M&Aの売り手とは?売る側のメリット・デメリットと注意点を解説
M&Aの売り手にとってのメリット・デメリットと注意点を解説します。保有株式の売却で資金を得る仕組み、後継者不在への対応、従業員の雇用や情報漏洩のリスク、売却先の選び方、スキームごとの違い、売却の流れと税金まで、売る側の視点でわかりやすくまとめました。
- 02 M&Aの売り手の売却先企業の選定ポイント
- 希望条件に合う売却価格
- 自社の目的に合ったM&Aスキーム
- 従業員の雇用維持と処遇改善の可能性
- 企業文化・経営理念の親和性
- 事業の継続と成長につながるシナジー
- 買い手企業の財務基盤と信頼性
- M&A後の経営方針と売り手経営者の関与
- 03 売り手にとってのM&Aのメリット
- メリット①:保有株式の売却によって資金を得られる
- メリット②:後継者不在でも事業承継可能
- メリット③:成長余地のある企業に引き継げる
- メリット④:負債やリスクの軽減が図れる
- メリット⑤:従業員の雇用を守りやすい
- 04 売り手にとってのM&Aのデメリット・リスク
- デメリット① 希望条件で売却できない
- デメリット② 従業員の離職リスクがある
- デメリット③ 機密情報が漏れる可能性
- デメリット④ 買い手との交渉が難航する
- デメリット⑤ 企業文化の違いで混乱する
- 06 売り手がM&Aを行う際の注意点
- 注意点①:情報漏洩に十分注意する
- 注意点②:企業価値を正しく伝える準備をする
- 注意点③:複数の買い手を比較検討する
- 注意点④:手数料や税負担を事前に確認する
- 注意点⑤:M&Aの目的と軸を見失わない
「後継者が見つからない」「会社の将来性に漠然とした不安がある」など、事業の未来に悩みを抱えていませんか。
こうした課題を解決する有効な選択肢のひとつがM&Aです。
本記事では、M&Aを検討する売り手の皆様が知っておくべき、M&Aのメリット・デメリット、成功させるためのポイント、具体的な手続きの流れや費用まで解説します。売り手・買い手の両面からメリット・デメリットを知りたい方はM&Aのメリット・デメリット、買い手の視点を知りたい方はM&Aの買い手の目的の記事もあわせてご覧ください。
この記事を最後まで読めば、M&Aの全体像と、判断に必要なポイントを押さえられます。後悔のない未来を選択するために、まずはM&Aの全体像を正しく理解することから始めましょう。
売り手にとってのM&Aとは?選ばれるようになった背景
近年、M&Aは特別なものではなく、多くの企業にとって現実的な経営戦略のひとつとして認識されるようになりました。中小企業でも、事業を引き継ぐ手段のひとつとして、売り手としてM&Aを検討する経営者がいます。
その背景には、後継者問題の深刻化やM&Aに対するイメージの変化、国による支援体制の拡充があります。本章では、売り手側でM&Aが選ばれるようになった3つの背景を解説します。
後継者不在の解決手段としてのM&A
多くの中小企業が後継者不足という深刻な課題に直面しています。経営者の高齢化が進む一方で、親族や社内に適当な後継者が見つからない場合もあります。
このような状況で、廃業ではなく、M&Aで第三者に事業を引き継ぐ選択肢が注目されています。これにより、経営者は会社と従業員の未来を守りつつ、事業の継続を図ることが可能になります。
M&Aに対するイメージ改善と理解促進
かつてM&Aは「身売り」や「乗っ取り」といったネガティブなイメージで語られることがありました。しかし、近年ではその認識が大きく変わり、企業の成長戦略や事業承継の有効な手段として広く認知されるようになっています。
メディアで友好的なM&Aの成功事例が報じられる機会が増えたことや、M&Aに関する情報発信が活発になったことで、経営者の間での理解が深まったことが大きな要因です。このポジティブなイメージが、M&Aを検討する心理的ハードルを下げています。
中小企業向け支援体制の拡充による実行容易化
国や地方自治体も、中小企業の事業承継を重要な政策課題と位置づけ、M&Aを推進するための支援体制を強化しています。各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターでは、専門家による秘密厳守の無料相談やマッチング支援を受けられます。また、仲介会社やプラットフォームなどの選択肢が広がり、必要な支援内容や費用を比べながら相談先を選べるようになっています。こうした環境の変化も、中小企業にとってM&Aを検討しやすくしています。
M&Aの売り手の売却先企業の選定ポイント
M&Aを成功させるためには、自社に合う買い手企業を見つけることが大切です。売却価格は重要ですが、それだけで判断すると、従業員の雇用や事業の将来に予期せぬ問題が生じる可能性があります。
ここでは、売り手の視点から、後悔しない売却先企業を選定するための7つの重要なポイントを解説します。これらのポイントを総合的に評価し、慎重に相手を見極めましょう。
希望条件に合う売却価格
まず、自社が希望する売却価格を満たしているかは、重要な選定ポイントです。企業の価値を正当に評価し、納得のいく価格を提示してくれる買い手候補を探しましょう。
自社の目的に合ったM&Aスキーム
M&Aの手法(スキーム)も重要です。株式譲渡か事業譲渡かによって、税負担や手続きが大きく異なります。自社の状況や目的に合ったスキームを提案してくれるかどうかも、買い手選定の重要な判断材料となります。
従業員の雇用維持と処遇改善の可能性
長年会社を支えてくれた従業員の雇用を守ることは、多くの経営者にとって最優先事項のひとつでしょう。M&A後も原則として従業員の雇用を維持し、労働条件を維持または改善してくれる買い手であるかは、事前に確認しておきましょう。
トップ面談で、従業員の処遇に関する考え方や具体的な計画を質問し、誠実な回答が得られるかを見極めることが重要です。従業員が安心して働き続けられる環境を整えている企業を選びましょう。
企業文化・経営理念の親和性
企業文化や経営理念が大きく異なると、従業員に摩擦や混乱が生じ、離職につながるおそれがあります。自社が大切にしてきた価値観や文化を尊重し、理解を示してくれる買い手を選ぶことが、円滑な統合の鍵となります。
これまでの事業で重視してきた価値や社風を伝え、相手企業との文化や理念に親和性があるか確認しましょう。互いの文化を尊重し合える関係性が理想です。
事業の継続と成長につながるシナジー
M&Aの目的は、単なる事業の売却ではありません。自社の事業が買い手のリソースやネットワークと組み合わさることで、さらなる成長を遂げられるかどうかも重要な視点です。
これは「シナジー効果」と呼ばれます。買い手の持つ販売網、技術力、ブランド力などが自社の事業にどのようなプラスの効果をもたらすのかを具体的に検討しましょう。事業の将来的な発展が見込める相手こそ、理想的なパートナーと言えます。
買い手企業の財務基盤と信頼性
M&Aの取引を確実に完了させるためには、買い手企業の財務的な安定性も大切です。たとえ良い条件を提示されても、資金調達がうまくいかず、最終的に契約が破談になるリスクも考慮しなければなりません。
買い手企業の財務状況や過去の実績を調査し、信頼できる相手かどうかを慎重に判断する必要があります。M&A仲介会社などの専門家に相談し、客観的な視点で評価することが求められます。
買収代金を支払えるかだけでなく、買収後の運転資金、事業を続ける方針、過去のM&Aでの契約の履行状況なども確認しましょう。買収後に対象会社の資金を不適切に流出させたり、合意した条件を守らなかったりする買い手を避けるため、専門家とともに調べることが大切です。
M&A後の経営方針と売り手経営者の関与
M&Aが成立した後、事業がどのような方針で運営されるのか、売り手である経営者自身がどのように関与を求められるのかも、事前に確認しておくべき重要なポイントです。
一定期間引継ぎのために経営に関与する必要があるのか、完全に退くのか。M&A後のご自身のキャリアプランとも照らし合わせ、双方にとって納得のいく形を模索することが大切です。
売り手にとってのM&Aのメリット
M&Aは売り手にとって、会社売却以上に多くのメリットをもたらします。後継者問題の解決から創業者利益の確保、従業員の雇用の安定まで、その利点は多岐にわたります。
この章では、売り手の視点から見たM&Aの5つの主要なメリットについて、それぞれ具体的に解説していきます。
メリット①:保有株式の売却によって資金を得られる
創業者などの株主が、保有株式を現金を対価として売却する場合、その株主が売却代金を受け取れます。税金や手数料などを差し引いた資金は、引退後の生活や新たな事業への投資などに活用できます。これは「創業者利益の確定」とも呼ばれます。一方、会社が事業譲渡を行う場合、売却代金を受け取るのは会社です。経営者個人が資金を受け取るには、適法な配当や役員退職金などの手続きと、それぞれの課税関係を別に確認する必要があります。
メリット②:後継者不在でも事業承継可能
後継者が見つからないために、優良な事業でありながら、廃業を選ばざるを得ない場合もあります。M&Aは、こうした「後継者不在問題」を解決する手段のひとつです。
親族や社内に後継者がいなくても、意欲と能力のある第三者企業に引き継げます。これにより、長年培ってきた技術やノウハウ、取引先との関係などを次世代につなぐことが可能になります。
メリット③:成長余地のある企業に引き継げる
自社単独では難しかった大規模な投資や販路拡大も、資金力やネットワークを持つ企業のグループに入ることで、実現できる場合があります。
自社の事業や技術を評価し、成長のための投資に前向きな買い手に引き継ぐことができれば、事業をさらに伸ばせる可能性があります。
メリット④:負債やリスクの軽減が図れる
会社の経営には、常に様々なリスクが伴います。特に中小企業の経営者は、会社の借入金に対して個人保証を行っているケースが多く、事業が傾いた場合には個人資産を失うリスクを抱えています。
M&Aで会社を売却する際、金融機関との交渉・合意によって、経営者個人の保証を解除できる可能性があります。ただし、買い手が保証の解除を約束しただけでは、金融機関に対する保証責任は消えません。解除や切り替えに必要な金融機関の承諾・手続きと、その時期を、取引を実行する前に確認しましょう。また、売却後も契約上の補償責任などが残る場合があります。
メリット⑤:従業員の雇用を守りやすい
後継者が見つからずに廃業を選択した場合、従業員は職を失うことになります。これは経営者にとって、心苦しい決断です。M&Aであれば、従業員の雇用を維持したまま事業を引き継いでもらえる可能性があります。買い手にとっても、既存の従業員のスキルや経験は事業を続けるうえで大切な経営資源です。ただし、M&A後の配置や労働条件については、買い手と事前に確認・合意しておくことが、円滑な引継ぎの鍵となります。
売り手にとってのM&Aのデメリット・リスク
M&Aは多くのメリットがある一方で、売り手にとって注意すべきデメリットやリスクも存在します。
ここでは、M&Aを進める上で売り手が直面しうる5つの代表的なデメリット・リスクについて解説します。これらのリスクを事前に理解し、対策を講じることが成功の鍵です。
デメリット① 希望条件で売却できない
M&Aを検討し始めても、必ずしも自社が希望する価格や条件で売却できるとは限りません。自社の価値評価が想定より低かったり、魅力的な買い手が見つからなかったりするケースもあります。
業績悪化時や業界の先行き不透明な場合は、買い手探しが難航する可能性があります。M&Aを成功させるには、適切なタイミングを見極め、企業価値を高める努力を日頃から行っておくことが重要です。
デメリット② 従業員の離職リスクがある
M&Aによって経営者が変わることは、従業員にとって大きな環境の変化であり、不安を感じる人も少なくありません。新しい経営方針や文化に馴染めず、モチベーションが低下し離職するリスクがあります。
特に、M&Aのプロセスや今後の処遇について十分な説明がない場合、従業員の不信感は増大します。従業員の不安を払拭し、円滑な統合を図るためには、買い手企業と連携し、丁寧なコミュニケーションを心がけることが大切です。
デメリット③ 機密情報が漏れる可能性
M&Aの交渉過程では、買い手候補に対して、自社の財務状況や技術情報、顧客リストといった機密情報を開示する必要があります。この際、秘密保持契約(NDA)を締結しますが、情報漏洩のリスクを完全にゼロにすることは困難です。
万が一、交渉が破談になった後に情報が漏洩すれば、事業に深刻なダメージを与える可能性があります。信頼できる相手を慎重に選び、情報開示の範囲を交渉の進捗に応じて段階的に管理することが重要です。
デメリット④ 買い手との交渉が難航する
M&Aの交渉は、売却価格や従業員の処遇、経営の引継ぎ方法など、多岐にわたる項目について双方の利害を調整するプロセスです。お互いの希望条件が大きく異なれば、交渉が長引き、精神的に負担が大きくなることもあります。
特に、法務や財務に関する専門的な知識が必要となる場面も多く、売り手側だけで交渉を進めるのは困難です。M&Aの専門家である仲介会社やアドバイザーのサポートを受けながら、冷静に交渉を進めることが重要です。
デメリット⑤ 企業文化の違いで混乱する
M&Aが成立し、いざ統合(PMI:Post Merger Integration)が始まると、企業文化の違いが大きな壁として立ちはだかることがあります。仕事の進め方や意思決定のプロセス、価値観の違いから、現場で混乱や対立が生じることがあります。
文化的摩擦は、生産性低下や従業員離職につながるおそれがあります。買い手選定の段階から、企業文化の親和性を重視するとともに、M&A後も双方の文化を尊重し、時間をかけて融合させていく努力が必要です。
売り手から見たM&Aの種類と特徴
M&Aにはさまざまな手法(スキーム)があります。どのスキームを選択するかによって、手続きの複雑さ、税金の負担、会社への影響などが大きく異なります。売り手としては、それぞれの特徴を理解し、自社の目的や状況に適した方法を選ぶことが重要です。
ここでは、M&Aや組織再編で用いられる代表的な7つのスキームについて、その特徴とメリット・デメリットを解説します。
株式譲渡
株式譲渡は、既存の株主が保有する株式を買い手に売却する手法です。経営権の移転を目的とする場合は、取得する議決権の割合などが重要になります。手続きが比較的シンプルで、中小企業のM&Aで広く利用されています。
- メリット: 対象会社の法人格は変わらず、資産・負債や契約、雇用関係は原則として同じ会社に残るため、事業への影響を抑えられます。許認可も保有する会社は変わりませんが、役員の変更などにともなう届出や要件の確認が必要です。また、支配関係の変更について通知・承諾などを求める契約条項がないかを確認します。
- デメリット: 会社そのものを譲り渡すため、簿外債務などの負債やリスクも対象会社に残ったまま、買い手の傘下に入ります。そのため、買い手はデューデリジェンス(買収監査)を慎重に行い、売り手は表明保証などで責任を負う場合があります。また、株主が分散していると、必要な株式を集めるために各株主との調整が必要です。
第三者割当増資(新株引受)
第三者割当増資は、会社が特定の第三者に新株を割り当てて資金を調達する方法です。買い手が新株を引き受けることで、経営に参加します。
- メリット: 払込資金は会社に入るため、運転資金や設備投資に充て、事業の成長や財務体質の改善につなげられます。既存の株主が株式を売るわけではないため、株主が売却の対価を受け取る取引ではありません。
- デメリット: 既存株主の持株比率が低下し、株主総会の特別決議などの手続きが必要になる場合があります。買い手が経営権を取得できるかどうかは、取得後の議決権の割合などによって異なります。
事業譲渡
事業譲渡は、会社の経営権ではなく、事業の一部または全部を売買する方法です。売り手は特定の事業だけを売却し、会社自体は手元に残すことができます。
- メリット: 売りたい事業だけを選んで売却できるため、不採算事業を切り離し、主力事業に集中するといった選択が可能です。買い手にとっても、引き継ぐ資産・負債を合意で限定できる利点があります。ただし、商号を続けて使う場合などには、引き継がない債務について責任を負うことがあります。
- デメリット: 関連する資産や負債、契約、従業員を個別に移転する必要があり、手続きが煩雑になります。契約の移転には原則として相手方の承諾が、従業員の転籍には本人の同意が必要です。許認可は業法によって扱いが異なり、事前の認可などで承継できる場合と、買い手が取り直す必要がある場合があります。
合併
合併とは、複数の会社が契約によってひとつの会社に統合される手法です。一方の会社がもう一方の会社を吸収する「吸収合併」と、新しく設立した会社にすべての会社が統合される「新設合併」があります。
- メリット: 複数の会社がひとつになることで、スケールメリットやシナジー効果を追求しやすく、事業基盤の強化につながります。
- デメリット: 権利義務を包括的に承継するため、手続きが複雑で時間もかかります。また、異なる組織文化を持つ従業員同士の融合(PMI)が難しく、現場の混乱を招く可能性があります。
会社分割
会社分割は、会社が営む事業の一部または全部を分割し、別の会社に承継させる手法です。既存の会社に承継させる「吸収分割」と、新しく設立した会社に承継させる「新設分割」があります。
- メリット: 事業に関する権利義務を、分割契約・分割計画に定めた範囲で包括的に承継させられます。労働契約の承継は、対象事業への従事状況、分割契約・分割計画への記載、異議申出の有無に応じて決まります。例えば、対象事業に主として従事し、承継の対象として記載された労働者の労働契約は、原則として個別の同意なく承継されます。ただし、労働者との協議や通知、異議申出の機会の確保など、所定の手続きが必要です。
- デメリット: 手続きが複雑であり、株主や債権者を保護するための手続きが必要となります。税務上の扱いも、適格組織再編の要件を満たすかどうかなどによって異なるため、専門家の助言を受けましょう。
株式交換
株式交換は、対象会社の発行済株式の全部を既存の会社に取得させ、完全親子会社関係をつくる手法です。対象会社の株主には、契約で定めた親会社の株式や金銭などの対価が交付されます。
- メリット: 親会社の株式を対価とする場合、買い手は買収に必要な現金の支出を抑えられます。対象会社の法人格は維持されますが、買収後の経営方針や権限の配分は、親会社との関係や合意内容によって異なります。
- デメリット: 株式を対価として受け取る場合は、その株価の変動や換金のしやすさに注意が必要です。また、原則として株主総会の承認など、会社法上の手続きを行う必要があります。
株式移転
株式移転は、ひとつまたは複数の会社が、その発行済み株式のすべてを新しく設立する会社(親会社)に取得させる手法です。既存の会社は、新設された親会社の完全子会社となります。主に、共同持株会社を設立する際に用いられます。
- メリット: 複数の企業がグループとして統合する際に、各社の法人格を維持しながら経営の効率化を図ることができます。
- デメリット: 株式交換と同様に手続きが複雑であり、時間とコストがかかります。中小企業のM&Aでは利用例が少ない方法です。
売り手がM&Aを行う際の注意点
M&Aは、売り手企業の未来を左右する重要な経営判断です。成功すれば多くのメリットを享受できますが、進め方を誤ると、思わぬトラブルに発展し、後悔する結果になりかねません。
ここでは、売り手がM&Aを円滑に進め、最良の成果を得るために、特に注意すべき5つのポイントを解説します。これらの注意点を常に念頭に置き、慎重にプロセスを進めましょう。
注意点①:情報漏洩に十分注意する
M&Aを検討しているという情報が、意図せず社内外へ漏れることは避けなければなりません。従業員の動揺や離職、取引先・金融機関との関係悪化を招くおそれがあります。
M&A仲介会社などの専門家と秘密保持契約を締結することはもちろん、社内でも情報を共有する範囲を経営陣など最小限にとどめることが重要です。交渉相手とのやり取りも、細心の注意を払って行いましょう。
注意点②:企業価値を正しく伝える準備をする
自社の価値を買い手候補に正しく、魅力的に伝える準備が大切です。自社の強みや技術、将来的な収益性を客観的データで説明できなければ、高い評価は得られません。
事業計画書や企業概要書(インフォメーション・メモランダム)といった資料を、専門家のアドバイスを受けながら丁寧に作成しましょう。自社の魅力をわかりやすく伝えることが、より良い条件での売却につながります。
注意点③:複数の買い手を比較検討する
比べられる候補がいる場合は、価格だけでなく、雇用方針、資金調達の確実性、事業を続ける方針などを比べると判断しやすくなります。ただし、情報管理や交渉の負担を踏まえ、一社と集中的に交渉する方法が適する場合もあります。
複数の候補と話を進めることで、条件を比べたり、自社の将来にとって良い相手を見極めたりしやすくなります。ただし、独占交渉義務を負う基本合意などを締結したあとは、契約で認められた範囲を超えて、ほかの候補との交渉を進めないよう注意しましょう。
注意点④:手数料や税負担を事前に確認する
M&Aには、仲介会社に支払う手数料や、弁護士・税理士への報酬など、様々な費用が発生します。また、株式や事業の売却による利益にも税金がかかり、その課税の仕方は売り手が個人か法人か、売却する資産によって異なります。
これらのコストを事前に把握しておかないと、「手元に残る現金が想定よりずっと少なかった」という事態になりかねません。契約前に、手数料と税負担を専門家に確認し、手取り額を試算しておくことが重要です。
注意点⑤:M&Aの目的と軸を見失わない
M&Aの交渉は長期にわたることが多く、複雑な論点が次々と出てきます。その過程で、売却金額だけに意識が向き、雇用や事業の継続など、当初重視していた条件を見失うことがあります。
「なぜM&Aをするのか」「何を最も大切にするのか」という原点を忘れないようにしましょう。従業員の雇用なのか、事業の成長なのか、創業者利益の確保なのか。自社の軸を明確にしておくことが、交渉の場で適切な判断を下すための羅針盤となります。
売り手側のM&Aの方法と流れ
M&Aは、思い立ってすぐに成立するものではありません。専門家への相談から始まり、買い手探し、交渉、契約締結に至るまで、計画的に進める必要があります。
ここでは、売り手側の一般的なM&A方法と、7つのステップを解説します。全体像を知ることで、各段階の行動が明確になり、手続きをスムーズに進められます。
手順①M&Aの検討と相談先の選定
まず、自社の経営課題を解決するために、M&Aが本当に最適な選択肢なのかを慎重に検討します。その上で、M&Aを進めることを決断したら、信頼できる相談先を見つけることが最初のステップです。
相談先には、M&A仲介会社や金融機関、事業承継・引継ぎ支援センターなどがありますが、近年ではM&Aプラットフォームの活用も広く知られるようになりました。国内最大級のM&Aプラットフォーム「TRANBI」には、多様な業種・規模の買い手候補が登録されています。匿名で案件を登録し、買い手から直接アプローチを受けられるため、初期の候補探しに有効です。
手順②企業価値の評価と資料準備
次に、自社の企業価値がどのくらいになるのかを客観的に評価します。これは「バリュエーション」と呼ばれ、売却価格の目安を把握し、交渉の基準とするために大切です。同時に、買い手候補に自社の魅力を伝えるための資料を準備します。
初期の打診に使う、会社を特定できる情報を伏せた「ノンネームシート」と、秘密保持契約の締結後などに開示する詳しい「企業概要書(インフォメーション・メモランダム)」を準備します。
手順③買い手候補の探索と打診
準備が整ったら、いよいよ買い手候補を探します。M&A仲介会社やプラットフォームを利用して、自社の事業とシナジーが見込める企業や、自社の希望条件に合う企業をリストアップします。
最初は社名を伏せたノンネームシートで打診し、興味を示した候補企業との間で秘密保持契約(NDA)を締結した上で、より詳細な企業概要書を開示し、具体的な検討を促します。
手順④トップ面談と基本合意の締結
条件や親和性の高い企業を選び、経営者同士で面談(トップ面談)を行います。ここでは、経営理念やビジョン、M&A後の事業方針を確認し、信頼関係を築くことが目的です。
交渉の結果、双方が大筋で合意に至れば、「基本合意書」を締結します。これには、現時点での売却価格やスケジュールなどが盛り込まれます。価格や取引の実行に関する条項には法的拘束力を持たせず、秘密保持や独占交渉などの条項には拘束力を持たせることがあります。どの条項に拘束力があるのか、契約内容を確認して締結しましょう。
手順⑤デューデリジェンスへの対応
基本合意を締結すると、買い手側による詳細な調査「デューデリジェンス(DD)」が実施されます。これは、売り手企業の財務状況や法務上のリスク、事業の実態などを精査し、買収の最終判断を下すためのプロセスです。
売り手は、買い手の求める資料を迅速に提出し、質問には誠実に回答する必要があります。この対応が不十分だと、買い手の不信感を招き、交渉が決裂する原因にもなりかねません。
手順⑥最終交渉と最終契約の締結
デューデリジェンスの結果、大きな問題がなければ、最終的な条件交渉に入ります。デューデリジェンスで新たなリスクが見つかれば、売却価格を見直す場合もあります。
双方がすべての条件に合意したら、法的な拘束力を持つ「最終契約書(DA)」を締結します。実務では、株式譲渡の場合は「株式譲渡契約書(SPA)」、事業譲渡の場合は「事業譲渡契約書(APA)」など、スキームに応じた名称の契約書が用いられます。契約書の内容は専門的であるため、弁護士などの専門家によるリーガルチェックを受けましょう。
手順⑦クロージング
最終契約で定めた前提条件がそろっていることを確認したうえで、株式譲渡では株式の移転と対価の支払いを、事業譲渡では対象となる資産・契約などの移転と対価の支払いを行います。契約の締結とクロージングは、同じ日になる場合と別の日になる場合があります。
この取引の実行を「クロージング」と呼びます。クロージング後も、案件に応じて登記・届出、価格の調整、引継ぎ業務などが必要になります。また、表明保証違反に関する補償義務など、売り手の契約上の責任が残る場合があります。
M&Aで売り手にかかる費用・税金
M&Aを成功させるためには、そのプロセスで発生する費用や、売却益にかかる税金について正しく理解しておくことが大切です。事前に資金計画を立てないと、想定外の出費に慌てたり、手元資金が予想より減る可能性があります。
この章では、M&Aで売り手側に発生する費用の種類と相場、税金について解説します。
M&Aにかかる費用の種類と相場
M&Aを進めるにあたり、売り手は主にM&A仲介会社などの専門家に支払う手数料が必要となります。手数料の体系は支援機関ごとに大きく異なり、近年ではM&A支援機関登録制度において手数料の公表が求められています。
一般的な「レーマン方式」は、基準額を金額帯ごとに区分し、それぞれに料率を掛けて報酬を計算する方法です。ただし、株式価額、譲渡価額、負債を含む移動総資産など、計算の基準額は支援機関によって異なります。料率、最低報酬額、着手金・中間報酬の有無、成功報酬への充当、支払時期も含めて、契約前には複数の支援機関の開示情報をもとに、総額で比べましょう。
M&Aで売り手にかかる税金
株式や事業の売却による利益への課税は、売り手が個人か法人か、売却する資産やM&Aのスキームによって異なります。受取代金から税金や手数料を差し引いた手取り額を、事前に試算しましょう。
- 株式譲渡の場合: 個人の株主が第三者に株式を売却する場合、譲渡益には原則として所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%(※2026年10月時点)の申告分離課税が適用されます。法人が売却する場合、譲渡損益は他の所得と合算して法人税等を計算します。
- 事業譲渡の場合: 法人が事業譲渡を行う場合、譲渡損益は他の所得と合算して法人税等を計算します。個人事業主の場合は、棚卸資産、土地・建物、営業権など、売却する資産に応じて所得の区分や課税の方法が異なります。消費税については、建物・機械・営業権などの課税資産と、土地などの非課税資産の対価を合理的に区分し、売り手が課税事業者であれば、課税資産の譲渡について原則として申告・納付を行います。
参考:No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)|国税庁
M&Aにともなう役員の退職に際して、会社から役員退職金を支給する方法を検討することもあります。これは株式の譲渡代金とは別の支払いで、退職の実態、必要な社内手続き、支給額の相当性、会社の資金繰りなどの確認が必要です。退職所得控除などが適用される場合がありますが、役員等としての勤続年数が5年以下の特定役員退職手当等には、2分の1課税が適用されません。株式の譲渡価格への影響も含めて、税理士などと検討しましょう。
手取り額は、スキームや売り手が個人か法人か、役員退職金の有無などによって大きく変わります。売却を決める前に、税理士などの専門家と試算しておきましょう。
M&Aの売り手に関するよくある質問
M&Aは多くの経営者にとって初めての経験であり、様々な疑問や不安がつきものです。ここでは、売り手の立場にある経営者から特によく寄せられる4つの質問について、簡潔にお答えします。
M&Aにはどれくらいの期間がかかる?
M&Aの期間は、企業の規模や業種、交渉の状況によって大きく異なりますが、一般的には半年から1年以上かかるケースが多いです。
相談先の選定から始まり、買い手候補探し、交渉、デューデリジェンス、契約締結と、多くのステップを踏む必要があります。スムーズに進めるためには、早めに準備を開始することが重要です。
会社の価値はどう決まる?
会社の価値(企業価値)の算定には、様々な方法があります。代表的なものに、会社の純資産に着目する「コストアプローチ」、類似する上場企業の株価などを参考にする「マーケットアプローチ」、将来の収益性を予測して価値を算出する「インカムアプローチ」などがあります。実際には、これらの方法を複数組み合わせて、最終的な売却価格は買い手との交渉によって決定されます。
従業員にはいつ告知する?
従業員への告知タイミングは、M&Aで慎重な判断が必要な事項のひとつです。情報が早期に漏れると、従業員の間に動揺が広がり、事業に支障をきたすおそれがあります。
従業員への説明の時期は、M&Aのスキームと必要な手続きに応じて決めます。株式譲渡では雇用主である会社は変わりませんが、情報管理と従業員の不安への配慮を両立できる時期を考えます。事業譲渡では、労働契約を承継する前に対象の従業員へ十分に説明し、原則として本人の承諾を得る必要があります。会社分割でも、効力が生じる前に所定の協議・通知などが必要です。買い手や専門家と相談し、必要な手続きから逆算して説明の計画を立てましょう。
秘密は守られるのか不安がある場合は?
M&Aでは情報管理が大切です。
M&A仲介会社や交渉相手とは、秘密保持契約(NDA)を締結します。これにより、法的な拘束力をもって情報の目的外使用や漏洩を防ぎます。
信頼できる専門家や相手を選ぶことが大前提ですが、NDAを締結しても漏洩リスクは残るため、交渉進捗に応じて情報開示を段階的に管理することが有効です。
まとめ|売り手の視点を押さえて、後悔のないM&Aを進める
本記事では、M&Aを検討する売り手の視点から、そのメリット・デメリット、売却先の選定ポイント、具体的な流れや費用、注意点に至るまで、網羅的に解説しました。M&Aは、後継者不在や事業の将来性といった経営課題を解決し、会社と従業員、そして経営者自身の今後を考えるうえでの選択肢のひとつです。
しかし、そのプロセスは複雑で、多くの重要な判断を伴います。成功の鍵は、M&Aの目的を明確にし、信頼できる専門家のサポートを得ながら、自社に合うパートナーを慎重に見極めることです。情報収集を欠かさず、各ステップを丁寧に進めましょう。
この記事が、あなたの会社にとって明るい未来を切り拓く一助となれば幸いです。
