事業承継で株式譲渡を選ぶ理由は?メリット・手続き・税金を徹底解説
事業承継で株式譲渡を選ぶ理由を、生前贈与・相続・売買の違いから整理。メリット・デメリット、手続きの流れ、株価評価やみなし贈与の注意点、税金と事業承継税制の活用まで分かりやすく解説。
- 06 株式譲渡による事業承継を成功させるポイント
- ①企業価値を正確に把握して適正価格を決める
- ②従業員と取引先の不安を最小限に抑える
- ③税負担を踏まえた最適な承継スキームを選ぶ
- ④専門家の助言を活用してリスクを減らす
- ⑤買い手と早期に信頼関係を構築する
- 07 株式譲渡による事業承継の手順・実施フロー
- STEP1:承継スキームと譲渡方法の決定
- STEP2:企業評価(バリュエーション)の実施
- STEP3:買い手候補の選定・交渉
- STEP4:株式譲渡契約の締結
- STEP5:株式譲渡の決済と登記変更
- STEP6:経営統合(PMI)と従業員対応
- 11 事業承継における株式譲渡の成功事例
- 事例1:余命2か月の工場が「廃墟スタジオ」へ再生~専門家の「反対」を覆した、経営者の直感とTRANBIの出会い~
- 事例2:後継者不足の電気工事会社、空白の半年を超えて~突然の交渉中断からの大逆転。地域密着企業の技術を次代へ~
- 事例3:16年育てた英会話スクールの未来を拓く~「廃業」ではなく「発展」を選ぶ。想いをつなぐ株式譲渡~
「事業承継の時期が近づいているが、自社株をどのように引き継ぐのがベストなのか分からない」と悩む経営者は少なくありません。後継者へのバトンタッチにおいて、最も一般的かつ重要な手法が「株式譲渡」ですが、一口に株式譲渡といっても、贈与・相続・売買など方法は多岐にわたり、税務リスクも複雑です。
本記事では、事業承継で広く活用されている株式譲渡について、3つの具体的な方法ごとにメリット・デメリットや税金の考え方を分かりやすく解説します。
この記事を読むことで、自社の状況に最適な承継スキームと、資金調達や節税に向けた具体的なアクションプランが明確になるでしょう。
会社の未来と従業員の生活を守るために、まずは正しい知識を身につけ、円滑な事業承継への第一歩を踏み出してください。
事業承継における株式譲渡とは
事業承継とは、現経営者から後継者へと経営権および事業資産を引き継ぐプロセス全体を指します。
その中で「株式譲渡」は、事業承継を実現する主要なスキームの一つであり、中小企業のM&Aで最も一般的な手法の一つです。
株式譲渡の本質は、売り手(現経営者)が保有する株式を、買い手(後継者や買い手企業)に譲り渡すことで、会社の所有権そのものである経営権を移転させる行為にあります。事業承継の文脈では、株式の売買だけでなく、生前贈与や相続による承継も含めて、広い意味で株式譲渡と呼ばれる場合があります。
事業承継における株式譲渡の3つの方法
株式譲渡による事業承継には、大きく分けて「生前贈与」「相続」「売買」という3つのアプローチが存在します。
方法ごとにコストや手続き、承継のタイミングが異なるため、自社の株価や後継者の状況に応じて最適な方法を選択することが重要です。
①生前贈与による株式譲渡
現経営者が存命のうちに、後継者に対して無償で自社株式を譲り渡す方法です。
経営者の意志に基づき、任意のタイミングで株式を移転できるため、後継者の育成状況に合わせて計画的に承継を進められるのが最大の特徴です。
ただし、無償での譲渡となるため、株式を受け取った後継者には「贈与税」が課税されます。自社株の評価額が高い場合、多額の納税資金が必要となる点が主な課題です。
そのため、税負担を抑えるには、事業承継税制などの特例措置が利用できるかどうかを事前に確認しておく必要があります。
②相続による株式譲渡
現経営者が亡くなった際に、その保有株式を相続人が自動的に引き継ぐ方法です。
遺言書などがない場合、民法に基づき法定相続分に応じて遺産分割が行われることになります。
この場合、株式に対して相続税が課されますが、複数の相続人がいる場合には遺産分割協議が必要となり、株式が分散してしまうリスクがあります。経営に関与しない親族が株式を持つことで意思決定が滞るおそれがあるため、遺言書の作成や種類株式の活用など、生前の対策が極めて重要です。
③売買による株式譲渡
後継者または買い手企業が、現経営者から株式を有償で買い取り、経営権を取得する方法です。
親族外承継やM&A(第三者承継)で一般的に用いられる手法であり、現経営者は株式の対価として現金(創業者利益)を得ることができます。
個人が株式を売却した場合、原則として譲渡益には分離課税が適用され、税率は20.315%です。
一方で、買い手となる後継者には株式購入のための多額の資金調達が必要となるため、金融機関からの融資やファンドの活用などが課題となります。
株式譲渡による事業承継のメリット
事業承継の手法として株式譲渡が選ばれる理由は、売り手にとっては「手取り額の最大化」や「相手探しの容易さ」、買い手にとっては「手続きの負担軽減」や「スムーズな経営移行」という、双方に明確なメリットがあるためです。
ここでは、それぞれの視点から具体的な利点を解説します。
買い手側(後継者・買い手企業)
買い手にとって最大の魅力は、許認可や契約関係をそのまま引き継げるため、事業停止のリスクなくスムーズに経営を開始できる点です。予算に合わせて柔軟に株式取得を進められる点も大きな利点です。
【手続きの簡潔性】
株式譲渡は、会社の所有者を変更する形で承継できるため、他の方法と比べて手続きが比較的シンプルです。
株式譲渡契約を締結し、株主名簿を書き換えることで、会社の資産・負債・契約関係のすべてを包括的に承継できます。
事業譲渡のように、個々の資産の移転手続きや、従業員との再雇用契約、取引先との契約巻き直しといった煩雑な実務が発生しません。そのため、事業を止めることなくスムーズに経営権を移行でき、経営への影響を最小限に抑えることが可能です。
【経営権掌握の柔軟性】
経営権を掌握するためには、必ずしも発行済株式の100%を取得する必要はありません。会社法上、議決権の過半数(50.1%以上)を保有すれば取締役の選任や解任が可能となり、実質的な経営権を握ることができます。
さらに、3分の2以上を保有すれば、定款変更や合併などの重要事項を決議する「特別決議」を通すことが可能です。このように、段階的に株式を取得して権限を移行するなど、資金力や状況に応じた柔軟な承継設計ができる点も魅力です。
売り手側(現経営者)
長年の経営成果を「創業者利益」として現金化でき、税制面でも退職金と組み合わせることで手取り額を最大化しやすい手法です。買い手候補が多く、希望条件でのマッチングが期待できる点も魅力です。
【税務上の優遇性】
売り手が個人の場合、株式譲渡益に対する税金は「申告分離課税」となり、所得の多寡にかかわらず税率は一律20.315%(所得税・住民税・復興特別所得税)です。
事業譲渡の場合は実効税率30%程度の法人税や、最大55%の累進税率が適用されうる役員報酬の総合課税と比較すると、手元に残る資金は大きく異なります。
特に、長年の経営で企業価値が高まっている場合や、事業規模が大きい案件ほど、この税率差によるメリットは顕著になります。創業者利益を確保し、引退後の生活資金を準備する上でも、株式譲渡は有利な選択肢と言えます。
【M&A市場での流動性】
株式譲渡は中小企業のM&Aで最も一般的な手法の一つであり、市場での実績が豊富です。
手続きが標準化されているため、買い手企業にとっても検討しやすく、マッチングの機会(買い手候補)が他の手法よりも多い傾向にあります。
多くの買い手候補にアプローチできれば、より良い条件での売却や、自社の理念に合ったパートナーを見つけられる可能性が高まります。事業承継の選択肢を広げる意味でも、株式譲渡を選択できる状態にしておくことは経営戦略上、有利に働きます。
株式譲渡による事業承継のデメリット
株式譲渡には「会社のすべてを引き継ぐ」という性質上、特有のリスクも存在します。
買い手は「見えない負債」や「資金調達」に、売り手は承継後の「従業員や取引先との関係維持」に注意が必要です。双方の視点から、事前に把握すべきデメリットと対策を整理します。
買い手側(後継者・買い手企業)
最大のリスクは、帳簿に載っていない「負の遺産」まで自動的に引き継いでしまうことです。また、株式取得には多額の現金が必要となり、資金調達のハードルが高い点も主要な課題となります。
【簿外資産・隠れ債務の包括承継】
株式譲渡では、プラスの資産だけでなく、借入金や偶発債務などのマイナスの資産もすべて自動的に引き継がれます。
特に問題となるのが、貸借対照表に記載されていない「簿外債務」や、将来発生する可能性のある訴訟リスクなどの「隠れ債務」です。
未払い残業代や土壌汚染、品質保証問題などが後から発覚すると、買い手側が損害を負う可能性があります。
そのため、事前の詳細なデューデリジェンス(買収監査)や、契約書における表明保証条項によるリスクヘッジが重要となります。
【後継者の資金調達負担】
株式を「売買」で譲渡する場合、後継者や買い手企業には株式取得のためのまとまった資金が必要です。
特に優良企業であればあるほど株価は高額になり、数千万円から数億円規模の資金が必要になることもあります。
後継者が個人の場合、これだけの資金を自己資金だけで用意するのは困難であり、銀行融資などを利用することになりますが、個人保証を求められるケースも一般的です。資金調達の目処が立たず、親族内承継を断念せざるを得ないケースも多いため、早めの資金計画が求められます。
売り手側(現経営者)
経営者の交代により、従業員の離職や取引先との関係悪化を招くリスクがあります。
また、株式譲渡後は経営への関与ができなくなるため、会社の将来に対するコントロールを失う点も懸念材料です。
【従業員への不安や離職リスク】
経営者が変わることは、従業員にとって大きな不安要素となり得ます。
「給与が下がるのではないか」「リストラされるのではないか」といった懸念から、組織の動揺を招くことがあります。特に、カリスマ性のある創業者が抜けた後、優秀な人材が連鎖的に退職してしまうケースも珍しくありません。
これらは買い手のリスクであると同時に、手塩にかけて育てた会社や社員を守りたい売り手にとっても重大な懸念事項です。承継後のビジョンを丁寧に説明し、従業員との信頼関係を再構築するプロセスを怠ると、事業の継続性そのものが危うくなる可能性があります。
【取引先との関係変化】
中小企業の場合、取引の多くが現経営者個人の信用や人間関係の上に成り立っていることが少なくありません。
会社としては継続していても、「社長が変わるなら取引条件を見直したい」「契約を終了したい」と取引先から申し出られるリスクがあります。
特に、先代社長の人脈に依存していた仕入先や得意先との関係維持は、後継者にとって大きな課題となります。承継前から後継者を取引先に紹介し、関係性の引き継ぎを時間をかけて行う配慮が必要です。
株式譲渡・承継に伴う税金と税務上の優遇制度
自社株の移動(譲渡・相続・贈与)において最も注意すべきなのが税金の問題です。
単に売却益への課税だけでなく、自社株評価額の高騰による予期せぬ相続税負担や、親族間売買における「みなし贈与」のリスクなど、落とし穴は多岐にわたります。
国が用意している優遇制度を賢く活用し、キャッシュフローを守るための税制の全体像を解説します。
1.株式譲渡(売却)における税制
売却益に対して約20%の税率が適用
個人が第三者(M&Aなど)へ株式を売却して利益を得た場合、譲渡所得として分離課税の対象となります。税率は所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%の合計20.315%です。
この税率は、給与所得などがどれだけ高くても一定(累進課税ではない)であるため、高額な売却益が見込まれる場合は非常に有利です。M&Aによる第三者承継で創業者利益を最大化したい場合、この税制メリットは大きなインセンティブとなります。
【注意】親族間売買における「低額譲渡」のリスク
親族などの特定の人へ、時価よりも著しく低い価格で株式を譲渡した場合、「時価と譲渡価格の差額」に対して、買い手側に贈与税が課税される可能性があります(みなし贈与)。
「家族だから安く譲りたい」という安易な価格設定は、後述する高い税率の贈与税を招く恐れがあるため、株価算定は慎重に行う必要があります。
2.相続における税制
最大55%の累進課税と株式評価
経営者の死亡により株式を後継者が引き継ぐ場合、それは「相続財産」となります。
非上場株式の評価は、会社の資産や利益水準によって算出されますが(類似業種比準方式・純資産価額方式など)、優良企業であればあるほど株価は高騰します。
相続税は累進課税であり、他の資産と合算して基礎控除を超えた部分に対し、10%から最大55%の税率が課されます。自社株の評価額が高すぎると、後継者が納税資金を用意できず、会社存続の危機に陥るケースも少なくありません。
相続税納付猶予・免除制度(事業承継税制)
この高額な税負担を回避するために活用したいのが「事業承継税制」です。
一定の要件を満たし、都道府県知事の認定を受けることで、後継者が取得した株式にかかる相続税の納税が猶予または免除されます。
これは後継者の資金負担を劇的に軽減する強力な制度ですが、適用要件が複雑であり、長期間の継続要件(5年間の代表就任など)もあります。制度利用後の取り消しリスクも考慮し、専門家の指導のもとで慎重に計画を進める必要があります。
3.贈与における税制
暦年課税と相続時精算課税制度
生前に株式を譲る「贈与」の場合、原則として暦年課税(年間110万円の基礎控除)が適用されますが、これを超えると最大55%の贈与税がかかります。贈与税は相続税よりも税率カーブが急であるため、一度に大量の株式を移転するには不向きです。
しかし、「相続時精算課税制度」を活用すれば、贈与時は2,500万円まで非課税となり、超過分を一律20%で納税し、相続時に精算(贈与時の時価で計算)することができます。今後の業績向上により株価上昇が見込まれる場合、現在の低い株価で税額評価を固定できるため、有効な節税策となります。
参考:一般社団法人全国銀行協会 「相続時精算課税制度」っていったいどんな制度?
贈与税の納税猶予(事業承継税制の特例)
生前贈与においても、前述の事業承継税制を適用することが可能です。これにより、贈与税の全額が納税猶予の対象となります。
株価が高い時期であっても、目先の税負担を気にせずに早期の経営権委譲が可能となり、親族内承継を円滑に進めるための切り札となります。
株式譲渡による事業承継を成功させるポイント
株式譲渡を単なる「手続き」として捉えるのではなく、企業の未来を左右する経営戦略として取り組む姿勢が必要です。適正な価格設定から関係者への配慮まで、成功率を高めるために押さえておくべき5つの重要ポイントを解説します。
①企業価値を正確に把握して適正価格を決める
売却価格の妥当性は、交渉の成否を分ける最も重要な要素です。
財務諸表(貸借対照表・損益計算書)を分析し、純資産法や類似会社比準法などを用いて客観的な企業価値を算出する必要があります。
また、現在の資産価値だけでなく、将来の収益力(キャッシュフロー)を加味したDCF法などを用いることで、より実態に即した評価が可能になります。評価額が高すぎると買い手が見つかりにくくなり、低すぎると売り手の不利益になります。そのため、客観的で説得力のある企業価値評価が重要です。
②従業員と取引先の不安を最小限に抑える
M&Aや事業承継の噂が先行すると、従業員や取引先に不要な動揺を与えてしまいます。
承継の目的が「企業の存続と発展」であることを明確にし、雇用や取引条件が継続される方針を分かりやすく伝えることが大切です。
特にキーマンとなる従業員や主要取引先には、適切なタイミングで個別に説明を行い、誠意を見せることで信頼をつなぎ止められます。情報は「隠す」のではなく、適切な時期に「正しく開示する」という姿勢が、承継後の組織運営をスムーズにします。
③税負担を踏まえた最適な承継スキームを選ぶ
「誰に」「いつ」「どのように」譲渡するかによって、税負担は数千万円単位で変わることがあります。
株式譲渡でいくら手元に残るのか、譲渡所得税の計算をシミュレーションし、手取り額を最大化するスキームを検討しましょう。
また、事業承継税制の適用可否や、退職金を活用した節税スキームなど、複数の選択肢を比較検討することが重要です。単に税金が安いだけでなく、後継者の資金繰りや経営の自由度も含めた総合的な判断が求められます。
④専門家の助言を活用してリスクを減らす
事業承継は、法務・税務・財務・経営戦略と多岐にわたる専門知識を要するため、経営者一人で進めるのはリスクが高すぎます。税理士には税務リスクと株価評価を、弁護士には契約内容のリーガルチェックを依頼するなど、専門家のサポートは必須です。
また、M&A専門のアドバイザーを活用することで、交渉を有利に進めるための戦略立案や、相手方との調整を任せることができます。コストはかかりますが、将来のトラブルを未然に防ぐための必要な投資と捉えるべきです。
⑤買い手と早期に信頼関係を構築する
特に第三者への譲渡(M&A)の場合、買い手企業との信頼関係が交渉のスピードと質を決定づけます。
自社の経営方針や事業の強みだけでなく、課題やリスク情報(ネガティブ情報)も含めて率直に共有する姿勢が信頼を生みます。
承継後の経営体制や従業員の処遇について、早い段階から認識をすり合わせておくことで、統合後の摩擦(PMIの失敗)を防げます。互いがWin-Winとなるゴールを目指し、協力体制を築く意識で交渉に臨みましょう。
株式譲渡による事業承継の手順・実施フロー
事業承継は短期間で完了するものではなく、半年から数年かかるケースが一般的です。
あらかじめ全体像を6つのステップに分けて整理しておくことで、手続きを計画的に進めやすくなります。
STEP1:承継スキームと譲渡方法の決定
まずは「誰に(親族・従業員・第三者)」承継するかを決め、それに合わせた譲渡方法(贈与・相続・売買)を選択します。後継者が決まっていない場合はM&Aを検討し、親族内であれば贈与や相続の準備を始めます。
この段階で、後継者本人の意向を確認します。あわせて、議決権制限株式などの種類株式を使う必要があるかも検討します。初期段階での方向性決定が、その後のすべてのプロセスの指針となります。
STEP2:企業評価(バリュエーション)の実施
自社の株式がいくらになるのか、専門家に依頼して算定を行います。この評価額は、親族間売買であれば税務署への説明根拠となり、M&Aであれば売却希望価格の基礎となります。
買い手候補が現れた際に、根拠のある価格を説明できるよう、客観的な資料を整えておくことが重要です。また、この過程で自社の財務内容を見直し、不要な資産の処分など「磨き上げ」を行うこともあります。
STEP3:買い手候補の選定・交渉
社内承継や第三者承継(M&A)の場合、具体的な相手方との交渉に入ります。M&A仲介会社などを通じてノンネーム(匿名)情報を公開し、興味を持った企業と秘密保持契約を結んだ上で詳細情報を開示します。
トップ面談などを通じて、経営理念の適合性やシナジー効果を確認し、譲渡価格や従業員の処遇などの条件を詰めていきます。条件について大筋で合意できた場合は、基本合意書(MOU)を締結し、一定期間の独占交渉権を設けるのが一般的です。
STEP4:株式譲渡契約の締結
買い手によるデューデリジェンス(買収監査)を経て最終的な条件が固まったら、正式に「株式譲渡契約書(SPA)」を締結します。
ここには、譲渡する株式数、金額、決済日だけでなく、表明保証や補償条項などの重要な法的取り決めが記載されます。
契約書は法的拘束力を持つため、必ず弁護士のチェックを受け、不利な条件が含まれていないか確認します。売り手・買い手、必要に応じて株主全員の署名・押印を行い、契約を成立させます。
STEP5:株式譲渡の決済と登記変更
契約に基づき、買い手から売り手へ譲渡対価の支払い(決済)が行われ、同時に株券(発行している場合)や株式名簿書き換え請求書の引き渡しが行われます。この一連の手続きは「クロージング」と呼ばれ、この時点で経営権が正式に移転します。
その後、臨時株主総会を開催して新役員を選任し、法務局で役員変更登記を行います。代表者が変わるため、銀行口座や各種許認可の名義変更手続きも速やかに進める必要があります。
STEP6:経営統合(PMI)と従業員対応
手続き上の承継が完了しても、実質的な経営の引き継ぎはここからが本番です。新体制のもとで、経営方針の統合やシステム・ルールの統一(PMI)を進めていきます。
従業員への説明会を実施し、新しい労働条件や評価制度について丁寧に説明を行うことで、組織の混乱を防ぎます。取引先への挨拶回りも行い、新経営者をしっかりと紹介して関係維持に努めます。
株式譲渡による事業承継の注意点
株式譲渡はメリットが多い反面、一度契約してしまうと後戻りできないリスクも孕んでいます。
特に「見えないリスク」の顕在化は深刻なトラブルに発展するため、以下の点には細心の注意を払う必要があります。
簿外債務・偶発債務の存在確認
株式譲渡では、会社が抱えるすべての負債が買い手に移転します。
帳簿には載っていない未払い残業代や、将来発生する可能性のある損害賠償請求などがないか、事前に洗い出す必要があります。
売り手側としては、これらを隠して譲渡すると、後から契約解除や損害賠償請求(表明保証違反)を受ける可能性があります。すべての情報を開示し、契約書上で責任範囲を明確にしておくことが、売り手自身の身を守ることにつながります。
契約・許認可の名義変更手続き
株式譲渡によって経営者が変わっても、法人は同一であるため、多くの契約や許認可はそのまま維持されます。
しかし、契約書の中に「経営権の移動があった場合は契約を解除できる(チェンジオブコントロール条項)」が含まれている場合があります。
主要な取引基本契約や賃貸借契約書を確認し、事前に相手方の承諾を得ておく手続きが必要です。また、建設業許可など特定の資格者が要件となっている許認可については、役員変更によって要件を満たさなくならないか確認が必要です。
税務リスクの事前評価
過去の税務申告に誤りがある場合、承継後の税務調査で新経営者が追徴課税の責任を負う可能性があります。これはM&Aの価格交渉において大幅な減額要因となります。
過去数年分の税務申告書を見直し、税務リスクがないか専門家にチェックしてもらうことが重要です。クリアな状態で引き継ぐことが、適正な価格での譲渡を実現するための前提条件です。
株価評価方法の合意
親族間売買や贈与において、税務上の株価評価(相続税評価額)と、当事者が考える時価が大きく乖離することがあります。安易に低い価格で譲渡すると「低額譲渡」とみなされ、差額に対して贈与税が課税されるリスクがあります。
逆に高すぎる価格での取引も税務上の問題を引き起こす可能性があるため、税理士による適正な評価額の算定が欠かせません。税務当局に否認されないよう、評価の根拠となる資料をしっかりと残しておくことが大切です。
株式譲渡における従業員への対応ポイント
「企業は人なり」と言われるように、従業員のモチベーション維持は事業承継後の会社が成長できるかどうかの生命線です。従業員への配慮を欠いた承継は、組織の混乱や離職につながります。
そのため、心理面と労働条件の両面からのケアが欠かせません。
経営者交代の事前通知と説明
株式譲渡が決定した段階で、可能な限り早期に従業員への説明会を実施することが重要です。噂で「会社が売られるらしい」と知るのと、経営者から直接「会社の発展のために決断した」と聞くのとでは、受け止め方が全く異なります。
説明会では、なぜ譲渡を選んだのかという背景や、今後のビジョンについて誠実に語ることが求められます。雇用継続、給与水準、福利厚生など、従業員が最も不安に感じる点については、明確かつ具体的な回答を用意しておきましょう。
雇用契約・労働条件の継続確認
株式譲渡では法人自体は変わらないため、原則として従業員の雇用契約は継続されます。しかし、新経営者の意向で将来的に労働条件が変更される可能性はゼロではありません。
譲渡契約の交渉段階で、「当面の間(例:3年間)は現在の給与体系を維持する」といった条項を盛り込むことが有効です。従業員に対して「今まで通りの条件で働ける」という確約を与えることが、安心感につながります。
主要人材の流出防止対策
経営のキーマンとなる幹部や優秀な技術者が、経営者の交代を機に退職してしまうことは最大のリスクです。これを防ぐため、主要人材に対しては個別に面談を行い、新体制でも必要不可欠な存在であることを伝えます。
必要に応じて、一定期間の継続勤務を条件としたボーナス(リテンションボーナス)や、インセンティブ制度の導入を検討します。
彼らのキャリアパスを新体制の中でどう描けるかを具体的に提示することが、定着率向上の鍵です。
株式譲渡による事業承継の相談先と専門家の選択
事業承継は一度きりのイベントであり、失敗が許されません。
自社の課題に合わせて、適切な専門家をパートナーに選ぶことが成功への近道です。
税理士の活用
自社株の評価や、相続税・贈与税のシミュレーション、事業承継税制の適用手続きに強みがあります。
特に、顧問税理士が資産税(相続・贈与)に詳しくない場合は、スポットで資産税専門の税理士にセカンドオピニオンを求めるのも有効です。
中小企業診断士の活用
経営面からのアプローチに強く、後継者の育成計画や、承継後の中期経営計画の策定を支援します。「誰に継がせるか」「今後どう事業を伸ばすか」といった経営戦略の相談に適しています。
弁護士の活用
株式譲渡契約書の作成・レビューや、法的リスクの洗い出し、遺言書の作成などに強みがあります。親族間での争いが予想される場合や、複雑な契約条項が必要なM&Aにおいては欠かせない存在です。
M&A仲介会社の活用
第三者への承継(M&A)を検討する場合、買い手候補の探索から条件交渉、クロージングまでを一貫して支援します。豊富なデータベースと交渉ノウハウを持っているため、条件の良い相手を見つけたい場合に頼りになります。
M&Aプラットフォームの活用(TRANBIなど)
仲介会社に依頼するハードルが高いと感じる場合は、オンライン上で売り手と買い手が直接交渉できる「M&Aプラットフォーム」を利用するのも一つの手です。
代表的なサービスである「TRANBI(トランビ)」は、国内最大級のユーザー数を誇り、匿名で自社の情報を掲載して全国から買い手を募ることができます。
売り手は無料、買い手は月額利用料のみで、仲介手数料がかからず利用できるため、コストを抑えられる点も魅力です。
事業承継における株式譲渡の成功事例
手法の理論だけでなく、実際にどのようなスキームで課題を解決したのかを知ることは、事業承継を検討するうえで有用です。
ここでは、親族内承継、社内承継、第三者承継それぞれの典型的な成功パターンを紹介します。
事例1:余命2か月の工場が「廃墟スタジオ」へ再生~専門家の「反対」を覆した、経営者の直感とTRANBIの出会い~
群馬県で製造業を営むA社は、業界の縮小と後継者不在により、あと2か月で資金ショート・倒産という危機的状況にありました。銀行から「TRANBIに掲載しなさい」と勧められ、藁にもすがる思いで登録した案件に目を付けたのが、カビ対策事業を展開するB社でした。B社は災害リスク分散のための新拠点を探しており、A社の広大な土地と建物に可能性を感じたのです。
デューデリジェンス(買収監査)を行った専門家たちは「建物が古い」「投資リスクが高い」といった慎重な意見を示しました。しかしB社代表は、「建築知識があれば建物は再生できる」「ビジネスモデルを変えれば収益化できる」と確信し、買収を決断。A社にとっても、会社を潰さずに済む起死回生の契約となりました。
承継後、B社は強気の価格交渉で本業の利益率を改善しつつ、老朽化していた倉庫をDIYで「廃墟スタジオ」としてリノベーション。これまで活用されていなかった資産が新たな収益源となり、承継からわずか100日で黒字化を達成しました。「潰れそうと言っている会社でも、ちょっと経営を変えるだけで再生できる方法はきっとある」という言葉は、事業承継の新たな可能性を示唆しています。
一見価値がないと思われる資産でも、異なる視点を持つ経営者にとっては「お宝」になることがあります。TRANBIには多様な業種・背景を持つ買い手が集まっており、思いもよらないシナジーや再生アイデアが生まれる土壌があります。専門家の意見も重要ですが、最終的には経営者同士のビジョンと決断が、企業の運命を大きく変えるのです。
◆成約インタビュー:「余命2か月」廃業寸前の工場を再生!ボロボロの母屋を“廃墟スタジオ”化して新たなビジネスへ
事例2:後継者不足の電気工事会社、空白の半年を超えて~突然の交渉中断からの大逆転。地域密着企業の技術を次代へ~
東大阪で長年実績を積み重ねてきた電気工事会社のA社は、黒字経営である一方、代表の高齢化と後継者不足という課題を抱えていました。一方、携帯電話基地局工事を手掛けるB社は、事業の安定化を目指し、強電工事への参入(事業拡大)を模索していました。両社を引き合わせたのは、TRANBIでの「地域」と「業種」によるマッチングでした。
交渉は順調に進むかと思われましたが、途中で連絡が途絶え、半年以上もの「空白期間」が生まれてしまいます。「ほぼ諦めていた」というB社でしたが、突然の交渉再開連絡にも誠実に対応。一定の負債はありましたが、B社代表は「長年の顧客基盤と技術力があれば収益化できる」と判断し、交渉を続けました。
売り手であるA社社長の「地域のお客様と従業員、そして協力会社を大切にしてほしい」という切なる願いを受け入れ、最終的に約1年半越しで成約に至りました。買収後、B社は従業員との融和を図りながら、商圏を大阪全域へと拡大する計画を進めています。「怖がらずにどんどんチャレンジしてほしい」と語るB社代表の言葉通り、諦めない姿勢が未来を切り拓きました。
M&A交渉はタイミングや縁も重要ですが、何より「自社の強み(技術や顧客)」を正しく評価してくれる相手を見つけることが成功の鍵です。TRANBIでは、条件検索で自社にマッチする相手を効率的に探せます。一見ネガティブな要素(負債など)があっても、買い手視点では「解決可能な課題」として映り、成約に至るケースも多々あります。
◆成約インタビュー:突然の交渉ストップ、空白の半年からの大逆転!債務あり&後継者不足の会社を救った事業承継M&A
事例3:16年育てた英会話スクールの未来を拓く~「廃業」ではなく「発展」を選ぶ。想いをつなぐ株式譲渡~
創業から16年、地域に愛されてきた英会話スクールを運営するA氏は、自身のライフスタイルの変化とコロナ禍による経営難という二重の壁に直面していました。「従業員や生徒のことを考えると、閉鎖はできない」。そんな責任感と、一人で抱え込む経営の限界との間で葛藤していたA氏が選んだのは、M&Aプラットフォーム「TRANBI」への掲載でした。
「自社のような規模の会社は買い手が見つからないのではないか」という不安とは裏腹に、A氏のスクールに対する「こだわり」や「想い」を詳細に綴った募集ページには、掲載直後から想像を超える申し込みが殺到しました。数ある候補の中から出会ったのは、資本力と経営力を持ち、「仲間として一緒にやっていきましょう」と語りかけてくれるC社でした。
C社はA氏の想いを尊重し、従業員の雇用維持や生徒の環境維持を快諾しただけでなく、A氏自身も無理のない範囲で経営に関わり続ける「株式譲渡+業務提携」のような形を提案。結果、スクールはC社のリソースを活用して広告宣伝や業務デジタル化が進み、以前よりも活気を取り戻しました。「M&Aは決して『事業を辞めるために売る』ものではなく、新しい可能性が広がることもある」とA氏は語ります。
経営に行き詰まった際、「廃業」以外の選択肢としてM&Aが有効です。自社の「想い」や「歴史」を言語化して発信することで、TRANBIなら全国の「それを必要とする経営者」とスピーディーに出会えます。株式譲渡は、単なる売却ではなく、頼れるパートナーを得て事業を次なるステージへ進化させる手段にもなり得るのです。
◆成約インタビュー:TRANBIはただの「売り買いの場」じゃない!優秀な経営者との出会いで、16年大事に育ててきた英会話教室の未来が開けた
株式譲渡による事業承継に関するよくある質問
ここでは、事業承継を検討中の経営者から頻繁に寄せられる疑問について回答します。
基本的なルールや実務上の懸念点をクリアにし、誤解のない状態で検討を進めてください。
従業員に経営権を移す場合、全株式を譲渡する必要があるか?
必ずしも全株式(100%)を譲渡する必要はありません。会社法上、発行済株式の過半数(50.1%以上)を取得すれば、取締役の選解任権など実質的な経営権を掌握できます。
まずは過半数を譲渡し、残りの株式は現経営者が保有し続けて配当を得たり、将来的に段階的に譲渡したりすることも可能です。これにより、後継者の初期の資金負担を抑えつつ、スムーズな権限委譲を図ることができます。
株式譲渡と事業譲渡では、どちらが節税効果が高いか?
売り手が個人の場合、一般的には「株式譲渡」の方が税負担は軽くなります。株式譲渡は分離課税で税率が約20%ですが、事業譲渡の場合は法人税が課税され、その後に配当などで個人に還元する際に総合課税が生じます。
特に譲渡益が大きい場合、事業譲渡との税額差は顕著になります。ただし、赤字会社で繰越欠損金がある場合などは事業譲渡の方が有利なケースもあるため、具体的なシミュレーションが必要です。
親族への株式譲渡で贈与税を回避する方法はあるか?
贈与税を完全に「回避(ゼロに)」することは難しいですが、制度活用により「大幅に軽減・猶予」することは可能です。最も効果的なのは「事業承継税制」の活用で、要件を満たせば贈与税・相続税の納税が猶予・免除されます。
また、「暦年贈与」で毎年少しずつ株式を贈与したり、「相続時精算課税制度」を活用したりする方法もあります。いずれも複雑な要件があるため、専門家による長期的な税務プランニングが不可欠です。
株式譲渡により、従業員の雇用は保障されるか?
法的には、株式譲渡後も雇用契約は有効に存続するため、雇用は保障されます。正当な理由なく、経営者が変わったことだけを理由に従業員を解雇することは労働契約法上できません。
しかし、新経営者が経営合理化のために希望退職を募ったり、配置転換を行ったりする可能性はあります。事実上の雇用保障を得るためには、譲渡契約時に一定期間の雇用維持条項を盛り込む等の対策が必要です。
株式譲渡の際、取引先との契約も自動的に移転するか?
株式譲渡では法人格がそのまま存続するため、契約関係も原則として自動的に引き継がれます。事業譲渡のように、契約を一つ一つ巻き直す必要がないのがメリットです。
ただし、契約書に「チェンジオブコントロール条項(経営権の移動に関する条項)」がある場合は、事前の通知や承諾が必要です。これを怠ると契約解除の事由となるため、主要な契約書は必ずチェックしてください。
まとめ
事業承継における株式譲渡について、その方法から税務、成功のポイントまで解説しました。
株式譲渡は、手続きの簡便さや税務メリットから、多くの事業承継で選ばれている手法です。しかし、後継者の資金調達や株価評価、複雑な税制への対応など、クリアすべき課題も少なくありません。
重要なのは、自社の現状を正確に把握し、時間的余裕を持って準備を進めることです。「事業承継税制」などの優遇措置も、事前の計画なしには活用できません。
あなたの会社が築き上げてきた価値を次世代へ確実にバトンタッチし、さらなる発展を遂げるために、まずは信頼できる専門家に相談し、具体的な承継プランの策定から始めてみてはいかがでしょうか。