2022-06-21

70代のネットM&A!特許出願中のフリーズドライ製法を約2ヶ月で売却

売り手(個人):新居髙行さん(76歳)

<個人の事業売却・スモールM&A事例>

 

水を加えるだけで風味豊かな大根おろしが再現でき、数年たっても色は美しく真っ白のまま――そんな、画期的なフリーズドライ顆粒(かりゅう)の製造方法があります。過去に特許も取得したこの独自技術を、今回M&Aで売却したのは新居髙行さん。自身が70代後半に差し掛かったことや、安定的な資金調達が難しいことから、事業譲渡を決めたそうです。

普段ほとんどパソコンに触らないという新居さんが、どうやってTRANBIでスムーズな成約に至ったのか、事業の詳細から交渉のプロセスまで詳しく伺いました。



(※写真はイメージです)

【特許登録による模造品や、風評被害に苦しめられた過去】

- 今回売却された事業内容を詳しくお聞かせください。
大根や山芋などのフリーズドライ(以下「FD」)顆粒の製造方法となります。数年間の長期保存が可能で、水を加えるだけで野菜や果物の色・香り・味が再現できる技術です。

顆粒とは従来、FDにしたものを細かく粉砕し、食用のりでくっつけて粒にしたもの。でもこれでは手間がかかります。そこで私は、すり下ろした食材の水分を捨てずにいきなり顆粒を作ってみたんですね。すると、大根おろしのFD顆粒ができたんです。

中国の山東省の工場で成功したこの技術は、中国でも日本でも、まだ誰もやったことがありませんでした。製法自体はそう難しくないものですが、我々の試みが初めてで、みんな気づいていない。これは面白いと思い特許を取得しました

- 今回の事業売却に至った経緯は、どのようなものでしたか?
特許登録時には全ての詳細を公開しなくてはいけません。そのため、見れば製法を知ることができ、一部を変えれば“特許を侵害せずに”同じようなものが作れてしまいます。大根おろしのFD顆粒を開発した時も、日本のメーカー数社から模造品がたくさん登場しました。

また、当時はちょうど「中国の毒入り餃子事件」が起こった頃です。中国で生産したものは危険という風評被害を受け、問屋さんからの注文も全部キャンセルになりました。2〜3トンほど生産しましたが販売できなくなり、そこで事業が終わってしまったんです。

色々な会社に話をしましたが、結局日本には工場も技術もなく、かつ中国でもう作りたくないなと。その後しばらくたってから何度か資金を用意して再開したものの、どうしても長期的に続かず、安定的に作ることはできませんでした。

年齢も年齢だし、もう自分で作ることは難しいので、どこかが代わりに大根おろしFD顆粒を作ってくれれば、と思ったことが今回のきっかけです。TRANBIは今年の2、3月頃にテレビ番組で知り「面白いな」と興味をひかれました。M&Aはもっと大きな会社がやることだと思っていましたが、個人の事業でもできるならと試してみたんです。

- 新居さんはもともと食品の開発に携わっていたのでしょうか?
いえ、初めは銀座で広告写真のスタジオを営んでいました。そこで色々な食品メーカーの料理や商品の撮影をしていたんです。

料理の写真はシーズンよりもかなり早くに撮影しますが、その中で松茸の写真を撮ることがありまして。松茸の季節は1年に1回ですから、前倒しで撮影するために新しい冷凍保存方法を開発したんですね。そうして自分たちのために始めた技術が問屋さんの間で好評になり、さらに京都の大きな食品会社がバックアップしてくれたことで、中国で3トンほど生産することができました。

この時も特許を取得したのですが、翌年他社が大量の模造品を作り、差し止めをする資金力がなかったため、泣き寝入りで終わってしまいました。ただ、そこから「食品も面白いな」と考えるようになり、食品会社から協力をいただきつつ、食品開発の道に進むことになったわけです。撮影の仕事は助手に任せることが増えていきました。

ちなみに僕は、実家が料理屋と旅館を運営していて、若い頃には板前の手伝いもしていたんですよ。調理師免許も持っていて、ある程度料理のことは分かっていました。そういった過去の経験もあって、食品分野への親和性はあったんだろうと思います。



(※写真はイメージです)

【譲渡先を選んだ決め手は、資金力と具体的なプラン】

- 案件登録から交渉に至るまで、どのように進みましたか?
以前作った事業計画書が残っていたので、まずはその資料をベースに情報を登録しました。掲載してからすぐに複数の連絡をいただいて、反応の良さにびっくりしましたね。

資料というのは、FD顆粒を理解していただくための説明や使用例、サンプル写真(大根おろし以外にも山芋やトマトなど)ですね。それこそ過去の撮影スキルを活かし、分かりやすく伝えられたかなと。結果的には計16件ものお申し込みをいただきました。

- その中からどのように買い手を選んでいったのでしょうか?
最終的には、法人3社と個人の方1名が候補に残りました。僕が最も懸念していたのは資金面です。生産するとなるとFD工場へ製造を依頼したのち、新規に機械を投入しなくてはいけませんし、安定して生産するためには余裕資金も必要です。ですから、個人の方は非常に熱意を感じたのですが、結局は僕と同じことになると思いお断りしました。

そして法人の方には「2社で分担して設備投資しませんか」と提案しました。各社の資金力も分からなかったので、機械自体は100万円程度のものですが、2社で始めた方が負担も軽いだろうと思ったんです。

ところが、アルセルさんという会社が「すべてうちでやりたい」「資金も1社で全部出せます」と。非常に前向きで、圧倒的な情熱と思い入れ、誠意を感じました。この技術を使う明確な目的があり、具体的に色々と提案してくださったところも好印象でした。年商6億でホームページにも費用をかけており、ある程度の規模感や資金力があると判断しました。

アルセルさんは時計などをネット販売している企業で、今回のFD顆粒については新規事業として挑戦したいということでした。この技術を使ってベビーフードやヴィーガン(完全菜食主義者)の健康食品を作りたいと。大根おろしではないので最初は躊躇しましたが、これもまた面白いかなと承諾しました。

- 引き継ぎはスムーズにいきましたか?
売却に伴って引き継いだのはノウハウの部分です。向こうは全くの未経験でしたが、FD顆粒の製造方法を図面で伝えるとすぐに理解していただけました。

とはいえ一からのスタートなので、1年間は僕が非常勤としてサポートする契約を結びました。必要な時以外は出社の義務はなく、給与は月10万円ほど。特許出願人の変更届を出す、FD工場を探すなどのお手伝いをしています。

特許は私個人の名義で出願していましたが、名義を変更した際も「出願中」のままにしておきました。やはり特許登録すると、また製造方法を公開することになりますから。そのリスクは向こうにも伝えています。「特許出願中」なら模造品も防げますし、パッケージにも書けますしね。それに、特許は取るまでも取ってからもお金がかかりますから。



(新居さんが研究の末、生み出した多様な顆粒)

【譲渡金額を高く提示いただくもお断り、途中で値上げはみっともない】

- 今回の交渉を振り返って、トラブルや困ったことがあれば教えてください。
いえ、トラブルは一切ありませんでした。アルセルさんには少し待っていただきましたが、一通り皆さんとお話しして結果を伝えた後は、すぐに契約に入りました。向こうから契約書をいただき、それにサインして送り返しただけ。あれよあれよという間に進んでいった感じです。

ただ先ほど話したように、積極的だった個人の方をお断りしたのは心が痛むというか、その後も気がかりでしたね。非常に熱意のある方でしたが、資金面もこれからということで良いお返事ができず、とても残念がっていました。悩んだ点はそれぐらいでしょうか。

- 今回の事業売却に対する満足度はいかがでしょうか?
TRANBIに掲載してから反応が早くてびっくりしました。2日目からお話がいくつか来たものですから。こんなにいっぺんに何社からもお話をいただいて、本当に嬉しかったですね。どこに決めたら良いのか迷うほど。連絡をいただいた相手は食品関係が多かった印象です。

- 最終的に譲渡金額は当初の希望通り100万円でご成約されています。
はい、譲渡金額100万円に加え、毎月の嘱託契約ということで10万円の給与という形でもいただくことになります。

TRANBIを見ていると、みんな大きな希望金額をつけていますよね。僕の中で「あれはないな」と思っていたので「多分このくらいあればいいかな」という感覚のもとに決めた金額です。

アルセルさんには交渉時に「もっと出してもいい」と言われましたが、断りました。あまり出してもらっても困るし、その段階で急に値上げするのもみっともないし、最初に決めた金額で貫いたわけです。

振り返っても金額面での後悔はありません。僕としては、この事業を誰かに引き継いでもらえた方が面白いし、それを見たいというところに重きを置いていました。



(水や唐辛子、生姜を加えても美味しい大根おろし)

【売り手は完全無料、本当にダメ元でチャレンジできる】

- 事業譲渡後、これからの希望はありますか?
本音を言えば、大根おろしや山芋のFD顆粒を作り続けてほしい気持ちはありました。そのため、大根おろしや山芋については別の会社と契約を結べないかと考えたこともありましたが、いずれトラブルの可能性があるからダメだと。その部分は仕方ありませんね。

今の僕の役目としては、FD工場を探しているところです。過去に縁のあった工場は全て関西の方にあるので、アルセルさんの近くである埼玉で作れるところを探し、ようやくサンプルを作っている段階です。工場の設備が整い、そこである程度量産できるようになれば、手離れしたいと思っています。

- 最後に、同じような年齢や立場の方に向けて、TRANBIを使う上でのアドバイスがあればお聞かせください。
とにかくやってみること。ただ見ているだけじゃ何にもならないし、僕自身も最初は「こんなことができるのか」というちょっとしたきっかけから始まりました。

売り手は完全に無料というのもすごいですよね。以前ベンチャーキャピタルのお世話になったことがありますが、出資金を集めるにも毎月の会費が必要でしたし、その感覚からすると本当に驚きました。資金を使わなくて済むなら、僕たちのような人には好都合。本当にダメ元でいいんだから、まずは試しに始めてみるといいと思います。

 

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