会社員から、自分の商いを持つ。 副業から始まったdocket store、そのEC事業の難しさと面白さ

会社員から、自分の商いを持つ。 副業から始まったdocket store、そのEC事業の難しさと面白さ

【EC特集・前編】会社員から副業で文具店を始め、たった一人でEC事業を育ててきたdocket store・山下義弘さん。仕入れから発送まで担う小規模ECの大変さと面白さ、そして「ゼロから作る」以外の選択肢としての事業承継について語ります。

「事業を引き継いでみたい。でも、自分に経営できるだろうか」

個人での事業承継に興味を持っても、経験のない業界での運営や、従業員を抱えることへの不安から、なかなか一歩を踏み出せない人は少なくありません。

一方、ECは店舗型の事業に比べて場所に縛られにくく、事業の規模や体制を調整しながら取り組める領域です。ただし、小さく始めやすいことと、簡単に事業を立ち上げられることは同じではありません。何を販売するのかを決め、仕入先を探し、商品を撮影して紹介文をつくり、注文から発送までの流れを整え、最初の顧客に店を知ってもらう。ゼロから始める場合は、商品が売れるまでに必要な基盤をひとつずつつくる必要があります。

大阪府箕面市で文具と収納用品の店「docket store」を営む山下義弘さんは、2018年の開業以来、実店舗とオンラインストアの運営、仕入れや撮影、情報発信、オリジナル商品の開発などを、基本的に一人で担ってきました。

山下さんも、最初から現在の規模で経営していたわけではありません。会社員として働きながら、小さな店舗を副業で始め、できることを少しずつ増やしてきました。

小さな体制でEC事業を営むと、何が大変で、何が面白いのか。ゼロから自分の商いをつくり、育ててきた山下さんに聞きました。

山下義弘さん

山下義弘氏/docket store店主

大学卒業後、株式会社良品計画の運営する「無印良品」の店舗運営・店長業務に従事。
2018年10月、大阪・箕面に6坪の文具と雑貨のセレクトショップを開業。
仕入れ・接客・撮影・発信・商品開発までを一人で担う「おひとりさま店舗」を掲げ、自作したオリジナル文具「レシートスキャンボード」はAmazonランキング1位・年間売上1,000万円のヒットに。
移動販売車での日本縦断、海外への行商にも挑戦し、noteとXで計3万人超へ発信を続けている。

docket store https://docketstore.theshop.jp/

「儲からない」と言われた文具店を、なぜ始めたのか

――docket storeを始めたきっかけを教えてください。

山下さん 以前は約10年間、小売店で働き、店長業務なども経験しました。文具店を始めようと思った出発点は、町の文具店が減っていることでした。学校や企業への納品がインターネット通販に置き換わり、昔ながらの文具店が続けにくくなっている。だからこそ、今あえて文具店をやることに意味があるのではないかと考えました。
ただ、開業前には経験者から「今からやるのはやめた方がいい」「儲からない」と何度も言われました。実際、Amazonや大手量販店があるなかで、わざわざ小さな店で買ってもらう理由をつくらなければなりません。

――どのような形でスタートしたのでしょうか。

山下さん 店舗は約6坪で、人通りの多い場所でもありません。最初の1年間は副業として運営し、店を知ってもらうまでの時間を確保しました。 コストを抑えつつ、自分の判断がそのまま店に反映される働き方を試したい気持ちもありました。
副業から始めたことで、生活の基盤を残しながら、この働き方が自分に合うかを確かめる時間も持てました。最初からすべてを事業に懸けるのではなく、小さく試せたことは大きかったと思います。

docket storeの店内

商品が売れるまでの基盤を、ゼロからつくる

――小さく始めた一方で、ゼロから事業の形をつくる大変さもあったのでしょうか。

山下さん 商品を仕入れ、オンラインストアを用意すれば、自然に売れるわけではありません。取引先を探し、扱う商品を選び、撮影して紹介文を書き、注文後の梱包や発送方法まで決める必要があります。さらに、まだ店を知らない人に、どのように見つけてもらうかも考えなければなりません。
一つひとつの仕事は小さく見えても、すべてをゼロから決めていくのは大変です。最初から完成した形を目指すのではなく、必要なものから少しずつ整え、実際のお客様の反応を見ながら変えてきました。

仕入れから発送まで。小規模ECは仕事の境目がない

――普段は、どのような仕事を担っているのでしょうか。

山下さん 仕入れ、接客、商品登録、撮影、noteやSNSでの発信、梱包、発送まで、仕事は多岐にわたります。商品開発やクラウドファンディング、イベント出店、移動販売にも取り組んできました。
年間で約3,000件発生する発送も、一部を除いて自分で行っています。ただ、開業当初からこの規模だったわけではなく、商品の数や売上に合わせて、必要な仕事を段階的に増やしてきました。


梱包済み商品の発送前のお写真


――売上が増えることが、そのまま楽になることにはつながらないのですね。

山下さん 2024年の年間売上は3,000万円を超えました。ただ、仕入れや家賃、各種経費を支払うため、売上の数字がそのまま手元に残るわけではありません。収入だけで比べれば、会社員時代の方が手元に残るお金は多かったと思います。
人を雇えば作業を分担できますが、安定して給与を支払うには、さらに売上が必要です。広い店舗に移れば家賃が上がり、商品数を増やせば在庫も増える。規模を大きくすることが、必ずしも経営を楽にするとは限りません。
一方で、自分で判断し、その結果を直接受け取れることに、収入だけでは測れない事業の面白さを感じています。

自分の判断が、そのまま店になる

――山下さんが感じている面白さはどこにありますか。

山下さん 自分が面白いと思った商品を仕入れ、自分の言葉で紹介し、お客様の反応を直接見られることです。多くの商品は並べられませんが、その分、一つひとつを選んだ理由をしっかり伝えられます。

――商品開発では、どのようにアイデアを見つけているのでしょうか。

山下さん 出発点になるのは、日々の仕事や生活のなかで、自分自身が感じた不便です。「レシートスキャンボード」も、しわになったレシートをスマートフォンで撮影しやすくしたいという困りごとから生まれました。
ただ、アイデアがあるだけでは商品にはなりません。どのような素材や形にするのかを考え、製造を相談できるメーカーを探し、相手の得意分野を理解しながら話を進める必要があります。自分が欲しいものを、実際に製造・販売できる商品へ落とし込むところに、商品開発の難しさがあります。
発売後には、チェキなど別の紙ものに使いたいという声も届きました。つくり手が想定しなかった使い方を、お客様が見つけてくれることもあります。日常の困りごとから着想し、商品として形にして、反応を受けながら次の改善につなげる。商品開発から販売までの距離が近いことも、小さな店ならではの面白さです。

レシートスキャンボード商品画像と使用シーン


実店舗とEC、二つの接点が商いを支える

――オンラインで販売できる時代に、実店舗を持つ意味をどう考えていますか。

山下さん 実店舗の売上だけで事業が成り立っているわけではありません。オンラインストアや情報発信と組み合わせることで、店の意味が生まれていると感じています。 来店が多くない時間には、文章を書き、商品を撮影し、オンラインストアを更新できます。商品を触ってもらう場所であると同時に、メーカーやほかの店とつながり、イベントや商品開発の起点にもなる。自分にとって実店舗は、活動全体の拠点です。
実店舗を持つことが、すべてのEC事業に必要なわけではありません。大切なのは、店舗、SNS、既存顧客、取引先など、その事業が持つ接点を組み合わせ、自分に合った運営方法をつくることです。

大きくすることより、続けられる形を選ぶ

――山下さんにとって、事業が成長するとはどういうことでしょうか。

山下さん 売上や従業員数を増やすことだけが成長ではないと思っています。将来的に人を雇う可能性はありますが、小さな店舗でコストを抑えながら、試行錯誤できたことは大きかったです。
固定費が比較的少ないからこそ、売上が伸びない時期にも急いで答えを出さず、商品の選び方や発信方法を変えられました。うまくいかなければ方向を変え、面白いと思ったことはすぐに試す。成長の速度や方向を自分で決められることが、小規模で営む強みです。

――これからEC事業を持ちたい人に、伝えたいことはありますか。

山下さん 小さなECでも、オンラインストアをつくれば自然に商品が売れるわけではありません。自分で判断できる分、その責任も自分に返ってきます。
それでも、自分が選んだ商品を自分の言葉で届け、お客様の反応を受けながら商いを変えていけることには、会社員の仕事とは違う手触りがあります。副業や小さな拠点から試し、自分に合う形を探すことも、事業を続けるための大切なプロセスだと思います。

EC特集・山下義弘さんの特別コラム後編はこちら

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EC事業をゼロから始める場合、何を販売するのかを決めるところから、商品、仕入先、顧客、販売チャネル、発送方法まで、事業を動かすための基盤を一つずつつくる必要があります。小さく始められる一方で、商品が売れる状態にたどり着くまでには、多くの試行錯誤が求められます。
事業承継であれば、すでにある商品や顧客、取引先、販売基盤を引き継ぐことができます。もちろん、引き継いでもそのまま事業が成長するわけではありません。しかし、ゼロから土台をつくるのではなく、すでにある強みを見極め、自分の経験や関心を加えながら、運営方法や販路を改善するところから始められます。
最初から「買うか、買わないか」を決める必要もありません。まずはEC案件を眺めながら、「この事業には、どのような商品や顧客がいるのだろう」「自分のどんな経験を生かせるだろう」「現在の仕事と両立するには、どのような体制が必要だろう」と想像してみることも、第一歩になります。
docket storeの歩みから見えてきたのは、ゼロから商いをつくる大変さと、それでも自分の判断で少しずつ育てていける面白さでした。すでにある事業を引き継ぐことも、自分が続けられる商いを持つための一つの選択肢です。
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