簿外債務とは?M&Aで知るべき具体例・飛ばし・事業譲渡での対処法を徹底解説
簿外債務とは何かを徹底解説。中小企業のM&Aで頻出する具体例(未払い残業代・退職給付債務・債務保証など)から、粉飾決算「飛ばし」のリスク、事業譲渡・株式譲渡での引き継ぎ範囲、デューデリジェンスでの発見方法、表明保証条項の設計まで、買い手・売り手双方が押さえるべき実務ポイントをわかりやすく解説します。
- 02 簿外債務の主な具体例【M&A実務で頻出のケース】
- 未計上の買掛金・未払金
- 未払い残業代
- 退職給付債務(退職給付引当金の計上漏れ)
- 債務保証(連帯保証・第三者保証)
- 係争中の損害賠償義務
- その他の簿外債務(リース債務・デリバティブ等)
- 07 M&Aで簿外債務が発覚した場合の対処法
- 対処法1:買収価格の減額交渉
- 対処法2:M&Aスキームの変更(株式譲渡→事業譲渡)
- 対処法3:表明保証条項で売り手にリスクを分担させる
- 対処法4:表明保証保険の活用
- 08 M&Aで簿外債務リスクを最小化するためのポイント【買い手・売り手別】
- ポイント1:売り手は自発的な情報開示が信頼につながる
- ポイント2:買い手は早期にDDを実施し、複数の専門家を活用する
- ポイント3:契約書で表明保証条項を必ず設計する
- ポイント4:TRANBIで安全にM&Aを進めるためにできること
M&Aで中小企業を買収する際、買い手が最も警戒すべきリスクのひとつが「簿外債務」です。簿外債務とは、本来であれば貸借対照表に計上されているべき債務のうち、何らかの理由で計上されていないものを指し、決算書を見ただけでは存在を把握できない厄介な性質を持っています。
中小企業のM&Aでは、未計上の買掛金や未払い残業代、退職給付債務、債務保証など、買い手が想定していなかった簿外債務がM&A成立後に発覚するケースが珍しくありません。簿外債務の規模によっては、数百万円から数億円規模の負担を強いられることもあり、案件の成否や事業計画そのものを揺るがすほどの重大な論点となります。
本記事では、簿外債務の意味や中小企業に多い具体例から、過去に問題視された粉飾決算「飛ばし」の手口とそのリスク、事業譲渡と株式譲渡で簿外債務がどのように引き継がれるのかという実務上の差、さらにデューデリジェンスで簿外債務を発見する方法、表明保証条項の活用までを、買い手・売り手双方の視点から徹底的に解説いたします。M&Aマッチングプラットフォーム「TRANBI」を活用したM&Aで簿外債務リスクを最小化したい方も、ぜひ最後までお読みください。
簿外債務とは?M&Aで問題視される理由
簿外債務(ぼがいさいむ)とは、本来であれば貸借対照表(B/S)に計上されているべき債務のうち、何らかの理由で計上されていないものを指します。「簿外」とは「帳簿の外」を意味し、財務諸表を見ただけでは存在を把握できない債務であることから、M&Aの場面では特に大きなリスクとして警戒されます。
簿外債務は法律で明確に定義された用語ではなく、計上されるべき債務が未計上になっていれば、その内容を問わずすべて簿外債務に該当します。中小企業のM&Aでは、買い手が想定していなかった簿外債務が成立後に発覚することも珍しくなく、買収価格の妥当性や事業計画そのものを揺るがしかねない重大な問題となります。
簿外債務の定義(貸借対照表に載らない債務)
簿外債務は「貸借対照表に計上されるべきなのに計上されていない債務」と定義され、その範囲は広く、未計上の費用から将来発生する可能性のある債務までを含みます。M&Aの実務では、簿外債務の有無と金額を正確に把握することが、買収価格の算定に直結します。
簿外債務に該当する代表的なものは以下のとおりです。
- 未計上の買掛金・未払金
- 未払いの残業代
- 退職給付債務(退職給付引当金の計上漏れ)
- 役員退職慰労引当金
- 賞与引当金
- 貸倒引当金
- 債務保証(連帯保証など)
- 係争中の損害賠償義務
簿外債務はなぜ発生するのか?中小企業に多い理由
中小企業では簿外債務が発生すること自体は珍しくありません。これは多くの中小企業が「税務会計」を採用しており、税法上で損金算入が認められていない引当金などが計上されないまま放置されることがあるためです。意図的な隠蔽ではなく、会計実務の慣習として簿外債務が積み上がるケースも多く見られます。
中小企業で簿外債務が発生しやすい主な理由は次のとおりです。
- 税務会計を優先し、財務会計上の引当金を計上していない
- 賞与引当金や退職給付引当金は税務上損金算入が認められないため計上を回避している
- 経理担当者が少なく、計上漏れのチェック体制が脆弱
- 長年の取引で買掛金や未払金の計上タイミングが遅れがち
- 労務管理が整備されておらず、未払い残業代が累積している
M&Aで簿外債務が問題視される3つの理由
M&Aの局面で簿外債務が問題視される理由は、単に「計上漏れ」というレベルにとどまりません。買い手の経営判断・投資判断・契約交渉のすべてに影響を及ぼす、極めて根の深い問題です。
具体的には、以下の3つの理由から、M&A実務において簿外債務は重大な論点となります。
- 企業価値評価が歪む:簿外債務を見落とすと、本来の企業価値より高い金額で買収する「高値づかみ」のリスクが生じる
- M&A成立後に予期せぬ損失が発生する:株式譲渡では包括承継のため、買い手が知らなかった簿外債務もすべて引き継がれる
- 事業計画の前提が崩れる:多額の簿外債務が発覚すれば、シナジー創出や投資回収のシナリオが根本から見直しを迫られる
簿外債務の主な具体例【M&A実務で頻出のケース】
M&Aの現場で実際に発覚することの多い簿外債務は、ある程度パターン化されています。中小企業を対象としたM&Aでは、特に労務関連と将来発生型の債務が頻出するため、買い手は事前にこれらの典型例を押さえたうえでデューデリジェンスに臨むことが重要です。
ここでは、M&A実務で特に問題になりやすい具体例を6つご紹介いたします。
未計上の買掛金・未払金
買掛金や未払金は、本来取引が発生したタイミングで計上されるべき負債ですが、中小企業では決算期や支払時にまとめて計上する運用がなされていることがあります。日々の取引が積み重なっていく中で、計上漏れが常態化していると、M&Aのタイミングで多額の簿外債務として浮上します。
買掛金・未払金の簿外債務化を確認するポイントは次のとおりです。
- 実際の残高と帳簿上の残高に整合性があるか確認する
- 取引から代金決済までの回転期間を分析する
- 主要な取引先との取引履歴と支払履歴の突合を行う
- 決算期末以降に計上された費用が前期に属するものでないかチェックする
未払い残業代
未払い残業代は、中小企業のM&Aで最も発覚しやすく、かつ金額が大きくなりがちな簿外債務です。残業代の計算が固定残業代制度で曖昧だったり、サービス残業が常態化していたりするケースでは、過去2年分(時効改正により最長5年分)の未払い残業代が遡って請求される可能性があります。
未払い残業代の特徴と注意点は以下のとおりです。
- 退職した従業員からの請求や、労働基準監督署の調査で発覚することが多い
- 2020年4月の労基法改正により、賃金請求権の時効が原則5年(当面3年)に延長
- 遅延損害金(年14.6%)も加算されるため、金額が膨れ上がりやすい
- 固定残業代制度が無効と判断されると、過去の支払いがすべて無効化されるリスクがある
退職給付債務(退職給付引当金の計上漏れ)
退職金制度を導入している会社では、将来支払う退職金のうち、当期までに発生している部分を「退職給付引当金」として計上する必要があります。しかし税務上は損金算入が認められていないため、中小企業では計上を回避していることが多く、多額の簿外債務として残ります。
退職給付債務の確認ポイントは次のとおりです。
- 就業規則・退職金規程を確認し、退職金制度の有無と計算方法を把握する
- 従業員の年齢構成と勤続年数から、将来の退職金総額を概算する
- 中小企業退職金共済(中退共)など外部積立の有無を確認する
- 役員退職慰労引当金の計上状況も併せてチェックする
債務保証(連帯保証・第三者保証)
対象会社が他社の借入金などに対して連帯保証人になっている場合、その保証額は「債務保証」として偶発的な簿外債務になります。経営者個人の保証ではなく会社が保証している場合、M&A後に主債務者が返済不能に陥ると、買い手が保証債務を負うことになります。
債務保証は契約書がないと発見が困難なため、以下の方法で確認することが必要です。
- 取締役会議事録や稟議書で保証決議の履歴を確認する
- 関係会社・取引先との保証契約書の有無を網羅的にチェックする
- 銀行借入時の取引銀行に確認を取る
- 表明保証条項で「対象会社が他者の債務保証をしていないこと」を保証させる
係争中の損害賠償義務
対象会社が訴訟の被告になっている場合、敗訴すれば損害賠償義務を負う可能性があります。敗訴がほぼ確実かつ賠償額が見積もれる場合は引当金を計上するのがルールですが、引当金を計上していない、あるいは訴訟自体を売り手が開示しないケースもあります。
係争関連リスクの把握には以下の対応が有効です。
- 顧問弁護士へのヒアリングで訴訟・係争の有無を確認する
- 裁判所の訴訟記録を調査する
- 過去5年程度の取引先トラブル・クレーム履歴を確認する
- 製造業の場合、PL(製造物責任)に関する潜在的なリスクを評価する
その他の簿外債務(リース債務・デリバティブ等)
上記以外にも、オペレーティングリース債務、デリバティブ取引から生じる将来損失、手形の裏書譲渡による遡求義務など、中小企業で見落とされがちな簿外債務は多岐にわたります。これらは契約書や個別の資料を精査しなければ発見できないことが多く、専門家のサポートが不可欠です。
その他に注意すべき簿外債務の例は以下のとおりです。
- オペレーティングリース契約に基づく将来の支払義務
- デリバティブ取引(金利スワップ・通貨スワップなど)の含み損
- 手形の裏書譲渡による遡求義務
- 環境債務(土壌汚染の浄化費用など)
- 未払いの社会保険料
簿外債務と偶発債務の違い
簿外債務とよく混同される概念に「偶発債務」があります。両者は密接に関連していますが、厳密には包含関係にあり、M&A実務では区別して理解することが重要です。
簿外債務と偶発債務の関係性は以下のように整理できます。
- 簿外債務:貸借対照表に計上されるべきなのに計上されていない債務全般
- 偶発債務:将来一定の条件が成立した場合に発生する債務(簿外債務の一種)
- つまり「簿外債務 ⊃ 偶発債務」の関係(偶発債務は簿外債務の一部)
- 偶発債務は貸借対照表に注記する義務がある(財務諸表等規則第58条)
偶発債務については、その具体例や対応策をより詳しく解説した別記事も併せてご覧ください。
「簿外債務の飛ばし」とは?粉飾決算につながる危険な手法
簿外債務に関連して、過去にしばしば問題となった手法が「飛ばし」です。飛ばしは粉飾決算の一種であり、現在は金融商品取引法(旧証券取引法)で明確に禁止されていますが、その手口を理解しておくことは、M&Aで買収対象会社の財務状況を見極めるうえで非常に有用です。
「飛ばし」の手口と仕組み
飛ばしとは、評価損や含み損を抱えた株式・不動産などを、将来買い戻す約束付きで第三者に簿価以上の高値で売却し、損失を一時的に隠す手口です。会計上は売却したように見えるため帳簿上の損失は消えますが、買い戻し義務という形で簿外債務が発生します。
飛ばしの典型的な仕組みは以下のとおりです。
- 評価損のある資産を簿価以上の価格で第三者に売却する
- 同時に、将来の特定時点で同等以上の価格で買い戻す約束を結ぶ
- 売却処理により帳簿上の損失は消える
- 買い戻し義務は契約書に残るが、貸借対照表には計上されない(=簿外債務化)
- 買い戻し時点で実損が顕在化する
飛ばしが発覚した場合のリスク
飛ばしは現在では明確に違法な行為であり、発覚した場合のリスクは極めて大きなものとなります。M&A後に飛ばしが発覚すれば、買い手は損害賠償請求や場合によっては刑事告発といった選択肢を検討することになります。
飛ばし発覚時の主なリスクは以下のとおりです。
- 金融商品取引法違反(粉飾決算)として刑事責任を問われる可能性
- 会社法上の特別背任罪に該当するリスク
- 買い戻し時の損失負担(数千万~数億円規模になることも)
- 取引先・金融機関からの信用失墜による事業継続への影響
- 表明保証違反による損害賠償請求
M&Aで「飛ばし」を見抜くチェックポイント
M&Aで飛ばしを見抜くためには、不自然な資産売却や、売却先との関係性を細かく確認することが重要です。特に過去5~10年程度の主要取引について、価格妥当性と取引先の実態を精査することで、リスクの兆候を早期に発見できます。
飛ばしを見抜くための具体的なチェックポイントは次のとおりです。
- 過去の主要資産売却で、市場価格より高値の取引がないか
- 売却先がペーパーカンパニーや関係会社になっていないか
- 買戻特約付きの契約や、類似する条件付き取引がないか
- 金融機関や監査法人の見解と帳簿上の処理に乖離がないか
- 役員・従業員へのヒアリングで不自然な資金移動の証言がないか
事業譲渡と株式譲渡で簿外債務はどう引き継がれる?
M&Aで簿外債務リスクをコントロールする上で、最も重要なポイントが「M&Aスキームの選択」です。株式譲渡と事業譲渡では、簿外債務の引き継ぎ方が根本的に異なるため、対象会社のリスクプロファイルに応じてスキームを使い分けることが、買い手にとっての最大の防御策となります。
株式譲渡では簿外債務もすべて包括承継される
株式譲渡は、対象会社の株式を取得することで経営権を移転するスキームです。法人格はそのまま維持されるため、対象会社が抱えるすべての資産・負債・契約関係が包括的に引き継がれます。これは簿外債務についても例外ではありません。
株式譲渡における簿外債務の取り扱いは以下のとおりです。
- 対象会社のすべての債務(顕在・潜在を問わず)を引き継ぐ
- 買い手が知らなかった簿外債務も、株式取得後は対象会社の負担として顕在化する
- 譲渡後に簿外債務が発覚した場合、対応は表明保証条項による損害賠償請求が中心となる
- 手続きが比較的シンプルで、許認可も原則として承継される
事業譲渡であれば偶発債務を切り離せる可能性が高い
事業譲渡は、対象会社の事業を構成する資産・負債・契約を個別に選択して譲り受けるスキームです。買い手は引き継ぐ対象を契約書で明示するため、原則として契約に含まれない簿外債務は買い手に承継されません。簿外債務リスクを根本から遮断できる、極めて強力な防御手段です。
事業譲渡で簿外債務リスクが軽減される理由は次のとおりです。
- 譲渡対象を個別の契約・資産・負債単位で指定できる
- 偶発債務や知らなかった債務は原則として承継されない
- 未払い残業代などの労務債務も、雇用契約を引き継がない限り承継されない
- 事業譲渡契約書で「譲渡対象外の負債」を明確に列挙することでリスクを限定できる
事業譲渡のデメリットと注意点
事業譲渡には簿外債務リスクを限定できるという大きなメリットがある一方、手続きの煩雑さや税務上の負担増といったデメリットも存在します。スキーム選択の際は、簿外債務リスクと手続きコストの両面を比較検討することが重要です。
事業譲渡の主なデメリット・注意点は以下のとおりです。
- 契約・許認可・従業員雇用などを個別に移転する必要があり、手続きが煩雑
- 許認可は原則として再取得が必要(株式譲渡なら自動承継)
- 消費税が課税される(課税資産の譲渡対価に対して10%)
- 不動産取得税・登録免許税が発生する
- 従業員の同意なく雇用は引き継がれない(個別の同意が必要)
- 取引先との契約も個別に巻き直しが必要なケースがある
M&Aで簿外債務を発見する方法(デューデリジェンス)
簿外債務リスクを最小化するためには、M&Aの最終契約締結前に実施する「デューデリジェンス(DD)」で徹底的にリスクを洗い出すことが不可欠です。DDは買い手が対象会社の実態を多角的に調査するプロセスであり、簿外債務の発見において中核的な役割を果たします。
財務DDで簿外債務を発見する
財務DDは、簿外債務の発見において最も中心的な役割を担います。公認会計士や財務コンサルタントが、対象会社の財務諸表・帳簿・契約書を精査し、計上漏れや潜在債務を洗い出します。
財務DDで簿外債務を発見するための主なチェック項目は以下のとおりです。
- 買掛金・未払金の残高確認(主要取引先への残高確認状送付)
- 引当金の計上状況(賞与・退職給付・貸倒)の検討
- リース債務・デリバティブ取引の網羅性確認
- 保証契約の有無と内容
- 過去3~5年の費用計上タイミングの妥当性検証
労務DDで未払い残業代を洗い出す
未払い残業代は中小企業M&Aで最も頻発する簿外債務であり、財務DDだけでは発見しきれないことが多いため、別途「労務DD」を実施することが推奨されます。社会保険労務士や弁護士が、就業規則・賃金規程・勤怠記録を確認し、未払い残業代のリスクを定量化します。
労務DDで確認すべき主な項目は次のとおりです。
- 就業規則・賃金規程の整合性と法令適合性
- 勤怠記録(タイムカード・PCログなど)と給与計算の突合
- 固定残業代制度の有効性
- みなし労働時間制・裁量労働制の運用適切性
- 過去2~5年分の残業代未払い額の試算
法務DDで債務保証・係争を確認する
法務DDは、契約関係・許認可・係争・知的財産などを弁護士が精査するプロセスで、債務保証や訴訟リスクといった「契約書を見ないと発見できない簿外債務」の発見に強みを持ちます。
法務DDの主な確認項目は以下のとおりです。
- 係争中の訴訟・仲裁・調停の有無と内容
- 債務保証(連帯保証・物上保証)の網羅的確認
- 主要契約におけるチェンジ・オブ・コントロール条項の有無
- 許認可の取得状況と更新期限
- 知的財産権の侵害リスク
M&Aで簿外債務が発覚した場合の対処法
DDの結果、簿外債務が発覚した場合や、M&A成立後に簿外債務が判明した場合、買い手にはいくつかの対応オプションがあります。簿外債務の規模・性質・発覚タイミングに応じて、最適な対応策を選択することが重要です。
対処法1:買収価格の減額交渉
DDで簿外債務が発覚した場合、最もオーソドックスな対応は買収価格の減額交渉です。発見された簿外債務の金額を企業価値評価に反映し、当初の合意価格から差し引く形で調整します。
価格減額交渉の進め方は次のとおりです。
- 発見された簿外債務の金額を客観的に算定する
- 偶発債務の場合は発生確率を踏まえた期待値で計算する
- 専門家(会計士・弁護士)の意見書を交渉材料として活用する
- 場合によっては譲渡価格の一部をエスクロー(預託)とする
対処法2:M&Aスキームの変更(株式譲渡→事業譲渡)
簿外債務の規模が大きい場合や、特定の負債だけを切り離したい場合は、M&Aスキームを株式譲渡から事業譲渡に変更することで、簿外債務を承継しない形での買収が可能になります。ただし、売り手側の税負担が増える可能性があるため、税務面を含めた総合的な検討が必要です。
スキーム変更の際の論点は以下のとおりです。
- 事業譲渡では譲渡益に対して法人税が課税される(売り手の税負担増)
- 消費税の課税対象となる(買い手のキャッシュアウト増)
- 許認可・契約の巻き直しに時間とコストがかかる
- 従業員の個別同意が必要となる
対処法3:表明保証条項で売り手にリスクを分担させる
すべての簿外債務をDDで発見することは現実的に不可能であるため、最終契約書に「表明保証条項」を盛り込み、簿外債務が後日発覚した場合に売り手が損害を補償する仕組みを構築するのが標準的な実務です。
表明保証条項の主なポイントは次のとおりです。
- 「開示された簿外債務以外に未認識の債務が存在しないこと」を売り手が保証する
- 違反時の補償上限・期間を契約で明確に定める(一般的に上限は譲渡価格の10~30%、期間は1~2年)
- 補償請求の手続き(通知期限・請求方法)を具体化する
- 補償の実効性を高めるためエスクロー口座を設定するケースもある
対処法4:表明保証保険の活用
近年、中小企業M&Aでも徐々に活用が広がっているのが「表明保証保険(W&I保険)」です。表明保証違反による損害を保険会社がカバーする仕組みで、売り手の補償能力に依存せずにリスクをヘッジできるメリットがあります。
表明保証保険の特徴は以下のとおりです。
- 保険料は譲渡価格の1~3%程度が目安
- 売り手の補償能力(資金力)に左右されずリスクヘッジが可能
- 売り手にとっても譲渡後の補償リスクを限定できるメリットがある
- 少額案件では費用対効果が合わないケースもある
M&Aで簿外債務リスクを最小化するためのポイント【買い手・売り手別】
これまで解説してきた内容を踏まえ、買い手・売り手それぞれが簿外債務リスクを最小化するために押さえておくべきポイントを整理します。
ポイント1:売り手は自発的な情報開示が信頼につながる
売り手にとって、簿外債務を隠したまま交渉を進めるのは短期的には有利に見えても、長期的には大きなリスクになります。M&A成立後に発覚すれば、損害賠償請求や信用失墜につながるためです。自発的な開示こそが、結果的に売り手の利益を守ります。
売り手が事前に取り組むべきことは以下のとおりです。
- 自社で簿外債務の有無を点検する(セルサイドDDの実施)
- 発見された簿外債務は企業価値評価に反映させたうえで開示する
- 未払い残業代や退職給付債務は事前に整理・解消しておく
- 顧問税理士・弁護士のサポートを受けて開示資料を整備する
ポイント2:買い手は早期にDDを実施し、複数の専門家を活用する
買い手は、基本合意の段階からDDの計画を立て、財務・税務・法務・労務など複数領域を専門家に依頼することがリスク最小化の王道です。中小企業M&Aではコストを理由にDDを簡略化するケースもありますが、簿外債務リスクを考えれば必要な投資です。
DD実施時のポイントは次のとおりです。
- 基本合意締結後すぐにDDキックオフを行う
- 財務DDだけでなく労務DD・法務DDも実施する
- 業種に応じた専門DD(IT・環境・知財など)も検討する
- DDの結果は最終契約交渉に反映させる
ポイント3:契約書で表明保証条項を必ず設計する
DDで発見できなかった簿外債務に備えて、最終契約書には表明保証条項を必ず盛り込むことが鉄則です。条項の内容・補償上限・補償期間・請求手続きを詳細に設計し、紛争予防の機能を最大化します。
表明保証条項設計のチェックリストは以下のとおりです。
- 表明保証の対象範囲を網羅的に列挙する
- 「売り手の知る限り」などの限定文言の使い方に注意する
- 補償上限額・補償期間・最低請求額(de minimis)を明記する
- 補償請求手続き(通知方法・期限)を具体化する
- 必要に応じてエスクローや表明保証保険を併用する
ポイント4:TRANBIで安全にM&Aを進めるためにできること
M&AプラットフォームのTRANBIでは、買い手・売り手のマッチングだけでなく、提携している専門家にDDや契約書作成の依頼ができる仕組みが整っています。簿外債務リスクを軽減しつつ、コストを抑えてM&Aを進めるためにプラットフォームを最大限活用しましょう。
TRANBIを使った簿外債務リスク対策のポイントは次のとおりです。
- 提携専門家(会計士・税理士・弁護士・社労士)にDDを依頼する
- 事業承継・M&A補助金の専門家活用枠を活用してDD費用を補助対象にする
- マッチング段階から開示資料の整備を売り手と進める
- 交渉初期段階で簿外債務に関するヒアリング項目を準備する
簿外債務に関するFAQ
ここでは、簿外債務についてM&Aを検討される方からよく寄せられる質問にお答えいたします。
Q1. 簿外債務と偶発債務の違いは何ですか?
簿外債務は「貸借対照表に計上されるべきなのに計上されていない債務」全般を指す広い概念で、偶発債務はその一種です。偶発債務は「将来一定の条件が成立した場合に発生する債務」を指し、訴訟による損害賠償義務や債務保証などが該当します。
両者の違いを整理すると以下のとおりです。
- 簿外債務:未計上の債務全般(確定債務・偶発債務の両方を含む)
- 偶発債務:将来発生する可能性のある債務(簿外債務の一種)
- 偶発債務は貸借対照表に注記する義務がある
- 偶発債務の詳細はこちらの記事で解説
Q2. 中小企業のM&Aで最も多い簿外債務は何ですか?
中小企業のM&Aで最も発覚頻度が高いのは「未払い残業代」と「退職給付債務」の2つです。労務管理の整備が遅れている中小企業や、退職金制度がありながら引当金を計上していない会社では、ほぼ必ずこれらの簿外債務が存在すると考えてDDに臨むべきでしょう。
頻出する簿外債務のランキングは概ね以下の傾向があります。
- 未払い残業代(発覚頻度・金額ともに最大級)
- 退職給付債務(中小企業では計上漏れが標準的)
- 未計上の買掛金・未払金
- 役員退職慰労引当金の計上漏れ
- 債務保証(オーナー企業では関連会社保証が頻出)
Q3. 簿外債務が発覚しても、M&Aを進めることは可能ですか?
はい、簿外債務が発覚してもM&Aを進めることは可能です。一般的には買収価格の減額交渉、M&Aスキームの変更(株式譲渡から事業譲渡へ)、表明保証条項の強化などで対応します。重要なのは、簿外債務の規模と性質を正確に把握したうえで、リスクと価格のバランスを取ることです。
発覚時の対応の選択肢は以下のとおりです。
- 買収価格の減額交渉
- 株式譲渡から事業譲渡へのスキーム変更
- 表明保証条項の強化(補償上限・期間の調整)
- エスクロー(譲渡価格の一部預託)の活用
- 表明保証保険の付保
- 場合によってはM&A自体の中止
Q4. 事業譲渡なら簿外債務を完全に回避できますか?
事業譲渡では原則として契約で指定した負債のみを引き継ぐため、簿外債務リスクを大幅に軽減できますが、「完全な回避」とまでは言えないケースもあります。例えば、譲渡対象事業に紐づく未払い残業代や、商号続用がある場合の譲渡会社の債務などには、なお注意が必要です。
事業譲渡でも残るリスクは以下のとおりです。
- 会社法22条:商号続用時は譲渡会社の債務を弁済する責任が生じる場合がある
- 譲渡対象事業に従事していた従業員を引き継ぐ場合の労務債務
- 事業に密接に関連する許認可上の継続的義務
- 環境債務など、事業の物的設備に付随するリスク
Q5. 表明保証条項があれば安心ですか?
表明保証条項は強力な保護手段ですが、それだけで万全とは言えません。売り手の補償能力(資金力)が十分でない場合や、補償上限・期間を超えた請求は実効性が確保できないためです。表明保証条項に加え、DDによる事前確認、エスクロー、表明保証保険などを組み合わせることが重要です。
表明保証条項の限界を補う方策は次のとおりです。
- 事前のDDで重大なリスクを可能な限り発見・除去する
- エスクロー口座で譲渡価格の一部を留保する
- 表明保証保険を付保し、保険会社からの補償を確保する
- 個人保証や連帯保証人を売り手側に求める(中小企業M&Aで頻出)
Q6. デューデリジェンスにはどれくらいの費用がかかりますか?
DD費用は対象会社の規模や調査範囲によって大きく異なりますが、中小企業M&Aの場合、財務・税務・法務・労務を合わせて100万円~500万円程度が目安です。事業承継・M&A補助金の専門家活用枠を活用すれば、DD費用も補助対象となる場合があります。
DD費用の目安と補助制度の活用は以下のとおりです。
- 財務・税務DD:50万~200万円
- 法務DD:30万~150万円
- 労務DD:20万~80万円
- 事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)で補助率2/3・上限600~800万円の支援
- TRANBIの提携専門家を活用すれば費用を抑えやすい
まとめ
簿外債務とは、貸借対照表に計上されるべきなのに計上されていない債務の総称で、未計上の買掛金や未払金、未払い残業代、退職給付債務、債務保証、係争中の損害賠償義務など多岐にわたります。中小企業のM&Aでは、税務会計の慣習や労務管理の不備から簿外債務が発生しているケースが多く、買い手にとっては企業価値評価を歪める重大なリスク要因です。
特に過去に問題視された「飛ばし」のような粉飾決算の手口や、債務保証・偶発債務といった発見困難な簿外債務には、財務DD・労務DD・法務DDを組み合わせた多角的な調査が欠かせません。
M&Aスキーム面では、株式譲渡では簿外債務もすべて包括承継されるのに対し、事業譲渡なら個別に引き継ぐ負債を選択できるため、簿外債務リスクの大きい案件では事業譲渡への変更も有力な選択肢となります。さらに、最終契約書には表明保証条項を必ず盛り込み、必要に応じてエスクローや表明保証保険を併用することで、DDで発見できなかったリスクにも備えるのが実務の標準です。
M&AプラットフォームのTRANBIでは、提携している会計士・弁護士・社労士などの専門家にDDや契約書作成を依頼でき、事業承継・M&A補助金の活用と組み合わせれば、簿外債務リスクを抑えながらコスト効率良くM&Aを進めることが可能です。簿外債務の知識を武器に、納得感のあるM&Aを実現していただければと思います。
