2022-05-24
決め手は「南青山」のブランド力!学習塾が鍼灸サロンを買収した狙いとは?
買い手(法人):株式会社立志
<中小企業の新規事業立ち上げを目指したM&A・買収事例>
- ➤ 学習塾のM&Aのはずが最終的に美容鍼灸サロンに?!
- ➤ 南青山という立地のブランド力。顧客が顧客を呼ぶ最高の集客モデル
- ➤ 細やかな質問と自身のビジョンを綴った、1通目の熱意が通じた
- ➤ サロン経営で得た利益は、教育業界の待遇改善のために充てたい
関西で学習塾を28教室展開している、株式会社立志。もともとは同業種のM&Aを検討するためにTRANBIを眺めていましたが、美容鍼灸サロンの売り案件が目に留まります。
というのも、代表取締役の岡田英佑さんの奥様は鍼灸師の資格を持っており、岡田さんも「鍼灸師の待遇がもっと改善されれば」という思いを以前から持っていたためです。立地が一番の魅力だったという美容鍼灸サロンですが、売り手である前オーナーも鍼灸師の労働環境の改善に努めてきた方であり、意気投合して岡田様への事業譲渡が決まりました。
学習塾と美容鍼灸サロン、直接的な事業シナジーはないものの、ゆくゆくは本業への還元を見据えてM&Aに踏み切った岡田さんに、経営者としての考え方や仕事への姿勢、今後のビジョンなどを含めてM&Aを振り返っていただきました。
(※あくまでイメージです)
【学習塾のM&Aのはずが最終的に美容鍼灸サロンに?!】
- まずは、株式会社立志の事業内容について教えてください。
1989年に設立した、学習塾を展開する法人です。京都を中心に、兵庫や奈良も含めて28教室を展開しています。京都市内の中心部に限らず、さまざまなエリアに教室を構えているところが特徴です。ある程度分散ができていたことで、コロナの影響は受けたもののカバーできた部分が大きかったです。都市部は大きく落ち込みましたが、地方はそこまで影響を受けませんでした。
売上至上主義の大手学習塾もありますが、私たちは「生徒が目指す成績を挙げるための、最適な提案を行うこと」を第一に考えています。また教育業界はサービス残業が多く、労働環境が過酷な実態がありますが、完全週休2日制の導入を含めた労働基準の改善にも積極的に取り組んでいます。
私は2代目として、5年前に親族内承継を行いました。代表取締役就任後は、組織のデザインに長けた者のヘッドハンティングを行い、さまざまな組織改革に注力してきました。
たとえば、曖昧な言葉の指示をゼロにして、共通言語を作りました。人それぞれ定義の違う抽象的で曖昧な言葉を使っていては、ミスコミュニケーションが発生していたからです。
また、ビジョナリーな組織化も目指しています。理念に紐づいて、1人ひとりの目標数字ややるべきことを設計するようにしました。こうした指針があれば、上司の感情によって評価が変動することもなくなります。制度の整備は進んでおり、近年では私が現場に居なくても組織が回るようになってきました。
- 初めてのM&Aに挑戦された理由を教えてください。
少額の設備投資のみでハコを手に入れられる点に魅力を感じて、もともとは学習塾のM&Aを検討していました。ただ、さまざまな案件を見ている中で、自分たちの事業や組織規模がもう1ステージ上に進んでからM&Aを行うべきだと思うようになりました。理想は、社員全員に理念が浸透していて、かつ社員数に少し余裕がある状態で新教室を立ち上げることだなと。
今の規模では、「M&Aで新しい教室を手に入れたから、そこで働いてもらう先生を急いで採用する」ことが必要になりますが、この方針では失敗するだろうと思ったのです。一言で言えば、まだM&Aを行うには組織の器が足りないなと。
そこで学習塾のM&Aは見送ることにしたのですが、たまたま今回購入した美容鍼灸サロンの案件が目に留まって、こちらの交渉をスタートさせました。
- 学習塾を経営する企業が美容鍼灸サロンを買収と聞くと、意外に思いますが、どのような理由で買い申し込みをされたのですか。
まず、私の妻が鍼灸師であることが理由の1つです。せっかく持っている鍼灸師資格を生かしたキャリア形成をして、会社としても事業拡大できることが理想でした。
加えて、私自身も鍼灸が好きだったんです。鍼灸師は国家資格でありながらも、なかなか待遇面で報われない業界ということも知っていたので、その改善に寄与できればと思っていました。
学習塾とサロンの間に、直接的なシナジーはありません。ただ、ものを売るのではなく人がサービスを提供するビジネスという点では共通するものがあり、マネジメントスキルなどは生かせると思いました。
(※あくまでイメージです)
【南青山という立地のブランド力。顧客が顧客を呼ぶ最高の集客モデル】
- 今回の美容鍼灸サロンのどんなところに魅力を感じましたか。
まずは売り手様である前オーナーの考え方です。「鍼灸師がキラキラした職業であるために、スキルが正当に評価されて活躍できる環境を提供したい」とおっしゃっていて。私も同じ思いを持っていたので共感しました。
また、一番の魅力は南青山という立地です。地名に紐づいたブランド力には、ものすごく価値があると思っていて。今回は美容系の鍼灸ということで、よりブランド力や印象が大事だと思いました。表参道駅からすぐの、南青山という立地は大変魅力的でした。これが、池袋とか目黒とか自由が丘ならおそらく買っていないです。それぐらい重要視していました。
「宮廷式鍼灸」という、清王朝鍼灸の流れを汲んだメニューを提供していることも、他の美容系の鍼灸サロンとの差別化になると思っています。美容目的のフェイシャル・バストアップ、ダイエット向け部分痩せ、健康向け鍼灸など多彩なメニューがあって、メニューはすべてオリジナル開発で、独自の鍼灸技術と美容機器を組み合わせていることも特徴です。
さらに、お客様のほとんどが自発的な紹介によるご来店であり、Webマーケティングに頼らずとも集客ができるブランド力も魅力的でした。お客様は20~50代の女性がメインですが、最近は男性も増えており、リピーターが多くいらっしゃいます。
- 売り手様(前オーナー様)とは、どのようにコミュニケーションを取りましたか。
お会いする前に、メッセージでたくさん質問をさせていただきました。メインで確認したのは、売却されるに至った経緯です。損益計算書を拝見しても、「私だったら売りに出さない」と思うほど事業がとてもうまくいっていたので、目に見えない大きなリスクがあってはいけないなと。
確認したところ、他でやりたいことができたため、場所もサービス内容も変えて新店舗をオープンされるということでした。理由についても丁寧にご説明いただいたので、納得できるものでした。同じ美容業態ではありましたが、顧客層も異なりますし、競合にはなりえないだろうと判断いたしました。
ただ、同時に店長も含むスタッフ3名も抜けて独立されるという点も売却の意思決定にとっては大きかったようです。
こうした確認を事前に行っていたため、お会いした際に話すことはメッセージ内容の確認くらいであり、スムーズに進みました。私からは、事業譲渡先に選んでいただいた場合のプランなどをお話させていただきました。
先方は、前オーナー様が代表で旦那様が会長という立場でした。一方、私も会社経営をしており、妻が鍼灸師ということで、非常に似た立場だったのです。旦那様も事業承継をされた経験があるなど共通の話題も多かったので、意気投合して「仮に今回のM&Aでご縁がなくても、個人的にお付き合いをさせてください」と初回面談時にお願いさせていただきました。
- 現地視察ではどのような印象を受けましたか。
明るくて陽の雰囲気が漂う場所だと感じました。表参道は風水的にもパワースポットと言われており、気の流れがいい場所だと聞いていたので、雰囲気としては抜群でした。また、応接室などにもお金を掛けていて空間作りにこだわっている点は好印象でした。
(※あくまでイメージです)
【細やかな質問と自身のビジョンを綴った、1通目の熱意が通じた】
- 譲渡金額はどのように決まりましたか。
固定資産に加えて利益の3年分という根拠に基づいた金額でした。今ある機材や物品は全部半額での評価であり、買い手にとって購入しやすい金額に設定してくれていたようだったので、納得して価格交渉は一切行っていません。
- ライバルにあたる買い手は他にいたと聞いていますか。
TRANBIに掲載したところ、20~30件の問い合わせがあって、そのうちの3~4社と交渉をしていると聞いていました。
その中で私を選んでくださった理由は、「最初にもらったメールが、買い手候補の方々の中で一番長文で熱意を感じたから」だそうです。
気になる点をすべて具体的な質問として書き、私自身が鍼灸業界に対して抱いている思いや目指したい理想の状態についても書き連ねたのです。前オーナー様は「自分たちの思いを継承してくれる方に事業を託したい」と思っていたので、長文のメールから本気度が伝わったのでしょう。
- 交渉全体を通して、想定外だったことやトラブルはありましたか。
本当にスムーズで、想定外のことはなかったです。商標の譲渡もスムーズで、契約書も用意していただき、不動産の賃貸契約についても、前オーナー様のサポートでこれまでと同じ条件で借りられることになりました。非常に安価で借りることができています。こんなに恵まれたM&Aは他ではないだろうとさえ思っています。
個人的には、心配性な性格であるため、交渉期間中はずっと落ち着きませんでした。自分が決定権を持っておらず、オークション形式ではないため何を基準に選ばれるのかがわからない、かつそんな中でも譲渡いただいた際のシミュレーションを進めないといけないという、コントロール不可ですべてが不確定な状況が苦手なので。
だからこそ、最初に売り手様に長文のメールを送ったように、自分の気持ちを言語化して明確に残し、1つずつわからないことをクリアにしていこうとしていました。
【サロン経営で得た利益は、教育業界の待遇改善のために充てたい】
- 経営を引き継がれて、店舗運営の体制はどうなりますか。
もともと前オーナー以外に3名のスタッフがいたのですが、案件が掲載された時からスタッフは退職することが決まっていたため、総入れ替えになります。私の妻の他に、前オーナーから紹介いただいたスタッフの方が新しく働き始めます。
前オーナーとの関係はとても良好で。顧問契約を結ばせてもらったので、これから半年間は新しいスタッフに対して技術指導はもちろん、顧客の獲得やメニュー立案などさまざまな面で手厚くサポートしていただきます。
こうしたサポートをしていただけることでとても安心しますし、10年ほど育ててこられた、前オーナー様も愛着を持っているブランドなので、一緒に思いを継承していければと思っています。
- 今後の事業の展望を教えてください。
まずは、これまでのやり方を継承していきます。きちんと継承できたら、新しいサービスを導入するなど、少しずつ自分たちの色を出していきたいと考えています。
将来的には、関西での店舗展開も視野に入れていますし、BtoBのサービス提供も考えています。
世の中には、頭痛などの何らかの痛みや身体の不調によって仕事の効率が下がってしまっているビジネスマンが多くいますよね。だからこそ、福利厚生で鍼灸サービスを導入してもらって、オフィスに出張に行けたらいいなと。テレワーク主体の今すぐの実施は難しいですが、ゆくゆくはそのようなサービス提供も考えています。
- 鍼灸師の待遇改善にも力を入れていくのでしょうか。
もちろんです。ただ、今回買収したサロンはもともと業界水準より高待遇であったため、その基準を維持していければと。
私が最終的に目指すのは、教育事業の発展や待遇改善です。今回のサロン経営で得た利益や、別途新しく始める不動産事業で得た利益は、すべて教育事業に継ぎ込んで、優秀な人材の採用や給与水準の引き上げなどに繋げていきたいと思います。
- 最後に、M&Aを検討している方にアドバイスをお願いします。
「どんなジャンルでもいいから、ある程度利益が出ている案件を買いたい」と探している方もおられると思います。ただ、売り手様が強い思いを持っている事業において、そのモチベーションでの交渉は通用しません。そういった意味でも、売り手様との思いの一致や相性が大事になるのだと思います。
私は今回、「思いを継承してくれる方に譲渡したい」と思っていた売り手様と意気投合して、事業を譲渡していただきました。今振り返っても、とても恵まれたM&Aだったと思いますし、「これこそご縁だ」と感じるので、ぜひM&Aにおいても縁を大切にしてください。
*****今回立志様が買収した案件はこちら*****
「メディア掲載多数の老舗「美容鍼灸サロン」11期連続タイトル記録更新中!」
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ライター紹介倉本祐美加
関西学院大学卒業後、クラウド製品を扱うIT企業のインサイドセールス職を経て2016年にライターとして独立。企業取材を中心としたインタビュー原稿の制作に従事していますが、エンタメ・スポーツ・文化等幅広く好みます。