2021-11-02

コロナ禍で赤字の観光用EVバイクレンタル事業、売上を3倍にする敏腕経営者のアイデアとは?

買い手(法人):株式会社西伸

<中小企業の新規事業立ち上げを目指したM&A・買収事例>

 

岐阜県で病院の事務長として働く葛西伸彦さんは、脱サラを考える中で7~8年前から不動産賃貸業を開始。2021年2月には株式会社西伸を設立しました。現在はまだ病院で勤務していますが、2022年からは完全に独立する予定です。

そのメイン事業として選んだのが、今回M&Aした「観光用EVバイクのレンタル事業」です。

経験のない異業種、コロナ禍での観光業への進出。これらは非常に思い切った決断に映りますが、葛西さんが決断できた裏には、以前からキャリアや経営の悩みがあれば相談して頼っていた、小椋さんという心強いアドバイザーの存在がありました。売り手様との交渉はほとんど小椋さんが代行したとのこと。

今回は小椋さんに、なぜこのM&Aに勝機があったのか、ビジネスを成功させるアイデアなどについて、お話を伺いました。

【「会社員は一生安泰じゃない、一度きりの人生」と独立を後押し】

- まずは小椋さんの仕事内容や、今回M&Aをサポートした葛西さんとの関係性について教えていただけますか。
私は、保険業・内装工事業・不動産賃貸業などの会社を複数持っています。経営はそれぞれの社長に任せていて、私は筆頭株主という立ち位置です。葛西と私は遠い親戚で、葛西が不動産賃貸業を始めようとしていたタイミングで、軽く相談を持ち掛けられたことをきっかけに今回のM&Aの相談もされるようになりました。

葛西はもともと病院の事務長として働いていて、サラリーマンを辞めていつか独立することを視野に入れていました。ただ、家族のことや将来の不安などで踏ん切りが付かないようだったので、私からは「会社にいて一生安泰の時代じゃない。どんな道を選んでも苦労はあるだろうけど、一度きりの人生なんだから思い通りに生きてみてはどうか」と話したんです。

その結果、決意して2021年2月に法人を設立したのですが、会社から慰留されて2021年の年末までは現職を続けることになったようです。

当初は、経験が活かせる介護事業所を買収したいと考えていたのですが、予算や方向性と見合う案件がなかなかなかったんです。

私から、「せっかく法人を作ったのだから、まずは介護領域以外で収益性と将来性のある事業を買収し、稼いで資金を貯めてはどうか。理想の介護事業に出会えた時に、その事業を継続するかどうかは改めて決めたらいいから」とアドバイスして。それで、今回TRANBIで 「観光用EVバイクのレンタル事業」を買収しました。



(今回買収した事業の店舗)

【安い時期に仕込むのが鉄則。決算の数字より現場で見たことを大事に】

- なぜ「観光用EVバイクのレンタル事業」に目を付けたのでしょうか。
葛西がTRANBIを使って自身で探し、譲渡金額の安さから目を付けたようです。今回の案件は、金沢から車で40分の石川県羽咋市にある千里浜海岸が拠点で。日本で唯一の砂浜道路である、千里浜なぎさドライブウェイをツーリングできるというものです。

私としてはまず、売り手様の保有しているEVバイクが新しく、今後まだまだ長く使えそうで追加資金がなくても一定の事業継続は可能であることを確認しました。

売り手様がこの商売を始められたのは新型コロナウイルス感染拡大の入口とほぼ同時期で。そのため苦戦されたのでしょうが、今後は需要が増えると見込んでいます。

いずれはコロナ禍が収束に向かうでしょう。一方で、気軽に海外旅行に行けるのはもう少し先になるはず。だからこそ、国内旅行の需要が大幅に増えると思ったのです。

同時に、日本人の金融資産がコロナ禍で130兆円となったというニュースも後押しの材料になりました。これは、バブル期の100兆円に対し30兆円も多い金額です。また消費拡大のタイミングが来るだろうし、体験型のプログラムの需要も増えるでしょう。国が経済を回すために、何らかの施策を行うことも十分想定できますから。

EVバイク自体にも魅力を感じました。10年もすればEVバイクは当たり前になるでしょうが、全国的に見てもまだEVバイクのレンタルをしている事業者は多くありません。珍しいからこそ、全国から「一度EVバイクに乗ってみたい」という好奇心を持った人が来るでしょうし、5~8年で投資回収ができると判断しました。

- 将来性に目を付けたとはいえ、交渉されたのは2021年4月~5月ごろで、まだまだコロナ禍の収束が想像できない時期だったかと思います。こうしたタイミングで観光分野に参入することをリスクだとは思いませんでしたか?
思いませんでした。これは、私自身がビジネスを行う際の戦略も影響しているかもしれません。

私は、いつも周りの不動産事業者が青ざめて不動産を売っているような時期に、不動産を仕込む性分なのです。アベノミクスが始まってから買った物件は1つしかありません。むしろ、それ以前に賃貸用の不動産をたくさん買って仕込んでいたので、値段が上昇し始めてからは思い通りの値段が付いたものから手放していきました。

こうした戦略を取って安い時期に不動産を仕入れているため、需要が落ち着いて少々空室が出たとしても問題無いですし、競合物件より家賃を多少値引くことも可能になるので、戦いやすくて。だからこそ、葛西にも「世の中が沈んでいる今が、一番安く買えるはずだよ」と言いました。

もちろん、いつ出口が見えるかはわかりませんですが、今の状況が3年は続いても5年続くことはないと思っていて。この案件を買ったとして、掛かる経費は月3~4万の店舗代だけで年間でも50万程度と固定費はたかが知れているため、大丈夫だと思いました。

- 売り手様との交渉にあたっては、どんな点を意識されましたか。
意識していたことは2つです。まずは現地に行き、自分の目で現場を見て、売り手様と直接お話をして確認すること。この手間は絶対に惜しんではいけないと思っていました。

決算書などの数字をもらっても、気にするのは最後。今回の案件もかなり赤字が出ていましたが、最初はまったく気にしていませんでした。

もう1つ意識したのは、スピーディーに交渉を進めるためにも、私が予算と決裁権を握って交渉に臨むこと。案件の買い手は葛西ですが、彼と事前に打ち合わせをしたうえで、「この金額以下なら買う方向で話を進める」などのラインを決めておきました。

- 現地視察はどのようにされたのですか。
観光客目線でEVバイクを体験してみたかったため、妻と子どもを連れて行ったんです。私はEVバイクに乗り、妻と子どもはEVトゥクトゥクに乗って観光コースを走ってみました。

実際EVバイクに乗ってみると、ぐっとアクセルを踏んだ時の加速する感覚が、普通のバイクとはまったく違うもので驚きました。最高速度は時速30キロであるものの、発進時から大きなトルクを発揮するため、最高速度に達するまでの感覚がすごくエキサイティングで。乗り心地も良く、非常に快適で、EVバイクの可能性を非常に感じました。

あまりに気に入ったため、私の会社でもEVバイクのリースや整備を始めようかと、定款を書き換えたほどです(笑)

一方のEVトゥクトゥクは最大速度45キロですが、排気ガスも出なくて、静かであるため、環境にもすごくいいなと思いました。カーブではガタンと揺れるため、そのダイレクトな動きが子どもにとっては楽しかったようで、キャッキャッと喜んでいましたね。



(お貸出ししているEVトゥクトゥク)

【“待ちの姿勢”だったビジネス。売上3倍にする改善の道筋とは?】

- 体験の面白さも実感できたのですね。現地視察をされたり、売り手様とお話ししたりしてみて、どのような印象を持ちましたか。
まず、売り手の方の人柄にはとても信頼が置けました。とても正直かつ誠実な方なので、話していて違和感がある部分がまったくなくて。一方で、商売のやり方を伺っていると、「もっとこうすれば、売上が伸びるのに」ともったいなく思う要素も複数ありました。

まず、売り手様はこれまで基本的に“待ちの姿勢”で商売をされていました。じゃらんなどの予約サイトやYouTube経由で、“予約が入ったら対応する”という姿勢。一方で、店舗の中にEVバイクをしまっていることもあり、現地では目立っていなかったんです。

その様子を見て、千里浜海岸の淵にEVバイクを並べて、簡易的でいいから「千里浜海岸、往復16キロで30分、2時間3000円でEVバイクレンタル可能」などと張り紙をして、積極的に観光客にアピールするだけでも売上が伸びるだろうと思ったんです。実物を見ると人は乗りたくなりますから。

それに、千里浜の反対側にもう1店舗出すべきだなと。そうすれば、返却もどちらか一方にすればいいのでお客様にとって楽ですし、営業箇所が2つになるので売上も上がります。お客様にトラブルがあった際に早急にレスキューすることもできます。このような工夫をするだけで、今の売上の3倍は見込めそうだと思ったんです。

そして、もう1つ思い付いたのが、ご近所の方へのレンタルというアイデアです。千里浜海岸の近所には、高齢の方もたくさん住まれています。安全面に不安のある乗り物ではないため、近所の方限定で1日数百円で貸し出してはどうかと思いました。

EVバイクの良さが伝われば、買ってくれる方がいるかもしれませんよね。そうなったら、レンタルだけじゃなくて販売店を始めても面白いなと。このように、さまざまなアイデアが膨らみました。

これがもし、原付バイクのレンタル事業やレンタカー事業だったら手を出していません。将来性があって、まだまだ希少性の高いビジネスだからこそ魅力的に感じたのです。EVバイクは環境への負荷も低いからこそ、国や自治体がこの事業の後押しをしてくださる可能性もあると思いました。

- 現状の課題を認識すると同時に、事業のポテンシャルの高さを感じられたんですね。売り手様の譲渡希望金額が380万円だったところから、最終的には272万円で契約されていますが、この金額はどのように決められたのですか。
売り手様が揃えられている設備をイチから調達するとなると、200万~250万は掛かるというところから算出しました。また、YouTubeや広告媒体などの著作権や使用権も移管していただけるということだったため、そうした要素も鑑みて譲渡金額を決定しました。

他に契約面では、事業譲渡後1年間は事業運営において売り手様にサポートしていただきたかったため、その旨を契約書に盛り込ませてほしいとお願いをして。初回の面談で、「買う方向性で考えている」ことと目標契約時期をお伝えさせていただいて、その後の詳細は売り手様と葛西で詰めてもらいました。

- このビジネスを引き継いだ後、同じエリアに競合が参入してくるリスクは考えましたか。
参入障壁が非常に低いビジネスであるため、もちろん競合参入リスクはあります。だからこそ、できるだけ早期に千里浜の反対側に出店して、多少利益率が下がってもいいからレンタルの価格を下げることで、他社が後発として入ってくるメリットを作らないようにしようと。“小さな池を独占して大きなメリットを得る”戦略です。



(お貸出ししているEVバイク)

【“インスタ映え巨大かき氷”も展開!?集客アイデアはすでに構想】

- すでに事業の引き継ぎは終わっているとのことですが、貸出業務やHPなどの運営は葛西様が担当されているのですか。
そうです。ただ、葛西は今年の年末まで岐阜県で仕事を続けているため、土日以外は千里浜に行けないのが現状です。

「君が現地に行けないからという理由でお客様を取り逃がすのはもったいない。せっかく売り手様が協力的なのだから、売り手様の時間が空いている時にはアルバイトとして出てきてもらったらどうだ」と葛西に提案して。現状は平日に予約が入った際や売り手様の手が空いている時には売り手様が、土日は葛西が運営を行っています。

- 引き継いでからはどのような状況ですか。
よく市役所の方ともお電話しているのですが、そのことがきっかけで話題に上ったのかどうかはわかりませんが、「羽咋市長が視察に来られて、名刺交換をさせていただいた」と葛西から聞きました。

現在のお客様の入りは、緊急事態宣言下だと土日に1組ずつ程度。それ以外の期間は、想定より多くのお客様でにぎわっています。なかには、「旅行に出掛けた」と会社の人には言えないため、周りへのお土産を買わない分のお金をEVバイクのような体験型コンテンツに使うお客様もいるようです。

また、客層にも驚きました。若者のグループが利用するイメージだったのですが、「一度EVバイクに乗ってみたくて」と、東京から1人で来られる60代以上の方もいて。EVバイクで全国を回る出川哲朗さんのテレビ番組の影響もあって、興味を持つ人が増えているのかもしれません。

- 今後はどのような展開を考えられていますか。
「来年の夏にはかき氷を販売できるように、食品衛生法に基づく営業許可を取りなさい」と葛西にはアドバイスしています。海岸にやって来るお客様にはかき氷のニーズがありますし、原価も安く機械と氷とシロップさえあれば作れるでしょう。

普通のかき氷ではなく、直径10センチや15センチの盛りに盛ったかき氷を出して外で食べてもらえば、話題にもなるし、青い海とかき氷は映えるから、きっとInstagramにも載せてくれるはず。それが宣伝となって、千里浜に訪れる人が増えると思うんです。

もともと介護事業を展開するつもりが、思いがけずこの事業に足を踏み入れたわけですが、実際に運営してみると非常に楽しいようで、葛西も今回のM&Aにとても満足しています。今後もさまざまなアイデアを試していってほしいですし、私もアドバイスができればと思います。

***今回買収した観光用EVバイクのレンタル事業はこちら***
「TABI-COLO (タビコロ)」
https://tabi-colo.com/



(海岸で爽快にドライブする様子)



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  • 倉本祐美加
  • ライター紹介倉本祐美加

    関西学院大学卒業後、クラウド製品を扱うIT企業のインサイドセールス職を経て2016年にライターとして独立。企業取材を中心としたインタビュー原稿の制作に従事していますが、エンタメ・スポーツ・文化等幅広く好みます。

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