自己株式取得の目的は複数ある。メリット、注意点などを紹介

自己株式取得の目的は複数ある。メリット、注意点などを紹介

企業が自社の株式を市場から買い戻す行為は『自己株式取得』と呼ばれます。株主への利益還元や敵対買収の防衛策など、取得目的は企業によってさまざまです。自社の株式を買い戻すメリットや目的、規制の有無について解説します。

「自己株式取得」の意味を知ろう

旧商法は、企業が自らの株式を取得することを禁止していましたが、法改正後は自由な株式の取得を認めています。自己株式の特徴やMBOとの違いを見ていきましょう。

自己株式を取得するとはどういうことか

『自己株式の取得』は、自社が発行した株式を他の株主から取得する行為を指します。

会社法では『自己株式=自社が保有する株式』と定義されているため、『自己株式の取得』という表現には少し違和感があるかもしれません。実務上では『自己株式取得』と表現するのが一般的であることを覚えておきましょう。

かつては、資本充実維持の原則によって自己株式の保有が禁じられていましたが、商法改正で規制が段階的に見直されました。2001年(平成13年)の商法改正以降は、目的や数量の制限なく自己株式を取得することが認められています。

MBOとの違い

自己株式取得は、会社自身が自分の株式を取得する行為であるのに対し、『MBO(Management Buyout)』は『会社の経営陣』による株式の買い取りです。

具体的には、企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に借入を行い、経営陣が自社の株式や一部の事業を買収します。こうすることで、社外株主からの影響を減らして経営陣を軸とした会社経営を目指せます。

MBOの主な目的は、経営体制の見直しです。本業との相乗効果が低い部門を本体から切り離すことで、本業の中核事業に経営資源を集中的に投下します。自己株式取得とMBOは、目的や方法が異なる点に注意しましょう。

M&AにおけるMBOを解説。経営陣が自社株式を買う意味とは?
事業承継
M&AにおけるMBOを解説。経営陣が自社株式を買う意味とは?

MBOとは、経営陣が自己資金や資金調達によって自社を買収する行為です。経営陣が自社を買収する背景には、何があるのでしょうか?上場企業や中小企業がMBOを選択するメリットや、EBOとの違いも解説します。

自己株式の特徴

自己株式について理解する前提として、株主総会における『1株1議決権の原則』があります。株主総会は株式会社における最高意思決定機関です。会社の経営方針や資産の使い方などを決定する重要な場で、株主は1株につき1議決権を有しています。

自己株式の大きな特徴の一つに『決議権限が付与されていないこと』が挙げられます。

自己株式に決議権限を与えれば、経営の意思決定は株式を発行する企業の思うままとなり、株主総会を開催する意義や目的が失われてしまうためです。株主に不利益な決定がなされ、公平性が損なわれる恐れもあるでしょう。

自己株式とは何か簡単に解説。取得、消却や処分の意味とは?
用語説明
自己株式とは何か簡単に解説。取得、消却や処分の意味とは?

自己株式は単に自社の株式を指すものではなく、自らが発行した株式を株主から買い戻し保有しているものを指します。金庫株とも呼ばれ、敵対的買収の抑制や株主への還元など多くの目的に活用されます。株式の取得・処分・消却の意味と違いを理解しましょう。

非上場企業の自社株買いの方法

自己株式取得は『自社株買い』と表現されることもあります。厳密には、過去に発行した自社の株式を、企業が他の株主から買い取る行為を指します。

上場企業と非上場企業では、自社株買いの方法が異なります。上場企業は公開取引市場を通して自己株式を取得できますが、非上場企業は公開市場での取引ができないため、株主との直接取引が基本です。

具体的な方法としては、以下の2通りあります。

  • 株主を特定せずに取得する
  • 特定の株主から取得する

株主を特定しない場合は、株主総会で株主らの承認を得た上で取引価格を決定し、株式譲渡の申し込みを募ります。

特定の株主から取得する場合は、他の株主との公平性を保つため、事前に『売主追加請求の行使の通知』をしなければなりません。株主には『売主追加を請求する権利』があるため、希望すれば『特定の株主』に加えてもらえます。

金庫株と事業承継対策

企業が市場から買い取って保有する株式は『金庫株』と呼ばれます。自己株式の取得が認められて以来、非上場企業では金庫株を事業承継に活用するケースが増えています。金庫株の定義や活用事例を見ていきましょう。

金庫株とは

金庫株は、企業が自社の株式を取得した後、消却せずにそのまま自社で保有することを意味します。

自己株式と意味合いは同じですが、保管しておくイメージがあることから『金庫』の名が付いたといわれています。英語でも自己株式は『Treasury(宝物)Stock(株式)』と表現されます。

前述の通り、金庫株には議決権がありません。企業が金庫株を取得すると、株主総会では他の株主の議決権割合が高くなるのが一般的です。

中小企業(非上場会社)において、金庫株は事業承継対策として活用されるケースがあります。以下の点に配慮しながら有効な事業承継対策を進めましょう。

株式の分散を防ぐ

会社のオーナーが亡くなった場合、株式は『財産の一部』として相続されます。

相続人が1人であれば問題ないですが、複数いる場合には株式が分散して、真の後継者に会社の経営権がスムーズに移行されません。相続人が複数いるのであれば、生前からどう相続するかを話し合っておく必要があるでしょう。

納税資金の確保に

事業承継や相続で株式の譲渡を行う際は、相続人に『相続税』が課せられます。業績が好調な会社の株式は評価額が上がり、相続税額が高額になるケースも珍しくありません。

相続人が納税資金を確保するための手段として、自社株買いを活用できます。相続人は、相続した株式の全部または一部を金庫株として会社に買い取ってもらい、その売却資金を納税に充てるのです。

支払われた金銭のうちの一部は『配当金の分配(利益の分配)』とされ、金銭を受け取る株主には『みなし配当課税』が課せられます。

みなし配当課税(総合課税)は最高税率55%ですが、相続開始から3年10カ月以内に会社に売り渡した場合には、税率は20%まで下がります(租税特別措置法9条7項によるみなし配当課税の特例)。

参考:租税特別措置法9条 | e-Gov法令検索

みなし配当とは?適用されるケース、計算方法など詳しく解説
用語解説
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配当ではないものの、配当と同等のものとみなされ課税される制度を『みなし配当』と呼びます。実質的には利益配当と変わらないため、株主には配当所得と同じ税金が課せられます。みなし配当が生じるケースや、税務処理のポイントについて解説します。

株主還元策としての自己株式取得

企業が事業で得た利益を株主に分配することを『株主還元』といいます。自己株式取得による株式消却は、株主還元策の一環としても活用されます。

株式消却とは

『株式消却』とは、株式を発行した企業が市場に出回る自社の株式を取得し、消却させる行為を指します。

そもそも株式は、株主総会の承認を得れば、再発行をしたり消滅させたりすることが可能です。

株式消却と混同されやすい言葉に『株式処分』があります。株式処分は、取得した株式を社外に売却することで、株式消却とは正反対の意味になる点に注意しましょう。

株主と会社、双方にメリットがある

自己株式取得による株式消却は、株主にとって配当金と並ぶ株主還元であるといわれています。

株式消却を行うと、市場に出回る発行済株式総数が減少します。すると、1株あたりの利益が増え、自社の利益の一部を株主に支払うのと同じような効果が見込めるのです。株式数が減れば、1人あたりの分け前が増えると考えましょう。

企業にとっては、株式消却は『配当金の節約』につながります。配当金とは、企業が得た利益の一部を株主に現金で還元する行為です。株式消却によって株式数が減れば、その分だけ配当金を支払わずに済むでしょう。

自社株買いが利用されるケースはほかにも

事業承継や株主への利益還元以外にも、自社株買いが利用されるケースがあります。自社株買いを行うと、他者が購入できる株式数が減るため、経営権の獲得を狙う敵対的買収を防ぐこともできるのです。

敵対的買収への対策

自社株買いは、敵対的買収への対抗策に用いられるケースもあります。『敵対的買収』とは、買収企業が買収対象企業の経営陣や筆頭株主らの合意を得ないまま、一方的に買収を仕掛ける行為です。

敵対的買収で自社の持ち株比率が大きく下がると、特定の株主に経営権を握られてしまったり、自由度の高い経営ができなくなったりする恐れがあります。

企業が自社株の購入を行えば、外部の株主が購入できる株式数が減少し、自社の持ち株比率が上がります。加えて、自社株買いの後は株価が引き上げられる場合が多いため、敵対的買収を仕掛ける企業は株の買い占めが困難になります。

敵対的買収の方法。目指す株式の保有割合、TOBの流れなど
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敵対的買収の方法。目指す株式の保有割合、TOBの流れなど

当事者の合意なしで行われる『敵対的買収』は、株式公開買付(TOB)によって行われます。発行済み株式の何割を取得すれば、企業買収が成立するのでしょうか?TOBの流れや敵対的買収のリスクについても解説します。

自己株式取得の注意点

取得した自己株式を金庫株として保有し続けることへの法的規制はありませんが、財源規制や純資産額への影響など、いくつかの留意点があります。自己株式取得の手続きや財務上の処理に関しては、専門家の助言に従うことをおすすめします。

純資産額への影響

会社法において、自己株式取得は資産の取得ではなく『株主に対する出資額の払戻し』とみなされます。

貸借対照表(B/S)でも、資産の部には記入せず『純資産の部の株主資本の控除項目(△自己株式)』として表示しなければなりません(自己株式等会計基準)。会計処理のポイントは以下の通りです。

  • 株式の取得時は、取得原価を基に『純資産の部の株主資本』から控除
  • 期末に保有する自己株式は、純資産の部の株主資本の末尾に一括して控除

会計仕訳は以下のように記載します。

例えば、自己株式を株主との相対取引にて5000円で取得した場合、借方には『自己株式』、貸方には『現金預金』と表記します。すなわち、借方の自己株式は『純資産のマイナス(株主に対して払戻しが行われた)』であることを意味します。

借方 金額 貸方 金額
自己株式 5,000 現金預金 5,000

また自己株式取得にあたっての最大の注意点はみなし配当です。みなし配当は、株式を自社へ放出する株主側のリスクです。配当所得は総合課税であるため、株主が個人の場合、みなし配当の金額が多額になれば、それだけ課税対象となる配当所得が大きくなり、課税が多額になってしまいます。その一方で、法人の場合には、1/3以上保有していれば、自己株売却によるみなし配当は益金不算入となり、課税がなされないという特典があります。

分配可能額の規制などルールがある

資金に余裕がない企業が次々と自社株買いを進めた場合、会社の資金が流出し、債権者や取引先などへの支払いができなくなる恐れがあります。最悪の場合、会社自体の存続が危ぶまれるでしょう。

会社法では『財源規制』を設け、企業が取得できる自己株式を制限しています。株式の取得対価が『買い取り時点の分配可能額』を超えないようにしなければなりません(会社法461条)。

分配可能額は以下の計算方法で算定されます。実際の計算は複雑なため、自己株式の取得にあたっては財務・会計担当者との連携が必要です。

  • 分配可能額=その他資本剰余金の額+その他利益剰余金の額

参考:会社法 | e-Gov法令検索

まとめ

企業が自己株式取得を行う理由は一つだけではありません。株主への還元を目的とする場合もあれば、事業承継対策や敵対的買収の防衛に用いられる場合もあります。

自己株式取得には数量や目的の制限はありませんが、『財源規制』が及ぶ点に注意が必要です。あらかじめ分配可能額を算定した上で自社株買いを計画しましょう。

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