M&Aの価格の相場はいくら?一般的な評価方法や価値を決める要素
M&Aの成約価格の相場は、業種や規模によって異なります。価格はどのように決まるのでしょうか?中小企業のM&A価格を決める際、参考として用いられる算出方法や、価格を左右する要素を確認しましょう。買収の可否の判断に役立つ指標も紹介します。
「自社はいくらで売れるのだろう?」「買収価格はどのように決まるのか?」M&Aを検討する経営者にとって、価格の相場が分からないことは大きな不安要素です。
M&Aの価格には明確な相場はなく、最終的には当事者間の交渉で決まりますが、その交渉の土台となる企業価値評価には、客観的な基準があります。
本記事では、価格が決まる基本的な考え方から、専門的な企業価値評価の3つのアプローチ、業種別の相場観、そして売り手・買い手双方の視点から価格交渉を有利に進めるための具体的なコツまで、網羅的に解説します。
この記事を最後まで読めば、M&Aにおける価格決定の全体像を理解し、自社の価値を高めるための戦略を準備できるはずです。納得のいくM&Aを実現するために、まずは価格の決まり方から理解を深めていきましょう。
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M&Aの相場の基本と決まり方
まず、M&Aの価格がどのように決まるのか、基本的な考え方を理解することが重要です。
明確な定価がない世界で、何を基準に価格が形成されていくのかを見ていきましょう。
M&Aに相場はなく最終的に交渉で決まる
M&Aにおける企業の売買価格には、明確な相場や定価は存在しません。価格は最終的に、
売り手と買い手の当事者間の交渉によって、双方が合意した金額で確定します。たとえ専門家が算出した理論上の企業価値があったとしても、それはあくまで交渉の出発点に過ぎません。
買い手にとってその企業が持つ将来性やシナジー効果の大きさが、最終的な価格を大きく左右します。
売り手は高く、買い手は安く売買したい
当然のことながら、売り手は自社の価値を最大限に評価してもらい、1円でも高く売却したいと考えます。
一方、買い手はリスクを考慮し、できるだけ安く買収したいと考えます。
この両者の利害は相反するため、お互いの希望価格には通常大きな隔たりがあります。
このギャップを調整し、双方が納得できる着地点を探るのがM&Aの価格交渉です。
価格の目安は「時価純資産+営業利益の2〜5年分」
M&Aの価格に明確な相場はないものの、中小企業のM&Aにおいては、交渉のベースとなる簡易的な目安が存在します。
それが「時価純資産+営業利益の2〜5年分」という計算式です。
- 時価純資産:会社が保有する資産(土地、建物、在庫など)を現在の市場価格で評価し直し、そこから負債を差し引いたもの。
- 営業利益の2〜5年分:これは「のれん代」と呼ばれ、企業のブランド力、技術力、顧客基盤といった目に見えない無形資産の価値を示します。将来どれくらいの期間、現在の収益力を維持できるかという期待値が年数に反映されます。
M&Aで使われる企業価値評価の3つの方法
より客観的で理論的な根拠を持って価格交渉に臨むため、M&Aの実務では専門的な企業価値評価(バリュエーション)の手法が用いられます。
これらは大きく3つのアプローチに分類されます。
① コストアプローチ|純資産や再調達価額を基準に評価する方法
コストアプローチは、企業の保有する純資産に着目して価値を評価する方法です。
貸借対照表(B/S)を基に計算するため客観性が高く、特に中小企業のM&Aで広く用いられます。
代表的な手法には、帳簿上の純資産をそのまま評価する「簿価純資産法」や、資産・負債を現在の市場価格で評価し直す「時価純資産法」があります。後者のほうが、より実態を反映した価値を示せます。
② マーケットアプローチ|類似企業や過去取引事例を基準に算定する方法
マーケットアプローチは、評価対象の企業と事業内容や規模が類似する上場企業や、過去のM&A取引事例を比較対象として価値を算出する方法です。
市場の評価が反映されるため客観性が高いのが特徴です。
代表的な手法である「類似会社比較法(マルチプル法)」では、比較対象企業の株価や財務指標(EBITDAなど)を基に算出した評価倍率(マルチプル)を用いて企業価値を算出します。
③ インカムアプローチ|将来の利益やキャッシュフローを基準に評価する方法
インカムアプローチは、企業が将来生み出すと期待される利益やキャッシュフローを基準に価値を評価する方法です。
企業の将来性や収益性を直接的に評価できるため、成長性が高いIT企業やスタートアップの評価に適しています。
代表的な「DCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)法」では、将来の事業計画に基づいて予測したキャッシュフローを、リスクを考慮した割引率を用いて現在価値に換算した企業価値を算出します。事業計画の精度が評価額を大きく左右します。
【業種別】M&A価格の相場観と目安
M&Aの価格目安となる「EBITDA(営業利益+減価償却費)のX年分(マルチプル)」は、業種によって大きく異なります。
ここでは、主要な業種ごとの一般的な相場観と、その背景にある評価ポイントを詳しく解説します。
ただし、これらはあくまで目安であり、個々の企業の状況によって変動します。
IT・ソフトウェア業界|3~7年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
技術革新が速く、高い成長が期待される業界です。特にSaaS(Software as a Service)のような継続課金モデルは、安定した収益(ストック収益)が見込めるため、高く評価される傾向にあります。
評価ポイント
- 技術の独自性・優位性:特許取得済みの技術や、他社が容易に模倣できないアルゴリズムなど。
- エンジニアの質と量:優秀な開発チームの存在は大きな価値となります。
- 顧客基盤:安定した契約を継続している顧客が多く、解約率(チャーンレート:解約顧客の割合)が低いこと。
- ARR(年間経常収益): サブスクリプションモデルにおける重要な成長指標。
製造業|1.5~5年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
業界の成熟度や設備投資の規模によって評価が大きく分かれます。最先端技術を扱う分野は評価が高く、伝統的な分野は低めに落ち着く傾向があります。
評価ポイント
- 技術力・特許:独自の製造技術や特許は、競争優位性の源泉です。
- 設備の状況:最新鋭の設備が整っているか、老朽化していて追加投資が必要か。
- 安定した取引先:大手企業との長年にわたる安定した取引関係。
- 品質管理体制: ISO認証の取得など、高い品質を担保する仕組み。
小売・サービス業|0.5~2年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
参入障壁が比較的低く競争が激しいことや、景気変動や消費動向の影響を受けやすく、マルチプルは低く評価されがちです。
評価ポイント
- 店舗の立地:集客力の高い一等地にある店舗は高く評価されます。
- ブランド力・知名度:地域や特定の顧客層から高い支持を得ていること。
- 顧客基盤:多くのリピート顧客や会員組織を抱えていること。
- ECとの連携: 実店舗だけでなく、オンラインでの販売チャネルが確立されているか。
医療・介護業界|2~6年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
高齢化社会を背景に需要が安定しており、事業の継続性が高いと見なされます。また、許認可が必要なため参入障壁が高く、これが価値を押し上げる要因となります。
評価ポイント
- 許認可の有無:医療法人、社会福祉法人としての認可、各種サービスの指定などを受けていること。
- 専門人材の確保:医師、看護師、介護福祉士などの有資格者が安定して在籍していること。
- 施設の稼働率:高い入居率や利用率を維持できているか。
- 地域での評判: 利用者やその家族、地域社会からの信頼が厚いこと。
建設業界|1~3年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
公共事業の動向や景気変動の影響を受けやすい業界です。人手不足が課題である一方、安定した受注基盤を持つ企業は高評価を得やすくなります。
評価ポイント
- 公共工事の実績:経営事項審査の評点が高く、官公庁からの受注実績が豊富であること。
- 有資格者の数:施工管理技士などの国家資格を持つ従業員の数。
- 特定の技術・工法:他社にはない特殊な技術や工法を保有していること。
- 大手ゼネコンとの関係: 安定した下請け関係が構築されているか。
飲食店業界|0.3~1年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
参入障壁が非常に低く、競争が極めて激しい業界です。トレンドの変化が速く事業継続リスクが高いため、マルチプルは低くなる傾向があります。
評価ポイント
- 立地:駅前や繁華街など、人通りの多い一等地にあること。
- ブランド力とコンセプト:コンセプトが明確で、固定ファンがついていること。
- 多店舗展開: 標準化されたオペレーションで、複数店舗の展開に成功していること。
- 秘伝のレシピ・ノウハウ: 他店が真似できない独自のメニューや調理法。
アパレル業界|0.5~2年分の営業利益(EBITDA)
背景・特徴
流行サイクルが速く、常に新商品を投入する必要があります。売れ残りの在庫リスクも高いため、マルチプルは比較的低めに評価されます。
評価ポイント
- ブランドの知名度と世界観:特定の顧客層に強く支持されるブランドイメージが確立されているか。
- ECサイトの売上規模:自社ECサイトや大手ECモールでの販売実績。
- 在庫管理能力: 過剰在庫を抱えずに効率的な販売ができているか。
- 企画・デザイン力: ヒット商品を生み出す企画力やデザイナーの存在。
売り手がM&A相場を引き上げるコツ
売り手としては、自社の価値を正しく伝え、少しでも有利な条件で売却したいものです。
M&Aの準備段階から、自社の価値を最大化する「磨き上げ(ブラッシュアップ)」を行うことが交渉を有利に進める鍵となります。
ここでは、M&Aの価格を引き上げるための5つのコツを紹介します。
① 財務データを整理し利益率を改善する
買い手が企業価値を評価する上で最も重視するのが財務データです。
M&Aを検討し始めたら、まず自社の財務状況を客観的に見直し、健全化を図りましょう。
例えば、役員報酬の適正化や経営者の個人的な支出と会社の経費の明確な分離、長期間稼働していない機械設備などの遊休資産を売却し、資産効率を高めます。
透明性の高い会計処理を徹底し、最新の財務状況を提示できる体制を整えることで、買い手から信頼を得てデューデリジェンスも円滑に進みます。
② ブランド価値や知名度を高めておく
貸借対照表には表れない「無形資産」は、M&Aの価格を大きく左右する重要な要素です。
自社の強みを可視化し、積極的にアピールすることが求められます。公式サイトで技術力や実績、顧客からの声を示し、さらにSNSや業界誌を活用して認知度を高めます。
ISO認証の取得や業界団体からの表彰、メディアへの掲載実績などは、自社の信頼性を客観的に証明する材料となります。
特許や商標などの知的財産権を整理し、リスト化しておくことも大きなアピールポイントになります。
③ 成長戦略や将来性を明確に示す
買い手は「投資を回収し、さらに利益を上げられるか」という視点で企業を見ています。
そのため、自社の将来性や成長ポテンシャルを、具体的かつ説得力のある形で示すことが不可欠です。
市場分析や自社の強みを踏まえた、実現可能性の高い中期経営計画を策定し、売上や利益の数値目標と、その達成手段を提示します。
さらに、買い手候補の事業内容を研究し、「販路の相互活用による売上拡大」など、自社と組み合わせることで期待できる相乗効果(シナジー)を具体的に提案することで、買収意欲を高められます。
④ 複数の買い手候補を競合させる
M&Aの価格を吊り上げる最も直接的で効果的な方法が、複数の買い手候補間で競争させることです。
M&A仲介会社などを通じて、複数の候補に同時にアプローチし、入札形式で条件を提示してもらう「オークション方式」が有効です。
これにより、競争原理が働き、有利な条件を引き出しやすくなります。
ただし、複数の候補と交渉する際は、情報漏洩に細心の注意を払う必要があります。
事前に秘密保持契約(NDA)を締結し、交渉の段階に応じて開示する情報をコントロールすることが、自社の価値を守り、交渉を有利に進めるために不可欠です。
⑤ 専門家を活用し交渉力を強化する
M&Aは、法務、税務、会計など多岐にわたる高度な専門知識と、複雑な交渉を乗り切る経験が不可欠です。
M&A仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー(FA)は、企業価値評価から買い手候補の選定、交渉戦略の立案まで全プロセスを支援します。
必要に応じて弁護士や公認会計士とも連携し、専門家チームを組成することで、リスクを最小限に抑え、論理的で説得力のある交渉が可能になります。
専門家への報酬はコストではなく、価値最大化のための投資と捉えるべきです。
自社の業界に精通し、実績豊富な専門家をパートナーに選ぶことが成功の鍵です。
買い手がM&Aを相場より有利に進める工夫
買い手は、適正価格で将来の成長につながる企業を買収したいと考えるのが自然です。
ここでは、買い手が交渉を有利に進めるためのポイントを解説します。
売り手の課題を調査する
M&Aの交渉を有利に進めるには、売り手企業の本質的な課題や弱みを理解することが不可欠です。
例えば、「後継者不在」は事業承継を急ぐ大きな動機ですし、「特定の大口取引先への高い依存度」は将来の収益変動リスクを意味します。
また、業界全体の斜陽化や、設備投資の遅れによる「事業の将来性への不安」も重要なポイントです。
これらの情報を事前にリサーチし、交渉時に具体的データを提示することで、価格引き下げの根拠やリスク回避の契約条件につなげ、有利な合意を形成できます。
デューデリジェンスでリスクを見抜く
デューデリジェンス(DD)は、買い手にとって自らを守るための最も重要なプロセスです。
弁護士や会計士などの専門家チームを組み、簿外債務、潜在的な訴訟リスク、許認可の不備、キーパーソン離職リスクを洗い出します。
ここで発見された問題点は、単なるリスク評価に留まりません。
例えば未払い残業代が見つかれば、将来の偶発債務として買収価格の減額を要求できる強力な交渉材料となります。
DDを精密に行うことで、売り手の提示価格の妥当性を検証し、客観的な根拠に基づいた価格交渉を有利に展開することが可能になるのです。
複数案件を比較し交渉材料にする
買収交渉において、特定の1社に固執するのは得策ではありません。
常に複数の買収候補案件をリストアップし、並行して検討を進めることが交渉力を高める鍵となります。
それぞれの案件について企業価値評価を行い、事業内容やシナジー効果、リスクを比較分析しておくのです。
これにより、本命の売り手との交渉が行き詰まった際に、「御社の提示額では、より条件の良い別のA社との交渉を優先せざるを得ません」といった具体的な代替案を示唆することが可能になります。
複数の選択肢がある事実は買い手側に余裕を与え、売り手に価格譲歩を促す強力な圧力として働きます。
付加価値を高める会社の財産の例
顧客リストや従業員の技術など、付加価値とされる財産を持つ会社は、M&A価格が高くなる傾向にあります。
ただし重視される財産はM&Aの目的によって異なるため、これらがあっても必ずしも付加価値が認められるとは限りません。
ブランド力・立地などM&Aの目的で異なる
付加価値がプラスされるかどうかは、M&Aの目的によって決まります。例えば介護事業を始めたいけれど許認可を得るまでの期間が長く、それまで収益を得られないのが課題だとします。
この場合、既に許認可を得ている会社を買収できれば、課題の解決が可能です。
許認可があればすぐに収益化できるため、大きな付加価値と見なされます。
ほかにも『ブランド力』『立地』『特許』などは、付加価値につながりやすい財産です。
買い手の目的に合致すれば、赤字企業でも高値で取引される場合があります。
優良な顧客・取引先リスト
<『顧客リスト』や『取引先リスト』の獲得を目的にM&Aを実施する買い手もいます。新規事業の場合、顧客や取引先が既に存在し関係が築かれていれば、事業を早期に軌道に乗せやすくなります。
顧客や取引先獲得のための追加コストや手間が不要になり、買収直後から売上の見込みを立てやすくなるのも特徴です。
早い段階で事業を安定させられる可能性が高まるため、高評価につながりやすい財産といえます。
従業員の数や技術
技術やノウハウを身に付けている『従業員』も、高く評価されやすい財産の一つです。少子化が進行している中、優秀な人材の確保はどの会社でも課題となっています。
人材を採用できたとしても、技術や知識の習得には研修が必要です。業務に必要な能力を身に付けるまでにコストも時間もかかります。
M&Aで優秀な人材を確保できれば、新規事業でも即日から業務をスムーズに進められるでしょう。
事業規模拡大を目的とする場合も、人材確保が課題解決につながり、売上拡大が期待されます。
業界内の市場シェアと影響力
特定の製品やサービスにおいて高い市場シェアを確保しているという事実は、価格競争に巻き込まれにくい「価格決定力」や、業界標準を形成するほどの「影響力」を持っている証左です。特に、参入障壁の高いニッチな市場でトップシェアを持つ場合、その地位は安定しており、高収益が期待できます。
買い手にとって、市場シェアの高い企業を買収することは、時間とコストをかけて競合と争うことなく、一挙に業界内での優位なポジションを獲得できることを意味します。
この「時間を買う」というメリットは大きく、M&Aの価格を押し上げる要因となります。
特許権・独自技術・ノウハウの保有
他社が模倣できない特許権や独自技術、マニュアル化できないノウハウは、企業の競争優位性を支える最も重要な知的財産です。
これらの無形資産は、高い収益性を生み出すだけでなく、競合他社に対する強力な参入障壁を築きます。
買い手は、これらの知的財産を獲得することで、自社の製品開発力を強化したり、新たな事業領域へ進出したりすることが可能になります。
特に技術革新の速い業界では、こうした独自の技術基盤の価値は極めて高く評価され、M&A価格に大きく反映されます。
M&A価格が最終決定するまでの4ステップ
M&Aの価格は、一度の交渉で決まるわけではありません。
複数のステップを経て、段階的に調整され、最終的な合意に至ります。
1. 企業価値の仮算定
M&Aプロセスの第一歩として、まず売り手と買い手がそれぞれ企業価値を大まかに算定します。
この段階では、決算書などの限られた財務情報や公開情報を基に、アドバイザーがコストアプローチやマーケットアプローチなどの簡易手法で評価額を算出することが一般的です。
ここで提示される価格は、あくまで双方の交渉の出発点(たたき台)であり、法的な拘束力はありません。
この仮算定を通じて、両者が価格帯について大筋で合意できるか、交渉を本格的に進める価値があるかを見極めます。
2. デューデリジェンス(詳細調査)
基本合意後、買い手は弁護士や公認会計士、税理士といった専門家チームを組成し、売り手企業の詳細な調査、すなわちデューデリジェンス(DD)を行います。
DDは財務、法務、税務、事業、人事など多岐にわたる領域で実施され、売り手から開示された情報の正確性を検証し、帳簿に現れない簿外債務や潜在的な訴訟リスク、重要な契約内容などを徹底的に洗い出します。
ここで発見された問題点は、後の価格交渉における減額要因や、取引実行の可否を判断する重要な材料となります。
3. 交渉と価格調整
デューデリジェンスで判明したリスクや問題点を基に、最終的な価格交渉のフェーズに入ります。
買い手は、発見された偶発債務の金額や事業リスクの大きさを根拠に、当初の提示価格からの減額を要求します。
一方、売り手はそれらのリスクが将来の収益性に与える影響は限定的であると反論するなど、双方の主張が対立します。
この段階では、価格だけでなく、キーパーソンとなる役員や従業員の処遇、売り手が保証する内容(表明保証)、リスク発生時の補償範囲など、金銭以外の条件も含めて総合的に交渉し、最終的な合意点を探ります。
4. 最終契約とクロージング
長い交渉を経て、価格や従業員の処遇、表明保証など全ての条件について双方が合意すると、その内容を盛り込んだ最終契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書)を締結します。
契約締結により、M&A取引は法的に確定します。
その後、契約書に定められた前提条件が満たされたことを確認した上で、買い手から売り手へ対価が支払われ、同時に株式や事業が引き渡されます。
この一連の決済手続きを「クロージング」と呼び、これをもってM&Aの全プロセスが完了となります。
価格交渉における2つの方法
M&Aの価格交渉には主に2つの方式があり、選択によって交渉の進み方は大きく変わります。
個別交渉方式
個別交渉方式は、特定の1社の買い手候補と1対1で交渉を進める手法です。この方式の最大のメリットは、情報管理のしやすさにあります。
交渉相手が限定されるため、従業員や取引先に知られることなく、機密情報を守りながら秘密裏に交渉できます。
また、プロセスが単純で経営者の負担が少なく、迅速な意思決定が可能です。特定の買い手との間で既に良好な関係が築かれている場合や、事業の特性上、相手を限定したい場合に適しています。
一方で、競争原理が働かないため、提示額が市場価値に見合うか判断しにくく、価格が上がりにくいというデメリットがあります。
オークション方式
オークション方式は、複数の買い手候補に同時に買収を打診し、競争入札によって最も良い条件を提示した候補を選定する手法です。
この方式の最大のメリットは、競争原理で売却価格を高めやすい点にあります。
複数の候補が競い合うことで、売り手は価格だけでなく、従業員の雇用維持や事業の将来性など、価格以外の条件も比較し、自社に最適な相手を選べます。
しかし、プロセスが複雑で交渉期間が長引きやすいです。
また、多くの候補者に情報を開示するため、機密情報が漏洩するリスクが高まるという大きなデメリットも抱えています。
そのため、M&Aアドバイザーによる厳格な情報管理と交渉プロセスの設計が不可欠となります。
取得する株式の数や特徴による価格の増減
株式譲渡でM&Aを行う場合、取得する株式の数や特徴が価格に影響します。
支配権に対して支払う『支配権プレミアム』や、市場で売買できない流動性の低さに対する値引きである『非流動性ディスカウント』が代表的です。
支配権プレミアム
M&Aにより対象会社の株式を取得し支配権を得るには、支配権プレミアムを価格に上乗せするのが一般的です。
支配権を持つと会社の重要な意思決定を主導できます。
経営を実質的にコントロールできる状態には価値があるとされ、その分が価格に上乗せされます。
そのため、M&A価格は少数株主の持分価値より高くなります。
非流動性ディスカウント
中小企業株式の多くは非上場で、市場で自由に売買できません。
そのため売却して現金にするには追加コストがかかります。
この不便さを考慮し、M&A価格から差し引かれるのが非流動性ディスカウントです。
値引き率は一般に20~30%程度とされますが、実際の割合は案件ごとに異なります。
買収価格以外にM&Aで発生する費用
M&Aでは買収価格以外にも、仲介会社への報酬や専門家への報酬などのコストが発生します。
仲介会社への報酬
会社を買収するときには、案件の紹介を行っている仲介会社を利用するのが一般的です。
仲介会社への報酬は、取引金額に料率を掛けて算出する「レーマン方式」が多く採用されています。
そのためM&A価格によっては、報酬として数千万円といった高額の支払いが発生します。
案件の紹介に対する報酬を抑えるには、『TRANBI(トランビ)』のようなM&Aマッチングプラットフォームを利用するとよいでしょう。
掲載されている中から条件に合う案件を探し、直接売り手へ交渉を申し込めます。
案件探しは無料で行えます。交渉する際は有料プランに加入し、成約時の報酬手数料が不要になる点が仲介会社と異なる大きなメリットです。
専門家への報酬
M&Aを適切に行うには、財務・法務などのデューデリジェンス(DD)が重要です。
財務・税務・法務・労務など専門分野ごとの調査は、自力で行うと漏れが生じる可能性があります。
買収前に現状を正しく把握するには、税理士・弁護士・社労士などへ依頼するとよいでしょう。
報酬は調査範囲により異なり、数十万~数百万円程度です。例えば簡易財務DDは20万円前後です。
税金
M&Aで発生する税金は、用いられる手法によって大きく異なり、取引総額に重大な影響を与えます。
ここでは「株式譲渡」と「事業譲渡」を例に解説します。
株式譲渡の場合
売り手が個人の株主であれば、株式の売却益(譲渡所得)に対して、所得税・復興特別所得税(15.315%)と住民税(5%)を合わせて約20.315%の税率が適用されます。
売り手が法人の場合は、売却益は他の利益と合算され、法人税等の課税対象となります。
買い手側には、原則として税金の負担はありません。
事業譲渡の場合
売り手側では事業の売却益に法人税等が課されます。
一方、買い手側には、譲渡対象となる資産のうち、建物や機械設備、営業権などの課税資産に対して消費税が課されます(土地は非課税)。
不動産が含まれる場合は不動産取得税や登録免許税も発生するため、買い手側の税負担が重くなる傾向があります。
M&Aの相場に関するよくある質問
最後に、M&Aの価格相場に関してよく寄せられる質問にお答えします。
休眠会社の売買相場はどれくらい?
事業活動を停止している休眠会社の価値は、基本的に「法人格」そのものにあります。
過去の繰越欠損金による節税効果や、建設業許可などの許認可を引き継げる場合に価値が付きます。
一般的な相場は数十万円から数百万円程度ですが、希少価値の高い許認可を持つ場合は、それ以上の価格で取引されることもあります。
M&Aの仲介手数料の相場は?
前述の通り、多くの仲介会社が「レーマン方式」を採用しています。
例えば、取引価格が8億円の場合、以下のように計算されます。
- 5億円 × 5% = 2,500万円
- (8億円 - 5億円) × 4% = 1,200万円
- 合計:2,500万円 + 1,200万円 = 3,700万円
※成功報酬以外に着手金や月額報酬が必要な場合もあるため、契約前に料金体系を必ず確認しましょう。
まとめ
M&Aの価格は売り手・買い手の交渉で決まるため明確な相場はありません。
そこで適切な価格で買収するため、企業価値評価で算出した価格を基に交渉するのが一般的です。
加えて顧客や人材など買い手にとって魅力的な無形資産がある場合には、その分の価格を上乗せします。
株式価格も同様で、支配権を行使できる3分の2以上保有できる場合には、支配権に対する価値を支配権プレミアムとして支払います。
一方、中小企業株式は非上場で流動性が低く、その分「流動性ディスカウント」による値引きが行われるのが一般的です。
また最終的に買収を判断する基準として、EV/EBITDA倍率を活用するとよいでしょう。