経営権の譲渡とは?支配権との違い、経営権の移動のないM&Aも

経営権の譲渡とは?支配権との違い、経営権の移動のないM&Aも

M&Aや事業承継では『経営権の譲渡』が重要な意味を持ちます。株式会社では議決権の割合によって、経営権の有無や経営への影響力が決まるのが一般的です。経営権と支配権の違いや、経営権が移動しないM&Aスキームについても解説します。

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経営権の譲渡とは

ビジネスやM&Aでは『経営権の譲渡』や『経営権の取得』といった言葉を耳にするケースがあります。そもそも経営権には、どのような概念があるのでしょうか?経営権が指す意味と、経営権の譲渡方法について理解を深めましょう。

経営権は一般用語

経営権は『経営する権利』の意味で使われるケースが多いものの、法律で定められた専門用語ではないため、明確な定義はありません。株式会社では、議決権を持つ株式の所有率が経営権の基準となります。

議決権とは、株主総会において、賛成・反対の意思表示ができる権利です。1株につき1議決権が原則のため、株式を多く保有する株主ほど議決権の所有率も多くなります。

後述しますが、総議決権の過半数を獲得すれば、実質的に会社の経営権を有している状態です。

主に株式譲渡スキームにより譲渡する

後継者や第三者に会社の経営権を譲り渡すことを『経営権の譲渡』といいます。経営権を譲渡する方法は複数ありますが、M&Aにおいて事業譲渡と同じくらいよく用いられる手法が『株式譲渡』です。

株式譲渡とは、譲渡会社(売り手)の株主が保有する株式を譲受会社(買い手)に譲渡し、譲渡対価を受け取る方法です。『株式譲渡契約書』を作成・締結し、株主名簿の書換を行うと完了します。

なお、株式の譲渡会社になれる法人は、株式を発行している株式会社と特例有限会社のみですが、譲受会社は株式会社と特例有限会社に限られません。

経営権を有する基準とは

経営権を有するには、一定の議決権を保有する必要があります。議決権の保有割合によって、会社経営への影響力が変わる点に注目しましょう。

総議決権の1/2超を保有

総議決権の1/2超を保有すると、株主総会の普通決議が単独で可決できるようになります。『普通決議』とは、発行済株式総数の過半数を保有する株主が出席し、その議決権の過半数の賛成によって可決される決議です。

取締役会が設置されている場合、以下のような事項は株主総会の普通決議で決議されます。

  • 代表取締役の選定・解職(株主総会で決議できることを定款に定めている場合)
  • 役員の選任・解任
  • 株主を特定しない自己株式の取得
  • 役員報酬の決定
  • 準備金の額の減少および増加
  • 剰余金の配当および処分

1/2超を保有していれば、経営が十分にコントロールできる状態になるため、『経営権を有している』と見なされます。

総議決権の2/3以上を保有

総議決権の2/3以上を保有すると、普通決議だけでなく、特別決議が単独で可決できるようになります。『特別決議』とは、発行済株式総数の過半数を保有する株主が出席し、その議決権の2/3以上の賛成によって可決される決議です。

取締役会が設置されている場合、特別決議では以下のような事項が決議されます。

  • 株式の併合
  • 定款の変更
  • 資本金の額の減少
  • 事業譲渡の承認
  • 特定株主からの自己株式の取得
  • 吸収合併契約・吸収分割契約・株式交換契約の承認

会社の根幹に関わる事項が単独で可決できるようになるため、総議決権の2/3以上を保有することは『会社の支配権を有している』と見なされます。

さらに、全ての株式を保有し、議決権割合が100%となれば『完全経営支配権を有している』という状態になります。

経営権が移動しないケース

株式譲渡では、株式の譲渡によって経営権が移動しますが、M&Aのスキームの中には経営権の移動を伴わないものもあります。

法人の事業譲渡では経営権、法人格が残る

株式譲渡では経営権が譲渡会社(売り手)から譲受会社(買い手)へ移行します。株主が入れ替わるだけで、会社自体に変更はありません。

譲渡会社の法人格を譲受会社がそのまま承継する形となり、資産・負債・許認可・従業員なども全て引き継がれます(包括承継)。

一方『事業譲渡』は、経営権の移行を伴いません。対象会社の事業の全部または一部を第三者に譲渡するスキームです。

特定の物や権利のみを承継する『個別承継(特定承継)』に該当するため、譲受会社は譲渡対象を決める必要があります。経営権の移行がないため、事業譲渡後も法人としてそのまま経営が続けられるのが特徴です。

一部の事業を譲受、経営権を移動する方法も

『会社分割+株式譲渡』によって、事業の一部と経営権を移行する手法もあります。会社分割は、会社の全部または一部の事業を切り離し、別会社に移転するスキームです。

既存会社に移転する『吸収分割』と、新設会社に移転する『新設分割』の2パターンがあります。事業譲渡が個別承継であるのに対し、会社分割では特定の事業における権利・義務を包括的に引き継ぐのが特徴です。

会社法上の『組織再編行為』に該当し、主にグループ内における成長事業の子会社化や不採算部門の切り離しなどに用いられます。

新設分割で対象会社の事業を新設会社に移転した後、新設会社の株式を譲渡会社に譲渡すれば、譲渡会社は新設会社を『子会社』にすることが可能です。

会社分割については、以下のコラムで詳しく解説しています。

組織再編行為の「会社分割」とは?吸収分割や新設分割を行うケース
用語説明
組織再編行為の「会社分割」とは?吸収分割や新設分割を行うケース

『会社分割』は、会社の事業構造を大きく変える際に用いられる『組織再編行為』の一種です。吸収分割と新設分割の2種類があり、活用に適したシチュエーションが異なります。事業譲渡との違いや会社分割にあたっての注意点を解説します。

業務提携、資本提携

『業務提携』は、複数の会社が業務上のみで提携関係を築くことです。シナジー効果の創出を目的に、それぞれが保有する技術やノウハウ、人材を提供し合います。資本面での協力関係はなく、経営権の移行もありません。

『資本提携』は、複数の会社が資本面で提携関係を築くことです。業務面と資本面の両方で協力し合う場合は『資本業務提携』と呼ばれます。

出資に伴い、それぞれの会社の株式を持ち合う形になりますが、互いの経営に影響を与えないために、持株比率は1/3未満にするのが一般的です。

なお、M&Aとは会社同士の『合併』と『買収』を指すもので、業務提携や資本提携は該当しませんが、広義のM&Aでは両者を含める場合があります。

経営権譲渡に関する契約

経営権を譲渡する際は、スキームに応じて『株式譲渡契約』や『株式交換契約』を締結します。それぞれのスキームの内容と契約の特徴について解説します。

株式譲渡契約

株式譲渡で経営権を譲渡する際は『株式譲渡契約』を締結し、譲受会社が譲渡会社に譲渡対価を支払います。以下は契約書に記載すべき項目の一例です。

  • 株式譲渡の合意
  • 譲渡する株式の種類および数
  • 譲渡対価・支払方法・支払期日
  • 誓約事項・損害賠償
  • 契約の変更・解除について
  • 競業避止義務
  • 株主名簿の書換への協力義務

株式譲渡は『株主名簿の書換』をもって完了します。書換が行われない限りは株主と認められず、議決権を行使できません。会社に対して『名義書換請求』を行いましょう。

株式交換契約

株式交換によって経営権を譲渡する際は、『株式交換契約書』を締結します。株式交換とは、親会社となる会社(A社)が子会社となる会社(B社)の全株式を取得し、その対価としてA社の株式の一部を取得させる手法です。株式交換後は、A社がB社の『完全親会社』となります。

株式交換は会社法の『組織再編行為』に当たり、主に企業グループの形成および再編のために用いられるケースが大半です。

株式交換契約書の内容は会社法で定められており、『交換する株式比率』や『対価の割当』『株式交換の効力発生日』などを記載します。記載事項が多いため、専門家のサポートを得るのが望ましいでしょう。

株式交換契約の締結後は、株式交換契約の内容が記載された書面・電磁的記録を一定期間、親会社・子会社に備え置く必要があります。

株式交換の流れやメリットについては、以下のコラムもぜひご覧ください。

株式交換はどんなケースで利用される?メリット、必要な手続きなど 株式交換はどんなケースで利用される?メリット、必要な手続きなど
用語説明
株式交換はどんなケースで利用される?メリット、必要な手続きなど

株式交換とは、特定の株式会社を『完全子会社化』する目的で使われます。現金ではなく、株式を対価にできるため、買い手は買収資金を調達する必要がありません。手続きの大まかな流れやメリット・デメリットを解説します。

経営権を移動する際の確認点

中小企業のM&Aでは、株式譲渡による経営権の譲渡が選択される傾向があります。経営権の移動に伴い、事前に確認しておくべき点を解説します。

株主は誰か

株式の売買は買い手と株主の相対取引が基本ですが、会社同士のM&Aでは、経営者が代表して買い手と交渉を進めるのが一般的です。経営者1人が全株式を所有しているのであれば、経営者の一存で譲渡を決定できます。

しかし、複数の株主がいる場合は、大株主である経営者が各株主に株式譲渡の承認を取り付けた上で、委任を受けて契約を締結する形になります。株主が多ければ多いほど、時間や手間がかかる点に注意しましょう。

日本の企業は、創業者や経営者の一族が経営の主体となる『同族企業』が多い傾向があります。同族企業では、経営に関与しない親族が株式を保有しているケースもあるため、誰が株主なのか事前によく調べる必要があります。

株式の譲渡制限の有無

『株式の譲渡制限』とは、会社の定款によって株式譲渡に制限を設けることを指します。譲渡制限のある株式は『株式譲渡制限株式』、全株式に譲渡制限がある会社は『株式譲渡制限会社』と呼ばれます。

株式に譲渡制限がある場合、株主は取締役会や株主総会の承認を得なければ譲渡ができません。日本の中小企業のほとんどは株式譲渡制限会社のため、M&Aの際は会社に『譲渡承認請求』を行った上で手続きを進めることになります。

譲渡制限を設ける理由は、望まない人物の手に経営権や支配権が渡るのを防ぐためです。零細企業や中小企業は同族会社が多く、第三者から会社を守る防衛策として譲渡制限を設けるケースが多いようです。

譲渡制限の有無は、会社の登記簿謄本や定款で確認できます。

事業承継ガイドラインにおける経営権の移動とは

『事業承継ガイドライン』は、中小企業庁が策定した事業承継の指導指針です。中小企業の事業承継をサポートすることが目的で、2022年に改訂が行われています。ガイドラインの中で、経営権の移動はどのように説明されているのでしょうか?

代表取締役の交代

経営権を有するとは『総議決権の1/2超を保有すること』と前述しましたが、決まった定義はありません。M&Aや事業承継で経営権という言葉を使う場合には、双方の認識にずれがないようにしたいものです。

事業承継ガイドラインには、経営の承継とは経営権の承継であり、代表取締役の交代によってなされるものという記述があります。

代表取締役は株式会社を代表する取締役で、株主総会や取締役会で決定したことを執行する権限を有します(代表権)。

交代の際には、後継者が既に就任している場合であっても取締役会や株主総会(取締役会が非設置の場合)による代表取締役選定の決議が必要です。

参考:事業承継ガイドライン(第3版)|中小企業庁

現経営者の廃業・後継者の開業

会社形態では、代表取締役の交代によって経営権が承継されるのに対し、個人事業主の場合は『現経営者の廃業』と『後継者の開業』によって経営権の承継が完了します。以下は、個人事業主が後継者に事業承継をする流れです。

  • 後継者を選定する
  • 育成や引き継ぎをする
  • 現経営者が廃業手続きをする
  • 新事業主(後継者)が開業手続きをする

開業手続きでは、開業届や青色申告承認申請書の提出、許認可の再申請などを行います。譲受側が『法人』である場合、個人事業主と法人の間で『事業譲渡契約書』を締結した上で、許認可の再申請を行います。

まとめ

M&Aや事業承継では『経営権』という言葉がよく使われますが、決まった概念はありません。使う人や場面によって意味が若干異なるため、認識のずれがないようにしましょう。

株式会社のM&Aにおいて、経営権の移動は株式譲渡で行われるのが一般的です。M&Aのスキームの中で、経営権の移動を伴うものと伴わないものをはっきりと区別しておきましょう。

記事監修:小木曽公認会計士事務所 小木曽正人(公認会計士、税理士)
【プロフィール】
1999年公認会計士2次試験合格後、大手監査法人にて法定監査、IPO支援等に従事したのち、2004年より東京と名古屋にてM&A専門チームの主力メンバーとして100件以上のM&A案件に従事。2014年12月に独立開業し、M&A、事業承継、株価評価といった特殊案件のみを取り扱った会計事務所を展開している。