クリニックの事業承継の方法とは?費用相場・補助金・流れを徹底解説
クリニックの事業承継の方法(親族内・従業員承継・M&A)を比較し、譲渡対価の費用相場や必要資金、活用できる補助金・融資、手続きの流れと成功ポイントまで網羅的に解説します。
- 08 クリニックの事業承継の事前準備
- 譲渡対価の妥当性確認
- デューデリジェンスの実施
- 既存スタッフとの協議と継続雇用の確認
- 患者への丁寧な説明と信頼構築
- 医療機器・設備の状態確認と更新計画
- 行政手続きの準備
- 09 クリニックの事業承継の流れと手続きステップ
- STEP1:承継の検討と方針決定
- STEP2:譲渡対価の算定と基本合意
- STEP3:デューデリジェンスの実施
- STEP4:最終契約の締結
- STEP5:行政手続きとクロージング
- STEP6:開院後の経営統合と安定化
- 11 クリニックの事業承継の成功ポイント
- 親族・従業員・買い手候補との事前協議の十分性
- 中立的な専門家の活用と情報収集
- 患者・スタッフへの透明性の高い情報開示
- 既存経営基盤の継続と段階的な改善
- 税務・法務面での事前対策
- 金融機関との早期相談と資金手当て
長年、地域医療の要として尽力されてきた先生方にとって、クリニックの将来をどうするかは非常に切実な問題ではないでしょうか。
愛着あるクリニックを閉院させるのは忍びないものの、後継者が見つからず、事業の引き際に頭を悩ませている経営者様も少なくありません。
クリニックの事業承継は、単に経営権を譲るだけでなく、地域医療を守り、先生ご自身の引退後の生活を豊かにするための有効な選択肢です。新規開業と比較すると、事業承継では初期費用を抑えられる傾向があり、買い手にとっても検討しやすい選択肢となっています。
本記事では、親族内承継やM&Aといった具体的な手法から、譲渡対価の相場、活用すべき補助金制度、そしてトラブルを防ぐための詳細な手続きまでを網羅的に解説します。この記事を読み進めていただくことで、承継に向けた不安を解消し、クリニックの発展的な未来と、先生ご自身の安心できるセカンドライフを描くための道筋が見えてくるはずです。
ぜひ最後までお読みいただき、円滑な事業承継を実現するための第一歩としてお役立てください。
クリニックの事業承継とは?
クリニックの事業承継とは、建物や医療機器といった「目に見える資産」だけでなく、長年地域で培ってきた患者さんとの信頼関係や経営ノウハウといった「目に見えない資産」までを含めて、次世代のリーダーへバトンタッチするプロセスのことです。
承継する側にとっても、ゼロからすべてを作り上げる「新規開業」とは異なり、既存の経営資源をそのまま活用できるため、開業コストや労力を大幅に抑えつつ、スムーズなスタートを切れる点が特徴です。
クリニックを事業承継する方法
クリニックを次の世代へ引き継ぐ方法には、大きく分けて「親族内承継」「M&Aによる承継」「従業員承継」の3つのパターンがあります。それぞれの方法にはメリットとデメリットがあり、現在の経営状況や後継者の有無によって最適な選択肢は異なります。
ここでは、これら3つの承継方法について、具体的な特徴や進め方を詳しく解説していきます。ご自身のクリニックにとって、どの方法が最も適しているかを検討する際の判断材料にしてください。
親族内承継
親族内承継は、子どもや親族にクリニックを引き継ぐ方法であり、心理的な受け入れやすさがある承継方法です。
経営理念や診療方針が自然と共有されやすく、長年通ってくれている患者さんとの関係も維持しやすいという大きな利点があります。
また、親族に対しては早期から計画的に経営教育を行うことが可能であるため、承継後の運営に関する混乱を未然に防ぐことができます。相続や贈与に関する税制上の特例を活用できる場合もあり、条件次第では税負担を軽減できる可能性があります。
M&Aによる承継
M&Aによる承継は、親族に後継者がいない場合でも、外部の医療法人や意欲ある医師にクリニックを引き継ぐことができる方法です。
第三者に譲渡することで、後継者不在という切実な問題を解決できるだけでなく、地域医療を途絶えさせずに存続させることが可能になります。
売り手となる院長先生にとっては、譲渡対価を得ることができるため、リタイア後のゆとりある生活資金や、新たな事業への投資資金として活用できます。また、買い手側が豊富な経営資源やノウハウを持っている大手医療法人などの場合、承継後にクリニックがさらに発展・成長することも十分に期待できます。
従業員承継
従業員承継は、長年勤務している信頼できる勤務医やスタッフにクリニックを譲渡し、経営を引き継いでもらう方法です。
院内の事情や患者さんのことを深く理解しているため、承継後の運営が非常にスムーズで、地域医療への影響を最小限に抑えられるのが特徴です。
患者さんとの信頼関係も維持されやすく、スタッフ間の摩擦も起きにくいため、組織としての安定性を保ちやすいという利点があります。ただし、従業員個人には買い取り資金が不足している場合が多いため、資金調達の支援を行ったり、公的な補助金制度を活用したりして、承継の経済的負担を軽減する工夫が必要不可欠です。
クリニックの事業承継の費用相場
事業承継を検討する際、経営者様が最も気にされるのは「自院はいくらで評価されるのか」という点ではないでしょうか。譲渡対価は、単に診療科目やエリアだけで決まるものではなく、利益水準や保有資産の価値によって大きく変動します。
ここでは、譲渡対価の相場やその算出方法、そして承継に必要な総費用の内訳について詳細に解説します。
具体的な数字を把握することは、適正な価格交渉や確実な資金計画を立てるための第一歩となります。
譲渡対価の相場と決定要因
個人クリニックの譲渡対価は、数千万円規模となるケースもありますが、立地や収益状況によって大きく異なります。
医療法人の場合は、営業利益や将来性をもとに営業権を評価し、純資産に加算して価格を決定することがあります。
価格を決定する主な要因としては、診療科目やエリアの人気度だけでなく、直近の年間利益額や、建物・医療機器の現在の価値、設備の老朽化具合などが重視されます。具体的な算出方法としては、不動産・内装・医療機器の時価純資産に営業権を加算する「時価純資産+営業権」という方式が一般的であり、これにより双方が納得できる価格が導き出されます。
診療科目別の医療機器の資産価値
診療科目によって、必要となる医療機器は異なるため、承継時の資産価値には大きな差が生じます。
内科では、比較的高額な大型設備を保有しないケースが多い傾向があります。
一方で、整形外科や脳外科など、大型の検査機器(MRIやCTなど)やリハビリ室、手術設備が必要な科目は、それぞれの費用が高額になる傾向があります。
整形外科では3,000万円、脳外科に至っては1億円を超えることも珍しくありません。
対照的に、皮膚科や眼科などは比較的コンパクトな設備で済むことが多く、皮膚科なら内装費2,000万円、医療機器1,400万円程度に収まるケースもあります。
クリニックの事業承継のメリット
承継開業には、新規開業にはない多くの経営的・経済的なメリットが存在し、これが近年の承継ニーズの高まりの背景となっています。コストの大幅な削減はもちろんのこと、すでに確立された経営基盤を引き継げることは、事業の立ち上がりスピードを劇的に早めます。
ここでは、買い手と売り手双方にとって大きな魅力となる、事業承継の5つの主要なメリットについて解説します。これらの利点を最大限に活かすことが、承継を成功させるためのカギとなります。
初期投資の大幅削減
承継開業の最大のメリットは、新規開業と比較して約4,000万円もの初期コスト削減が可能である点です。
一から土地を探して建物を建てたり、大規模な内装工事を行ったりする必要がないため、浮いた資金を他の重要な経営資源に回すことができます。
既存の建物や内装をそのまま活用できるため、工期も短縮でき、契約から開院までのリードタイムを最小限に抑えられます。また、高額になりがちな医療機器も中古でそのまま引き継ぐことができるため、新品を購入する場合に比べて費用負担が大幅に軽くなります。
既存患者基盤と診療実績の継承
承継したその日から、既存の患者さんが来院してくれるため、新規開業時のような「患者さんが来ない」という集患の苦労が少なく済みます。
初期段階から安定した患者数を確保できることは、経営の早期安定化にとって非常に大きなアドバンテージとなります。
過去の診療実績やレセプトデータ、医療機器の使用状況などの記録が残っているため、より正確で現実的な経営予測を立てることができます。長年地域で培われてきたクリニックのブランドや信用力もそのまま引き継げるため、知名度向上のための広告宣伝を一から行う必要がありません。
人材と運営ノウハウの継承
建物や機器といったハード面だけでなく、そこで働くスタッフや確立された運営システムといったソフト面も引き継げる点が強みです。
スタッフの雇用を継続することで、組織としての基盤が安定し、患者さんへのサービス品質も変わらず維持されます。
既存の診療体制や業務フローをそのまま活用できるため、運営の混乱を最小限に抑えることができ、スムーズな診療継続が可能です。前院長から直接、経営のノウハウや地域の特性、患者さんの傾向などを学ぶことで、経営リスクを低減させながら新体制をスタートできます。
税務上の優遇措置
一定の条件を満たす場合、事業承継税制により贈与税や相続税の負担を軽減できることがあります。
適切なタイミングと方法で承継を行うことで、キャッシュフローを圧迫せずに次世代へ資産を移転することが可能です。
譲渡対価の支払い方法を工夫したり、役員退職金として受け取ったりすることで、売り手側の税負担を最適化することも可能です。専門家のアドバイスを受けながら最適なスキームを組むことで、手元に残る資金を最大化できるでしょう。
クリニックの事業承継のデメリット
メリットの多い事業承継ですが、一方で無視できないリスクやデメリットも存在することを忘れてはなりません。
良い面ばかりを見て判断し、「こんなはずじゃなかった」と後悔しないためには、負の側面もしっかりと理解しておく必要があります。
ここでは、承継時に直面しがちな5つのリスクや課題について詳しく解説します。これらを事前に把握し、適切な対策を講じることが、トラブル回避への第一歩です。
既存の問題や負債の承継リスク
クリニックを引き継ぐということは、プラスの資産だけでなく、潜在的な問題や負債も引き継ぐ可能性があるということです。
過去の診療報酬請求におけるトラブルや、未払いの残業代などの権利義務関係が含まれていないか、細心の注意が必要です。
また、建物や設備が老朽化している場合、承継後に予期せぬ修繕費や設備更新費用が発生することもあります。さらに、過去の患者さんとのトラブルや訴訟リスクなど、帳簿には載らない「隠れた負債」がないかどうかも、事前の調査が欠かせません。
既存スタッフとの関係構築の課題
前院長への求心力が強いクリニックほど、経営者が変わることに対するスタッフの動揺や不安は大きくなりがちです。
新しい診療方針や経営スタイルへの抵抗感から、クリニックの運営のキーマンとなるスタッフが離職してしまうリスクがあります。
給与体系や勤務条件を変更しようとする場合、十分な説明と調整を行わないと不満が噴出し、組織崩壊につながる恐れもあります。既存スタッフとの信頼関係をゼロから構築するには、相応の時間と、忍耐強くコミュニケーションをとる姿勢が必要不可欠です。
患者流出のリスク
院長が交代することで、これまで通っていた患者さんが離れてしまう「患者離れ」が起こる可能性があります。
「前の先生の方が良かった」「診療の雰囲気が変わってしまった」という不満や、診療方針の変更に対する違和感が主な原因となります。
特に、前院長の人柄で患者さんがついていた場合、新院長が信頼を獲得するまでには一定の時間が必要です。新体制での実績が定着するまでの間、一時的に患者数が減少し、経営が不安定になる期間があることを覚悟しておく必要があります。
過度な譲渡対価の負担
売り手側の希望価格が高すぎる場合、買い手にとって過度な経済的負担となり、経営を圧迫することがあります。
一般的に営業利益の3〜5年分が営業権の相場とされていますが、それ以上の高額な買収費用が必要なケースも少なくありません。
デューデリジェンスで簿外債務などの問題が見つかった場合、価格交渉が難航し、最悪の場合は承継の話自体が白紙になることもあります。また、買収額が高額になると、金融機関からの融資審査が厳しくなり、資金調達に時間がかかる可能性も出てきます。
既存設備の急速な陳腐化
承継した医療機器が古く、現代の標準的な医療水準や、新院長の診療スタイルに合わないという問題もしばしば起こります。
医療技術は日進月歩であるため、古い設備では競争力が維持できず、結局すぐに高額な買い替えが必要になることがあります。
診療科目によっては、最新の機器がないと患者さんのニーズに応えられない場合もあり、集患に悪影響を及ぼします。承継費用に加えて、設備更新のための投資計画もセットで考えておかないと、承継後に資金不足に陥る恐れがあります。
クリニックの事業承継の補助金・支援制度
事業承継には多額の資金が必要となりますが、国や自治体が用意している支援制度を上手に活用することで、経済的な負担を軽減できる可能性があります。特にM&Aにかかる専門家への報酬や、承継後の新たな設備投資に対する補助金は、積極的に利用を検討すると良いでしょう。
ここでは、クリニックの承継において活用できる主な補助金制度や、金融機関による有利な融資制度についてご紹介します。コストを抑えつつ、安全かつ確実に承継を進めるための重要な資金調達手段として、ぜひ参考にしてください。
事業承継・M&A補助金(旧:事業承継・引継ぎ補助金)
これまでの「事業承継・引継ぎ補助金」が、令和6年度補正予算(令和7年度運用)より「事業承継・M&A補助金」へと名称変更され、支援内容も大きく拡充されました。従来のM&A支援に加え、承継前の「磨き上げ」や承継後の「経営統合(PMI)」への支援が手厚くなり、より実態に即した使いやすい制度へと進化しています。
最新の制度では、4つの枠組みで公募が行われています。
- 事業承継促進枠
承継を控えたクリニックが、企業価値を高めるための「磨き上げ」に取り組む費用を補助します。後継者へのバトンタッチ前に経営状態を良くしておくための準備費用として活用でき、円滑な承継につながる可能性があります。 - 専門家活用枠
M&A仲介会社への手数料や、デューデリジェンス(買収監査)にかかる専門家費用を補助します。売り手・買い手ともに条件を満たせば利用でき、M&Aにかかるコスト負担の軽減が期待できます。 - PMI推進枠
M&A成立後の「経営統合(PMI)」にかかる費用を専門的に支援する新しい枠組みです。電子カルテシステムの統合費用や研修費用、設備投資などが対象となる場合があり、承継後の運営安定に役立ちます。 - 廃業・再チャレンジ枠
M&Aや事業承継に伴って、既存事業を廃業する場合の費用や、再チャレンジに向けた費用を補助します。万が一M&Aが不調に終わった場合のリスクヘッジとしても機能します。
都道府県・市区町村の独自補助
国による支援だけでなく、各都道府県や市区町村が独自に設けている補助金や助成金制度も数多く存在します。
これらは地域医療の維持・確保を目的としていることが多く、その地域特有の事情に合わせた手厚い支援内容になっているのが特徴です。
直接的な補助金以外にも、事業承継に関連した融資の金利優遇制度や、利子補給制度が用意されている自治体もあります。また、経営相談やセミナーなどの無料支援も充実しているため、地元の自治体窓口や商工会議所、医師会などに相談してみると良いでしょう。
金融機関の事業承継融資
多くの金融機関では、中小企業の事業承継を支援するための特別な融資プログラムを用意しています。
特に医療機関向けには、将来的に安定した収益性が見込めることから、通常よりも有利な条件でのローンが設定されることがあります。
低金利での借り入れが可能であったり、返済期間を長期に設定できたりするなど、承継直後の不安定な資金繰りを支えるメリットがあります。中小企業庁の制度融資と民間金融機関の融資を組み合わせることで、さらにリスクを抑えた資金調達が可能になる場合もあります。
クリニックの事業承継で活用できる相続税・贈与税の納税猶予
事業承継税制は、一定の要件を満たすことで贈与税や相続税の納税を先送り(猶予)できる、事業承継時の税負担を軽減する代表的な国の制度です。
この制度を適切に活用すれば、承継時に発生する多額の税負担も、条件を満たすことで大きく軽減される可能性があり、事業承継のハードルを大きく下げることができます。
後継者が相続や贈与で取得した株式や医業資産にかかる税額が猶予されるため、後継者は手元の資金を税金ではなく、承継後の運営資金として確保しやすくなります。資金繰りが安定することで、承継後の設備投資や人材育成にも前向きに取り組めるようになり、クリニックの持続的な発展につながります。
ただし、承継後も雇用の維持など、定められた継続要件を満たし続ける必要があり、もし要件から外れてしまうと、猶予されていた税額と利子税をまとめて納めなければなりません。廃業や将来的なM&Aでの売却時には課税されるリスクもあるため、税理士などの専門家と綿密に相談しながら、慎重に計画を立てることが重要です。
クリニックの事業承継の事前準備
事業承継を円滑に進めるためには、事前準備が非常に重要です。
準備不足のまま進めると、後からトラブルが生じる可能性があります。
ここでは、承継プロセスに入る前に必ず押さえておくべき6つの準備ポイントを解説します。
譲渡対価の適正化から行政手続きまで、抜け漏れのない準備を進めていきましょう。
譲渡対価の妥当性確認
まずは、自院の価値を客観的に把握するために、時価純資産を正確に把握することから始めます。
貸借対照表を改めて見直し、不動産や医療機器が現在の市場価値でいくらになるのかを再評価します。
次に、営業権(のれん代)が適正な範囲内(一般的には営業利益の3〜5年分)であるかを確認します。専門家による企業評価(バリュエーション)を依頼し、売り手と買い手の双方が納得できる、根拠ある価格設定を行うことが重要です。
デューデリジェンスの実施
デューデリジェンス(買収監査)は、クリニックの健康状態を隅々までチェックする、いわば精密検査のようなものです。決算書や試算表を精査し、財務状況に粉飾や隠し事がないか、経営上のリスクがないかを詳細に調査します。
財務面だけでなく、契約書の内容や患者情報の管理体制、過去の医療事故の有無などの法務面の調査も非常に重要です。診療報酬の請求が適正に行われているか、過去に指導監査を受けた履歴がないかも確認し、リスクを洗い出しておきましょう。
既存スタッフとの協議と継続雇用の確認
スタッフの雇用継続は、承継後のクリニック運営を安定させるための特に重要なポイントの一つです。
承継の事実を伝えるタイミングを慎重に見極め、スタッフ全員への事前通知と、丁寧な個別面談を実施する必要があります。
新しい雇用契約書を作成し、給与や勤務条件に変更がある場合は、その内容を明確に提示して合意を得ます。承継後の組織体制や診療方針についてもしっかりと説明し、スタッフの不安を取り除いて、新しい体制への理解と協力を得られるよう努めましょう。
患者への丁寧な説明と信頼構築
患者さんにとって、主治医が変わることは大きな不安要素ですので、丁寧なコミュニケーションが求められます。
院長交代のお知らせは早めに院内に掲示し、お知らせ文書の配布やホームページでの告知を通じて、周知徹底を図ります。
新院長の経歴や人柄、今後の診療方針を詳しく紹介する資料を作成し、配布するのも効果的です。「これまで通りの診療が受けられる」という安心感を醸成し、診療の継続性をアピールすることが、患者流出を防ぐ鍵となります。
医療機器・設備の状態確認と更新計画
既存の医療機器があと何年使えるのか、耐用年数と実際の稼働状況を一台ずつ確認します。
すぐに買い替えが必要なもの、廃棄すべきもの、そのまま使えるものを分類し、必要な費用の見積もりを出しておきましょう。
診療科目や新院長の方針に合わせて、どの設備投資を優先すべきかの計画を立てます。承継費用と合わせて、向こう数年間の設備投資予算を組んでおくことで、資金繰りの悪化を防ぐことができます。
行政手続きの準備
クリニックの開設や廃止には、保健所や厚生局への様々な届け出が必要となります。
診療所開設許可申請や保険医療機関指定申請など、許認可に関わる手続きの要件や提出期限を事前に確認しておきましょう。
特に医療法人の場合、理事長の変更登記や定款変更など、法務局での複雑な手続きも発生します。書類の不備で開院が遅れることがないよう、行政書士などの専門家と連携して、余裕を持って準備を進めることをお勧めします。
クリニックの事業承継の流れと手続きステップ
承継プロセスは、検討開始から最終的な統合まで、いくつかの段階を経て着実に進んでいきます。
全体の流れを把握しておくことで、今何をすべきか、次はどうなるかが明確になり、余裕を持って対応できるようになります。
ここでは、承継手続きを6つのステップに分けて、時系列に沿って詳しく解説します。各ステップでやるべきことを理解し、ゴールへ向かって一歩ずつ進んでいきましょう。
STEP1:承継の検討と方針決定
まずは、親族内承継、従業員承継、第三者M&Aの中から、自院の状況に最も適した承継方法を選択します。
「いつまでに承継を完了したいか」という時期の目標を定め、具体的な後継者候補の特定や探索を開始します。
この段階で、後継者不在の解消や地域医療の継続など、承継を行う目的を明確にしておくことが大切です。また、現在の経営課題を洗い出し、承継によってそれらをどう解決したいかを整理しておきましょう。
STEP2:譲渡対価の算定と基本合意
専門家の支援を受けながら企業価値評価(バリュエーション)を行い、時価純資産と営業権を算出します。
算出された価値をもとに、売り手と買い手の間で譲渡対価やその他の諸条件についての交渉を行います。
大枠の条件で合意が得られたら、基本合意書(LOI)を締結し、交渉を次の段階へ進めます。この合意書を締結することで、買い手には独占交渉権が付与されたり、双方の守秘義務が再確認されたりします。
STEP3:デューデリジェンスの実施
基本合意に基づき、買い手側による詳細な調査(デューデリジェンス)が実施されます。
財務、法務、診療実績などの内部資料が開示され、クリニックの実態や潜在的なリスク要因が徹底的にチェックされます。
患者情報の管理体制や、過去に医療事故が起きていないかなど、運営上のリスクも重要な確認対象です。ここで発見された問題点については、対応方法を協議し、最終的な譲渡条件や価格に反映させます。
STEP4:最終契約の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえて最終的な条件調整を行い、クリニック承継に関する最終契約を締結します。
最終的な買取価格、成功報酬の支払い条件、職員の引き継ぎ条件などがここで確定します。
承継後の競業避止義務など、契約書の条項一つ一つを詳細に確認し、後のトラブルを防ぎます。双方が内容に納得した上で署名・捺印を行い、法的な拘束力を持つ契約が正式に成立します。
STEP5:行政手続きとクロージング
契約締結後、速やかに行政への許認可手続きを進めます。
管轄の保健所での診療所開設許可申請や、厚生局での保険医療機関指定申請など、必要な手続きを行います。
許可が下り次第、譲渡代金の支払いと所有権移転手続き(クロージング)を実行します。同時に、スタッフや患者さんへの正式な通知を行い、業務の引き継ぎを本格化させます。
STEP6:開院後の経営統合と安定化
新体制での診療が始まりますが、承継後の運営が重要な段階となります。
患者さんやスタッフとの信頼関係を築きながら、徐々に診療体制や経営システムを調整し、最適化していきます。
最初の数ヶ月間は、前院長が顧問としてサポートに入るなど、スムーズな移行期間を設けることもあります。経営が安定軌道に乗るまで、焦らず丁寧な運営を心がけることが大切です。
クリニックの事業承継にかかる期間の目安
クリニックの事業承継は、短期間で完了するものではなく、長期的に進める必要がある取り組みです。基本合意から最終契約までの交渉期間だけでも数ヶ月を要し、その後のデューデリジェンスには1〜3ヶ月程度かかります。
さらに、行政手続きだけで2〜3ヶ月かかることもあり、全体としては6ヶ月から1年程度の期間が目安となります。
余裕を持ったスケジュールを組み、各工程の進行管理をしっかりと行うことが成功への近道です。
クリニックの事業承継の成功ポイント
承継を成功させるためには、単に手続きを事務的にこなすだけでなく、関係者との丁寧な調整や環境整備が不可欠です。失敗事例の多くは、コミュニケーション不足や準備不足に起因しています。
ここでは、円満な承継を実現するために、特に重要な6つの成功ポイントを紹介します。これらを意識して取り組むことで、承継後のクリニック運営がより強固なものになるでしょう。
親族・従業員・買い手候補との事前協議の十分性
承継者の適性やこれまでの実績を詳しく検討し、本当に経営を任せられる人物かどうかを見極めることが重要です。経営方針や診療体制の継続性について、事前にしっかりと話し合い、合意形成を図っておく必要があります。
特に雇用条件や給与体系については、曖昧なままにせず、早期に明確化することでトラブルを未然に防げます。
関係者全員が納得できる着地点を見つけるために、十分な対話の時間を惜しまないでください。
中立的な専門家の活用と情報収集
当事者間だけで交渉を進めると、感情的な判断になったり、重要な視点が抜け落ちたりするリスクがあります。M&A仲介会社や中小企業診断士など、中立的な立場から助言をくれる専門家を積極的に活用しましょう。
デューデリジェンスの際には税理士や弁護士の専門的な関与を仰ぎ、客観的なリスク評価を受けることが大切です。複数の専門家の意見を参考にしながら、冷静かつ論理的な意思決定を行ってください。
患者・スタッフへの透明性の高い情報開示
隠し立てをせず、適切なタイミングで誠実な情報開示を行うことが、信頼関係の維持につながります。院長交代の事実を伝えるだけでなく、なぜ交代するのかという理由もしっかりと説明しましょう。
新院長の経歴や診療方針を十分に紹介し、患者さんやスタッフの不安を解消する努力が必要です。診療内容やサービス水準に変更がある場合は、それを明確に伝えることで、無用な混乱を避けることができます。
既存経営基盤の継続と段階的な改善
最初から全てを変えようとせず、まずは既存の経営基盤を維持することに注力すべきです。
スタッフの雇用を継続し、今の患者さんが安心して通える環境を守ることを最優先に考えましょう。
改善が必要な点があっても、優先順位をつけて、少しずつ段階的に実施していくのが賢明です。急激な変化はスタッフや患者さんの反発を招くため、現状の良い部分を活かしながら慎重に改善を進めます。
税務・法務面での事前対策
税負担を軽減するために、事業承継税制が活用できる可能性があるか、早めに検討しておきましょう。譲渡所得税や消費税がどのくらいかかるのかをシミュレーションし、手元に残る資金を把握します。
また、後のトラブルを防ぐために、適正な契約書を作成することは非常に重要です。法的なリスクを洗い出し、適切な条項を盛り込むことで、将来の紛争を予防できます。
金融機関との早期相談と資金手当て
資金調達がスムーズにいかないと、せっかく合意に至っても契約が流れてしまう可能性があります。早めの段階で金融機関に相談し、医療向けローンや事業承継融資の活用を検討しておきましょう。
譲渡対価の支払いスケジュールを調整し、無理のない返済計画を立てることが大切です。買収費用だけでなく、承継後の運転資金もしっかりと確保できるよう、余裕のある資金計画を立案してください。
クリニックの事業承継の失敗パターンとトラブル回避策
他者の失敗から学ぶことは、自身のリスクを減らすために非常に有効です。
よくあるトラブルのパターンを知り、同じ轍を踏まないよう事前に対策を講じましょう。
譲渡対価をめぐるトラブル
営業利益の変動や見込み違いにより、買い手と売り手の意見が対立するパターンです。
回避策としては、デューデリジェンスを徹底し、単年度だけでなく複数年度の経営実績を確認することが有効です。また、専門家による公正な企業評価を行い、感情値ではなく客観的な数値に基づいて価格を決めることが重要です。
スタッフの大量離職
院長交代に伴い、スタッフが信頼を失って退職してしまうパターンです。
これを防ぐには、スタッフとの事前協議を十分に行い、給与・待遇の継続確保を約束することが効果的です。新院長がスタッフとどのように接するか、その対応力を事前に検討しておくことも大切です。
患者基盤の喪失
新院長の診療方針変更に伴い、患者さんが流出してしまうパターンです。
「前の先生と同じように診てほしい」という患者心理を理解し、診療体制の継続性を強調することが対策になります。患者さんへの丁寧な説明と、スムーズな引き継ぎ準備を行うことが不可欠です。
医療法務トラブル
過去の医療事故案件や診療報酬請求の問題を引き継いでしまい、責任問題になるパターンです。
法務デューデリジェンスを確実に実施し、医療事故案件の履歴を確認しておく必要があります。契約書において、責任の所在(責任分岐点)を明確にしておくことで、トラブルを回避できます。
金融機関との融資トラブル
ローン審査が承認されなかったり、条件変更を求められたりして、資金が用意できないパターンです。
一つの銀行だけに頼らず、事前に複数の金融機関に相談しておくことがリスクヘッジになります。必要な書類を事前に整備し、資金計画を十分に検討した上で審査に臨むようにしましょう。
クリニックの事業承継に必要な専門家と支援内容
クリニック承継は専門性が高いため、独力で全てを行うのは困難かつリスクが高いです。
それぞれの分野のプロフェッショナルを適切に活用し、チームとして承継を成功させましょう。
M&A仲介会社
買い手と売り手の最適なマッチングを支援してくれます。
企業評価(バリュエーション)の提供や、交渉の調整、契約書作成のサポートなど、M&Aプロセス全体を伴走してくれます。豊富なネットワークを持っているため、希望条件に合う相手が見つかりやすいのが強みです。
中小企業診断士
経営状況の分析を行い、経営課題を抽出してくれます。
承継後の統合計画(PMI)の作成や事業計画の策定を支援し、承継後の成長戦略を描く手助けをしてくれます。補助金申請のサポートを行っている場合も多く、資金面でも頼りになります。
税理士・公認会計士
決算書や試算表の整備を行い、財務状況の正確性を担保します。
税務リスクの洗い出しや節税効果の試算を行い、最適なタックスプランニングを提案してくれます。補助対象経費の根拠資料作成など、実務面でのサポートも重要です。
弁護士
契約書の作成やチェックを行い、法的な不備がないかを確認します。
医療法務や労働法上の問題点を検討し、トラブルを未然に防ぐためのアドバイスを提供してくれます。万が一トラブルが発生した際の交渉代理人としても機能します。
医療コンサルタント
診療実績の分析を行い、将来の経営予測を立ててくれます。
医療ビジネス固有の課題を抽出し、診療体制やマネジメントの改善提案を行ってくれます。現場レベルでの具体的な改善策を提示してくれるため、承継後の運営安定化に寄与します。
M&Aマッチングプラットフォーム
近年、インターネット上で売り手と買い手を直接結びつける「M&Aマッチングプラットフォーム」の利用が増加しています。
仲介会社を介さずに相手を探せるため、手数料を大幅に抑えられる点が最大のメリットであり、手軽に後継者探しを始められます。
中でも「TRANBI(トランビ)」は、国内最大級のユーザー数を誇るプラットフォームであり、クリニックの承継案件も数多く成約しています。実名を公開せずに案件を掲載でき、全国の医師や医療法人から直接オファーを受け取ることができるため、思いがけない良縁に巡り合える可能性が広がります。
クリニックの事業承継に関するよくある質問
承継を進めるにあたっては、様々な疑問や不安が出てくるものです。
ここでは、多くの経営者が抱く代表的な6つの質問に対し、わかりやすく回答します。
親族がいない場合は誰に承継できる?
従業員への承継や、第三者へのM&Aが主な選択肢となります。M&A仲介会社を通じて広く買い手候補を探すことで、意欲ある医師や医療法人と出会える可能性があります。また、医療法人化することで、個人ではなく組織として経営を継続させる方法もあります。
譲渡対価の支払い方法にはどのような選択肢がある?
基本的には一括払いが多いですが、金額が大きい場合は分割払いを選択することもあります。例えば、営業利益の1〜3年分を目安に、数年に分けて支払う方法があります。また、承継後の業績に応じて支払額が変動する「営業利益連動型の後払い条件」を設定する場合もあります。
承継後の給与・待遇はどのように決まる?
前院長の給与水準と、新院長の適正給与を比較しながら決定します。新院長の責任やこれまでの経営実績に基づいた給与体系を設計することが一般的です。スタッフの給与については、既存スタッフ間の給与公平性を確保しつつ、不満が出ないよう調整する必要があります。
承継に失敗した場合のリスクは?
最も大きなリスクは、患者さんが流出し、経営が悪化してしまうことです。また、スタッフとの関係が悪化して大量離職を招き、診療が続けられなくなるケースもあります。その他、譲渡対価の返還請求トラブルなど、金銭的な紛争に発展する恐れもあります。
リニューアルや医療機器の大規模更新は必要か?
必ずしもすぐに必要というわけではありません。既存施設の状態と診療継続性を判断し、まずはそのまま活用することも重要です。必要な機器投資と優先順位を決定し、経営状況を見ながら段階的な改善計画を立てるのが安全です。
承継までのスケジュール感は?
親族内承継であれば、教育期間も含めて1〜2年程度の事前準備期間を見ておくのが理想です。第三者M&Aの場合は、相手探しからクロージングまで、スムーズにいって6ヶ月〜1年程度が目安となります。行政手続きにはどうしても2〜3ヶ月程度かかるため、余裕を持ったスケジュール管理が必要です。
まとめ
本記事では、クリニックの事業承継について、基礎知識から具体的な手続き、成功のポイントまでを解説してきました。クリニック承継は、経営者様にとって人生の集大成とも言える大きな決断です。
親族内承継、M&A、従業員承継のいずれを選ぶにしても、早めの準備と専門家の活用が成功の鍵を握っています。特に、譲渡対価の適正な評価や、スタッフ・患者さんへの丁寧な対応は、円満な承継を実現するために欠かせません。
この記事で得た知識を活かし、信頼できるパートナーと共に一歩ずつ準備を進めていただければ幸いです。