2024-02-13
ママさん向けキッズスペースを売却!“3回の破談”を経て、理想のM&A交渉が実現
売り手(個人):西尾 由真さん(30代)
<個人のM&A・事業売却事例>
- ➤ 育児の悩みの解決やリフレッシュに繋がるようにと、スペースを開設
- ➤ 現場が好きだったからこそ、足りなかった経営視点
- ➤ 管理会社とのトラブルや、3回の破談を乗り越えて
- ➤ 質問には買い手の「覚悟」が滲み出る
育休中に始めたママ向けの事業が好評だったことをきっかけに、埼玉県にキッズスペース兼ハンドメイド教室を開業した西尾さん。
開店時には多くのファンを抱えていたため、集客に困ることなく順調に売上を伸ばしてきましたが、コロナ禍によるお客様の行動の変化なども影響して、売上が停滞してしまいます。
また、西尾さんの海外移住をきっかけに、従業員のマネジメントも思うようにいかなくなりました。
「愛着のあるスペースを守る」ためにも、スペースのコンセプトに共感してくれて、かつ経営視点を備えている方への事業譲渡を決意した西尾さん。“三度の破談”を経て、理想の買い手様に出会えたM&Aのプロセスについて、お話を伺いました。
【育児の悩みの解決やリフレッシュに繋がるようにと、スペースを開設】
- まずは、西尾さんのキャリアについて教えてください。
新卒で百貨店に入社して、リビングフロアの売り場のマネジメントやイベントの企画・運営を手掛けていました。
入社5年目のときに妊娠して、産休・育休に入りました。当時の自宅から職場までは片道2時間かかること、残業も避けられない勤務状況だったことから、子どもを育てながら百貨店で働き続けることは難しいと考えていました。
そうした経緯もあり、育休中にママ向けのワークショップを開始し、軌道に乗ったので復職せずに退職しました。そのワークショップが、今回売却したスペースを開店するきっかけにもなっています。
- どうして、ご自身で事業を立ち上げようと思ったのですか。
決して、最初から独立を目指していたわけではありません。
育休中に「育児以外にも何かしたい」と思う中で出会ったのが、手形アートでした。ママさんが主催するイベントに参加させていただいて、すごく楽しかったので、自分もこうした場づくりがしたいと思ったんです。
ワークショップは、川越・与野・和光など埼玉県内の各エリアを月1~2回ずつ周って行いました。ブログや子育て支援サイト、Instagramなどを通じて集客をしたところ、順調に集客ができて、月30~40万円を稼げるようになりました。
公民館や住宅展示場などを借りて行っていましたが、自分のお店を持った方がママさんたちの育児の悩みの解決やリフレッシュに繋がる場作りが叶うのではと思うようになったんです。
また、私はものづくりが好きだったので、知り合いのママさんを家に呼んで手芸を教えることもあったのですが、それがすごく好評でした。
手を動かしつつ、皆でお話しをしながら何かを作ることは、ママさんにとってリフレッシュにもなるんだと気付いたんです。
そこで、ママさんが子どもと一緒に気軽に立ち寄ることができて、皆でものづくりができるようなスペースを持つことにしました。それが2018年の秋のことです。
- 改めて、スペースの概要を教えてください。
埼玉県川越市にある、キッズスペース兼ハンドメイド教室店「nicoful」です。地域の子育てを応援し、孤独な子育てがなくなるようにという想いを込めて創業しました。
店内は芝生と木目を基調とした、温かくておしゃれな雰囲気を重視していて、おもちゃ、授乳室など、子連れのママさんに優しい設備も揃えています。
ママさん向けのワークショップは午前と午後で違うメニューを設けて、各回4~5人ずつが参加できるようになっています。
その間、子どもたちはキッズスペースで遊ぶことができます。店内には、ワークショップには参加せず、ただスペースに遊びに来ているだけのお客様もいらっしゃいます。
子どもたちが身に着けるものなら、ママさんも罪悪感なく時間もお金も費やすことができるので、ワークショップで作るものは子ども向けのものが多いです。
ミシンを使って、一升餅を背負う際に使えるリュックを作ったり、ビーズを使って歯固めのおもちゃを作ったり、手形アートや足形アートを作ったりしています。
他に、ひな祭り用の吊るし飾りや、クリスマス用のリースを作る、季節ごとのワークショップも人気です。
手芸やハンドメイドは、一般的に私の親世代の方が教えているケースがよく見られますが、そうなるとママさんの好みのデザインに仕上がらない場合も多いようです。
ママさんと同年代の私が教えることで、流行も取り入れつつ、若いママさんにも「可愛い」と思っていただけるようなデザインのものを作ることができる点も、人気が集まったポイントだと考えています。
(西尾さんが運営していたキッズスペース①)
【現場が好きだったからこそ、足りなかった経営視点】
- 開店後の集客は順調でしたか。
スペースを開店したときにはすでにLINEの登録者が1200名ほど、Instagramのフォロワーが2500名ほどいました。そうした土台が出来ていたからこそ、集客にはまったく困りませんでした。
これだけ輪が広がったのは、ママさんの集客力のお陰だと思います。一人のママさんに「良い」と思ってもらえたら、その方が周りの方に紹介してくださったり、10人くらいのママ友と一緒に再来店してくれるので。
オープンから1年半ほどは手が回らなくて困るくらい、お客様がひっきりなしに来店してくださっていました。
産後うつを乗り越えた経験もオープンにするなど、自分についての発信を積極的に行ってきたことも集客ができた要因だと思っています。「西尾さんに会いたい」と、全国からママさんが来てくださいました。
「自分も開業したい」「ビジネスで成功したい」という思いを持って、私に会いに来てくださる方もいました。
ただ、コロナ禍に入った2020年の4月や5月は店を閉めざるを得ませんでした。数か月は休業支援金などの手当などもあって乗り切ったものの、それ以降も売上は停滞したままです。
というのも、コロナ禍前後でママたちの時間の過ごし方や人付き合いの考え方が大きく変化したのが大きかったようです。
以前は、知り合ったママ友同士で出かけることが主流だったので、うちのお店にも5人以上で来店される方が多かったのですが、コロナ禍以降はお子さんを連れて1人で来られるママさんや少人数で来店されるママさんが増えたからです。
- 売上はどのように推移しましたか。
キッズスペースの入場料だけで利益を出すのは難しいため、ハンドメイド教室で利益を上げていくスタイルでした。
開店後の売上高は平均月50~60万円、最高で120万円ほどでしたが、お店を構えたことで固定費や人件費も掛かるようになったので、自分の給料に払えるのは20万円くらいが限界でした。正直、お店を持つ前の方が稼げていた状況でした。
私が経営に注力して、お店のオペレーションは従業員に権限委譲をすることで利益を上げていくこともできたのかもしれませんが、私は人と話すことが好きであるため、接客やハンドメイド教室の運営ばかりに時間を割いていました。 経営の手腕がなかったので、うまくいきませんでした。
また、無駄な経費を思い切って削ることも苦手でした。たとえば、お客様にサービスとして出すコーヒーや紅茶も、なくしても大きな影響はないものの、「どんな思いで始めたお店だっけ?」と原点に立ち戻るとなくすことができなくて。思い入れが強いからこそ、安易に変えられないことが多かったのです。
コロナ禍以降は赤字も続いていたので、経営の改善が急務でしたが、私が代表として続けていては永遠に変わることができないと危機感を感じたこともあり、事業譲渡を検討するようになりました。
もう一つ、従業員と以前のようにコミュニケーションが取れなくなってしまったことも、事業譲渡を考えるようになった要因です。
- 従業員の方との間に、何があったのですか。
私はもともと、自分で店頭に立っていましたし、自分自身をお店の顔としていたので、従業員を「サポート役」という位置づけで捉えていました。基本的に来店してファンになってくれたお客様の中から従業員を採用していました。
私が2022年から、夫の海外駐在に帯同する形でベトナムのハノイに移住することになりました。現場を従業員に任せるようになってから、徐々に統制が取れなくなり、従業員との温度差も感じるようになってしまったのです。
私もが皆に甘えてしまって、業務内容を明確に示さないまま臨機応変に手伝ってもらっていたので、良くなかったなと思っています。
このままの体制では衰退の一途を辿ってしまうため、ママさんに喜ばれているスペースを守るためにも、熱量のある方に現場に入ってもらってオペレーションや経営を改善していただきたいと思うようになりました。
(西尾さんが運営していたキッズスペース②)
【管理会社とのトラブルや、3回の破談を乗り越えて】
- どのようにして、M&Aを進めていきましたか。
最初は、埼玉県事業承継・引継ぎ支援センターに相談に行きました。職員の方が親身に相談にのってくださって、事業売却の流れがクリアになってきたタイミングで、TRANBIを見つけました。
インターネット上で事業売却の交渉ができると知り、さっそく登録しました。
20件以上の申し込みがありましたが、中には税金対策で事業を購入しようとしている経営者の方や、「出資はするけど運営には関与しない」といった姿勢の方もいました。
私は、高額での売却や事業拡大にはあまり興味がなく、それよりも「せっかく作った場所をなくしたくない」という思いが強かったので、私の思いに共感して、熱量を持って事業を承継してくださる方に譲渡したいという思いで、買い手候補者の方を絞り込んでいきました。
ただ、2022年の秋頃からM&Aを検討し始めて、2023年3月にTRANBIに掲載したものの、そこから成約に至ったのは2023年11月。
それまでには三度ほど、交渉がかなり進んだ段階で破談になってしまうなど、紆余曲折がありました。
- どのような原因から破談になったのですか。
一番目の方が破談になったのは、テナントの管理会社との契約の難航が原因です。
その方はレンタルスペース事業を展開されている方で、「nicofulの今の良さを生かしつつ、レンタルスペースとしても活用できるようにしたい」というプランをお持ちでした。
そうしたプランを聞いた上で管理会社に相談したところ、担当者がお怒りになって、話を聞いてもらえなくなってしまったんです。
自分に相談する前にM&Aの交渉を進めていたことや、もともとの用途とは異なるレンタルスペースとしての利用を視野に入れていたことが、だめだったようです。
結局、あまりに話が進まなくなって不安も抱かせてしまったので、一番目の方は辞退されてしまいました。3名の中では、もっとも「この方に任せたい」と思えた方だったので、とても残念でした。
また、他に破談になった2名の方も含めて、3名から共通して辞退の理由として伝えられたのは、「西尾さんが現場にいないと成り立たないビジネスのように思うので、やっぱり辞めておきます」ということ。
3名の方には店舗も視察していただきましたが、ハンドメイド教室や店舗の接客、ワークショップでの空気作りも含めて、私が中心となって動かしてきたからこそ成り立っていたビジネスだと認識されたようでした。
「自分が承継して現場に入ったとして、従業員を盛り立てながら経営を改善していけるのだろうか」と不安に思われたようです。
- 交渉にかなり苦戦してしまった中でも、最終的に買い手様に決まった方とは、どのように出会ったのでしょうか。
交渉があまりに難航していましたし、これ以上の赤字に耐えることも難しく、2023年11月末で賃貸契約を解除する資料はすでに管理会社に提出済みだったので、「2023年8月末までTRANBIに掲載して、決まらなければ閉鎖しよう」と思っていました。
そんな中、期限が迫った8月29日に連絡をくださったのが、今回事業譲渡が成立した買い手様です。
その方は会社員でありながら、子育て中のパパママ支援ができる事業で起業を検討しており、「子育てはすでに一段落しているけれど、子育て期に1人で抱え込んで辛かった経験を生かして、子育て支援のお仕事をしたい」という思いをお持ちでした。
お話ししてみると、とても人柄のいい方で。私の思いに共感してくださり、「この事業を継承したい」と熱意を持って伝えてくださいました。正直、もうM&Aは無理だと諦めかけていたので、この出会いには運命的な縁を感じました。
- 交渉はどのように進みましたか。
買い手様は、経理業務やM&A業務の経験が豊富だったので、最初から最後まで交渉をリードしてくださって、すごく助かりました。
資料は、月次の損益計算書、主催していたマルシェの損益の詳細、私やスタッフが手掛ける業務内容、従業員の雇用契約書、運営マニュアルやハンドメイドのマニュアルなどを、買い手様からリクエストいただいた通りに提出しました。
レジシステムを利用しているので売上はすぐに出すことができたものの、支出はカードで支払うのみでこまめにまとめておらず、確定申告も夫に任せきりだったため、今までに経験のないくらいに細かく月次の売上と支出をまとめました。
また、ハンドメイドのやり方についても、これまでは口頭で伝授してきたので、マニュアルにまとめるのはなかなか大変でしたが、棚卸をするいい機会になったと思います。
テナント会社とトラブルが起きていることも、最初の時点で買い手様には伝えていました。
最終的には、私の知人の弁護士が間に入って対応をしてくれた結果、テナント会社の重役の方が交渉に出てきてくださって、契約者変更を快諾していただき、無事に話がまとまったのでほっとしました。
- 譲渡金額はどのように決まりましたか。
開業時に掛かった店内の改装費用を譲渡希望金額に設定していました。
ただ、掲載してからM&A交渉がまとまるまでに時間を要してしまったこともあり、赤字がさらに膨らんでしまって。最終的には希望金額の2/3の金額で譲渡となりました。
修正後の金額も、買い手様が感覚的に値下げしたものではなく、M&A経験を生かして細かくデューデリジェンスをした上で算定してくださった金額だったので、受け入れられました。
買い手様は損益計算書などを見る中で、無駄なコストにも気付かれたようで。「改善できる余地があるし、何から取り掛かればいいかが明確だから」と購入を決めてくださったようです。
(西尾さんが運営していたキッズスペース③)
【質問には買い手の「覚悟」が滲み出る】
- 初めてのM&Aを振り返ってみて、反省点はありますか。
M&Aでテナントを引き継ぐときの注意点は、きちんと調べるべきだったと思います。
「閉店ではなく引き継ぎだから、管理会社にとってもデメリットはないはず」と思い込んで、交渉に臨んでしまいました。私が勉強不足のまま臨まなければ、もう少しスムーズに進められたのかもしれないなと思っています。
経営者としても、反省点がいろいろと見つかりました。一つは、お金の管理。定期的に専門家の目線を入れて、しっかりと管理をしておくべきだったなと。
もう一つは、従業員の雇用。職務内容を明確にした上で、私自身ではなくコンセプトや職務内容そのものに共感してくださる方を募集すべきだったと反省しました。
- 最後に、事業譲渡を検討している方へのアドバイスをいただけますか。
買い手候補者の方を絞り込むにあたっては、「この方に事業を託せるだろうか」と考えてみてください。
今振り返ると、破談になった3名のうち、1番目以外の方は、事業への共感や熱意はあったものの、購入する決心や覚悟がなかなかできていなかったように思います。そして、その覚悟は質問内容に表れます。
というのも、破談になった2名の方は、数字を見れば判断できることを何度も質問してきたり、購入後にどれだけ私に頼ることが可能かと尋ねてきたり、「従業員のことを詳しく教えてほしい」とリクエストしてきたりして。
正直なところ、「それは事業承継後に、あなたがやるべきことでは」と思うことまで細かく聞かれたり、依頼されたりしたからです。
おそらく、「どのように運営していくべきか」がイメージできていなかったのでしょう。だから私も、この方に任せて大丈夫だろうかと心配になって、交渉に後ろ向きになってしまった部分があります。
一方で1番目の方や、今回事業を譲渡した方は購入することを前提に、ピンポイントで知りたいことを質問してくださいました。また、すでに自身の中で明確な事業プランやビジョンをお持ちでした。
自分が育ててきた事業を大切に残したいのであれば、M&Aにおいて妥協しない方がいいと思います。
そして、M&Aは順調に進むとは限らないからこそ、買い手候補者の方との出会いや交渉過程になるべく一喜一憂しすぎずに、フラットな心持ちで臨まれることをおすすめします。
(西尾さんの作品①)
(西尾さんの作品②)
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■西尾さんが売却した事業はこちら
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