クロスボーダーM&Aとは?中小企業が海外企業を買うときの注意点

クロスボーダーM&Aとは?中小企業が海外企業を買うときの注意点

中小企業の成長戦略の一つにクロスボーダーM&Aがあります。新市場の開拓で収益増加が期待できる一方、国内でのM&Aと比較してリスクが高く、必ず成功するとは限りません。中小企業が海外企業を買収するメリットや、各プロセスでの注意点を解説します。

クロスボーダーM&Aの特徴

クロスボーダーとは、国境をまたいで行われる取引のことです。『Cross(越える)』と『Border(国境)』からなる言葉で、『クロスボーダーM&A』は海外企業を相手にしたM&Aを指します。

海外企業を相手としたM&A

売り手または買い手のどちらか一方が海外企業のM&Aは、『クロスボーダーM&A』と呼ばれます。

具体的には、国内企業(In)が海外企業(Out)を買収する『In-Out型』と、海外企業(Out)が国内企業(In)を買収する『Out-In型』の2パターンに区別されます。

M&A文化が定着しているアメリカでは、大企業だけでなく中小企業のクロスボーダーM&Aが盛んに行われています。近年は、急速な経済発展を背景に、中国企業による買収も増加傾向にあるのです。

少子高齢化や人口減少などの影響で、日本の国内市場は縮小しています。将来的に生き残るため、アジア諸国やインドに進出し、現地企業を買収する企業も少なくありません。

新興国にはこれから成熟していくマーケットが多く存在するため、早い段階で参入すれば、大きな利益の創出につながる可能性が高いといえます。

M&Aにより中小企業も海外進出しやすい

企業の海外進出やグローバル化というと、これまでは比較的規模の大きな企業に限られていました。しかし近年は、M&Aで海外に販路を見出す中小企業が増えています。

その理由の一つとして、現地法人をゼロから立ち上げるよりも、スピーディーに市場に参入できる点が挙げられます。

特に、成長スピードが速い新興国において、調査に数年、立ち上げに数年、現地になじむまで数年などと時間がかかってしまうのは問題です。経費がかさむため、潤沢な資金を持たない中小企業は、利益を生む前に撤退を余儀なくされるでしょう。

M&Aで現地企業を買収すれば、相手が持つ技術・ノウハウ・人材・設備などを一挙に獲得できるため、中小企業でも短期間で効率よく市場に参入できます。

単独資本よりも、M&Aの方が初期投資は大きくなる可能性はありますが、すぐに営業活動を開始でき、将来の見通しが立てやすい点においては有利といえます。

利用されるM&Aスキーム

クロスボーダーM&Aでは、以下のようなM&Aのさまざまなスキームが用いられます。

  • 株式譲渡
  • 株式交換
  • 株式移転
  • 事業譲渡
  • LBO
  • 共同出資
  • 合併
  • 三角合併
  • 会社分割

中でもよく用いられるのは『株式譲渡』ですが、三角合併やLBOといった、国内同士のM&Aではあまり見かけないスキームが使われるケースもあります。

『三角合併』は、主に海外企業が日本企業を買収する際の手法です。日本の法律上、海外企業と日本企業は直接合併ができないため、日本に子会社を設立した上で、合併を行います。

消滅会社の株主には、存続会社の株式ではなく『親会社の株式』が交付されるのが特徴で、親会社・子会社・買収対象会社が関わることから『三角』の名が付けられています。

『LBO(レバレッジドバイアウト)』は、買い手が買収ファンドの場合に用いられるケースが多い手法です。売り手が保有する資産や将来的なキャッシュフローを担保に銀行から借入をするため、少ない資金でも大型のM&A取引が可能となります。

海外で事業を展開するメリット

日本の企業が現地企業を買収し、海外で事業を展開するメリットを解説します。メリットは複数ありますが、中でも『ブランディング効果』と『販路拡大』は、中小企業にとっての大きな収穫です。

自社のブランディング効果

海外進出のメリットの一つに『自社ブランドの向上』が挙げられます。規模がそれほど大きくない中小企業でも、海外事業が軌道に乗れば、『海外にも拠点があるグローバルな会社』として認知されるため、ブランドイメージの向上が期待できるでしょう。

また『どの地域で事業を展開するか』によっても、ブランディングの効果は変わります。

例えば、デザインやインテリアに関係する会社がヨーロッパや北欧に拠点を持てば、日本国内でのイメージが上がります。IT系の会社がシリコンバレーに進出すれば『最新のITに強い会社』という印象を抱く人々が増えるでしょう。

市場を拡大できる

海外展開の最大のメリットともいえるのが、『販路の拡大』です。とりわけ新興国と呼ばれる国々は、人口増加や経済発展に伴う市場拡大が見込まれており、日本国内だけで事業を展開するよりも、はるかに多くの利益獲得のチャンスがあります。

日本の製品やサービスには『JAPANブランド』としてのプラスのイメージがありますが、海外市場に特化して開発・改良をすれば、さらなる売上増加を期待できるでしょう。

海外企業のノウハウを取り入れることで、日本にはない製品やサービスの開発に着手できるのもメリットです。成功すれば日本での販路拡大にもつながります。

コストを抑えたビジネスが可能

進出先によっては、日本よりもビジネスに係るコストを大きく抑えられる可能性があります。『人件費・材料費の削減』と『節税効果』の2点から、海外進出をする利点と注意点を解説します。

人件費や材料費などが安い

同じ製品を作るにしても、人件費や材料費を抑えた方が多くの利益が得られます。アジアやアフリカなどの新興国は、日本よりも人件費や材料費、設備費などが安く、生産コストの削減ができるのが利点です。

近年は、日本からの距離が近く、かつ生産コストが安い『東アジア』や『東南アジア』に生産の拠点を移す中小企業が増えています。

中国は、急速な経済発展に伴う人件費・材料費・土地価格の高騰により、生産拠点としてのメリットはほとんどないといってよいでしょう。

日本よりも税率が低い国がある

日本よりも法人税率が低い国に拠点を持てば『節税効果』が見込めます。日本における中小企業の実効税率(会社が利益に対して負担する税金)は30%前後で、アジアでは最も高い水準です。

海外事業を展開した場合、海外でも法人税が課されますが、日本よりも10%以上税率が低い国は珍しくありません。

シンガポールやタイ、マレーシアなどには、海外企業を戦略的に誘致するための『経済特区』があり、税制面での優遇が享受できます。

一方、法人税の引き下げ競争を抑制するため、経済協力開発機構(OECD)の加盟国を含む130以上の国々では、法人税の最低税率を15%以上に定める動きがあります。優遇税制や課税リスクは国によって異なるため、入念な事前調査が必要です。

海外企業や事業を買収する準備

クロスボーダーM&Aにおいては、事前準備が重要です。企業は進出先の情報収集を行い、M&Aの有効性や課題などを洗い出しましょう。頼れる専門家のサポートも欠かせません。

情報収集、戦略立案を入念に行う

M&Aを実施する目的を明確にし、事業戦略の立案を行いましょう。進出国の政治・経済・社会情勢・労働問題などを把握した上で、『M&Aが自社にどのような成長をもたらすのか』『海外企業を買収する価値はあるのか』を突き詰めて考えることが大切です。

クロスボーダーM&Aには、国内のM&Aにはない多くのリスクがあります。できるだけ早い段階で専門家や弁護士とのコネクションを築き、進出国の最新情報を収集しましょう。

通訳を交えたチームを作る

M&Aの実行に向け、社内に『M&Aプロジェクトチーム』を組成する必要があります。チーム内で迅速な意思決定ができるように、海外ビジネスに詳しいパートナーや現場クラスの社員、通訳などをメンバーに加えましょう。

現地の言語ができるのであれば、必ずしも通訳の必要性はありません。しかし、プロの通訳を介することで、細部までより正確に理解できます。コミュニケーションが円滑に進む上、商習慣や文化の違いから生じる誤解も少なくなります。

通訳が入る分、話し合いの時間はやや長くなるものの、ゆっくり考えながら交渉が進められるというメリットもあるでしょう。

現地の事情に詳しい専門家を見つける

プロジェクトチームを立ち上げ、事業の方向性を定めた後は、クロスボーダーM&Aを支援してくれる専門家を探しましょう。以下は依頼できるサービスの一例です。

  • 情報収集
  • 案件の発掘
  • M&Aアドバイザリー
  • デューデリジェンス(買収監査)
  • 企業価値算定
  • PMI(買収後の統合)のサポート

国内M&Aにも共通しますが、経営者が個人で相手先を探し交渉するとなると、失敗のリスクが大きくなります。海外ともなれば、現地の情報に詳しい仲介会社が間に入らない限り、自社に適した相手探しは困難と考えましょう。

注意したいのが、クロスボーダーの実績がないM&A仲介会社も多いという点です。グローバル案件の実績が豊富で、海外企業の財務分析に詳しいところに依頼するのが安心です。

理想の案件を見つけて交渉を進める

チームを立ち上げた後は、いよいよ『案件探し』です。M&Aの可否を決める『デューデリジェンス』と『企業価値評価』の重要性についても理解を深めましょう。

海外のM&A案件の探し方

案件の発掘から契約まで、全てを仲介会社に依頼することも可能ですが、『M&Aマッチングサイト』を使って自ら案件を探す方法もあります。

M&Aマッチングサイトとは、M&Aの売り手と買い手を引き合わせるオンラインサービスのことで、企業の事業情報や財務情報などがすぐにチェックできるのがメリットです。

オンラインでの交渉も可能なため、クロスボーダーM&Aに関わる時間やコストを大きく節約できるでしょう。

国内最大級のM&Aプラットフォーム『TRANBI(トランビ)』でも、海外のM&A案件を取り扱っています。サロン・警備会社・学習塾・工場など、業種は多種多様で、随時新規案件が追加されています。

海外の事業承継・M&A売却案件一覧|トランビ【M&Aプラットフォーム】
海外売却案件
海外の事業承継・M&A売却案件一覧|トランビ【M&Aプラットフォーム】

企業価値評価は市場やリスクを理解し慎重に

『企業価値評価』は、売り手企業の会社の価格や株式の価値を算出する手法で、『バリュエーション』とも呼ばれます。取引価格は企業価値がベースとなるため、できるだけ正確に把握しなければなりません。

実際のところ、クロスボーダーM&Aに伴う企業価値評価は難しく、スムーズにいかないケースがあります。特に、新興国は先進国との相違点が多く、財務諸表からは見て取れないリスクが多く潜んでいます。

例えば、政治や社会情勢が不安定な国があり、状況の変化に伴って損失を被ったり、資産が回収できなくなったりすることも珍しくありません。さまざまなリスクを想定した上で、慎重なバリュエーションが求められます。

十分なデューデリジェンスを行う

クロスボーダーM&Aの成功のカギとなるのが『デューデリジェンス(DD)』です。

買い手が売り手に対して行う『買収監査』のことで、リスクや問題点を抽出し、企業価値評価を正しく行うために実施されます。デューデリジェンスの結果によって、M&Aの可否が決まるといってもよいでしょう。

財務・税務・法務・環境・ITなど、さまざまな分野のデューデリジェンスがあり、調査に関わる専門家の費用は買い手が負担するのが一般的です。

相手が海外企業の場合、国内企業のデューデリジェンスよりも時間的・金銭的な制約が大きくなり、調査が十分に行われないケースも少なくありません。

調査が浅いと、M&A後に重大な問題が発覚する場合もあるため、調査機関と連携してできるだけ綿密なDDを実施しましょう。

海外企業とのM&Aで配慮すること

商習慣や文化、価値観がまったく異なる海外企業と取引を行うにあたって、気を付けなければならない点があります。さまざまなリスクを想定した上で、複数のリスクヘッジ策を準備しておきましょう。

リスクを回避しやすい契約内容にする

デューデリジェンスやバリュエーションなどを実施した後は、価格交渉と契約締結に進みます。デューデリジェンスで発覚した問題点やリスクは、価格に反映させ、契約書にも条項として盛り込むのが基本です。

M&Aのトラブルを回避したい場合は、『ブレークアップフィー条項』を設定しておくのが望ましいでしょう。M&A取引が特定の理由で実行不可となった際に、売り手が買い手に違約金を支払い、取引を終了させる旨を定めたものです。

また『アーンアウト条項』を規定することにより、売り手の不確定要素に対して投資するリスクを分散できます。アーンアウトとは、買収金を一括で支払わずに、M&A後の業績に応じた利益を上乗せして『分割』で支払う方法です。

現地の法律や規制のビジネスへの影響

現地の弁護士を通じて、M&Aや今後のビジネスに影響する可能性のある法律・規制を把握しておく必要があります。外資規制(海外企業による国内企業への投資に対する規制)が厳しい国においては、取引が制限される場合も珍しくありません。

また、環境保全に力を入れている国では、土壌汚染や大気汚染の原因となった企業に対して数億円の罰金が科せられるケースがあります。

実際、買収後に環境汚染に起因して多額の損失を出した事例もあるため、現地の環境規制を確認すると同時に、デューデリジェンスで対象企業の環境リスクをしっかりと調査しなければなりません。

特に、研究開発施設や工場などを保有する場合には注意が必要です。

労働に関する価値観の違いやストライキ

日本に比べて、海外はストライキや訴訟が起こりやすく、規模も桁違いです。従業員の中には買収されたことを快く思わない人もいるため、M&A後は従業員への事前説明を十分に行う必要があります。

労働に対する価値観が根本的に違うことを理解した上で、その国の文化・宗教・習慣に合った組織作りをするように努めましょう。

また、デューデリジェンスの段階では、『対象企業がどのような人事・報酬制度を導入しているか』や『違法な条件での労働が行われていないか』などの調査を行います。

訴訟や紛争に発展するリスクが潜んでいるケースもあるため、直近の数年間に懲戒解雇があった場合は、解雇に至った理由やクレームの有無などを周囲からヒアリングしておくことも重要です。

まとめ

日本の国内市場が縮小する中、海外に活路を求める中小企業が増加しています。M&Aで海外企業を買収すれば、海外マーケットの開拓がスピーディに進むでしょう。

一方で、国内のM&Aに比べて難易度が高く、必ずしも成功するとは限らないのが実情です。その要因の一つには、財務諸表に現れないリスクの把握がしにくく、バリュエーションが難しい点が挙げられるでしょう。

M&Aを実行するにあたり、現地の事情に精通した専門家や仲介会社を早い段階で見つけ、できるだけ多くの情報収集を行うことが成功への近道といえます。