事業会社によるクリニックのM&Aは可能?スキーム、引き継ぎ方

事業会社によるクリニックのM&Aは可能?スキーム、引き継ぎ方

医療業界では、クリニックのM&Aが増えています。医療法人同士のM&Aが大部分を占める中、営利目的の事業会社がクリニックを買収することは可能なのでしょうか?医療業界のM&Aスキームや、引き継ぎの際の注意点などを解説します。

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事業承継・M&A売却案件一覧|トランビ 【M&Aプラットフォーム】

医療業界の動向

後継者不在や人手不足に伴い、廃業を選択せざるを得ないクリニックが増えています。高齢化が進む中、医療機関の廃業や縮小が相次いでいくと、日本の医療は弱体化の一途をたどるでしょう。

包括的サービスの提供、効率化が求められる

日本は高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口割合)が2019年時点で28.4%であり、高齢化率21%以上の社会を指す「超高齢化社会」に突入しています。今後、高齢化がより深刻化することから、医療・介護・住まいなどの生活支援を地域が包括的に行う、『地域包括ケアシステム』の構築が急がれています。

新型コロナウイルスの感染拡大が起こった2020年以降は、多くの自治体で医療がひっぱくし、医療経営を効率化する重要性が改めて明らかになりました。こうした現状を受け、近年は医療・介護業界でのM&Aが増加しつつあります。

M&Aのプラットフォーム『TRANBI(トランビ)』では、医療法人がサービス付き高齢者住宅を買収した事例があります。高齢化が進めば、訪問医療の重要性が高まることが予想されます。医療と介護のシナジーを見込んだM&Aは、今後も増えていくでしょう。

M&Aで医療と介護の事業シナジーを発揮!「人生の最後まで看取る医療と施設を提供したい」
成功事例インタビュー
M&Aで医療と介護の事業シナジーを発揮!「人生の最後まで看取る医療と施設を提供したい」

神奈川県横浜市内で訪問診療を展開する医療法人「はまかぜ会」が、車で10分の距離にあるサービス付き高齢者住宅を買収したのは2020年10月のこと。「他で探していたが全く見つからなかった。これだけ条件がいい案件にめぐり逢えたのは運がよかったとしか言いようがない」と、初めてのM&Aに充実感をにじませる代表の宮﨑真吾さん。訪問診療を志した思いから、M&Aで成し遂げたい今後のビジョンまで、医師としても第一線で働く宮﨑さんにお話をたっぷりと伺ってきました。

人材不足や高齢化の深刻さが顕著

医療業界でのM&Aが増加しているもう一つの理由として、クリニックの後継者不足が挙げられます。

日本では、院長の平均年齢は60歳を超えているといわれ、経営者の高齢化と後継者不在で経営の見通しが立たないクリニックが増えているのが現状です。同時に、医療従事者の不足も深刻化しており、地域医療の存続が危ぶまれるエリアもあるほどです。

後継者不在や人手不足に関する課題は、M&Aによって解決できるケースがあります。医療法人同士がM&Aを行えば、後継者問題の解決だけなく、グループ間で医療従事者や技術、設備などの共有が可能です。経営の効率化や事業拡大にもつながるでしょう。

医療業界のM&Aスキーム

医療業界のM&Aスキームは、クリニックの形態が法人か否かによって異なるでしょう。さらに医療法人の場合、出資持分の有無によって選択できるスキームにも相違点があります。

個人医院の場合

『個人医院』とは、医療法人の設立登記をしていない個人が経営するクリニックを指します。法人の譲渡ができないため、M&Aのスキームは事業のみを売却する『事業譲渡』が基本です。

事業譲渡とは、事業の一部または全てを第三者に譲り渡すことです。個人医院の事業は院長個人に帰属するため、現院長が『廃業届』を提出した後に、新院長が『開業届』を提出する流れとなります。

譲渡するものに関しては、『事業譲渡契約書』にて個別に取捨選択が可能です。医療機器や機材がリースの場合、新院長はリース業者と新たに契約を結び直さなければなりません。

医療法人の場合

医療法人は、出資持分の有無から『出資持分ありの医療法人』と『出資持分なしの医療法人』に区別されます。出資持分とは、一言でいえば『医療法人の財産権』です。株式会社における株式のようなものと考えましょう。

出資持分ありの医療法人の場合、社員(医療法人における株主)が保有する出資持分を第三者に譲渡する形となります。

ただし株式と違って、出資持分を譲渡しただけでは経営権は移行できません。医療法人の意思決定機関である『社員総会』で議決権の過半数を得た上で、社員の入替を行います。

出資持分には『出資の払戻請求権』があるため、社員に出資割合に応じた払戻を行う流れです。

出資持分なしの医療法人においても、社員総会で承認を得る必要があります。出資持分のない医療法人は払戻が受けられないため、買い手が医療法人の社員に対して、役員退職金や顧問料という形で金銭を支払います。

これらのM&Aは『法人格の譲渡』です。資産はもちろん、借入金やリースの残債といった負債も引き継がれる点に注意しましょう。

事業譲渡を用いるケースも

医療法人でも事業譲渡が用いられるケースもあります。法人格の譲渡は、資産や負債を包括的に引き継ぐ『包括承継』ですが、事業譲渡は当事者間で合意があったものだけを引き継ぐ『特定承継』です。

デュー・デリジェンス(買収調査)の結果、法人が多額の債務を抱えていたことが発覚したとします。M&Aの中止も可能ですが、事業譲渡に変更することで、買い手は債務の返済義務を背負わずに済むのです。

事業譲渡のスキームについては、以下のコラムでも詳しく解説しています。

事業譲渡とは何か?売り手側のメリット・デメリットや注意点を紹介
用語説明
事業譲渡とは何か?売り手側のメリット・デメリットや注意点を紹介

会社の事業を売却するときに利用する『事業譲渡』とは、何なのでしょうか。行う目的や意味を解説します。会社の譲渡と何が異なるのか、事業譲渡特有のメリット・デメリットも知っておきましょう。事業譲渡の流れや、実際の事例も紹介します。

クリニックの買い手とメリット

個人経営のクリニックを除く医療法人は『非営利団体』です。営利目的の事業会社が、非営利目的のクリニックを買収することはできるのでしょうか?

医療法人によるM&Aが基本

医療業界においては、以下のようなメリットを見込んで『医療法人』がクリニックを買収するケースが多いようです。

  • 事業規模の拡大
  • 病床過剰地域での病床の確保
  • 優秀な医療従事者の獲得
  • 医療施設開設に伴う許認可手続きの省略

病床数は医療圏ごとに基準があり、既存病床数が基準病床数を超える地域(病床過剰地域)では、既存病院の増床や新規病院の開設が認められない場合があります。M&Aで既存病院を買収すれば、病院過剰地域においても病床の確保が可能です。

事業会社は買い手にはなれないのか

クリニックは、『医療法人』と『個人医院』に大別されます。医療法人には非営利性や公共性が強く求められており、営利目的の事業会社が医療法人を経営することは認められていないのが実情です。

具体的には、事業会社は医療法人の社員になることはできず、経営にも直接的に関与はできません。

『医療法人の社員』とは単なる従業員ではなく、株式会社でいう『株主』です。医療法人の意思決定機関である社員総会において、出資の有無にかかわらず社員は1人1議決権を有します。

事業会社による出資や持分の買取は禁じられていませんが、医療機関の非営利性を徹底するため、2007年の医療法改正では出資持分ありの医療法人は新たに設立できない流れとなりました。

医療法人の理事長は、原則的に医師か歯科医師でなければならないという規定もあります。

クリニックの業務に携わるには

事業会社による医療法人の買収は事実上困難ではあるものの、間接的に経営や業務に関わることは可能です。

事業会社は医療法人の社員にはなれませんが、事業会社が選任した人を社員として送り込めば、間接的に経営に関与できるでしょう。

また、経理や医療事務、医療機器の販売などを行う事業会社『MS法人(メディカル・サービス法人)』を活用する手もあります。

医療法人は営利目的の事業ができないため、医療部門以外の事業を行うMS法人を併設し、出資者の投資回収をするのが一般的です。買い手がMS法人の経営権を取得して経営に関わるという方法もあるでしょう。

クリニックを引き継ぐまでの流れ

クリニックのM&Aの大まかな流れは、ほかの業界のM&Aと大きくは変わりません。M&A候補の探し方・M&Aの流れ・取引価格の決まり方を見ていきましょう。

売却を考えるクリニックの探し方

売却を希望しているクリニックは以下のような方法で探せます。

  • 事業承継を支援する地元の金融機関
  • 事業承継・引継ぎ支援センター
  • M&Aの仲介会社
  • M&Aのマッチングサイト

M&Aのマッチングサイトは、M&Aの仲介会社を介さずに、売り手と買い手が直接やり取りをするプラットフォームです。

『TRANBI』には、歯科や内科をはじめとするさまざまなクリニックのM&A案件が掲載されています。案件の中には、取引価格が1,000万円以下の個人医院もあり、交渉によってはさらに価格が下がる可能性があるでしょう。

病院・クリニックの事業承継・M&A売却案件一覧|トランビ 【M&Aプラットフォーム】

M&Aの流れ

クリニックのM&Aは以下のような流れで進みます。各プロセスにおける手続きの内容は異なりますが、基本的な流れはどの業界でも同じです。

  • M&Aの戦略の策定
  • アドバイザリー契約の締結
  • M&Aの候補探し・マッチング
  • 条件交渉と基本合意書の締結
  • デュー・デリジェンスの実施
  • 最終契約書の締結
  • クロージング

個人医院では『事業譲渡』のスキームが採用されます。許認可や従業員の雇用、リースしている医療機器などに関しては、個別に契約や手続きをし直す必要があります。包括承継と比べて引き継ぎに時間がかかるため、余裕を持ってスケジュールを組みましょう。

M&Aの具体的な手順や期間については、以下のコラムでも紹介しています。

M&Aはどのような流れで進むのか。期間、費用、必要となる書類
手法
M&Aはどのような流れで進むのか。期間、費用、必要となる書類

M&Aは一定のプロセスに基づいて実行されます。初めて会社を買収する人は、M&Aのフローやかかる期間、取り交わされる契約書の種類を把握しておきましょう。マッチングサイトで売り手を効率よく見つけるコツや、デュー・デリジェンスの重要性も解説します。

医療法人の場合

医療法人同士のM&Aは、買い手、売り手共にそれぞれの社員総会で社員の賛同を得る必要があります。医療法人の社員は出資持分にかかわらず、1人1議決権を有します。

1人の社員が100%出資をしていても議決権は1票のみのため、ほかの社員の賛同を得なければM&Aは実現しません。以下は、医療法第46条の抜粋です。

第四十六条の三の三 社員は、各一個の議決権を有する。
2 社員総会は、定款に別段の定めがある場合を除き、総社員の過半数の出席がなければ、その議事を開き、決議をすることができない。

中小・零細医療法人においては、社員の名簿が整理されていないケースが見受けられます。まずは誰が社員かをはっきりさせる必要があるでしょう。

参考:医療法46条| e-Gov法令検索

クリニックの譲渡対価の相場

クリニックの取引価格は病床数で決まると思っている人も多いようですが、一般的なM&Aと同じように企業価値評価(バリュエーション)を行い、算定結果を基に交渉を行うのが基本です。

企業価値評価の方法は大きく『コスト・アプローチ』『マーケット・アプローチ』『インカム・アプローチ』に区別されます。

クリニックのM&Aでは、コスト・アプローチの一種である『時価純資産額』に『のれん(営業権)』を加えて算定するのが一般的です。

時価純資産法は、貸借対照表の純資産の時価総額から負債の時価総額を差し引いたものを企業価値とする方法です。のれんとは、ブランドや知名度、技術力といった目に見えない無形資産を指します。

なお、クリニックの相場価格というものは存在せず、最終的には売り手と買い手の交渉によって価格が決定されます。

クリニック引き継ぎのポイント

クリニックのM&Aでは、引き継ぎをする際に注意しなければならない点がいくつかあります。開設の手続きや許認可の手続きに漏れがあると、診療のスタートまでに時間がかかってしまうでしょう。

行政への申請の確認、事前相談

クリニックを引き継ぐに当たり、行政へのさまざまな申請が必要です。個人医院の場合、現院長が保健所に診療所廃止届、エックス線装置等の廃止届を提出した後、新院長が診療所開業届、エックス線装置等の設置届を提出する流れです。

医療法人の場合は、登記事項変更完了届や役員変更届、保険医療機関届出事項変更届などを諸官庁に提出しなければなりません。申請に漏れがあると、いざというときに診療ができなくなってしまいます。

クリニックのM&Aに詳しい専門家に早めに相談し、段取りよく手続きを進めましょう。

設備の状態や診療方針の把握

親子間であれば承継は比較的スムーズにいきますが、内部事情を知らない第三者の場合、M&A成立後に『医療設備の劣化が激しかった』『診療方針が大きく異なっていた』などの事態を招きかねません。

第三者がM&Aを実施する際は、設備の状態や診療方針の把握を十分に行うことが重要です。特に、特殊な処置を行っているクリニックの場合、院長が代わった途端に患者が途絶える可能性があります。

また、開業形態は『不動産所有』と『テナント賃貸』に分かれます。不動産の買取の可否やテナント賃貸料の詳細も確認しておく必要があるでしょう。

まとめ

ひと昔前までは、『M&A=会社の乗っ取り』のイメージがありましたが、近年は中小企業、個人事業主や医療業界でもM&Aが行われるようになりました。

医療業界のM&Aはクリニックの形態によって選択できるスキームが変わります。個人経営のクリニックを買収する場合は、各種許認可が引き継がれない点にも注意が必要です。

通常のM&Aと異なる点も多いため、M&Aの専門家にサポートを求める際は、クリニックの実績があるかどうかを確認しましょう。