2021-06-01

老舗金属部品メーカーがカフェレストランを傘下に!? 3代目社長が主導する多角化で100年先まで残る会社に

買い手(法人):深江発条株式会社

<中小企業の多角化を目指したM&A・買収事例>

 

今はうまくいっているけれど、将来のことを考えて新しく事業を始めたい……、コロナ禍で経営の多角化を考える会社社長が増えています。兵庫県で金属部品製造を営む、深江発条株式会社社長の石割洋一さんもそのひとり。

そんな石割さんが、2021年2月に買収したのは飲食と物販を手掛けるカフェでした。なぜカフェを選んだのでしょうか。コロナ禍で全く経験のない飲食業への不安はなかったのでしょうか。今回のM&Aの経緯と今後の事業戦略について、じっくりとお話を伺いました。

【100年先まで会社を存続するために】

- なぜM&Aに取り組もうと思ったのでしょうか。
そもそも私が代表取締役を務める深江発条株式会社は、スプリングワッシャーと呼ばれる金属部品を製造し、ねじメーカーに販売している会社です。スプリングワッシャーは、自動車の部品や家電製品、建築部品など、さまざまなところで使われています。

当社は1948年に私の祖父が創業し、もう73年になります。私は2011年に入社、2018年に代表取締役に就任しました。現状、収益性は安定していますが、この会社を50年先、100年先まで発展させ続けるにはどうしたらいいか、代表になってから真剣に考えるようになりました。

このワッシャー自体、10年後、20年後も必要かといわれると、その保証はありません。実際、市場規模は少しずつ小さくなっていますし、長い目で見るとなくなる可能性もあります。そのときにどうしたらいいか。スプリングワッシャーの強化を図るのはもちろん、それ以外に多角的な経営に挑戦する必要があるのではないかと。その選択肢のひとつとしてM&Aに関心を抱くようになりました。

- 案件はどんなふうに探しましたか?
M&Aというと、シナジーを考慮することが大前提ですが、スプリングワッシャーは業界自体が少ないですし、それに関連するシナジー効果の期待できる業種となると、かなり限られます。その中で売り案件を探しても、なかなか出てこない。見つけようとしたけれど、見つからなかったというのが実際のところです。

一方、異業種も積極的に探していました。というのは、一つの業界に絞ると、今回のコロナ禍のように何かあると共倒れになってしまう。そう考えたときに、一方は沈んでも、一方は大丈夫という状況にしておきたくて、異業種を狙っていきました

最初は幅広くチェックし、だんだんと絞っていきましたが、面白そうなものがあれば、こだわらずに見ていました。ただ弊社が兵庫県なので、車で2時間以内の近畿圏で探しましたね。



(深江発条で製造しているスプリングワッシャー)

【優秀なシェフパティシエが最大の魅力】

- 今回の案件を選んだ理由は? どこに魅力を感じたのでしょうか。
もともと食べることが好きなんです。特にパフェやソフトクリームなどのスイーツに目がなくて、よく食べ歩いていました。こんなふうに自分がおいしいと思えるものを提供して、それで笑顔になってくれる人がいたら楽しいんじゃないか、いつかカフェを経営してみたい、という思いが自分の中ではずっとあったんです。

もしもカフェを経営するなら、店内飲食だけでなく、お菓子の物販もできたらいいだろうなと考えていたところに、今回の案件に出会いました。このカフェは店内飲食だけでなく、焼き菓子やパンも販売しているという、まさに私の思い描いていた通りの店。しかも二店舗展開まで進めていました。

そして何より魅力的だったのは人材です。製菓職人やパン職人といったスタッフが、有名店で修業をしてきた人たちばかりで、今回の売り手オーナーのMさんも、いろいろな有名店で経験を積んだシェフパティシエ。金銭面での支援のほかに、商品開発に専念するために、経営は誰かに任せたいというのが、Mさんの売却理由でした。

譲渡金額は少額の提示でしたが、リースや銀行からの借入など数千万円の負債も引き受ける必要がありました。ただ十分吸収できる範囲内で、かつ事業さえうまく回していければ、利益で返していけると考えており、むしろお買い得だと感じていました。もともとの予算もその負債分ぐらいでしたので、進めることにためらうということはなかったですね。むしろ優秀な職人を獲得できることのメリットが大きいと感じました。

コロナ禍での飲食店の買収に不安がないわけではありませんでしたが、個人的にはこれからワクチン接種がすすみ、いつか収束するだろうと。それまではネット販売など新たな販売展開で活路を見出していこうと考えていました。



(深江発条の製造現場の様子)

【“買収”という言葉は極力使わない】

- 交渉はどのように進みましたか?
まず交渉前に、Mさんに許可を得たうえで、素性を隠してカフェに行き、味や内装、雰囲気、接客などを見させてもらいました。妻と子どもといっしょに行きました。どれをとっても合格点。妻も満足していましたので、本格的に交渉を申し込みました。

1回目の面談では、譲渡していただいたら、いろいろな展開をしたいという、私の今後のビジョンについてお話ししました。当時、二店舗目を出していたように、Mさんもこれから拡大してやっていきたいとおっしゃっていました。さまざまな意見交換をする中で、方向性が一致したように思います。

その後、経理の状況を先方で使用している会計ソフトなどの状況を直接見ながら、お金の流れや現在の状況を把握しました。そして2回目の面談で、従業員の方に挨拶させていただき、成約に至りました。従業員の方とは、後日改めて、一人ひとりと面談しました。

弊社のほかに、何件か交渉を進めていらっしゃって、こちらよりよい条件のところもあったようです。ただ、他の交渉相手の方は、どちらかというと、買収後は「こういうふうに変更します」といった明確なものがあったようで、譲渡後も率先して経営に関わっていきたいと考えていらっしゃったMさんにとっては、なかなか受け入れにくいものだったようですね。

- 交渉の中で気をつけていたことは?
Mさんともそうですし、従業員の方と挨拶したり、面談したりするときには「買収」という言葉は避けて、「一緒にやっていこうと思っています」と言っていました。買収という言葉は、M&Aのことをよく知っている人ならともかく、一般の人からすると、どうしてもネガティブなイメージがあります。ですから極力、そういう言葉は控えて、相手のプライドを傷つけないように気をつけました。



(腕利きのシェフが調理する様子)

【主要メンバーが雇用できない場合は契約解除できる特約】

- 引き継ぎはどのような形で行われましたか?
成約後は、深江発条から45%、私個人から55%出資し、新会社を立ち上げてカフェ事業を吸収しました。私が代表取締役に就任し、Mさんには取締役として残っていただき、実際の業務は私の要望をもとにMさんに進めてもらうことにしました。カフェの経理は、深江発条が請け負うことで、業務部分の負荷を減らしています。

深江発条にとってのリスクを抑えるために、過半数は私が直接出資する形をとりましたが、もう一つの理由として、新会社における消費税の二年免除を受けられる仕組みを活用しようという意図もありました。

契約自体は、仲介業者を通さず、すべて自分で直接交わしました。契約書は深江発条の顧問税理士や知り合いの弁護士に見てもらいました。今回のカフェ買収は、私がいなくても自走できることも大きな選定条件でしたので、特例かもしれませんが契約書にはMさんを含む主要従業員5名が雇用契約をしない場合は契約を解除する旨を入れました。ただ期間までは縛れないので契約的締結時にということになります。

引き継ぎ後は、週に1~2回はカフェに足を運び、Mさんやスタッフは打ち合わせをしたり、店の状況をチェックしたりしています。

- BtoBからBtoCへ、戸惑いはありませんでしたか?
深江発条はBtoBで、カフェはBtoC。確かに全く違います。ただシェアが限られている中に食い込んでいくBtoBに対し、BtoCは全国の方がお客さんになるのでシェアは無限大。BtoBにはない大きな可能性が感じて、ワクワクしています。

ただ業態が違うことで、業務管理に戸惑うことはあります。深江発条は基本的に社員全員が同じ日、同じ時間に働きますが、カフェは昼間に働く人がいたり、夕方から働く人がいたり、シフト制。想定内とはいえ、そのあたりの違いに慣れるのに少し時間がかかりました。



(次々と新しい施策を視野に入れる、アイディアマンの石割さん)

【ボトルスイーツが目玉、あたためたアイディアを次々と実現!】

- 今後の事業展開はどう考えていますか?
近く新商品をネット販売する予定です。綺麗な瓶に閉じ込めて目でも楽しめる“ボトルスイーツ”を目玉商品にして、売り出していこうと考えています。地元の名産品を材料に使うもの、人気のフルーツを使うものなど6種類検討中です。

同時に新たな販路として、ふるさと納税の返礼品として出品させていただけることになりました。さらにスイーツに力を入れるべく、本店の改装も進めています。

他にもアイディアはたくさんあります。ショッピングセンターのイベントスペースでの出店、キッチンカーでイベント会場巡回、メニューやレシピ開発など、いろいろな事業が形になる予定です。今後は飲食店のコンサル業務やフランチャイズ展開も考えていきたい、夢は広がりますね。

私個人としては、冒頭でもお伝えしたように、これからもM&Aでいろいろな業種を子会社化して、深江発条をホールディングスのような形にして、会社を存続させていきたいという理想を掲げています。そのためには、まず買収した会社を盤石なものにしていくことが最優先課題だと思っています。



(瓶に閉じ込めたティラミスのボトルスイーツ)



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  • 池田純子)
  • ライター紹介池田純子

    大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。暮らしやお金、子育てにまつわる雑誌記事の執筆や単行本の製作に携わる。さまざまな生き方を提案するインタビューサイト「いま&ひと」を主宰。

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