事業承継の進め方と流れ|5ステップの手順と準備でやることを解説
事業承継の進め方を、認識・見える化・磨き上げ・計画策定・実行の5ステップで解説します。親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)で手順がどう分かれるか、時期ごとにやること、事業承継計画書の作り方、つまずいたときの対処までを実務目線で整理しました。
「そろそろ事業を継がせたい」と考えたとき、多くの経営者が最初に立ち止まるのが「何から手をつければよいのか」という問題です。後継者を決めるのが先なのか、税金の対策が先なのか、専門家に相談するのはいつなのか。順番が分からないまま時間だけが過ぎていきます。
事業承継は、順番を守って進めることで成否が大きく変わります。自社の状況を把握し、会社の価値を高め、後継者を決め、計画を立て、実行する。この順序を飛ばして株式の移転から始めると、後継者が育っていない、株価が高すぎて渡せない、といった行き止まりに突き当たります。
本記事では、事業承継の全体の流れを5つのステップに分けて解説し、承継先ごとに手順がどう変わるか、いつまでに何を準備すべきかを整理します。事業を継承したいと考え始めた経営者の方が、明日から動き出せる状態になることを目指した内容です。
事業を継承したいときは何から始めるか
具体的な手続きに入る前に、押さえておきたい前提が3つあります。何を引き継ぐのか、承継先によって何が変わるのか、そして最初に決めるべきことは何か。ここを飛ばすと、後の工程がすべてやり直しになります。
事業承継で引き継ぐのは3つの要素
事業承継で引き継ぐものは、社長の肩書きだけではありません。中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、承継の対象を次の3つに整理しています。
- 人(経営):代表権と、実質的な経営を担う力。後継者の選定と育成がここに含まれます
- 資産:自社株式、事業用の不動産・設備、運転資金など、法的な移転が必要なもの
- 知的資産:経営理念、技術やノウハウ、取引先との関係、許認可、従業員の信頼など、帳簿に載らない強み
このうち手続きが必要なのは資産だけですが、承継が失敗する原因の多くは「人」と「知的資産」の引き継ぎ不足にあります。株式を移しさえすれば終わりではないという点を、最初に押さえておいてください。
承継先3パターンで進め方はどう変わるか
事業の引き継ぎ先は、親族・従業員・第三者の3つに大別されます。どれを選ぶかで、必要な準備期間も、越えるべき壁も変わります。
| 項目 | 親族内承継 | 従業員承継 | 第三者承継(M&A) |
|---|---|---|---|
| 準備期間の目安 | 5〜10年 | 3〜5年 | 半年〜2年 |
| 最初にやること | 後継者の意思確認 | 候補者の意思確認と資金の見通し | 自社の売り出し方の整理 |
| 最大の壁 | 相続税・贈与税と株式の分散 | 株式の買取資金と個人保証 | 相手が見つかるかどうか |
| 計画書の要否 | 事業承継計画を作る | 事業承継計画を作る | 計画書よりマッチング準備 |
| 後継者教育 | 必要(長期) | 必要(実務は把握済み) | 引き継ぎ期間の設定で対応 |
表のとおり、親族内承継と従業員承継は「人を育てる時間」が要り、第三者承継は「相手を探す時間」が要ります。どの道を選ぶかによって、いま何を始めるべきかが変わります。
最初に決めるのは「誰に継がせるか」の方向性
手続きの前に決めるべきは、承継先の方向性です。後継者が決まっていない状態で株価対策や税金の相談を始めても、前提が定まらないため答えが出ません。
とはいえ、この段階で1人に確定させる必要はありません。「親族に打診してみる。難しければ従業員、それも難しければ第三者」というように、優先順位をつけて並べておくだけで十分です。打診の結果によって進む道が決まります。
注意したい点は、親族への打診を先送りにしたまま年月が過ぎるケースが多いことです。継ぐ意思がないと分かった時点から第三者承継の準備を始めれば間に合ったのに、確認が遅れたために選択肢が狭まる例は珍しくありません。気まずさはあっても、意思確認は早いほど有利です。
事業承継の流れ|5つのステップで進める
事業承継は、大きく5つの段階に分かれます。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも同様の流れが示されており、この順序で進めることが円滑な承継につながります。まずは全体像と、それぞれにかかる期間の目安を確認しましょう。
全体の流れとかかる期間の目安
5つのステップと、それぞれの目安期間は次のとおりです。会社の規模や承継先によって変わりますが、全体像をつかむ目印として使ってください。
| ステップ | やること | 期間の目安 |
|---|---|---|
| STEP1 | 承継の必要性を認識し、準備に着手する | 数か月 |
| STEP2 | 経営状況と課題を把握する(見える化) | 3か月〜1年 |
| STEP3 | 経営を改善する(磨き上げ) | 1〜3年 |
| STEP4 | 事業承継計画の策定、またはマッチング | 半年〜1年 |
| STEP5 | 承継の実行と引き継ぎ | 半年〜数年 |
合計すると、親族内承継では5〜10年、従業員承継では3〜5年ほどかけて進めることがひとつの目安になります。期間は会社の規模や後継者の状況で大きく変わります。第三者承継の場合はSTEP4がマッチングに置き換わるため、より短い期間で完了することもあります。
STEP1:準備の必要性を認識し、着手する
最初のステップは、経営者自身が「準備が必要だ」と認識し、動き始めることです。当たり前に思えますが、この段階でつまずく会社が多くあります。日々の業務が忙しく、承継の検討は後回しになりがちだからです。
中小企業庁の2018年版中小企業白書は、事業承継ガイドラインを引用し、後継者の育成期間も含めれば準備に5年〜10年程度を要することから、平均引退年齢が70歳前後であることを踏まえると60歳頃には事業承継に向けた準備に着手する必要があるとしています。
参考:中小企業白書・小規模企業白書 第2部第4章第3節 事業承継を契機とした労働生産性の向上|中小企業庁
この段階でやることは、次の3つです。
- 自分がいつまで経営に関わるのか、引退の時期を仮に置いてみる
- 承継先の候補を親族・従業員・第三者の順に洗い出す
- 公的な相談窓口や顧問税理士に、一度話を持ちかけてみる
あわせて、後継者候補と自分の年齢差も確認しておきましょう。候補者が50代後半であれば、その人にとっての承継まで見据えた設計が要ります。1代先だけでなく2代先まで視野に入れておくと、途中で行き詰まりません。
この段階では結論を出す必要はありません。選択肢を並べて、判断材料を集め始めることが目的です。ガイドラインの全体像は事業承継ガイドラインの記事で解説しています。
STEP2:経営状況と課題を把握する(見える化)
次に、自社の現状を客観的に把握します。見える化と呼ばれる工程で、承継の設計図を描くための材料集めにあたります。確認すべき項目は次のとおりです。
- 財務:直近3〜5期の決算内容、借入金の残高、個人保証と担保の状況
- 株式:誰が何株持っているか。名義株や所在不明の株主がいないか
- 資産:会社の資産と経営者個人の資産が混ざっていないか
- 事業:収益の柱は何か、赤字部門はあるか、取引先の偏りはないか
- 知的資産:他社にない強みは何か、特定の人に依存していないか
- 親族関係:推定相続人は誰か、相続財産全体に自社株が占める割合はどのくらいか
とくに見落とされやすいことが株主の把握です。設立時の名義貸しや、相続によって株式が分散し、現経営者以外の人が議決権を持っているケースは実際に多くあります。承継の直前に発覚すると手続きが止まるため、この段階で確認しておいてください。
把握した内容は、あとで説明する事業承継計画の土台になります。数字の裏づけがないまま計画を作っても、絵に描いた餅で終わります。
STEP3:経営を改善する(磨き上げ)
現状を把握したら、課題を潰していきます。磨き上げと呼ばれる工程です。目的は、後継者が「継ぎたい」と思える会社、買い手が「買いたい」と思える会社にすることにあります。
取り組む内容は会社によって異なりますが、代表的なものは次のとおりです。
- 赤字部門の立て直し、または撤退の判断
- 業務の手順を文書化し、特定の人がいなくても回る体制にする
- 会社の資産と経営者個人の資産を分ける
- 分散した株式を買い取り、後継者に集中できる状態にしておく
- 就業規則や労務管理の整備、未払い残業代の解消
- 取引先との契約書を整え、口約束の取引をなくす
このステップは時間がかかりますが、後回しにできない理由があります。経営課題を解消しておくことは、後継者が引き継ぎやすい会社づくりに直結するためです。第三者承継では、収益力や事業基盤の改善が企業価値の向上につながる可能性もあります。
なお、税負担を下げるための株価対策と、会社を良くするための磨き上げは別の話です。収益力が高まって純資産が増えれば、税務上の自社株評価額はむしろ上がることもあります。両者を切り分けて考えてください。
STEP4:事業承継計画を立てる、または相手を探す
ここから道が分かれます。親族内承継・従業員承継であれば事業承継計画を作り、第三者承継であれば相手探し(マッチング)に入ります。
事業承継計画は、いつ・誰に・何を・どのように引き継ぐかを年単位で書き出したものです。書き方は後の章で詳しく説明します。
計画づくりでは、後継者を巻き込むことが欠かせません。現経営者だけで作った計画は、渡された側にとって他人の書いた台本になります。持株比率をいつどう移すか、代表権をいつ渡すかを一緒に決めることで、後継者の側にも当事者としての意識が生まれます。
第三者承継の場合は、この段階でM&Aプラットフォームや支援機関に登録し、買い手候補を探します。自社の情報をどこまで開示するか、譲れない条件は何かを整理してから動き出すと、交渉がぶれません。相手探しの方法は事業承継のマッチングの記事で比較しています。
STEP5:承継を実行し、引き継ぐ
最後に、株式や資産を実際に移転します。親族内承継であれば生前贈与や相続、従業員承継であれば株式の売買、第三者承継であれば株式譲渡や事業譲渡の契約を結びます。
実務としては、株主総会や取締役会の決議、株主名簿の書き換え、代表者の変更登記、金融機関への届出、許認可について必要となる届出・変更・再取得などが発生します。
なお、承継が完了するのは登記が終わった日ではありません。取引先への挨拶回り、従業員への説明、金融機関との関係の引き継ぎが済んで、はじめて新体制が動き出します。前経営者が一定期間、顧問や相談役として残るケースが多いのはこのためです。
承継先別|進め方はどこで分かれるか
5つのステップのうち、STEP1からSTEP3までは承継先が決まっていなくても共通で進められます。STEP4以降で分岐が生じます。それぞれの道筋を具体的に見ていきましょう。
親族内承継の進め方
子どもや親族へ引き継ぐ場合、進め方の中心は後継者教育と株式の移転計画になります。
- 意思確認:継ぐ意思があるかを本人と話す。曖昧なまま進めない
- 後継者教育:社内の各部門を経験させる、社外での勤務を挟む、経営の判断に同席させる
- 株式移転の設計:生前贈与か相続か、何年かけて移すかを税理士と設計する
- 親族間の合意形成:他の相続人に説明し、遺留分への対応を決める
- 段階的な権限移譲:役職を上げ、決裁権を移し、最後に代表権を渡す
最も時間がかかる工程は後継者教育です。経営判断は座学では身につかないため、実際に判断させて結果を引き受けさせる期間が必要で、数年単位で見ておく必要があります。育成の進め方は後継者育成の記事で詳しく扱っています。
親族間の合意形成も欠かせません。後継者に自社株を集中させると他の相続人の取り分が減るため、遺留分をめぐる争いに発展することがあります。経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)を使う方法もあるので、早めに検討してください。
従業員承継(EBO・MBO)の進め方
役員や従業員へ引き継ぐ場合、実務の理解という点では有利ですが、資金の組み立てが最大の関門になります。
- 候補者への打診:経営を担う意思と覚悟があるかを確認する
- 株価の算定:企業価値算定を行い、買取に必要な金額を把握する
- 資金調達の設計:金融機関からの借入、持株会社の設立、複数年に分けた買取などを検討する
- 個人保証の整理:金融機関と交渉し、保証をどう扱うかを決める
- 社内への説明:他の役員・従業員の理解を得る
- 株式の移転と代表交代
気をつけたい点は、資金の見通しが立たないまま打診してしまうことです。「継いでほしい」と伝えた後に「株式は数千万円で買い取ってもらう」と続けば、相手は断らざるを得ません。株価の概算と資金調達の道筋を先に用意してから話すのが順序です。
なお、株式の売買価格は当事者間で決めるものであり、税務上の評価額がそのまま買取価格になるわけではありません。ただし税務上の時価とかけ離れた価格で売買すると課税上の問題が生じるため、税理士に確認しながら進めてください。
第三者承継(M&A)の進め方
親族にも従業員にも適任者がいない場合の道です。他の2つと違い、相手を探すところから始まる点が特徴です。
- 相談先の選定:M&Aプラットフォーム、仲介会社、公的窓口などから選ぶ
- 企業概要書の作成:自社の強み・財務・譲渡条件を整理して資料にする
- 相手探し:匿名の概要(ノンネームシート)で候補を募る
- 秘密保持契約とトップ面談:条件だけでなく、事業への考え方をすり合わせる
- 基本合意とデューデリジェンス:買い手による調査を受ける
- 最終契約とクロージング:契約を結び、株式や事業を引き渡す(各段階の詳細はM&Aの流れを参照)
- 引き継ぎ:従業員・取引先への説明、業務の移管
第三者承継では、「いくらで売れるか」より「誰に託すか」を先に決めておくと交渉が安定します。従業員の雇用を守ってほしい、屋号を残してほしいといった譲れない条件を先に言語化しておけば、価格だけの比較に引きずられません。進め方の詳細は第三者承継の記事で解説しています。
事業承継の準備でやることリスト
「何をすればよいか」を具体的に落とし込むと、動き出しやすくなります。ここでは、やることを立場別・時期別に整理します。
準備を始める時期の目安
承継の実行時期から逆算して、いつ何に着手すべきかを並べると次のようになります。ここでは準備期間が最も長くなる親族内承継を想定しています。
| 時期 | 主に取り組むこと |
|---|---|
| 10〜5年前 | 承継先の方向性を決める。見える化と磨き上げに着手する。後継者教育を始める |
| 5〜3年前 | 事業承継計画を作る。株式の集約と移転を始める。個人保証の整理に入る |
| 3〜1年前 | 後継者へ権限を移す。関係者へ公表する。税制や補助金の適用を判断する |
| 1年前〜実行 | 株式・資産を移転する。登記と各種届出を行う。取引先へ挨拶する |
| 実行後 | 新体制を定着させる。前経営者は段階的に関与を減らす |
従業員承継の場合は全体が3〜5年に収まることが多く、各段階がそのぶん前倒しになります。第三者承継を選ぶ場合は、この表の「10〜5年前」から「5〜3年前」の部分が相手探しに置き換わり、全体が短縮されます。とはいえ、見える化と磨き上げが不要になるわけではありません。準備ができている会社ほど、良い条件の相手と出会えます。
現経営者がやること
譲る側が担うのは、判断と環境づくりです。
- 引退時期を決め、承継先の方向性を定める
- 自社株の評価額を把握する
- 分散した株式を買い集める
- 会社と個人の資産・貸借を切り分ける
- 個人保証と担保の解除に向けて金融機関と話す
- 後継者に判断させる機会を意図的に作る
- 親族・従業員・取引先に説明する順番とタイミングを決める
後継者がやること
継ぐ側にも、承継前にやるべきことがあります。
- 会社の財務内容を自分で読めるようになる
- 主要な取引先と金融機関に顔をつなぐ
- 各部門の実務を経験する
- 株式の取得資金や納税資金の見通しを立てる
- 承継後にどう経営したいかを言葉にしておく
後継者の最初のつまずきは、数字と人脈で起きやすくなっています。前経営者の頭の中にしかない取引条件や、長年の付き合いで成り立っていた関係は、引き継ぎの場を設けないと伝わりません。
会社としてやること
会社の体制面でも、承継に備えた整備が必要です。
- 株主名簿を最新の状態にする
- 定款を確認し、株式の譲渡制限や種類株式の定めを整理する
- 業務手順を文書に落とす
- 就業規則・労働時間・残業代の管理を整える
- 許認可の名義と更新時期を確認する
- 取引先との契約書を整備し、口約束の取引をなくす
これらは承継のためだけでなく、日常の経営の質を上げる作業でもあります。承継準備は、会社を整える良い機会だと捉えてください。
事業承継計画書の作り方
親族内承継と従業員承継では、事業承継計画を作ることが進行の軸になります。関係者と認識を合わせ、抜け漏れを防ぐための設計図です。
事業承継計画に書く項目
決まった様式はありませんが、盛り込むべき内容はおおむね共通しています。
- 経営理念と方針:何を大切にしてきたか、後継者に何を守ってほしいか
- 現状の整理:財務内容、株主構成、事業の強みと課題
- 承継の時期と相手:いつ、誰に、代表権をいつ渡すか
- 株式・資産の移転計画:何株を、いつ、どの方法(贈与・売買・相続)で移すか
- 後継者教育の計画:どの部署で何年、社外経験は挟むか
- 数値目標:売上・利益の見通しを年ごとに置く
- 関係者への説明計画:誰に、いつ、どの順で伝えるか
- 資金と税金の対策:納税資金の準備、活用する制度
とくに経営理念を最初に書くことには意味があります。後継者が判断に迷ったとき、立ち返る基準になるためです。数字だけの計画書は、承継後に読まれなくなります。
10年分の計画に落とし込む
計画は、年ごとの表に落とすと動かしやすくなります。縦軸に年、横軸に「会社の目標」「現経営者の役職と持株比率」「後継者の役職と持株比率」「実施すること」を並べる形が使いやすいでしょう。
作るときのコツは3つあります。
- 持株比率の推移を数字で書く:「徐々に移す」ではなく「3年目に20%、5年目に50%」と書く
- 代表権を渡す年を明示する:ここが曖昧だと、いつまでも交代が起きない
- 毎年見直す前提にする:業績や家族の状況は変わる。計画は固定するものではない
計画書は作って終わりではありません。後継者と一緒に作り、毎年見直すことで、はじめて機能します。
関係者へ公表するタイミング
承継の計画をいつ誰に伝えるかは、進行を大きく左右します。判断の目安は次のとおりです。
- 後継者本人:最初に。意思確認なしに計画は立てられません
- 家族・推定相続人:株式の移転を始める前に。後から知らせると反発を招きます
- 役員・幹部:計画が固まった段階で。現場の協力が要ります
- 従業員全体:代表交代の見通しが立ってから。早すぎる公表は動揺を生みます
- 取引先・金融機関:交代の直前から直後にかけて。新旧そろって挨拶するのが望ましい
第三者承継の場合は事情が異なり、検討段階で開示する社内関係者は必要最小限に絞ります。情報が漏れると従業員の不安や取引先の離反を招くためです。ただしデューデリジェンスや統合の準備では、一部の役員やキーパーソンに早い段階から関わってもらう場合もあります。従業員全体への公表は最終契約後など、成約の見通しが立った段階で行うことが一般的です。
事業承継をスムーズに進めるノウハウ
同じ手順を踏んでも、うまく運ぶ会社とそうでない会社があります。手続きそのものより「どう進めたか」の部分で差が生まれます。承継を経験した経営者が口をそろえる要点を整理します。
早く始めるほど選択肢が増える
準備期間の長さは、そのまま選べる手段の数につながります。10年あれば計画的な生前贈与も、後継者教育も、株価対策も選べます。1年しかなければ、選べるのは目の前の手続きだけです。
とくに第三者承継では、時間の有無が条件に直結します。「今期中に決めたい」という状態で相手を探すと、足元を見られた条件を受け入れることになりかねません。余裕があるうちに動き出せば、相手を選べる側に回れます。
後継者との対話に時間をかける
親族内承継・従業員承継では、後継者との対話量が結果を左右します。継ぐ側は、能力への不安、借入や個人保証への不安、そして前経営者と比べられることへの不安を抱えています。
対話で扱いたいのは、次のような点です。
- 会社を継いだ後、どう経営したいか(変えたいこと・守りたいこと)
- 個人保証や借入をどう扱うか
- 前経営者はいつまで、どの立場で関わるか
- 役員報酬や処遇をどうするか
とくに「前経営者がいつ手を引くか」は、必ず言葉にしましょう。この点が曖昧なまま代表を交代すると、後継者が決めた方針を前経営者が覆す状況が生まれ、社内が混乱します。
株式は分散させず、後継者に集中させる
承継後の経営を安定させるには、後継者が議決権を確保している状態が要ります。会社法上、株主総会の普通決議や、定款変更などに必要な特別決議では、原則として一定割合の議決権による賛成が求められるためです。
株式が分散していると、次のような問題が起きます。
- 重要な決議が通らず、経営判断が止まる
- 重要な意思決定のたびに株主間の調整が必要になる
- 相続を重ねるたびに株主が増え、所在が分からなくなる
- 買い手が全株取得を希望する場合、株式を集約できず交渉の障害になる
対策としては、分散した株式の買い集め、種類株式の活用、持株会社への集約などがあります。いずれも時間がかかるため、承継の直前ではなく磨き上げの段階で着手する必要があります。具体的な手法は事業承継ガイドラインの記事で整理しています。
個人保証と担保の整理を先に進める
会社の借入に経営者個人が保証をつけている場合、その扱いを決めないと承継が進みません。後継者が保証を引き受けたくないと考えるのは自然なことで、これが理由で承継を断られる例もあります。
「経営者保証に関するガイドライン」には事業承継時の特則があり、前経営者と後継者の双方から二重に保証を取らないことなどが示されています。財務内容を改善し、会社と個人の資産を分けておくほど、保証を外せる可能性は高まります。
金融機関との交渉には時間がかかるため、承継の話を始めた時点で並行して動き出すのが得策です。
公的支援と専門家を早い段階で使う
自社だけで進めようとすると、判断に迷ったところで止まります。使える窓口は次のとおりです。
- 事業承継・引継ぎ支援センター:国が全国に設置する公的窓口。相談は無料で、方向性の整理から相手探しまで対応
- 顧問税理士:株価の算定、税負担の試算、制度の適用判断
- 金融機関:資金調達、個人保証の扱い、取引先の紹介
- 弁護士:契約書、遺留分への対応、株主間の調整
- M&Aプラットフォーム・仲介会社:第三者承継の相手探し
相談は早いほど効果があります。方向性が決まる前でも、「何を検討すべきか」を整理してもらうだけで動き出しやすくなります。相談先の選び方はM&Aの相談先の記事で比較しています。
進めるうえでつまずきやすい点と対処
手順どおりに進めても、途中で止まることはあります。よくある行き詰まりと、その抜け道を整理します。
後継者が見つからない
親族にも社内にも候補がいない場合、残る道は第三者承継です。ただし「候補がいない」と判断する前に、確認しておきたい点があります。
- 親族に正式に打診したか(遠慮して聞いていないケースが多くあります)
- 役員だけでなく、現場の中核人材まで視野に入れたか
- 断られた理由が「意思がない」なのか「条件が合わない」なのかを切り分けたか
断られた理由が個人保証や資金であれば、条件を変えることで話が動く余地があります。意思の問題と条件の問題は、分けて考えてください。それでも見つからない場合は、第三者への承継に切り替えます。社外から後継者を募る方法は社長の後継者募集の記事でも扱っています。
相続人が複数いて話がまとまらない
後継者に自社株を集中させると、他の相続人の取り分が減ります。折り合いがつかないと、承継そのものが止まります。
取り得る対応は次のとおりです。
- 経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)を使い、自社株を遺留分の算定から外す
- 生命保険を活用し、他の相続人に渡す資金を用意する
- 議決権のない種類株式を発行し、財産としての価値だけを分ける
- 自社株以外の資産を他の相続人に配分する
いずれも推定相続人の理解が前提になります。制度を使う前に、まず説明の場を持つことが出発点です。
株価が高くて渡せない、資金が足りない
業績の良い会社ほど自社株の評価額が上がり、贈与税・相続税や買取資金の負担が重くなります。行き詰まったときの選択肢は次のとおりです。
- 事業承継税制:一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税猶予・免除を受けられます
- 役員退職金の支給:適正な範囲で支給すると会社の純資産等が減少し、結果として自社株の評価額が下がる場合があります
- 複数年に分けた移転:生前贈与などにより株式を段階的に移転する方法があります。ただし適用する課税方式や相続開始前贈与の取扱いによって税負担は異なるため、税理士による試算が必要です
- 金融支援の活用:経営承継円滑化法の認定を受け、公庫の融資や信用保証の特例を使います
- 事業承継・M&A補助金:専門家への費用の一部が補助されます
制度は要件が細かく、改正のたびに条件が変わります。適用の可否は税理士に確認してください。かかる金額の全体像は事業承継の費用の記事に、税制の詳細は事業承継税制の記事にまとめています。
経営者が権限を手放せない
代表を交代したにもかかわらず、実際の決裁は前経営者が握ったまま、という状態は珍しくありません。従業員も取引先も前経営者を見て動くため、後継者が経営者として扱われません。これを防ぐには、計画の段階で「いつ、どの権限を、どこまで渡すか」を書き出しておくことです。決裁金額の上限を段階的に引き上げる、取引先への同行を減らしていく、といった形で具体化します。
手を引く時期を先に決めておくと、感情の問題を仕組みで処理できます。承継後も関わりたいのであれば、顧問や相談役といった立場と期間を明確にしたうえで残るのが望ましい形です。
事業承継の進め方に関するよくある質問
事業を継承したいと考え始めた経営者から、よく寄せられる疑問にお答えします。
Q. 事業承継にはどれくらいの期間がかかりますか?
A. 承継先によって幅があります。
親族内承継では後継者教育と株式の移転を含めて5〜10年、従業員承継では3〜5年ほどがひとつの目安です。第三者承継(M&A)の場合は相手探しから成約まで半年〜2年程度が目安になりますが、その前段の見える化と磨き上げに時間を充てるほど条件は良くなります。
Q. 何歳ごろから準備を始めるべきですか?
A. 中小企業庁の2018年版中小企業白書では、60歳頃には準備に着手する必要があるとされています。
後継者の育成期間も含めれば準備に5年〜10年程度を要し、平均引退年齢が70歳前後であることを踏まえた目安です。ただし年齢はあくまで目安であり、後継者候補の年齢や会社の状況によっては、もっと早く着手したほうがよい場合もあります。
Q. まず何から始めればよいですか?
A. まずは承継先の方向性を整理し、自社の経営・財務・株主構成といった現状把握から始めます。
方向性が定まれば相談すべき相手も決まり、現状が分かれば課題も見えてきます。その過程で自社株の評価額も確認しておくと、税負担や株式の取得資金を検討しやすくなります。着手先は顧問税理士か、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターです。
Q. 後継者がいない場合はどう進めますか?
A. 第三者承継(M&A)に切り替えて進めます。
流れは、相談先の選定 → 自社の情報整理 → 相手探し → 面談 → 基本合意とデューデリジェンス → 最終契約、という順です。赤字や小規模であっても、技術・顧客・立地・許認可といった強みがあれば引き継ぎ手が見つかることはあります。後継者不在からM&Aへ切り替える判断は後継者不足の解決の記事で解説しています。
Q. 事業承継計画書は必ず作らないといけませんか?
A. 法律上の義務はありません。
ただし親族内承継・従業員承継では、関係者の認識をそろえ、抜け漏れを防ぐ効果が大きいため作成をおすすめします。経営承継円滑化法の認定や金融支援を受ける際に、計画の提出を求められる場合もあります。第三者承継の場合は、計画書より企業概要書の整理が優先されます。
Q. 事業承継にはどれくらい費用がかかりますか?
A. 承継先で構造が変わるため、一律の金額は示せません。
親族内承継であれば相続税・贈与税、従業員承継の場合には株式の買取資金、第三者承継であればM&A支援機関などへの手数料に加えて譲渡によって生じる税金が中心になります。内訳と抑える方法は事業承継の費用の記事で解説しています。
まとめ|事業承継は順番どおりに進める
事業を継承したいと考えたとき、いきなり株式の移転や税金の話から入ると行き止まりに突き当たります。順序は、承継の必要性を認識する、自社の現状を見える化する、経営を磨き上げる、計画を立てるか相手を探す、実行して引き継ぐ、という5つの段階です。この順番を守ることが、遠回りに見えて最短の道になります。
承継先が親族・従業員・第三者のどれになるかで、必要な準備も期間も変わります。親族内承継と従業員承継は人を育てる時間が要り、第三者承継は相手を探す時間が要ります。ただし、どの道を選んでも見える化と磨き上げは共通して効きます。後継者にとっても買い手にとっても、整った会社のほうが引き継ぎやすいためです。
そのうえで、承継の成否を分けるのは準備に使える時間です。10年あれば選択肢は広がり、1年しかなければ目の前の手続きをこなすだけになります。後継者が決まっていない段階でも、自社株の評価額を確認し、承継先の候補を並べておくことには意味があります。
- 順番は「認識 → 見える化 → 磨き上げ → 計画・相手探し → 実行」
- 承継先で分岐するのはSTEP4以降。それまでは共通で進められる
- 個人保証と株式の分散は、直前ではなく磨き上げの段階で手を打つ
親族にも従業員にも適任者が見つからない場合でも、第三者へ引き継ぐ道があります。国内最大級のM&A・事業承継マッチングプラットフォーム「TRANBI(トランビ)」では、事業を譲りたい経営者と、引き継ぎたい方が直接出会えます。まずはM&A案件一覧を見て、どのような事業がどう引き継がれているのかを確かめてみてください。
