M&Aで交わす契約書9種類を一覧解説|締結の流れ・法的拘束力・注意点まで
M&Aの契約書は全部で9種類。秘密保持契約書・アドバイザリー契約書・意向表明書・基本合意書・最終契約書などを締結の順に一覧表で整理し、記載項目と注意点を解説します。法的拘束力の3段階、事業譲渡の債務リスク、印紙税の有無まで網羅しました。
- 01 M&Aで交わす契約書は9種類|締結の流れ・当事者・法的拘束力の全体マップ
- 契約書の役割|口約束を残さず、後のトラブルを防ぐ
- 【一覧表】M&Aの契約書9種類と締結するタイミング
- 「契約書」と「契約書ではない書面」の違い
- 02 秘密保持契約書(NDA)|M&Aで最初に結ぶ契約書
- 締結するタイミングと当事者|社名を開示する直前
- 秘密保持契約書に盛り込む主な記載項目
- 見落としやすい3つの落とし穴|有効期間・開示範囲・目的外使用
- 03 アドバイザリー契約書|専門家に支援を依頼するときに結ぶ契約書
- 締結するタイミングと当事者|仲介会社・FAに依頼するとき
- アドバイザリー契約書に盛り込む主な記載項目
- 署名前に確認したい3点|専任条項・途中解約・報酬体系
- 【比較表】M&A仲介・FA・M&Aプラットフォームの違い
- 05 基本合意書(MOU)|デューデリジェンスの前に条件をすり合わせる
- 締結するタイミングと目的|デューデリジェンスを実施する前
- 基本合意書に記載する主な項目
- 【比較表】意向表明書と基本合意書の違い
- 独占交渉権は必ず確認する
- 06 最終契約書(DA)|株式譲渡契約書と事業譲渡契約書
- 最終契約書はデューデリジェンス後に作成・締結される
- 株式譲渡契約書(SPA)の主な記載項目
- 事業譲渡契約書の主な記載項目|譲渡範囲・債権者の同意・従業員の処遇
- 【比較表】株式譲渡契約書と事業譲渡契約書の違い
- 事業譲渡で見落としやすい債務リスク|会社法22条・23条
- 07 契約書に必ず入る重要条項|表明保証・競業避止義務・クロージング条件
- 表明保証|開示した情報が正確であることを売り手が保証する
- 競業避止義務|株式譲渡と事業譲渡で扱いが違う
- クロージング条件と誓約事項|契約から引き渡しまでを縛る
- アーンアウト・価格調整条項|価格の開きを埋める仕組み
- 08 スキーム別の必要書類と実務のポイント|印紙税・ひな形・専門家
- 【比較表】スキーム別に必要な契約書
- 【一覧表】契約書ごとの印紙税の有無
- ひな形を使うときの3つの注意点
- 弁護士などの専門家に依頼すべきケース
M&Aの契約書は「専門家がつくってくれるもの」と考えて、中身をよく確認しないまま署名してしまう方が少なくありません。ところが譲渡後にトラブルが起きたとき、当事者を守ってくれるのは、そのときに交わした一枚の書面です。どの段階で、誰と、何を約束したのかを理解できているかどうかで、結果は大きく変わります。
本記事では、M&Aで交わす書面を9種類に整理し、締結するタイミング・当事者・法的拘束力の3点を一覧表にまとめました。そのうえで、それぞれの契約書に盛り込む記載項目と、署名する前に確認したい注意点を、M&Aの流れに沿って順番に解説します。書類の名前を暗記するのではなく、「いつ・誰と・何のために結ぶのか」という流れで理解できる構成にしました。
はじめてM&Aに取り組む売り手の経営者、小規模な案件を個人で検討している買い手、そして仲介会社やアドバイザーに依頼するかどうかを迷っている方に向けた内容です。
M&Aで交わす契約書は9種類|締結の流れ・当事者・法的拘束力の全体マップ
M&Aでは、交渉の進み方に応じて複数の契約書や書面を交わします。記事では全部で9種類を紹介しますが、中小企業M&Aで実際に頻繁に登場するのは、秘密保持契約書(NDA)や基本合意書、株式譲渡契約書(SPA)など5~6種類程度です。残りは会社分割や合併など特定のスキームで必要になる書類です。まずはM&Aの流れに沿って全体像を押さえましょう。
契約書の役割|口約束を残さず、後のトラブルを防ぐ
M&Aには「引き継いだ後で未払いの債務が見つかり、支払いを請求された」といったトラブルが起こりうるものです。事後のトラブルを防ぐためには、当事者それぞれの権利や義務を明確にする契約書を、その都度きちんと作成しておく必要があります。
契約書を交わす目的は、大きく3つに整理できます。
- 権利と義務を明確にする:誰が、何を、いつまでに行うのかを文章で確定させる
- 認識の相違を防ぐ:口頭のやり取りでは「言った・言わない」が必ず起こる
- 違反されたときの救済手段を用意する:損害賠償や契約解除を求める根拠になる
一般的にM&Aで必要となる契約書には、秘密保持契約書・アドバイザリー契約書・意向表明書・基本合意書・株式譲渡契約書・事業譲渡契約書などがあります。加えて、選ぶスキームによって会社分割契約書や合併契約書が必要になる場合もあります。
【一覧表】M&Aの契約書9種類と締結するタイミング
M&Aで登場する主な書面を、締結する順番に並べたものが次の表です。「いつ・誰と・どの程度の拘束力で結ぶのか」を先に把握しておくと、交渉の途中で書類の位置づけを見失わずに済みます。
| 書面の名称 | 締結するタイミング | 当事者 | 法的拘束力 | 必須度 |
|---|---|---|---|---|
| アドバイザリー契約書 | 専門家に支援を依頼するとき(初期) | 売り手または買い手 × 仲介会社・FA | あり | 専門家に依頼する場合は必須 |
| 秘密保持契約書(NDA) | 社名や詳細資料を開示する前 | 売り手 × 買い手 | あり | 実務上はほぼ必須 |
| 意向表明書(LOI) | 1回目のトップ面談の後 | 買い手が売り手へ一方的に提出 | 原則として持たせない | 任意 |
| 基本合意書(MOU) | デューデリジェンスを実施する前 | 売り手 × 買い手 | 一部の条項のみ持たせる | 任意(締結が望ましい) |
| 株式譲渡契約書(SPA) | デューデリジェンス後の最終合意時 | 売り手(株主) × 買い手 | あり | 株式譲渡では必須 |
| 事業譲渡契約書 | デューデリジェンス後の最終合意時 | 譲渡会社 × 譲受会社 | あり | 事業譲渡では必須 |
| 会社分割契約書・分割計画書 | 最終合意時(株主総会の決議前) | 分割会社 × 承継会社 | あり | 会社分割では必須 |
| 合併契約書 | 最終合意時(株主総会の決議前) | 存続会社 × 消滅会社 | あり | 合併では必須 |
| 業務提携契約書・資本業務提携契約書 | 提携の条件が固まった時点 | 提携する両社 | あり | 提携では必須 |
表のとおり、上の4つ(アドバイザリー契約書・秘密保持契約書・意向表明書・基本合意書)はスキームを問わず共通して登場する書面です。一方、下の5つは選んだスキームに応じて必要なものが変わります。どのスキームを選ぶかで手続きも書類も変わるため、M&Aの種類と違いをあわせて確認しておくと理解が早くなります。
なお、TRANBIではサイト内に各種契約書類のひな形を用意しています。ただしあくまでもひな形であるため、実際の契約で活用する場合は、自社の取引に合った内容へ必ず調整しましょう。
「契約書」と「契約書ではない書面」の違い
M&Aで交わす書面は、名前に「契約書」と付いていても法的拘束力の強さが同じではありません。拘束力の観点で見ると、M&Aの書面は大きく3段階に分かれます。
- 原則として拘束力を持たせない書面:意向表明書。買い手が「買収を検討したい」という意思を伝えるための書面で、そもそも契約書ではありません
- 一部の条項だけ拘束力を持たせる書面:基本合意書。価格などの主要条件は暫定的な合意にとどめ、独占交渉権や秘密保持義務といった一部の条項にだけ拘束力を持たせるのが一般的です
- 全体に拘束力を持つ契約書:株式譲渡契約書や事業譲渡契約書などの最終契約書。違反した当事者に損害賠償を請求できます
ここで注意したいのは、「拘束力がないから内容は適当でよい」わけではないという点です。意向表明書や基本合意書に書いた条件は、その後の交渉の出発点になります。安易に高い金額や短いスケジュールを書いてしまうと、後から下げる・延ばす交渉が難しくなります。
また、拘束力を持たせないつもりの書面でも、誠実に交渉を進める義務に反したと判断されれば、損害賠償の対象になり得ます。「仮の書面だから」と軽く考えず、署名する前に内容を確認する姿勢が大切です。
秘密保持契約書(NDA)|M&Aで最初に結ぶ契約書
M&Aにおいて、当事者どうしが最も早い段階で締結する契約書が秘密保持契約書(NDA)です。締結するタイミングと当事者、盛り込むべき内容について解説します。
締結するタイミングと当事者|社名を開示する直前
M&Aの初期段階では、売り手に関する限られた情報をもとに、取引を検討するかどうかを買い手候補が判断します。この段階では、売り手の社名や具体的な情報は伏せられたままです。
買い手候補が興味を持った場合、売り手の社名や詳細な資料が開示されます。このタイミングで、売り手と買い手のあいだで締結される書面が秘密保持契約です。
売り手の秘密情報が漏れた場合、従業員や取引先などの利害関係者に重大な影響が及ぶ危険性があります。だからこそ秘密保持契約を交わし、情報の開示や漏洩を禁止しておきます。
なお、仲介会社やアドバイザーを利用する場合は、売り手と買い手のあいだだけでなく、当事者と専門家のあいだでも秘密保持の取り決めが必要です。アドバイザリー契約書のなかに秘密保持条項として盛り込まれるのが一般的です。
秘密保持契約書に盛り込む主な記載項目
秘密保持契約書に盛り込むべき基本的な項目を紹介します。ひな形を活用する場合は、以下の内容が含まれているかチェックしましょう。
- 秘密情報の定義
- 契約の有効期限
- 秘密情報の開示が許される範囲
- 目的外使用の禁止
- 秘密保持義務の例外
- 情報漏洩時の措置
- 秘密情報の返還・破棄
秘密情報のコピーや複製物が作成される可能性があるなら、コピー・複製の取り扱いについても定めておく必要があります。改変や分析を禁止する条項を入れておくのも有効です。
見落としやすい3つの落とし穴|有効期間・開示範囲・目的外使用
秘密保持契約書はひな形が広く流通しているため、内容を確認せずに署名しやすい書面です。次の3点は特に見落としやすいので、締結前に確認しておきましょう。
1つ目は有効期間です。M&Aの交渉が決裂した場合や、成約した後も秘密保持義務が続くのかを確認します。交渉が終わった時点で義務も終わる内容になっていると、その後に情報が使われても止められません。
2つ目は開示できる範囲です。実務では、社内の役員や担当者、依頼している専門家にも情報を共有する必要があります。開示できる相手を限定しすぎると実務が回らず、逆に広すぎると漏洩リスクが高まります。従業員に共有する場合は、契約者と同等の秘密保持義務を負わせ、退職後も義務が続く形にしておくと安全です。
3つ目は目的外使用の禁止です。「M&Aの検討以外の目的で使わない」と明記しておかないと、開示した情報が自社の営業活動や採用活動に使われても、契約違反を主張しにくくなります。
アドバイザリー契約書|専門家に支援を依頼するときに結ぶ契約書
M&A仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)に支援を依頼する場合は、アドバイザリー契約書を交わします。締結するタイミングと、署名前に確認したい項目を押さえておきましょう。
締結するタイミングと当事者|仲介会社・FAに依頼するとき
アドバイザリー契約とは、M&Aの支援を専門家に依頼するときに、その専門家と締結する業務委託契約です。相手探しを始める前の初期段階で交わすため、M&Aの一連の書面のなかでは最も早く登場することも多い書類です。
依頼先には、売り手と買い手の中間に立つ仲介会社と、どちらか一方の側に立つFA(ファイナンシャル・アドバイザー)があります。立場が違えば期待できる役割も変わるため、契約前にどちらに依頼するのかを決めておく必要があります。
専門家に依頼する以外に、M&Aプラットフォームを利用する方法もあります。仲介手数料を抑えられ、売り手や買い手が主体的に相手を探せる点がメリットです。M&Aプラットフォームには国内最大級のM&A・事業承継プラットフォームである「TRANBI(トランビ)」などがあります。
アドバイザリー契約書に盛り込む主な記載項目
アドバイザリー契約書に記載する主な内容は、次の通りです。
- 契約締結の対象会社
- 業務委託の定義
- 契約の業務範囲
- 専門家への報酬
- 業務の費用負担
- 業務の秘密保持
- 契約の有効期限
- 専任条項
- 途中解約
業務範囲の記載はとくに丁寧に確認しましょう。相手探しまでが業務範囲なのか、条件交渉や契約書のドラフト作成まで含むのかによって、依頼後に自分で担う作業量が大きく変わります。
署名前に確認したい3点|専任条項・途中解約・報酬体系
アドバイザリー契約書で後からトラブルになりやすいものは、次の3点です。
1つ目は専任条項です。専任条項が含まれている場合、一定期間はほかの仲介会社やアドバイザーに相談できません。相手が見つからないまま期間が過ぎるリスクがあるため、専任の期間はどのくらいかを必ず確認します。
2つ目は途中解約の条件です。相手がなかなか見つからず依頼先を変更したいケースで、途中解約が認められるかをチェックします。解約時に違約金が発生する場合もあります。
3つ目は報酬体系です。着手金・中間金・成功報酬をどう組み合わせるかは依頼先によって大きく異なります。成功報酬はレーマン方式で計算されるケースが多く、最低手数料が設定されていることも珍しくありません。成約しなかった場合に何が返ってこないのかまで確認しておくと安心です。
依頼先の選び方に迷ったときは、M&Aの相談先の種類と選び方の記事もあわせて確認してみてください。
【比較表】M&A仲介・FA・M&Aプラットフォームの違い
依頼先ごとに、結ぶ契約と費用の考え方が変わります。違いを整理しました。
| 項目 | M&A仲介会社 | FA(アドバイザー) | M&Aプラットフォーム |
|---|---|---|---|
| 立場 | 売り手と買い手の中間に立つ | 売り手・買い手のどちらか一方の側に立つ | 当事者同士が直接交渉する場を提供する |
| 結ぶ契約 | アドバイザリー契約(仲介契約) | アドバイザリー契約(FA契約) | 会員登録/サイトの利用規約に同意する |
| 費用の考え方 | 着手金・中間金・成功報酬などを組み合わせる | リテイナーフィーと成功報酬を組み合わせる | 月額の利用料や成約時の手数料が中心 |
| 向いているケース | 相手探しから交渉までまとめて任せたい | 条件交渉を自社に有利に進めたい | 費用を抑えて自分のペースで相手を探したい |
| 注意したい点 | 双方の間に立つため利益相反が生じる可能性がある | 双方にFAが付くと交渉が長引きやすい | 交渉や書類の準備を自分で進める必要がある |
どの方法が優れているという話ではなく、「どこまで自分でやるか」と「どこまで費用をかけるか」のバランスで選ぶことが現実的です。各マッチングプラットフォームのサービスの特徴はM&Aプラットフォームの比較の記事でも詳しく整理しています。
意向表明書(LOI)|買い手が「買いたい」意思を伝える書面
意向表明書は契約書ではありませんが、M&Aにおいて重要な役割を果たす書面です。作成する目的と記載される内容、そして法的拘束力の考え方について解説します。
提出するタイミングと当事者|トップ面談の後
M&Aでは、買い手候補が絞られて秘密保持契約が交わされると、経営者同士が直接会うトップ面談が行われます。トップ面談の後に、買い手が単独で作成して売り手へ提出する書面が意向表明書です。英語のLetter of Intentを略してLOIと呼ばれることもあります。
目的は、買い手が売り手に対して「買収を前向きに検討したい」という意思と、その時点で考えている条件を伝えることにあります。デューデリジェンスの後に、内容を更新した最終意向表明書として改めて提出されるケースもあります。
意向表明書はM&Aに必須の書面ではなく、省略されることも珍しくありません。ただし買い手の意向を早い段階で文書として確認できるため、売り手にとっては相手を比較検討する材料になり、その後の交渉を進めやすくなります。
意向表明書に記載する主な項目
意向表明書には次のような項目を記載するのが一般的です。
- 買い手の企業情報
- M&Aの目的
- 譲受希望額とその根拠
- 対価の支払い方法・資金の調達方法
- 成約後の従業員の承継・処遇
- 成約までの大まかなスケジュール
- デューデリジェンスの内容
- 取引後の事業運営計画
- 交渉期限
- 独占交渉権
上記の項目以外に、自社の強みや想定されるシナジー効果など、売り手へのアピールを盛り込むケースもあります。売り手が複数の買い手候補を比較している場面では、金額だけでなく「従業員をどう扱うか」「事業をどう伸ばすか」が判断材料になることも少なくありません。
法的拘束力の考え方|「仮の書面」でも軽く扱えない理由
意向表明書は、原則として法的拘束力を持たせない書面です。記載した金額で必ず買わなければならない、という義務は生じません。デューデリジェンスの結果を踏まえて条件を見直すことも想定されています。
ただし「拘束力がないから何を書いてもよい」わけではありません。意向表明書に書いた条件は、その後の交渉の出発点として扱われます。相手に選ばれたい一心で高い金額を提示すると、デューデリジェンスの後に金額を下げる交渉が難しくなり、売り手の信頼を損ねる原因にもなります。
また、独占交渉権を記載する場合は、その条項にだけ法的拘束力を持たせることがあります。どの条項に拘束力を持たせるのかを本文中で明示しておくと、後の解釈をめぐるトラブルを避けられます。
基本合意書(MOU)|デューデリジェンスの前に条件をすり合わせる
M&Aにおいて、双方が現時点の条件についていったん合意する目的で交わされる書面が基本合意書(MOU)です。締結するタイミングと記載内容、そして必ず確認しておきたい独占交渉権について押さえておきましょう。
締結するタイミングと目的|デューデリジェンスを実施する前
基本合意書は、売り手と買い手のあいだで基本的に合意した内容を書面にしたものです。トップ面談を経て、デューデリジェンス(Due Diligence、DD)を実施する前に締結されます。
今後の交渉内容やスケジュールについて双方の認識をそろえ、デューデリジェンスと最終契約に向けて手続きを円滑に進められるようにすることが、基本合意書を交わす一般的な目的です。
意向表明書が買い手による一方的な意思表示であるのに対し、基本合意書は双方が記載内容に合意していることを示す書面です。そのため記載される条件も、意向表明書より具体的なものになります。
基本合意はM&Aにおいて必須ではありません。しかし手続きをスムーズに進め、後戻りを防ぐためにも、締結しておくことが望ましい書面です。
基本合意書に記載する主な項目
基本合意書に記載される内容は、その時点での基本的な諸条件です。具体的には以下のような項目が盛り込まれます。
- M&Aの対象(会社全体・会社の一部・事業の一部など)
- M&Aのスキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割など)
- 買収価格
- スケジュール
- デューデリジェンスの実施
- 保証債務の解消
- 秘密保持義務
- 書面の有効期限
- 役員および従業員の待遇
- 独占交渉権の付与
- 一般条項
とくにデューデリジェンスを実施する権利と独占交渉権は、ほとんどのケースで基本合意書に記載されます。買収価格については、デューデリジェンスの結果によって見直す前提であることを明記しておくのが一般的です。
【比較表】意向表明書と基本合意書の違い
意向表明書と基本合意書は、どちらも最終契約の前に交わす書面のため混同されやすいものです。違いを整理しました。
| 項目 | 意向表明書 | 基本合意書(MOU) |
|---|---|---|
| 作成する人 | 買い手が単独で作成する | 売り手と買い手が共同で内容を詰める |
| 性質 | 買い手からの一方的な意思表示 | 双方が内容に合意したことの確認 |
| タイミング | 1回目のトップ面談の後 | デューデリジェンスを実施する前 |
| 記載内容の具体性 | 買収の希望条件と検討の方向性が中心 | 価格やスキームまで踏み込んだ具体的な条件 |
| 法的拘束力 | 原則として持たせない | 独占交渉権や秘密保持義務など一部の条項に持たせる |
| 独占交渉権 | 記載されることもある | ほとんどのケースで記載される |
| 締結の必須度 | 任意(省略されることも多い) | 任意だが締結が望ましい |
混同を避けるコツは、「誰が作ったか」で見分けることです。買い手が単独で作って渡すのが意向表明書、双方で内容を詰めて署名するのが基本合意書です。
独占交渉権は必ず確認する
基本合意書を省略しない方がよい理由として、独占交渉権の設定が挙げられます。独占交渉権とは、買い手が売り手との交渉を一定期間にわたって独占的に行える権利のことです。
基本合意書を交わした後に実施されるデューデリジェンスには、買い手側に費用負担が発生します。調査の範囲によっては数百万円規模になり、規模の大きな案件では1,000万円を超えるケースもあります。
この費用をかけて調査している最中に、売り手がほかの買い手候補と交渉を進めて条件の良い相手に乗り換えてしまうと、買い手は調査費用を回収できません。だからこそ買い手は、基本合意書で独占交渉権の付与を受けておく必要があります。
ただし注意したいのは、独占交渉権が禁じているのは「ほかの買い手候補と交渉したり情報を提供したりすること」だけという点です。売り手が交渉そのものを打ち切ること自体は、独占交渉権に違反する行為ではありません。ほかの候補に乗り換えられた場合は違反として損害賠償や違約金を請求できますが、単に「やめます」と言われただけでは、独占交渉権を根拠に費用を回収することはできません。
そのため、買い手がデューデリジェンスの費用を守りたい場合は、独占交渉権とあわせて費用負担の取り決めや違約金(ブレークアップフィー)を基本合意書に定めておく必要があります。また、基本合意書は原則として法的拘束力を持たない書面です。独占交渉権の条項には、法的拘束力を持たせる旨をはっきり明記しておくことが欠かせません。この点は優先交渉権でも同じです。
一方、売り手の立場では、独占交渉権の期間が長すぎると他の候補と交渉できない期間が延びてしまいます。期間と、期間内に最終契約へ至らなかった場合の取り扱いを、あわせて確認しておきましょう。独占交渉権と似た性質を持つ優先交渉権との違いも押さえておくと、条件の比較がしやすくなります。
最終契約書(DA)|株式譲渡契約書と事業譲渡契約書
デューデリジェンスを終えて双方が最終的に合意した内容を記載する契約書が、最終契約書(DA)です。中小企業のM&Aで最も多く使われる株式譲渡契約書(SPA)と、事業譲渡契約書の2つに分けて解説します。
最終契約書はデューデリジェンス後に作成・締結される
株式譲渡契約書や事業譲渡契約書などの最終契約書(DA)は、双方の最終合意事項を記載した、M&Aで最も重要な契約書です。デューデリジェンスを終えた後に作成・締結されます。
基本合意書は一部の条項を除いて法的拘束力を持ちません。一方、最終契約書は全体に法的拘束力があるため、義務に違反した当事者に対して損害賠償を請求できます。
記載する内容は、デューデリジェンスで判明した事実を踏まえて双方が細かく詰めていきます。デューデリジェンスは、最終契約書の内容を検討・調整するための重要な材料にもなります。とくに法務デューデリジェンスで見つかった問題点は、表明保証や補償の条項に反映されることが多いところです。
なお、最終契約書の締結と、代金の支払いや株式の引き渡しは同じ日とは限りません。契約後に前提条件を満たしてから引き渡しを行う流れについては、M&Aのクロージングの記事で詳しく解説しています。
株式譲渡契約書(SPA)の主な記載項目
株式譲渡は、売り手のオーナーが保有する株式を買い手へ譲渡し、会社の経営権を承継させるスキームです。中小企業のM&Aで最も多く採用されています。
株式譲渡契約書には、主に以下の項目を盛り込みます。
- 譲渡合意(株式の種類と株数)
- 譲渡代金と支払い方法
- 株主名簿の名義書換
- 表明保証
- 競業避止義務
- クロージング条件
- 誓約事項
- 契約解除
譲渡合意には、株式の種類や株数など取引の具体的な内容を記載します。支払い方法の項目には、譲渡代金・支払い期日・振込先口座を明記します。
クロージング条件(CP)とは、取引を実行するための前提条件のことです。実務では売り手側の条件と買い手側の条件を分けて記載することが一般的です。買い手側の条件には「売り手の表明保証が真実かつ正確であること」「重要な取引先から契約承継の同意が得られていること」「必要な許認可が承継できること」などが記載されます。一方、売り手側の条件には「買い手が譲渡代金を支払えること」などが盛り込まれます。条件が満たされない場合に取引を実行せず離脱できるようにしておく点が、この条項の役割です。
事業譲渡契約書の主な記載項目|譲渡範囲・債権者の同意・従業員の処遇
事業譲渡は、会社が営む事業の全部または一部を譲渡するスキームです。盛り込む項目は基本的に株式譲渡契約書と共通していますが、事業譲渡ならではの注意点が3つあります。
1つ目は譲渡対象の範囲です。株式譲渡では会社そのものの経営権が移るため、譲渡対象の範囲を書き出す必要はありません。一方で事業譲渡は、事業に関する権利や義務をひとつずつ個別に移転します。そのため事業の全部を移す場合でも、「全事業を譲渡する」という文言だけでは足りません。在庫・機械・店舗の賃借権など、対象を具体的に特定して明記する必要があります。知的財産やノウハウを引き継げるか、許認可の再取得や契約の結び直しが必要かどうかも確認しましょう。
2つ目は債権者の同意です。債務が残っている状態で事業譲渡を行う際には、あらかじめ債権者ごとに同意を得る必要があります。債権や債務を移転する場合は、別途「債権譲渡契約」を結びます。
債務を売り手に残す場合も、主力事業の譲渡は詐害行為と見なされて債権者から拒まれることがあります。詐害行為とは、債務者が債権者に不利益が生じると知りながら自己の財産を減らしたり債務を増やしたりする行為です。債権者には民法424条の「詐害行為取消請求権」があり、その行為の取消しを裁判所に請求できます。
3つ目は従業員の処遇です。事業譲渡では、従業員の雇用契約を買い手が自動的に引き継ぐことはできません。引き継ぎたい従業員がいる場合は、買い手が新たに雇用契約を結ぶ必要があります。誰を引き継ぐのか、譲渡後にどのような条件で雇用するのかを、事業譲渡契約書に明記することが一般的です。
買い手と新たに雇用契約を結んだ従業員は、同条件または好条件で働けるケースが多く見られます。ただし一定期間が過ぎた後は買い手の雇用条件を適用する、といった内容が記載されることもあります。
【比較表】株式譲渡契約書と事業譲渡契約書の違い
同じ最終契約書でも、株式譲渡と事業譲渡では書き方が大きく異なります。違いを整理しました。
| 項目 | 株式譲渡契約書(SPA) | 事業譲渡契約書 |
|---|---|---|
| 移転するもの | 会社の株式(経営権そのもの) | 事業に属する資産・負債・契約を個別に移転 |
| 契約の当事者 | 売り手の株主 × 買い手 | 譲渡会社 × 譲受会社(会社間の契約) |
| 譲渡対象の範囲 | 株式の種類と株数を書けば足りる | 対象となる資産や契約をひとつずつ特定して明記する |
| 債務の引き継ぎ | 会社に付いたまま自動的に引き継がれる | 原則として引き継がないが例外がある |
| 従業員の雇用 | 雇用契約はそのまま継続する | 買い手が新たに雇用契約を結び直す必要がある |
| 許認可 | 会社が持つ許認可はそのまま残る | 業種によって取得し直す必要がある |
| 第三者の同意 | 株式に譲渡制限があれば会社の承認が必要 | 契約の相手方や債権者の同意が個別に必要 |
表のとおり、事業譲渡契約書は「何を引き継ぐのか」を自分たちで定義しなければならない契約書です。その分、書き漏らしがそのままトラブルにつながります。会社分割を選べば手続きの一部を簡略化できる場合もあるため、スキームの選択段階から専門家に相談しておくと安心です。
事業譲渡で見落としやすい債務リスク|会社法22条・23条
事業譲渡では、権利や義務を個別に移転するため、原則として買い手は売り手の債務を引き継ぎません。ところがこの原則には例外があり、ここを誤解したまま進めてしまうケースが少なくありません。
分かれ目になるのは「屋号(商号)をそのまま使い続けるかどうか」です。会社法22条1項は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと定めています。のれん(営業権)を対価に含めたかどうかではなく、商号を続用したかどうかが判断の基準になります。
店名や屋号をそのまま引き継ぎたい場合は、次のいずれかの対応を取ることで、この責任を負わずに済みます。
- 免責の登記をする:事業を譲り受けた後遅滞なく、譲受会社の本店の所在地で「譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない」旨を登記する
- 債権者へ通知する:譲受会社と譲渡会社が遅滞なく第三者へ同じ内容を通知する。ただし効果が及ぶのは、通知を受けた相手に対してのみ
いずれも「遅滞なく」行うことが要件です。事業譲渡が終わって落ち着いてから登記しようと考えていると、要件を満たせなくなる可能性があります。手続きのスケジュールに最初から組み込んでおきましょう。
また、商号を続用しない場合でも注意点があります。会社法23条により、譲受会社が「譲渡会社の債務を引き受ける」旨の広告をしたときは、債権者はその譲受会社に弁済を請求できます。取引先へのあいさつ状などに安易な表現を使わないよう気をつけてください。
なお、譲受会社が責任を負う場合、譲渡会社の責任は無期限に続くわけではありません。会社法22条3項により、事業譲渡日から2年以内に請求または請求の予告をしなかった債権者に対しては、その期間が過ぎた時点で譲渡会社の責任は消滅します。
契約書に必ず入る重要条項|表明保証・競業避止義務・クロージング条件
最終契約書には、スキームを問わず共通して盛り込まれる重要な条項があります。どれも「契約した後で問題が起きたときに、誰がどう責任を負うか」を決める条項です。署名する前に意味を理解しておきましょう。
表明保証|開示した情報が正確であることを売り手が保証する
表明保証とは、売り手が開示した内容が真実かつ正確であることを、買い手に対して表明し保証することです。事実と異なる情報によって買い手が受ける損害を防ぐために設定されます。
デューデリジェンスでは売り手のさまざまな情報を精査しますが、問題点をすべて把握できるとは限りません。表明保証違反となる事実や行為を最終契約書に具体的に書いておくことで、違反が判明した場合に買い手は売り手に対し損害賠償を請求できます。
ただし、買い手が違反の事実をすでに知っていた場合や、注意していれば気づけたと判断される場合は、請求が認められないことがあります。条件や文言があいまいだと、違反かどうかの判断で揉める原因になります。簿外債務や未払い残業代、係争中の案件など、対象を具体的に書き分けておきましょう。
競業避止義務|株式譲渡と事業譲渡で扱いが違う
売り手が譲渡後すぐに同じ事業を始めてしまうと、譲渡した会社や事業の競合になり、買い手の利益を損ねるおそれがあります。そこで最終契約書では、一定期間は売り手が同様の事業を行わないことを競業避止義務として定めます。
ここで押さえておきたいのが、株式譲渡と事業譲渡で法律上の扱いが違うという点です。
- 株式譲渡:法律上の定めがないため、契約書に書かなければ競業避止義務は生じません
- 事業譲渡:会社法21条により、契約書に定めがなくても、同一の市区町村と隣接する市区町村の区域内では20年間、同一の事業を行ってはならないと規定されています
とはいえ事業譲渡でも、法律の定めは地域と期間が限られています。そのため実務では、地域の限定を外す文言を加えたうえで、契約書に競業避止義務を明記することが一般的です。契約で定める期間は案件によって幅があり、数年から10年程度で設定されることもあります。
売り手の立場では、範囲が広すぎる競業避止義務を受け入れると、譲渡後の再就職や新規事業まで制限されてしまいます。「どの事業が対象か」「どの地域か」「何年か」の3点は必ず確認しましょう。
クロージング条件と誓約事項|契約から引き渡しまでを縛る
最終契約書を締結してから、代金の支払いと引き渡し(クロージング)までには期間が空くことがあります。その間に会社の状態が変わってしまうリスクに備える手段が、クロージング条件と誓約事項です。
クロージング条件(CP)は、取引を実行するための前提条件です。実務では売り手側の条件と買い手側の条件を分けて記載します。買い手側は「売り手の表明保証が真実であること」「必要な許認可や取引先の同意が得られていること」「株主総会や取締役会の承認が得られていること」など、売り手側は「買い手が譲渡代金を支払えること」などを条件にします。条件が満たされない場合は、取引を実行せずに離脱できる仕組みです。
誓約事項は、当事者が一定の行為を行う、または行わないことを約束する条項です。売り手側には「クロージングまで重要な資産を処分しない」「従業員の待遇を大きく変えない」といった義務が課されることが一般的です。引き渡しまでの期間が長い案件では、この2つの条項の重要性が高まります。
そして売り手がとくに注意したいのが、代表者の個人保証(経営者保証)の解除です。中小企業では代表者が会社の借入を連帯保証しているケースが多く、株式を手放して経営から離れる売り手にとって、保証だけが残る事態は絶対に避けなければなりません。
ただし個人保証の解除は、クロージング条件ではなく「買い手がクロージング後○か月以内に金融機関と解除の手続きを行う」という買い手側の誓約事項として定めるのが実務的です。株主が変わる前の段階では、金融機関が保証人の差し替えに応じにくいためです。解除の手続きが進まないというトラブルも起きているため、期限をはっきり明記しておくことが売り手の防衛策になります。
アーンアウト・価格調整条項|価格の開きを埋める仕組み
売り手と買い手で希望価格に開きがあるとき、その差を埋めるために使われるのがアーンアウト条項です。成約後の業績が一定の目標に達した場合に、追加の対価を支払う仕組みです。
買い手は初期の支払いを抑えつつ将来性に見合った対価を払えて、売り手は目標を達成すれば総額を引き上げられます。ただし目標の指標があいまいな場合、達成したかどうかで争いになります。売上か利益か、どの期間を対象にするか、算定方法をどうするかまで契約書に書き込む必要があります。
また、クロージング時点の純資産や運転資本の増減に応じて代金を後から精算する価格調整条項もあります。どちらも「引き渡し後に金額が動く仕組み」なので、資金計画に影響します。
スキーム別の必要書類と実務のポイント|印紙税・ひな形・専門家
最後に、実務で迷いやすい3つの論点を整理します。スキームごとに必要な書類、契約書ごとの印紙税の扱い、そしてひな形と専門家の使い方です。
【比較表】スキーム別に必要な契約書
選ぶスキームによって、最終契約で交わす書面と必要な手続きが変わります。
| スキーム | 最終契約で交わす主な書面 | 特徴的な手続き |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 株式譲渡契約書(SPA) | 株主名簿の名義書換。譲渡制限株式なら会社の承認が必要 |
| 事業譲渡 | 事業譲渡契約書 | 譲渡対象の特定、取引先や債権者の同意、原則として株主総会の特別決議 |
| 会社分割 | 吸収分割契約書または新設分割計画書 | 債権者保護手続、原則として株主総会の特別決議、登記 |
| 合併 | 合併契約書 | 債権者保護手続、原則として株主総会の特別決議、登記 |
| 業務提携 | 業務提携契約書(出資を伴う場合は資本業務提携契約書) | 提携範囲と成果物の帰属を定める。株式を持ち合う場合は引受契約も必要 |
表のとおり、会社分割や合併は法律で定められた手続きが多く、契約書だけを整えても完結しません。債権者保護手続や登記のスケジュールを含めて設計する必要があります。詳しい違いはM&Aの種類7つの比較で確認できます。
【一覧表】契約書ごとの印紙税の有無
「この書面に収入印紙は必要か」は実務で必ず出てくる疑問です。書面ごとの扱いを整理しました。
| 書面 | 印紙税の扱い | 根拠・補足 |
|---|---|---|
| 秘密保持契約書(NDA) | 原則としてかからない | 課税物件表のいずれにも該当しないため |
| アドバイザリー契約書 | 内容によってかかる場合がある | 請負に当たれば第2号文書、継続的取引の基本となる契約書に当たれば第7号文書(1通4,000円) |
| 意向表明書 | かからない | 契約書ではなく買い手の一方的な意思表示のため |
| 基本合意書(MOU) | 記載内容によって判断が分かれる | 契約の成立を証明する内容が含まれるかどうかで変わる |
| 株式譲渡契約書(SPA) | 原則としてかからない | 株式の譲渡は課税物件表に掲げられていない |
| 事業譲渡契約書 | 記載金額に応じてかかる | 「営業の譲渡に関する契約書」として第1号文書に該当する |
| 会社分割契約書・合併契約書 | 原則としてかからない | 組織再編は営業の譲渡には当たらないと解されている |
| 業務提携契約書 | 内容によってかかる場合がある | 継続的取引の基本となる契約書に当たれば第7号文書(1通4,000円) |
| 譲渡代金の領収書 | 記載金額に応じてかかる | 営業に関する受取書として第17号文書に該当する |
ポイントは事業譲渡契約書だけが記載金額に応じて課税される点です。印紙税法の課税物件表では、第1号文書に「営業の譲渡に関する契約書」が含まれるためです。一方で株式譲渡契約書は課税物件表に掲げられていないため、原則として印紙税はかかりません。
もうひとつ知っておきたいのが、電子契約であれば印紙税は不要になるという点です。紙の文書を作成しなければ課税の対象にならないため、電子契約サービスで締結する実務が広がっています。
具体的な税額や、M&A全体でかかる税金の考え方は事業譲渡の税金と株式譲渡契約書(SPA)の解説の記事で扱っています。実際の課否判断は文書の記載内容によって変わるため、最終的には税理士や所轄の税務署に確認しましょう。
参考:No.7140 印紙税額の一覧表(その1)第1号文書から第4号文書まで | 国税庁
参考:No.7104 継続的取引の基本となる契約書 | 国税庁
ひな形を使うときの3つの注意点
契約書のひな形は便利ですが、そのまま使うと自社の取引に合わない条項が残ります。次の3点を確認しましょう。
- 当事者と対象を書き換える:会社名や対象事業の記載が残っていないかを最初にチェックする
- 不要な条項を削り、足りない条項を加える:ひな形は一般的な取引を前提にしているため、許認可や賃貸借など業種固有の論点は抜けていることが多い
- 金額と期間の空欄を埋め切る:埋め忘れた空欄がそのまま残ると、条項自体が意味を失う
TRANBIでは会員向けに各種契約書のひな形を用意しています。まずはひな形で全体像をつかみ、自社の取引に合わせて調整するという使い方がおすすめです。
弁護士などの専門家に依頼すべきケース
すべての契約書を専門家に任せる必要はありませんが、次のようなケースでは早い段階で相談した方が安全です。
- 不動産や許認可が譲渡対象に含まれている
- 従業員の引き継ぎや処遇に調整が必要になる
- 係争中の案件や、簿外債務の可能性がある
- 表明保証や補償の範囲で交渉が難航している
- 取引金額が大きく、想定される損害額も大きい
M&Aでの弁護士の役割と選び方を押さえておくと、どこから依頼するかの判断がしやすくなります。契約書のドラフト作成まで依頼するのか、できあがった契約書のレビューだけを依頼するのかで、費用も大きく変わります。
M&Aの契約書に関するよくある質問
M&Aの契約書についてよく寄せられる疑問にお答えします。
Q. M&Aでは契約書を全部作る必要がありますか?
A. すべてが必須ではありません。
必ず必要になるのは、選んだスキームに応じた最終契約書です。秘密保持契約書も実務上はほぼ必須と考えてよいでしょう。一方で意向表明書と基本合意書は任意で、小規模な案件では省略されることもあります。ただし基本合意書には独占交渉権を設定できるため、買い手側はできる限り締結しておくのが安全です。
Q. 契約書に収入印紙は必要ですか?
A. 書面によって扱いが異なります。
事業譲渡契約書は「営業の譲渡に関する契約書」として記載金額に応じた印紙税がかかります。一方、株式譲渡契約書や秘密保持契約書は原則としてかかりません。電子契約で締結する場合は紙の文書を作成しないため、印紙税は不要です。個別の判断は記載内容によって変わるため、税理士や税務署に確認しましょう。
Q. 契約書のひな形はどこで入手できますか?
A. TRANBIでは会員向けに各種契約書のひな形を無料で用意しています。
秘密保持契約書や譲渡契約書など、M&Aの各段階で使う書面をダウンロードできます。ただしひな形は一般的な取引を前提にしているため、自社の取引内容に合わせた調整が必要です。
Q. 基本合意書は省略できますか?
A. 省略できますが、買い手側にはリスクがあります。
基本合意書がなければ独占交渉権を設定できないため、デューデリジェンスに費用をかけた後に売り手が交渉を打ち切っても、買い手は費用を回収しにくくなります。逆に売り手の立場では、独占交渉権の期間が長すぎないかを確認することが大切です。
Q. 個人がM&Aをする場合も同じ契約書が必要ですか?
A. 基本的な考え方は同じです。
取引金額が小さくても、秘密保持契約書と最終契約書は必要です。むしろ小規模な案件ほど、事業譲渡の形をとって譲渡対象を個別に特定する必要があり、契約書の書き方が結果を左右します。店舗の賃貸借契約を引き継げるか、許認可を取り直す必要があるかといった確認が欠かせません。
Q. 契約書は自分で作成できますか?
A. ひな形を使えば作成自体は可能です。
ただし表明保証や補償の範囲、クロージング条件といった条項は、内容次第で負う責任が大きく変わります。取引金額が大きい場合や、不動産・許認可・従業員の引き継ぎが絡む場合は、弁護士にレビューを依頼するだけでもリスクを大きく減らせます。
まとめ|M&Aの契約書は「流れ」で理解すると迷わない
M&Aで交わす契約書は種類が多く、名前を並べただけでは頭に入りません。しかし本記事で見てきたとおり、それぞれの書面が登場する場面は、交渉の進み方に沿ってきれいに分かれています。相手探しの前にアドバイザリー契約書、情報を開示する前に秘密保持契約書、トップ面談の後に意向表明書、デューデリジェンスの前に基本合意書、そして調査を終えた後に最終契約書という流れです。
とくに意識したいのが、法的拘束力の強さが書面によって違うという点です。意向表明書のように原則として拘束力を持たせない書面、基本合意書のように一部の条項だけ拘束力を持つ書面、そして最終契約書のように全体に拘束力を持つ契約書。この3段階を理解しておけば、「どこまで踏み込んで書くべきか」の判断で迷わなくなります。
また、株式譲渡と事業譲渡では、契約書の書き方が大きく変わります。事業譲渡は引き継ぐ対象を自分たちで定義しなければならないぶん、譲渡範囲の特定、債権者の同意、従業員の雇用契約の結び直しといった作業が必要です。商号を続用する場合の債務の扱いや印紙税の有無も、株式譲渡とは違います。
最後に、押さえておきたい要点を3つに絞っておきます。
- 署名する前に「誰が作った書面か」を確認する:買い手が単独で作るのが意向表明書、双方で詰めるのが基本合意書
- 拘束力がない書面でも内容は慎重に決める:そこに書いた条件が、その後の交渉の出発点になる
- 事業譲渡は「書き漏らし」がそのままリスクになる:譲渡範囲・債権者の同意・商号の続用の3点は必ず検討する
契約書の全体像がつかめたら、次は実際の案件を見てみると理解が一段深まります。TRANBIには個人でも検討できる小規模な案件から、事業譲渡・株式譲渡のさまざまな案件が掲載されています。実際の案件情報に触れることで、どのスキームで進めるのか、どの契約書が必要になるのかが具体的にイメージできるようになります。
