見ながら変えていく。そうした進め方を面白いと思えるかどうかは、大きいと思います。

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EC事業をゼロから立ち上げるには、商品を用意するだけでなく、仕入先や顧客を探し、販売方法や発送の流れを整え、事業を知ってもらうための発信を続ける必要があります。比較的小さく始められる領域だからこそ、一人が担う仕事の範囲は広くなりがちです。
M&Aによる事業承継であれば、すでにある商品、顧客、取引先、販売チャネルなどの基盤を引き継ぐことができます。ゼロからすべてをつくるのではなく、既存の事業を理解し、残すものと変えるものを判断するところから始められることは、大きなメリットです。
さらに、調査や情報整理、文章の下書き、翻訳などをAIに補ってもらい、保管や発送の一部を外部サービスに任せれば、一人でも事業を回しやすい体制をつくることができます。AIや外部サービスを使うことは、経営者の仕事をなくすことではありません。作業にかかる時間を減らし、商品を選ぶ、取引先と関係を築く、お客様の声を聞くといった、人が担うべき判断に時間を使うための方法です。
事業承継を考えるとき、最初から「買うか、買わないか」を決める必要はありません。まずはEC案件を眺めながら、「すでにどのような基盤があるのか」「自分の経験をどこに生かせるのか」「どの仕事を自分で担い、どこをAIや外部の力に任せられるのか」と想像してみる。その積み重ねが、自分に合う事業や働き方を見つける第一歩になります。
ゼロから始めるのは大変でも、すでにある事業基盤を引き継ぎ、AIや外部サービスを取り入れることで、小さな体制でも事業を動かしていくことはできます。山下さんの実践は、EC事業を持つことが、何でも一人で完璧にこなせる特別な経営者だけの選択肢ではないことを教えてくれます。
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実際のEC事業を見ながら、引き継いだ後の運営を考えてみませんか。

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