2022-07-05

愛知同士で生まれた自動車業界のM&A!欲しかったのは「社員の交流の場」と「エンドユーザーとの接点」

買い手(法人):匿名

<中小企業の事業拡大を目指したM&A・買収事例>

 

自動車設計を手掛けており、大手自動車メーカーと取引実績も多数のT社。代表のIさんはM&Aに積極的で、2022年3月に自動車整備・パーツ販売を手掛ける会社を買収します。

買収理由は、本業の売上を補填するためやシナジーを生むためではなく、「エンドユーザーとの接点を持ちたい」、「車好きの社員が、気軽に集える場を作りたい」という思いからでした。また、今回の他にもM&Aを検討しているそうですが、どんなM&Aをする際にも案件選定において大事にしている条件が二つあるということでした。

やりたいことを実現する手段としてM&Aを活用するIさんに、M&A前後のエピソードや交渉において大事にしていたこと、M&Aを行う上でのアドバイスを含めて伺ってきました。

【案件選定の条件は、「後継者不在」とオーナーの「会社への愛着」】

- まずは、御社のご紹介からお願いします。
2007年に、車好きの仲間が集まって設立しました。自動車開発における機械設計・CAD設計・制御ソフト開発・回路設計をおこなっており、開発領域は自動運転技術開発、ADAS(先進運転支援システム)開発、次世代パワーユニット開発、電動パワーステアリングシステムの開発など多岐に渡ります。

- 今回のM&Aに至ったきっかけを教えてください。
我々は、設計という川上のプロセスを手掛けています。ただ、車を企画・開発・製造して、実際に乗ってもらい、メンテナンスを行うところまですべての工程に携わりたいという思いを持っています。今回エンドユーザーとの接点や車好きが集う場所を作りたいという思いから、M&Aに踏み切りました。

また、当社の社員は情報セキュリティの関係上、お客様先に常駐しているメンバーが多くいます。そうすると、社員が一堂に会する機会が年に数回しかなくて。車好きという共通項のある社員が、気が向いた時に立ち寄ってお客様や仲間と話せるような環境を作りたいという思いもあったんです。

- TRANBIを利用したきっかけは何でしたか。
アシスタントに、「M&Aに関する情報を集められる手段を探してほしい」とリクエストしたところ、勧められたからです。地元の会計事務所や銀行からもM&Aの情報を収集していましたし、他のM&Aプラットフォームも平行して利用していました。

ただ、TRANBIは管理画面の使い勝手が良かったです。PRメールが多すぎて、やり取りしている案件の通知が埋もれるといったこともなく、とても快適でした。

- 案件を探す上で、どんな軸を重視していますか。
現社長がご勇退予定にもかかわらず後継者が不在であることと、現社長がその会社に愛着を持っていることの2つです。

まず「後継者不在」が条件なのは、もっともM&Aの成立の確度が高く、かつ魅力的な案件をコストパフォーマンス良く購入できるからです。

また、当社が買収した後もすぐにすべてを作り変えることは想定していなくて。現状をうまく踏襲しながら、ゆっくりと我々の新たな色を付け加えていけたらと考えていました。そのためにも、しばらくは現社長に継続してお勤めいただきたいなと思っています。

それから愛着がない事業では、売り手様は「売って終わり」になってしまい、M&A成立後に関係が途絶えてしまう可能性が高くなります。それに、愛着を持っている人が手掛ける仕事は、自然と気持ちが込もるので丁寧で、長く愛してくれるお客様もつくはずです。だからこそ、「社長が会社に愛着を持っている」という軸は譲れませんでした。

他に、従業員の引き継ぎも条件でした。人を新たに採用することは今一番大変なことの一つです。もともと精通していた方が仲間に加わっていただくことが、事業を成長させる上で最も近道だと思っていました。 もちろん、業績などの情報も参考にはしますが、他の条件をクリアしていれば赤字でも購入を検討するつもりでした。



(※写真はイメージです)

【決め手となった、特別なスキルを持つ技術者の存在】

- 今回、株式譲渡で購入した会社について教えてください。
高級車の付属パーツの仕入れ販売や整備・取付、中古自動車の販売を手掛けている愛知県の会社です。ロードサイドに自社で土地とショールームのある店舗を持っています。法人・個人合わせて1000件ほどのお客様がいて、富裕層の方が多く、ほとんどがリピーターです。直近10期、すべて純利益が黒字という業績でした。

代表の方が高齢で、かつ後継者になる予定だった方が転職してしまったそうです。後継者を探すため、売りに出された案件でした。

- こちらの案件のどんなところに惹かれましたか。
まずは、後継者不在という売却理由ですね。次に、キャリアの長い技術者がいたことです。自動車をカスタム・チューニングする特別な技術を保有した、車の整備に精通した方がいたのです。

日本で数社しか取引のない、海外の有名自動車パーツ企業と直輸入を行っている背景も重なって、「こういった整備をするなら、ここに頼むべき」といった、業界内での地位を得ていました。社長の人脈や営業力と、その技術者のスキルの二人三脚で事業を大きくさせてきた印象を受けました。

他に魅力的だったのは、海外からの輸入車をメインで取り扱っていたことです。当社はさまざまな自動車のテスト業務を行っているので、多数の輸入車を取り扱っているのはぴったりでした。

- 交渉はどのように進みましたか。
非常にスムーズに進みました。合意に至るまでに、1度しか会っていませんが、そこでお互いに好印象を抱いたため、トントン拍子で進みました。

売り手様はご夫妻揃って交渉に出席してくださったのですが、お人柄が良く、家族的でアットホームな雰囲気の中で仕事をされていることが伝わってきて。お互い中小企業なので、会社の雰囲気も近いように感じました。

購入を決断するにあたっては、税理士とともに過去3年分の数字を元帳の仕分け1つに至るまで、すべて確認しました。真面目に経営をしてこられたのだなという印象を受けましたし、気になる点もありませんでした。また、不動産の鑑定とロケーションも徹底的に行いました。



(※写真はイメージです)

【成約金額は退職金込みで決定、個人保証も引き継ぐ】

- 譲渡金額はどのように決定しましたか。
当初の売り手様の希望とは異なる譲渡金額となりましたが、これは差額分を退職金という形で先に支払うことにしたからです。そのため、多少金額を下げてもらう交渉は行ったものの、トータルでは売り手様の当初の希望額に近い金額を支払っています。

譲渡金額を精査する上で、現状を洗い出して、維持費や新たに必要となる投資項目を並べました。我々が新しく実施したいことに対して掛かる費用ではなく、あくまで事業を維持するために誰が経営をしても掛かる費用だけをピックアップして伝えると、減額することに理解していただけました。

我々としては、言いづらいことでもなるべくすべて正直に話すことを意識しました。ライバル企業は我々より高い金額を提示していたようですが、最終的に当社を選んでくださったようです。

一定の債務も抱えていましたが、元オーナーの個人保証を全部外して、私が引き継ぐ形で対応しました。

- 従業員の方と、M&A成立前に面談などはしましたか。
2名の技術者がいたのですが、どちらにもお会いしていません。ただ、キーマンとなる技術者がいることが購入の最低条件であるため、売り手様や仲介会社を通じて、引き続き働いてくださる意思の確認はきっちりと行いました。

- 交渉に仲介会社様が入っていたことについては、いかがでしたか。
書類を用意してくださったり、交渉を取り持ってくださったりしたおかげで、対面の交渉が最小限の回数で済むなど非常にスムーズに進んだことは感謝しています。担当の方は愛されキャラで好感が持てる方でした。



(※写真はイメージです)

【知識なしで評価できない。経営とM&Aの勉強はしっかりと】

- 2022年3月にM&A契約が成立しましたが、現在はどんな体制で事業をされていますか。
技術者2名は引き続き働いてくれています。また、前社長や奥様も変わらずに出社しています。前社長の今の役職は「顧問」ですが、呼び名は「社長」のままです。

当社からも、2名のメンバーを送り込みました。1名は、社長業務を今後すべて引き継いでいく責任者候補。もう1名は経理担当です。つまり今は6名体制ですが、非常に円満な関係性を築いて仕事ができています。

販売も整備も取り扱いの件数は増やしたいと思っているので、今後も人員は増やす予定です。

- 「車好きが集う場所を作りたい」という思いもあってM&Aに踏み切られたそうですが、その願いは叶っていますか。
M&Aきっかけで責任者候補に着任したメンバーの元部下などが、よく立ち寄っているみたいで、この間も10数人でやって来たみたいです。みんな車が好きなので、車を整備している様子を横で見ているだけで楽しいそうです。

- 今後のビジョンを教えてください。
全社としては、我々が企画したパーツや車両を世に出すことが1つの目標なので、その目標に向かっていけたらと思います。今回買収したお店でも販売できればいいですね。

また、M&Aは現在も積極的に行っており、交渉中の案件もあります。自動車関係のように本業に関連する案件もあれば、まったく別領域で地域貢献などを目指して検討しているものもあります。案件ごとに目的を持って、今後もM&Aに取り組んでいきたいです。

- M&Aに挑戦を考えている方に向けて、アドバイスをお願いします。
以前よりM&Aが一般的になり、仲介会社数も非常に増えており、その質もさまざまです。無知で臨んでしまうと、知識や経験の差で話を丸め込まれてしまいやすいですし、案件を正しく評価できず、割高な金額で買ってしまって損をするケースもあると思います。

「個人でもM&Aが気軽にできる時代になったから、とりあえず買おう」という姿勢ではなく、M&Aに詳しい人にちゃんと相談をしてから検討することをお勧めしたいです。

とはいえ、私も創業当時は海外に自動車を輸出した際に売れたはいいものの資金回収がうまくいかず損失を出すなど、さまざまな苦労や失敗経験を経て今に至ります。だからといって、「痛い目に合わないと、わからない」とは思わないので、M&Aを検討している方には経営のことや数字のことについてとにかく勉強して、失敗のリスクを減らしてほしいですね。

またM&Aを行う際には、金額等の条件だけでなく、創業して事業を育ててこられた売り手様の思いにしっかり耳を傾けて、「その思いを継承するんだ」という心意気で臨んでほしいと思います。

 

<中小企業の事業拡大M&A・買収事例の記事を読みたい方はコチラ>


▶ FAXの線が抜けて丸1日失注!高齢化・アナログ体質をテコ入れし、老舗の縫製技術を進化させるM&A

▶ 「残すべき店を守るため」食べログ百名店に選ばれた讃岐うどん店をM&Aで買収!飲食業界の閉塞感を打破する

▶ コロナ禍の飲食店M&A~ワインバル運営企業の狙いとは?

▶ 小規模保育園をM&Aで再生!IT企業が業界に吹き込む新たな風とは?

▶ 海外の大型M&Aをオンラインでほぼ完結!四国の企業がマレーシアの大手人材派遣会社を買収

▶ 夏の”建設”×冬の”融雪マット” シーズン特性が生むM&Aのシナジー
  • 倉本祐美加
  • ライター紹介倉本祐美加

    関西学院大学卒業後、クラウド製品を扱うIT企業のインサイドセールス職を経て2016年にライターとして独立。企業取材を中心としたインタビュー原稿の制作に従事していますが、エンタメ・スポーツ・文化等幅広く好みます。

無料会員登録