2020-08-04

【買い手編】2つの視点から見る事業承継 ~開業医が引退後を見据え、何気なくはじめた音楽教室へのM&A

買い手(個人):大橋孝男さん

<引退後の人生を見据えた個人のM&A事例>

 

M&Aには必ず売り手と買い手が存在します。当然ながら、売り手は高く売りたいと思い、買い手は安く買いたいと思うもの。そんなそれぞれの想いは、どんな風にまとまっていくのでしょうか? そんな疑問にお答えするために、ある音楽教室の事業承継について、売り手様と買い手様にそれぞれインタビューを行いました。本記事は買い手編です。売り手編はこちら
お話を伺ったのは、大阪市内の音楽教室「Musik Dorf(ムジークドルフ)」を譲り受け、教室名を「Musica Merla(ムジカ メルラ)」に改めて運営している大橋孝男さん。開業医である大橋さんは、もともとは売り手として自身の医院をいずれ譲渡するためにTRANBIに登録しました。そんな大橋さんが、音楽教室を買った理由とは?


(買い手である開業医の大橋さん)

【いつかクリニックを譲るため、売り手の立場でM&Aに関心を持った】

- 普段はお医者さんをされていると伺いました。
はい、医師免許とってから何年か勤務医をした後、自分のクリニックを開業しました。もう26年になります。

- TRANBIに登録したのはどんなきっかけがあったんでしょうか?
クリニックを売るためのリサーチです。ある程度年齢も重ねましたが跡継ぎもいないので、廃業するか譲渡するかを考えています。患者さんがいる以上、簡単に廃業しますとも言えませんから、譲渡しかないなという考えに至りました。

- 譲渡に向けて行動しはじめたのはいつ頃からですか?
2年ほど前ですね。ちゃんと関係者には申し送りしておきたいので、早め早めに動こうと思っているんです。病院経営って、外見だけでは分からない部分も多いんです。例えば、望ましくない患者さんもいるけれど、来るなとは言えないので、「こういう患者さんもいるけど、それでもいいか」という確認をしてからじゃないと譲渡できません。目の黒いうちに、とは考えています。

- もともと売り手として利用されるつもりが、買い手側にも興味を持たれた理由は?
すぐに売り出そうとは思っていないので、リサーチがてらいろんな案件を見ることからはじめました。そのうち、見ること自体がおもしろくなっていった感じです。こういうとトランビさんは困るかもしれないですが、本気で買うつもりはなく、興味本位で見ていました。中古車サイトでフェラーリを見つけるような感覚が近いですかね。

【娘の協力を確認し購入を決意】

- どんな案件をご覧になっていたんですか?
買うつもりがないと言っても、まったく手が届かないものを見ても現実味が沸かないので、何億もするような会社は見ませんでしたね。あとは、クリニックを売った後は古本屋や楽器屋の親父になりたいと思っていたので、本や音楽、芸術に関連する業種の案件には自然と目が行きました。

- 古本屋や楽器屋が良いと思ったのはなぜですか?
ゆったりしてそうだなと思って。お客さんが何百人も来たり、商品を毎日入れ替えたりはしてなさそうじゃないですか。実際は忙しいのかもしれませんけど。

- 本にしろ、音楽にしろ、文化的な業種ですね。
親の勧めのまま医者になって、そこには特に後悔もないんですが、カルチャーに関わる仕事には昔からちょっと憧れがあったんです。けっこう多いんじゃないですかね、そういう人。ガロという漫画雑誌の編集長だった長井勝一さんの著書にも、似たような動機で編集者になったと書いてあったように思います。
今回の音楽教室にも、文化的な匂いを感じて交渉希望を出しました。

- その時点では、どれくらいの本気度だったんでしょうか。
正直、まだちょっと話を聞いてみようというくらいの気持ちでしたね。最初に仲介で入られている先方の税理士さんからお話を聞いた後、娘に話してみたら乗り気だったので、そこではじめて本気で考えはじめました

- 教室は主にお嬢様が運営されると伺っています。
はい。音大出でピアノを弾くので、講師兼教室長をやってもらいます。僕自身はまだクリニックがありますからね。教室に関しては、経理や各種手続き周りを担当する予定です。

- 新しい教室名の「Musica Merla(ムジカ メルラ)」の由来は?
メルラは鳥の名前です。クロウタドリという和名のツグミ科の鳥で、そのイタリア名がメルラなんです。和名にウタと入っている通り、美声の持ち主として知られていまして、音楽教室の名前にふさわしいのでは思って名付けました。


(教室に置かれたピアノ)

【購入後にヒヤリ。入るはずのグランドピアノが入らない!?】

- 最初の面談から成約まで2週間でした。もともと興味本位でいらしたことから考えると、すごいスピード感です。
僕の方はゆっくりでも良かったんですが、先方が急いでらっしゃるのが分かったので、ペースを合わせました。売り手さんも僕も、業種は違いますが同じ自営業者であり、またある程度年齢を重ねているので、事業譲渡に焦る気持ちや共感できる部分が多々あるんです。ビルにテナントとして入っているのも同じなので、大家さんや管理会社との付き合いで困っている部分なんかも似ていましたから。

- この音楽教室のどういう点に惹かれたのでしょうか?
生徒様が教室じゃなく先生に付いていることですね。教室に人が付いている場合は、運営が変わることで生徒さんが離れていく心配もありますが、講師に付いているのならそのリスクもあまりないので。
そういう意味でも、講師のみなさんに残っていただくことがすごく重要なので、コミュニケーションはしっかり取ろうと思います。改善できる部分は改善して、長く働いていただけるようにしたいですね。

- 急いで決めたことで、想定していなかったなと思う部分はないですか?
まだ引き継いで間もないので、本格的に出てくるのはこれからだと思いますが、1つヒヤッとしたことがあります。例えば、教室に元々あるピアノがすべてアップライトなので、1台を本格的な音が出せるグランドピアノにしたいという話をしたら、「全然いいですよ」とおっしゃっていただいたんです。それで引き継ぎ後に検討を進めたら、エレベーターの入り口幅が狭くて入らないことが分かって

前オーナーさんに相談したら、昔グランドピアノを置いていたことがわかりました。それで、幾つかのピアノ屋さんに連絡を入れ、下見にきてもらいましたが、「間口があと8cm足らない」、「搬入不可能です」、とやっぱりダメで。

どうやって入れたんだろうと思いながら、最後に1社ダメ元で頼んだら、ビルを見るなり「行けます」と。よくよく話を聞いてみると、前オーナー時代にグランドピアノを入れた、まさにその会社だったんです。「私以外絶対運び込みは無理だろうな」と笑っていました。言葉通り、狭い非常階段を使って、4階まで見事運びこんでくれました。この件は、事前にもう少し調べるべきだったなと反省しています。


(大橋さんが購入後に改装された音楽教室)

【複数の売り手さんと会ったことで、ウソを見抜く目が養えた】

- 交渉の段階で工夫されたことはありますか?
あんまりないですね。関西人なものですから、「ナンボなん?」という部分は早く確認して、金額感で自分がまず納得できてから本格的に交渉をおこなおうと考えていました。そのほうが交渉の無駄がないですしね。あとはこれまで長く運営されてきたお相手に対するリスペクトを忘れないことです。こちらは音楽教室の運営は素人ですし、譲渡後に助けてもらう機会が多々あるのは分かっていましたので

ただ、売り手さんからすると最初は「きっとこの人は冷やかしに違いない」と思われていたと思います(笑)。

- なるほど(笑)、今は売り手様とどのような関係ですか?
だいたい週1回くらいは何かしら相談していますね。きっと売り手さんはめんどくさいと思うんですが、快く対応してくださっていますね。良好な関係だと思います。

- これから買い手になろうという方に、何かアドバイスはありますか?
たくさんの売り手さんと会ってみることをオススメします。売り手さんもいい人ばかりとは限らないので、見る目を養う意味で大事なことだと思いますね。
ぜひ買いたいとまで行かなくとも、興味がある案件の話は聞きに行ってみるのがよいと思います。売り手さんからすると、買う気が薄い人に時間を取られるという意味で迷惑かもしれませんが……。私のような例もありますし、やってみないと何が起こるかわからないものです。

- 売り手様の人柄を見抜くポイントはありますか?
連絡を取り合うなかで、話が変わっていく人は要注意ですね。ウソをついているとどこかで矛盾が出てくるものです。そういう方は避けたほうがいいですね。
M&Aの話なんてしたことない方がほとんどでしょうから、最初は矛盾に気付きづらいと思います。「おかしいな」と違和感を抱けるようになるためにも、場数は必要なんじゃないでしょうか。



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  • 田中 ヤスヒロ(typo)
  • ライター紹介田中 ヤスヒロ(typo)

    コピーライター/京都大学理学部卒業後、広告制作会社にてコピーライターとして勤務。WebサイトやSNSなど、デジタル媒体を中心に広告コンテンツの企画・制作を担当する。ビジネス、科学など固いものを柔らかく伝えることが得意。2018年より屋号「typo(誤字脱字)」として独立。その名の通り、ケアレスミスが多いタイプ。