2022-06-28

FAXの線が抜けて丸1日失注!高齢化・アナログ体質をテコ入れし、老舗の縫製技術を進化させるM&A

買い手(法人):五洋インテックス株式会社

<中小企業の事業拡大を目指したM&A・買収事例>

 

高級カーテンを中心に室内装飾品の卸売業を手掛け、46期目を迎える五洋インテックス株式会社今回買収したのは、カーテンの縫製専門会社・株式会社日高です。2000年に開業した「東京ドームホテル」全1006室のカーテン加工を受注するなど、ホテルのカーテン加工において数々の実績を誇ります。

同じ業界ということもあって、実は以前にも関わりのあった両社。お互い理想的な取引に成功した一方で、交渉時や買収後には苦労もあったようです。その理由と今回のM&Aのプロセスについて、取締役の岩田さんに詳細を伺いました。



(今回の買収先となった株式会社日高様)

【企業再生を目指して原点回帰、カーテン縫製の内製化へ】

- まずはじめに、五洋インテックス株式会社の事業内容と、ご自身の仕事についてお聞かせください。
五洋インテックス株式会社では、カーテンを中心に室内装飾品の卸売を行っています。当社は昨年7月末に上場廃止となり、それまで14期連続赤字とかなり厳しい状態でした。昨年4月に新しい社長を迎え、今まさに再生途中の段階です。

私は2020年4月から取締役 兼 経営企画室長を務めています。仕事内容としては、主に経営改善、売上の管理、販管費の管理、あとは新規事業を含めた全般です。

- 今回、買収に至ったきっかけを詳しくお伺いできますか?
上場廃止後は、取引先各社に挨拶とご説明に回りました。上場廃止=倒産のパターンもありますが、五洋の場合は違いますと。「ここからインテリアに専念して再生していきます」とお伝えし、皆さん応援してくださいました。

上場していた頃は株価を意識して、医療やインバウンドなどインテリア以外の事業も立ち上げていました。しかし、なかなかうまくいきませんでした。そこで社長と話し合い、原点回帰してインテリアの分野で一から見直そうということになったんです。

これまでの当社は、海外から生地を輸入し、外注先の縫製工場に送って、そこで縫製をしたものをお客様に届けるという商流でした。高級オーダーカーテンですので、お客様の目も肥えており、どうしても多少クレームが上がってきます。その場合は縫製工場の方に責任を問う体制でしたので、これが果たして正解なのかどうかと。

もちろんコスト面では外注の方が安いのですが、責任あるものづくりの会社として、外注先に責任を投げているところに問題を感じていました。原点回帰でやり直すなら「糸一本から見直す」という意味で、縫製も内製化しようと考え、自社で縫製工場を持つことになったのです。

- 内製化の方針が決まってから、今回の案件をどのように見つけましたか?
縫製工場を内製化しようとした場合、加工に用いる機械はおそらく1000万円、2000万円と出せば買えるんですね。ですので、設備投資で賄える部分はありますが、どうしても縫う部分は縫子(ぬいこ)さん、人が財産です。

縫子さんは年々減ってきていますし、縫製工場も減少する一方なので、新規で人員を確保して縫製工場を作るのは非常に厳しい状況です。ならば、既存の工場を買収するのがいいだろうという結論に至りました。

実は以前、M&Aの大手仲介会社に軽く相談したこともあったんです。しかし「縫製工場なんかやめた方がいいですよ」と言われてしまって。それはやはり高齢化で5年先、10年先の見通しが立たないことや、外注した方がコストも安く人員を抱えなくていいという、経営の合理化による提案でした。

私たちとしてはそれでも責任あるものを作りたいと考えていましたし、諦めずに「縫製工場 売却」と検索していたところ、トランビのサイトで今回の案件を見つけました。

- 日高を選んだ理由、魅力に感じたポイントはどこにあったんでしょうか?
まずは東京に縫製工場があるというところです。さらに「高級オーダーカーテンの縫製」とあったので、まさに当社の希望とマッチしていました。それから日高はホテルのカーテンに特化しており、短い納期・大量生産に対応できる体制なら、仮に五洋のカーテンを全部任せても大丈夫だろうと。この3つが、サイト上の情報から惹かれた点です。

それで最初に見学に行った時に、60歳から80歳までの人たちが非常に熱心に仕事をしている姿を目の当たりにしました。もう本当に、黙々とミシンを縫っていて。ホテルの大量生産も、全部人の手で作っていたわけですね。

日高は人材をすごく大切にしていて、近隣の縫製工場が倒産した時には職人さんを受け入れているような会社でした。実際に現地で縫子さんたちの様子を見て、やっぱりここは人材が財産の会社なんだなと。貴重な人材が豊富にいる、財産がある会社だと判断して日高に決めました。機械はお金で買えても、人はお金で簡単に買えませんから。



(一つひとつ丁寧に縫製される従業員の方々①)

【高齢の前社長との交渉は一進一退、定款もないことが発覚】

- 交渉については、具体的にどのようにお話が進んでいきましたか?
まずトランビ上で交渉が始まり、面談のアポイントを入れました。相手方には中小企業診断士の方が交渉役についていて、その方と一緒に第1回目の面談を行いました。その時には弊社の説明と、今後の方針についてお伝えしています。

日高は昔、幸いにも五洋インテックスの縫製をやっていたことがあったんですね。だから前社長は社名もよくご存じで「五洋さんが来てくれたのは嬉しいわ」と言っていただけました。

とはいえ、前社長も84歳と高齢ですし、ホームページもメールもないようなアナログの会社です。M&Aの交渉の経験ももちろんありません。中小企業診断士の先生が間に入って“翻訳”してくださったので、交渉がうまく進んだかなという感じですね。

- 交渉中、想定外だったことや大変だったことがあれば教えてください。
前社長が高齢であったことは、交渉にも大きく影響しました。まとまっては後退し、まとまっては後退し……を何度か繰り返したので、想定以上に時間がかかりました。特に、会社の制度関係や書面への理解が難しかったのかなと。一度合意しても「ちょっと弁護士の方に相談させてください」となり、次に行くと話がまた振り出しに戻るという感じで。

さすがにこれ以上話がまとまらないと困るので、そろそろ決めてくださいと、弁護士の先生と直接交渉を始めてからは話が一気に進みました。今後の従業員はどうなるのか、貸付金はどうなるのかなども、よりかみ砕いた書面に落としてもらい、最後は弁護士同席のもとで調印に至っています。

前社長としても自分が高齢で、経営も厳しい状況が続き、すぐにでも引き継ぎたい気持ちはあったようです。しかし腕一本で47年やってきた会社ですので、なかなか最終的な決断に至らず。結局決め手になったのは、なじみの弁護士の「いいんじゃない?」という一言でした。交渉の条件も重要ですが、それ以上に信頼できる方の一言が最後の一押しになるようです。当社としての提示条件は最初から最後まで一貫して同じものを伝え続けました。

- では買収後、引き継ぎの面で苦労したことはありましたか?
4月1日に前社長から私へと代表を交代しましたが、まず会社の定款が手元にないんですよ。登記変更にも新旧の比較表が必要なのに、その「旧」がない。取締役会があるのかどうかも分かりませんし、そのままでは登記ができず、法務局に何度も通うことになりました。

日高の定款はなんせ昭和48年に届け出たもので、現在の会社法ではなく、過去の法律に準じたままの状態。当時はペーパーの時代でしたので、定款の原本を保管している法務局に依頼して、実際に探してもらうことになったため時間がかかりましたね。

そこから細かい点を確認し、不備修正を重ねていきました。この手続きの面が一番大変でしたし、会社として一から作り直した感じです。

財務関係は中小企業診断士の先生が細かく出してくれましたが、会社のフレームという面では買収してから苦労しましたね。今回は仲介会社を挟まず私自身でM&Aを進めたので、専門家だったらそのあたりを事前に取得していたのかな、と思う部分はあります。

一方で、事業自体には全く影響がありませんでした。日高の取引先は同じカーテン業界で五洋とも類似していましたので、前社長と一緒に挨拶に行った際には「ああ、五洋さんか」と盛り上がることも多かったです。

従業員に関しても、合意日に「皆さんと一緒にやっていくことになりました」と挨拶した際には喜んでいただけました。コロナで仕事が減ってきていましたが、これからは五洋の外注分が入ってきますし、ちゃんと親会社ができて「会社」としてやっていける安心感はあるのかなと。

働く意欲の高い人たちなので「これからもあと10年、15年働いてもらいます」というメッセージも嬉しかったようです。今までの給与体系も全部見直して、今はイキイキと働いてくれています。

- 他の買い手の方から申し込みもあったようですが、その中で五洋インテックスが選ばれた理由は何だったのでしょう?
他にはアパレル会社からの交渉申し込みがあったと聞いています。でも、日高はカーテンの縫製に強みを持つ会社です。私としてお伝えしたのは「日高さんはカーテンの縫製の会社です。例えるなら同じスポーツであってもサッカーと野球は違います。従業員の方に本来はサッカーがしたいのに、これから野球をやってくださいと伝えるのと同じです。サッカーを大事にするのならサッカーのままでいきましょう」と。

そして「今までと同じように、何も変わらずこのままでいきましょう。ただ親会社ができて、経営は僕の方で全部やりますので、安心して皆さん働きましょう」「このまま、日高は日高のままで大丈夫ですから」ということです。

人や機械、働く環境が変わってしまうことを心配されていたので、その点で安心していただけたのだと思います。

- 最終的に1万円での買収となっていますが、この金額についての評価はいかがでしょうか?
日高は3期連続赤字で、純資産から見ても債務超過額の方がはるかに大きい状態でした。ですので、どう頑張って計算しても評価額は0円だったんです。ただ、さすがに0円で取得するわけにはいかないと。

前社長からの貸付金およそ2000万円と、未払金も多額にあったため、長期で分割返済を引き継ぐことを条件に、1万円での買収となりました。

これから返済する金額は大きいですが、それでも新規に工場を作るとなると、敷地の取得や設備投資などで3000万円、4000万円かかります。それならば、しっかり人材がいる会社を引き継ぐ方がいいという判断です。前社長としても、金額よりも事業承継自体に重きを置いているようでした。

- 営業利益が上がっていなかった要因は何だったのでしょうか?
やはりコロナの影響が大きかったのかなと思います。日高の場合はホテルのカーテン縫製が多く、インバウンド停止になったこの2年間は、ホテル改修に伴う需要もずっと停滞していましたから。個人宅のカーテン修理のような仕事が多少入ってくる状況でした。

去年の秋口頃からようやく市場が動き出しましたが、ホテル改修はだいたい半年先から1年先の需要ばかりですので、まだまだこの時期本来の忙しさではありません。

もしコロナがなければ、会社の売却はもう少し先だったかもしれませんね。あるいは、たった1万円で買収することなんてできなかったと思います。



(一つひとつ丁寧に縫製される従業員の方々②)

【最初の一歩は「order@」を作るところから】

- 引き継いだ従業員の方々が高齢であることについて、具体的な対策があればお聞かせください。
日高は平均年齢が60代、一番上は85歳、一番下でも40歳後半という状況で引き継ぎました。高齢の従業員が多い会社ですが、今の日本の医療体制や健康寿命を考えれば、まだまだ現役の人たち。特に毎日ミシンを縫って細かい作業をしていますので、一般的な同年代と比べるとはるかに元気です。

とはいえ、会社の継続性も考える必要があるので、今回の買収計画と同時にリクルート活動を進めてきました。4月1日の買収完了と同時に、まずは32歳の男性を1人採用しています。もともと五洋の取引先の人で、縫子としても、機械関係の知識や技術についても、この1ヶ月でかなり吸収してくれました。

リクルート活動は積極的に続けていて、人の入れ替えではなく、技術を承継していく体制づくりを図っているところです。また、五洋インテックスという親会社ができましたので、物流関係に携わっている社員の配置転換も視野に入れています。

- 今後の課題や改善点についてはどのようにお考えでしょうか?
改善すべき点はたくさんあります。まずは最低限のIT化。日高での最初の一歩は、メールアドレスを作ったことでした。

それまで取引先からの注文は全部FAXで受け付けていたんですよ。ところがある日、FAXの線が抜けていて(!)丸1日受注がなかったんです。夕方、取引先の社長が「なんだ、潰れちゃったのかと思ったよ」と来てくれて、これはまずいなと。

そこで早速メールアドレスを作り、取引先の皆さんにお知らせしました。インターネットもない会社だったので「やっとできたか」と喜んでいただけましたね。

もう一点は、縫製技術の改善です。日高の皆さんの技術はプロフェッショナルですが、日高の縫製がすべてだと思われたくはありません。やはり技術は磨いていかなければ淘汰されますので、常に技術の習得、自己研鑽をしていく必要があります。

例えば生地のカットの仕方にしても、ハサミと専用のカッターでは全く仕上がりが違ってきます。五洋が提供するのは高級オーダーカーテンですので、日高の基準のままではなく、日々レベルアップできる環境を整えなくてはいけません。

今は新しく入社した男性社員を中心に、五洋の提携工場に研修に行ってもらっています。日高の縫製がすべてではないし、五洋の縫製がすべてでもない。色々と研究して技術を習得し、より良いものを作ろうというのが大きな課題です。

- 技術力に関して言うと、今の日高に足りない部分はどのあたりでしょうか?
足りないというよりも、仕事の種類が違うんですね。五洋の提携先工場は、リビングひとつに100万円払うような、個人宅の高級オーダーカーテンを作っています。余裕があるので丁寧な仕事はもちろん、特殊な縫い方もできますし、仕上がりは本当に素晴らしい。

一方、日高はホテル用の大量生産・スピード勝負でしたので、とにかく何枚、何百枚も縫っていく。だから、マラソン選手とスプリンターの違いのようなものですね。使っているエンジンが違う。スプリンターの日高の技術力を上げて、マラソン選手に近づけることを目指しています。



(一つひとつ丁寧に縫製される従業員の方々③)

【経営のスピードを求めるならM&Aは有効な手段】

- 今回、M&Aという手段は最初から選択肢に上がっていましたか?
これまで医療関係の会社や、旅行業の会社を買収したことはあります。ですので、最初は縫製工場も自分たちで作ろうと考えていましたが、人材確保の面から、すぐにM&Aに切り替えました。

日高以外にも色々と調べてみて、確かアパレル関係の縫製工場は見つかったんですが、条件に合うものは見つからず。やっぱり日高はカーテンに特化した縫製工場ということで、相手先としてドンピシャだったんですね。

- 今後、また別のM&Aを検討する可能性はありますか?
まずは一度、ここで落ち着かなくてはいけません。ただ、五洋インテックスはBtoBの会社であり、カーテン業界でBtoBだけでは厳しいというのが本音です。どうしても住宅着工件数や、新築住宅の事情に左右されてしまうので。BtoCを取り扱う子会社の業績は年々伸びていますし、やはりそちらも取り組むべきかなと。

となると、個人向けのオーダーカーテンはネット販売も多いですし、Webを強化する必要があります。BtoCとWeb販売、ここに日高を絡めて、今後の戦略を立てている段階です。そこでまたM&Aが発生するかもしれません。

あるいは内装建築の方ですね。同業の大手メーカーさんも、実際の売り上げ比率で言えばやっぱり壁紙や床材の方で採算を取っています。あくまで当社の軸はカーテンですが、プラスアルファの提案を含めて住空間を創出したいと考えています。そういった業態転換を含めると、M&Aは必須と言えそうです。

- 最後に、今後M&Aに挑戦される方へのメッセージをお願いします。
五洋インテックスが再生の第一歩を踏み出すにあたって、今回とても素晴らしいパートナーとお見合いができた、結婚できたなと思っています。非常に大きなシナジーが生まれるようなM&Aができました。

これは一から作ることもできますが、一から作って5年かかるのであれば、M&Aで今ある会社と協力体制を築く方がいいですね。M&Aは買収した翌日から売上が立っていますので。買収にはいい面も悪い面もありますが、経営のスピードを求めるなら有効な手段だと今回とても実感しました。

その一方で、やっぱりお互い文化が違いますので、関係性をいかに築くかが重要です。買収前日まではお客様でも、当日になれば立場が変わります。ですので、買収してから3ヶ月できちんとリーダーシップを取り「一緒にやっていこう」と引っ張れるかどうか。私も気合を入れて臨んでいるところです。

事業承継となると、今回のM&Aのように売り手側が高齢で戸惑うケースも多いと思います。そういった際には、周りの専門家や詳しい人の助けを借りながら、できるだけスムーズに進められるといいですね。

**今回五洋インテックス株式会社様が買収した案件はこちら**

「高級カーテン加工に強みをもつ縫製業者」

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