偶発債務と簿外債務の違いは?具体例、買収価格との関係を解説

偶発債務と簿外債務の違いは?具体例、買収価格との関係を解説

M&Aの交渉段階で買い手が注意すべきなのが、対象会社の『偶発債務』です。企業価値の算定や今後の事業計画に大きな影響を与えるため、契約締結前にリスクを洗い出す必要があります。偶発債務の種類や発覚した場合の対処法について解説します。

偶発債務とは

会社を買収する際、買い手は対象会社の『偶発債務』について調査します。偶発債務のある会社を買収してしまうと、投資資金が回収できないばかりか、当初の事業計画が失敗に終わる可能性があるためです。

M&Aの失敗につながる偶発債務とは、どのような債務を指すのでしょうか?

偶発債務は簿外債務の一部

偶発債務とは『将来発生する可能性がある債務』の総称です。現時点では発生していないものの、将来一定の条件が成立した場合に債務が確定します。負債額が確定できない上、いつ発生するかも定かではないことから、偶発債務と呼ばれます。

偶発債務は簿外債務の一種です。『簿外債務』とは文字通り、貸借対照表上に計上されていない債務を指します。

多くの企業では、税務会計(課税される所得額を算出するための会計)を採用しています。税務会計上では、『支払額が未確定のもの』は費用や負債に計上できないルールです。

そのため、将来支払額が変動する可能性のある債務は、未計上のまま簿外債務になりやすいのです。

なお、偶発債務でない簿外債務には、退職時の『退職給付引当金』や賞与に対しての『賞与引当金』などがあります。

『未払い残業代』も簿外債務に当たりますが、請求訴訟になる場合は、偶発債務になることもあるでしょう。

偶発債務は貸借対照表に注記される

偶発債務は企業にとっての潜在的なリスクであるため、どのような債務がどれだけあるのかをしっかり把握することが求められます。

負債が確定していない偶発債務は貸借対照表に計上できませんが、内容と金額を注記するのがルールです。

第五十八条 偶発債務(債務の保証(債務の保証と同様の効果を有するものを含む。)、係争事件に係る賠償義務その他現実に発生していない債務で、将来において事業の負担となる可能性のあるものをいう。)がある場合には、その内容及び金額を注記しなければならない。ただし、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる。

出典:財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則 | e-Gov法令検索

確定の可能性が高く、かつ金額が見積もれるものは『引当金』として処理し、確定した時点で負債に計上します。引当金とは、将来の支出・損失に備えて準備しておく見積額のことです。

偶発債務と企業価値評価

M&Aでは、対象会社の価値を算定するために企業価値評価を行います。偶発債務や簿外債務を見逃してしまうと、買い手にはどのような影響が及ぶのでしょうか?

買収価格の決まり方

上場企業の場合、株式に市場価格があるため、その株価の総額によって企業価値や株式価値を把握できます。株式を上場していない中小企業は、会社の価値がどのくらいあるのかが明確でないため、適正な価値を知るための『企業価値評価』を実施します。

企業価値とは、事業価値に非事業用資産を加えた企業全体の価値のことです。

株式譲渡をする場合は、企業価値から有利子負債などの他人資本を差し引いた『株主に帰属する価値(株主価値・株式価値)』を算定し、買取価格の参考にするのが一般的です。

  • 企業価値=事業価値+非事業用資産
  • 株主価値(株式価値)=企業価値-有利子負債等

非事業用資産や有利子負債等がない場合、『株主価値=企業価値=事業価値』という公式が成り立ちます。

M&Aで株主価値(株式価値)を算定する場合、偶発債務は発生するか否かその時点では不明な債務であるため、基本的には企業価値からは除外しないのが一般的となります。偶発債務はあくまでも表明保証対応もしくは偶発債務となるべき要因を買収前に排除するなどの方策で対応することになります。

リスクを把握せず高値づかみする可能性

偶発債務は貸借対照表に注記するのがルールですが、売り手が意図的に債務を隠蔽したり、買い手が債務に気付かなかったりした場合はどうなるのでしょうか?

偶発債務が顕在化していれば、それは負債として認識されるためその分企業価値は下がり、買収価格も安くなるのが通常です。しかし、偶発債務を把握できないままM&Aが成立すれば、その後この偶発債務が顕在化してしまうと買い手がその債務を負うことになり、結果として本来あるべき価値よりも高額で買い取ってしまう『高値づかみ』をしてしまうでしょう。

M&A成立後、債務を負うのは買い手です。多額の債務を抱えたことで、当初の事業計画が頓挫するリスクもゼロではありません。

開示されないリスクの確認方法

売り手はできるだけ高額で売却したいと考えているため、企業価値評価に影響を与える偶発債務をあえて明らかにしない場合があります。開示されない債務を見つけるには、デュー・デリジェンスや対象会社の評価に対する調査が有効です。

デュー・デリジェンスの実施

本来であれば、売り手から簿外債務・偶発債務の有無を報告してもらうのが望ましいですが、売り手が意図的にリスクを隠蔽したり、気付かないところで債務が発生していたりといったケースも珍しくありません。

買い手はデュー・デリジェンス(以下、DD)を実施し、重大なリスクが隠れていないかを監査します。DDとは、対象会社に対する事前調査のことで、範囲は財務・税務・法務・ビジネス・人事と多岐にわたります。

財務や税務に関するDDには、会計士や税理士、財務系コンサルティング会社などのプロフェッショナルが介入するため、素人では見逃してしまいがちな簿外債務が発覚する可能性が高いでしょう。ただし、売り手に意図的に隠ぺいされた偶発債務を発見することはいくらプロでも難しいということを知っておくことも必要となります。

なお、DDの実施は義務ではありませんが、M&Aの実行の可否を左右する重要なプロセスとして位置付けられています。

対象会社の評価を調査する

DDを実施しても、全てのリスクを抽出できるとは限りません。専門家に調査を丸投げせずに、買い手自身が対象会社のバックグラウンドや評価を調査することが重要です。

具体的な方法としては、関係者への聞き取り・代表者の人物調査・政府各省庁のデータベースのチェック・インターネットを活用した口コミ調査などが挙げられます。

代表者の人物調査では、代表者の人となりを見極めます。経歴につじつまが合わない点があったり、言動に誠実さが感じられなかったりした際は、ネガティブな情報がないかを踏み込んで調べる必要があるでしょう。

許認可の取得状況・不当労働行為・製品トラブル・行政処分歴などについては、政府各省庁のデータベースなどで確認が可能です。

例えば、国土交通省の『ネガティブ情報等検索サイト』には各事業分野における事業者の行政処分歴が掲載されています。不当労働行為に関しては、中央労働委員会事務局が運営する『労働委員会関係 命令・裁判例データベース』が活用できるでしょう。

また、財務諸表上に問題はなくても、取引先とのトラブルや訴訟リスクが潜んでいる可能性もあるため、口コミ調査や周辺関係者への聞き取りも強化しなければなりません。

対象会社がどう評価されているかを独自に探っていくことで、簿外債務や偶発債務を負うリスクを軽減できます。

偶発債務の具体例

偶発債務・簿外債務にはさまざまな種類がありますが、中でもM&Aで問題になりやすい債務の一例を紹介します。中小企業を買収する際は、何らかの債務が潜んでいるという前提で、慎重に調査した方がよいでしょう。

係争中の損害賠償義務や新たな訴訟の可能性

係争中で対象会社が被告である場合、M&A成立後に買い手が損害賠償義務を負う可能性が高くなります。

敗訴がほぼ確実で、かつ賠償額を合理的に見積もれる場合、売り手は引当金として計上するのが通常です。しかし中には引当金計上を行わない企業もあるため、買い手はDDや聞き込み調査などでリスクをあぶり出さなければなりません。

また、将来的に訴訟に発展する可能性のある事案についても調査しておく必要があります。前述した、未払い残業代は訴訟に発展する可能性が高いでしょう。

債務保証

対象会社が他社(他人)の債務の返済義務を保証している場合、または他社のために資産を担保にしている場合は、多額の偶発債務が生じるリスクがあります。万が一、借り手が債務不履行となれば、保証人はその債務の返済を引き受けなければなりません。

債務保証の重要性を対象会社の経営者が認識していなかったり、その事実を失念していたりすると、買い手はM&A成立後に思わぬリスクに直面します。債務保証の有無を聞き出し、M&Aの契約前に保証の取り消しが可能かどうか確認しましょう。

手形の裏書譲渡

手形とは、記載金額を決められた期日までに支払うことを約束した証書です。手形を発行すれば、取引時点で現金がなくても商品などを受け取れます。

手形は自由譲渡が可能な債権であるため、実際の取引では『手形の譲渡』も行われています。手形を第三者に譲渡する場合は、裏面に譲受した者の氏名や住所を記載して捺印するのがルールであるため、こうした手形は『裏書手形』と呼ばれています。

裏書手形を譲渡すると、支払い人が期日までに金額を支払わなかった場合、裏書人に支払いが請求される点に注意が必要です。対象会社を買収する前に、裏書譲渡の有無を確認しておく必要があります。

デリバティブ取引

デリバティブ(Derivative)は、『Derived(派生する)』という英単語から生まれた言葉で、日本語では『金融派生商品』と訳されます。株式・債券・外国為替などの金融商品が該当し、これら商品を扱う下記のような取引をデリバティブ取引と言います。

  • 先物取引:『取引所』で、将来の特定の日に現時点で決めた一定の価格で売買することを約束する取引
  • 先渡取引:『店頭』で、将来の特定の日に現時点で決めた一定の価格で売買することを約束する取引
  • オプション取引:ある商品をあらかじめ定められた期日に一定の価格で『売買できる権利』を売買する権利を売買する取引
  • スワップ取引:等価のキャッシュフローを事前に取り決めた条件で交換する取引(金利スワップ・通貨スワップなど)

上場企業ではデリバティブ取引を時価評価した上で貸借対照表に反映させていますが、中小企業では適切な計上がなされていないケースがあります。デリバティブ取引から生じる負債は偶発債務となるため、売り手への確認が欠かせません。

偶発債務が発覚した場合

偶発債務が発覚した場合、M&Aそのものの中止も可能ですが、DD以降でM&Aが不成立となると、買い手が費やした時間やコストが無駄になってしまいます。

もちろん重大なリスクがある場合は、M&Aを進めるべきではありません。しかし多くの場合、M&Aスキームの変更や買収価格の交渉、表明保証条項などで調整が行われます。

M&Aスキームの変更

中小企業におけるM&Aのスキームとしては、対象会社の株式の過半数を取得する『株式譲渡』が大多数を占めます。

株式譲渡で経営権を取得すると、資産や負債を包括的に引き継ぐことになるため、偶発債務が発覚した際には、事業に関連のない偶発債務を引き継がないことができる『事業譲渡』にスキームを変更するケースがあります。

事業譲渡とは、企業の事業部門の一部または全てを譲渡する手法です。株式譲渡と異なり、譲り受ける対象や範囲を選択できます。

買収価格への反映、表明保証条項などで調整

事業譲渡による譲り受けが難しい場合は、偶発債務やその他のリスクを洗い出した上で買収価格に反映させることを検討する必要があります。しかしながら、通常偶発債務の顕在化の可能性や数値化は非常に難しいため、買収価格に反映させたうえで売り手に納得してもらう交渉をすることは非常に難しい場合が多いです。

そのため、偶発債務については、最終契約書には『表明保証条項』を設けるのが一般的です。表明保証条項とは、主に売り手が買い手に対し、契約目的物の内容が真実かつ正確であることを保証・表明する条項を指します。

表明保証内容が事実と異なる際の金銭的補償を盛り込んでおけば、買い手は大きな損失を回避できるでしょう。

まとめ

M&Aで中小企業を買収する場合、何らかの簿外債務や偶発債務が潜んでいると考えた方がよいでしょう。表面上は優良企業であっても、いざ蓋を開けてみればリスクだらけだったというケースは珍しくないのです。

偶発債務を回避する手段としては、デュー・デリジェンスが有効ですが、必ずしも全ての債務が見つかるとは限りません。M&A成立後に発覚した場合のペナルティーも踏まえた上で、売り手と交渉する必要があるでしょう。

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