福祉・介護事業のM&A完全ガイド|デイサービス・訪問介護・老人ホームの事業承継|相場・流れ・注意点をわかりやすく解説
福祉・介護事業のM&Aを徹底解説。デイサービス・訪問介護・老人ホームなどの事業承継について、相場や売却価格の考え方、M&Aの流れ、許認可や制度面の注意点を初心者にもわかりやすく紹介します。
- 02 福祉・介護事業のM&Aの相場・売却価格の決まり方
- 福祉・介護事業におけるM&A市場の特徴
- 売却価格を左右する主な評価ポイント
- サービス種別ごとの相場感の違い
- 介護報酬改定と売却価格への影響
- 相場を正しく理解するために大切な視点
- 03 福祉・介護事業における各種サービスの種類
- 施設系サービスの特徴とM&Aのポイント
- 在宅系・地域密着型サービスの特徴
- 障害福祉分野におけるサービスの広がり
- サービス内容によって異なるM&Aの着眼点
- 06 福祉・介護事業のM&Aの流れ
- STEP1:売却・買収の目的を整理する
- STEP2:案件探し/買い手探し・マッチング
- STEP3:交渉開始・秘密保持契約(NDA)
- STEP4:基本合意
- STEP5:デューデリジェンス(詳細調査)
- STEP6:最終契約の締結
- STEP7:クロージング・引き継ぎ(PMI)
高齢化が進む日本社会において、福祉・介護事業は、地域や暮らしを支える重要な社会インフラとなっています。一方で、人手不足や経営者の高齢化、後継者不在といった課題を背景に、事業の将来に悩む経営者も少なくありません。
近年、こうした課題への現実的な解決策として注目されているのが、福祉・介護事業のM&A(合併・買収)です。
M&Aは、単なる売却手段ではなく、デイサービスや訪問介護、老人ホームといった事業を次の世代へ引き継ぎ、サービスを継続していくための「前向きな選択肢」として活用されるケースが増えています。
しかし、福祉・介護事業のM&Aは、一般的な企業M&Aとは異なり、介護保険制度や許認可、資格者要件など、業界特有の注意点が多く存在します。そのため、「相場はどれくらいなのか」「どのような流れで進むのか」「何に注意すべきなのか」といった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
本記事では、福祉・介護事業のM&Aについて、業界の現状から、相場や売却価格の考え方、具体的な進め方、メリット・デメリット、制度面での注意点までを網羅的に解説します。
M&Aをすでに検討している方はもちろん、将来の事業承継に備えて情報収集を始めたい方にも、参考にしていただける内容となっています。
福祉・介護事業の現状
日本社会における高齢化の進展と介護需要の拡大
日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進行しています。
特に注目されているのが、75歳以上人口の増加です。総務省の統計でも、75歳以上の人口は今後も増え続けるとされており、医療・介護サービスの中心的な利用者層となっています。
政府はこの状況を受け、「高齢社会対策大綱」を策定し、介護・医療・住まい・生活支援を一体で提供する体制づくりを進めており、その中核を担うのが、福祉・介護事業者です。
現在、介護ニーズは施設入所型に限らず、在宅や地域密着型サービスへと広がりを見せています。
老人ホーム、有料老人ホーム、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)といった住まい系サービスに加え、通所介護(デイサービス)や訪問介護・訪問看護など、利用者の生活スタイルに応じた多様なサービスが求められています。
また、認知症高齢者の増加も大きな社会課題となっており、特別養護老人ホームや特養・グループホームといった専門性の高い施設の重要性は今後さらに高まると考えられています。
福祉・介護事業を支える制度と運営主体
福祉・介護事業は、介護保険制度を基盤として成り立っています。
介護保険制度は、介護保険法に基づき運営されており、利用者は原則1〜3割の自己負担でサービスを利用できる仕組みです。
この制度のもと、事業者は
- 指定居宅サービス事業者
- 指定居宅介護支援事業者
- 介護保険施設
福祉・介護サービスの提供主体は多様で、地方公共団体が設置・運営するケースもあれば、民間企業やNPOが担うケースもあります。
特に近年は、民間企業による介護事業参入が増加し、事業規模の拡大や多拠点展開が進んでいます。
一方で、制度に基づく安定収益がある反面、介護費用総額の抑制を目的とした政策の影響を受けやすい点も、この業界の特徴です。
実際に、介護報酬は数年ごとに見直されており、「令和3年度介護報酬改定」でも加算・減算の見直しが行われました。
深刻化する人手不足と現場の課題
福祉・介護事業が直面する最大の課題の一つが、慢性的な人手不足が挙げられます。
介護職員の高齢化や離職率の高さにより、必要な人材を確保できず、やむを得ず事業規模を縮小するケースも少なくありません。
また、業務負担の増加により、現場では疲弊が進みやすく、高齢者虐待防止・ハラスメント防止への対応も重要な経営課題となっています。適切な教育体制や内部ルールの整備が不十分な場合、行政指導や指定取消といった重大なリスクにつながる可能性もあります。
さらに、福祉・介護分野では高齢者だけでなく、障がい者を対象とした支援ニーズも拡大しており、障害福祉サービスや就労支援事業は、社会的意義が高い一方で、専門性や制度理解が求められる分野であり、運営の難易度は決して低くありません。
このように、福祉・介護事業は社会的ニーズが高まり続ける一方で、経営・人材・制度対応といった複数の課題を抱えています。
こうした背景の中で、事業の継続や成長を実現する手段として、M&A(合併・買収)が注目されるようになっています。
福祉・介護事業のM&Aの相場・売却価格の決まり方
福祉・介護事業におけるM&A市場の特徴
福祉・介護事業のM&Aは、他業界と比較していくつかの特徴があります。
最大の特徴は、成長戦略を目的としたM&Aよりも、事業承継を目的としたM&Aが多い点です。
介護事業の経営者は高齢層が多く、後継者不在を理由に売却を検討するケースが年々増えています。
一方、買い手側にとっても、慢性的な人手不足や新規指定取得のハードルの高さから、既存事業を引き継ぐM&Aは有効な選択肢となっています。
また、福祉・介護事業は介護保険制度に基づく報酬体系により、売上が比較的安定している点も特徴です。
そのため、短期的な成長性よりも、
- 利用者数の安定性
- 職員の定着状況
- 行政指導や返還リスクの有無
このような背景から、福祉・介護事業のM&Aでは、IT企業などのように高い倍率が付くケースは少ないものの、実態に即した堅実な価格で成立するケースが多いのが実情です。
売却価格を左右する主な評価ポイント
福祉・介護事業の売却価格は、単純に売上や利益だけで決まるわけではありません。複数の要素を総合的に判断して決定されます。
まず基本となるのが、年間売上高や営業利益、EBITDAといった財務指標です。
一般的には、EBITDAの数年分、または年商の一定倍率を目安として価格が検討されることが多くなっています。
加えて、介護事業特有の重要な評価ポイントとして、稼働率や利用者数が挙げられます。
たとえば、通所介護(デイサービス)や訪問介護・訪問看護では、登録利用者数や稼働率が安定しているかどうかが、評価に大きく影響します。
さらに、人材面も極めて重要です。
- 職員数
- 有資格者の割合
- 離職率や定着状況
そのほか、指定居宅サービス事業者や指定居宅介護支援事業者、介護保険施設といった指定内容や、過去の行政指導・返還リスクの有無も、売却価格を左右する重要な要素です。
サービス種別ごとの相場感の違い
福祉・介護事業のM&Aでは、提供しているサービスの種類によって、相場感に違いが見られます。
たとえば、
- 特別養護老人ホーム(特養)やグループホーム
- 有料老人ホーム
- サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)
一方、以下のような在宅系サービスは、地域性や競合環境の影響を受けやすいものの、少人数体制で効率的に運営されている事業者は、高く評価されるケースもあります。
- 通所介護(デイサービス)
- 訪問介護・訪問看護
- 福祉用具レンタル
また、障害福祉サービスや就労支援事業については、制度変更の影響を受けやすい反面、専門性や支援実績が評価され、近年は買い手からの関心が高まっています。
介護報酬改定と売却価格への影響
福祉・介護事業の売却価格を考えるうえで、介護報酬改定の影響は避けて通れません。
「令和3年度介護報酬改定」では、感染症対策やBCP(事業継続計画)の策定、処遇改善加算の取得などが重視される方向へと制度が見直されました。
そのため、
- 各種加算を適切に取得できている事業所
- 制度対応が進んでいる事業所
一方で、国全体としては介護費用総額の抑制が大きな課題となっており、今後も介護報酬体系の見直しは継続すると考えられます。
そのため、売却を検討する際には、現在の利益水準だけでなく、制度変更に対応できる運営体制かどうかも重要な判断材料となります。
相場を正しく理解するために大切な視点
福祉・介護事業のM&Aを検討する際、「いくらで売却できるのか」という点に注目が集まりがちです。
しかし実際には、
- どのような買い手に引き継ぐのか
- どのような条件で事業を承継するのか
特に、利用者や職員を抱える福祉・介護事業では、価格だけでなく、理念や運営方針の相性も非常に重要です。
事業の継続性や現場への影響も含めて総合的に検討することが、後悔のないM&Aにつながります。
福祉・介護事業における各種サービスの種類
施設系サービスの特徴とM&Aのポイント
福祉・介護事業の中でも、施設系サービスはM&A市場において安定した人気があります。
施設系サービスは、利用者が長期間入居するケースが多く、収益の見通しが立てやすい点が評価されやすいからです。
代表的な施設系サービスには、老人ホームが挙げられます。
老人ホームには、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム(特養)、グループホーム(特養・グループホーム)など、複数の形態があります。
特に、特養やグループホームは、認知症高齢者への専門的なケアを提供する施設として需要が高く、入居待ちが発生するケースも少なくありません。そのため、稼働率が高く、行政との関係性が安定している事業者は、M&Aにおいても高く評価される傾向があります。
また、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)は、住まいと生活支援サービスを組み合わせた形態であり、比較的自立度の高い高齢者を対象としています。運営形態の柔軟性が高く、民間企業による参入も多いため、買い手の幅が広い点が特徴です。
施設系サービスのM&Aでは、建物の所有関係(自社保有か賃貸か)、修繕履歴、職員配置基準の遵守状況などが、重要なチェックポイントとなります。
在宅系・地域密着型サービスの特徴
近年、国の方針として「施設から在宅へ」の流れが進んでおり、在宅系・地域密着型サービスの重要性は年々高まっています。
その代表例が、通所介護(デイサービス)です。
デイサービスは、利用者が日中に施設へ通い、入浴や食事、機能訓練などのサービスを受ける形態で、地域に根ざした運営が求められます。小規模な事業所も多く、事業承継型M&Aの対象となりやすい分野です。
また、訪問介護・訪問看護は、利用者の自宅を訪問してサービスを提供するため、初期投資が比較的少なく、地域ニーズに応じて柔軟な展開が可能です。一方で、人材の確保やスケジュール管理が経営の成否を左右するため、職員の定着率はM&Aにおいて特に重視されます。
さらに、福祉用具レンタル事業は、高齢者の自立支援を支える重要なサービスです。利用者数が安定している事業所は、継続的な収益が見込めるため、M&A市場でも一定の評価を受けています。 在宅系サービスのM&Aでは、地域のケアマネジャーや指定居宅介護支援事業者との関係性が、事業価値を大きく左右します。
障害福祉分野におけるサービスの広がり
福祉・介護事業は、高齢者向けサービスだけでなく、障がい者を対象とした支援分野でも拡大を続けています。
障害福祉サービスには、居宅介護、生活介護、共同生活援助(グループホーム)など、さまざまな形態があります。
これらのサービスは、利用者一人ひとりに合わせた支援が求められるため、運営には高い専門性が必要です。
特に近年注目されているのが、就労支援事業です。就労継続支援A型・B型などの事業は、障がい者の社会参加を促進する役割を担っており、社会的意義の高さから、買い手企業の関心も高まっています。
障害福祉分野のM&Aでは、制度改正への対応力や、支援実績、職員の専門性が重要な評価ポイントとなります。
制度理解が不十分なまま事業を引き継ぐと、運営に支障をきたす可能性があるため、慎重な検討が必要です。
サービス内容によって異なるM&Aの着眼点
福祉・介護事業のM&Aでは、提供しているサービス内容によって、重視すべきポイントが異なります。
施設系サービスでは、稼働率や建物条件が重要視される一方、在宅系サービスでは、人材と地域ネットワークが価値の源泉となります。また、障害福祉サービスでは、専門性と制度対応力が評価の鍵となります。
いずれのサービスにおいても共通して言えるのは、「数字だけでは測れない価値」が存在するという点です。
利用者との信頼関係や、地域に根ざした運営実績は、M&Aにおいても大きな強みとなります。
福祉・介護事業のM&Aのメリット
買い手側のメリット
【短期間で事業基盤を構築・拡大できる】
福祉・介護事業において、買い手がM&Aを活用する最大のメリットは、短期間で事業基盤を構築・拡大できる点です。
介護事業を新規に立ち上げる場合、指定取得、人材採用、利用者の獲得などに多くの時間とコストがかかります。
一方、M&Aで既存事業を引き継ぐことで、これらを一括で承継することが可能となります。
特に、株式譲渡により法人自体を承継することで、指定居宅サービス事業者や指定居宅介護支援事業者としての指定を引き継げる点は、事業運営上の大きな強みとなります。
【人材・ノウハウをそのまま引き継げる】
慢性的な人手不足が続く介護業界において、経験豊富な職員を確保できることは、買い手にとって非常に大きなメリットです。
M&Aであれば、既存の職員や現場ノウハウをそのまま引き継ぐことができ、サービス品質を維持したまま事業を継続することが可能です。特に、資格を持つ職員や管理者が在籍している事業所は、高く評価される傾向があります。
【地域での信頼・実績を活かせる】
福祉・介護事業は、地域との信頼関係によって成り立っています。
M&Aによって地域に根ざした事業者を引き継ぐことで、利用者や家族、医療機関、地方公共団体との関係性をそのまま活用することができます。
ゼロから地域との関係を構築する必要がない点は、買い手にとって大きなアドバンテージといえるでしょう。
売り手側のメリット
【後継者問題を解決できる】
福祉・介護事業の経営者は高齢化が進んでおり、後継者不在に悩むケースが増えています。
M&Aを活用することで、親族内や社内に後継者がいない場合でも、第三者に事業を引き継ぐことが可能です。
これにより、長年築いてきた事業を廃業せずに存続させることができます。
【利用者・職員を守りながら事業を引き継げる】
M&Aの大きな特徴は、事業だけでなく、利用者や職員も含めて承継できる点です。
廃業を選択した場合、利用者は別の事業所を探す必要があり、職員も雇用を失う可能性があります。
一方、M&Aであれば、サービス提供を継続しながら、雇用も維持されるケースが多く、関係者への影響を最小限に抑えることができます。
【経営者のリタイア資金を確保できる】
事業を売却することで、経営者はリタイア後の生活資金や、次の人生設計に必要な資金を確保することができます。
長年経営を続けてきた事業を適正な価格で評価してもらえる点は、売り手にとって大きなメリットといえるでしょう。
【経営基盤の強化につながる場合がある】
買い手企業の資本力やノウハウを活用することで、職員の処遇改善や設備投資が進み、事業運営がより安定するケースもあります。
結果として、利用者満足度の向上やサービス品質の維持・向上につながる可能性があります。
利用者・職員・地域にとってのメリット
福祉・介護事業のM&Aは、買い手と売り手だけでなく、利用者や職員、地域社会にとってもメリットがある取り組みです。
まず利用者にとっては、事業が継続されることで、住み慣れた環境や慣れ親しんだ職員によるサービスを引き続き受けられる点が大きな安心材料となります。
職員にとっても、M&Aによって雇用が維持されることは重要です。廃業となれば職を失う可能性がありますが、M&Aであれば雇用が引き継がれ、働き続けられる環境が確保されます。
また、地域にとっても、福祉・介護事業は欠かせない社会資源です。事業が存続することで、地域包括ケアの一翼を担い続けることができ、地方公共団体や医療機関との連携も維持されます。
福祉・介護業界におけるM&Aの社会的意義
福祉・介護事業のM&Aは、単なる企業取引ではなく、社会課題の解決につながる取り組みでもあります。
高齢化が進み、75歳以上人口が増加する中で、介護サービスの需要は今後も拡大していきます。一方で、人手不足や経営者の高齢化により、サービス提供体制が維持できなくなるリスクも高まっています。
そのような状況において、M&Aは事業を次世代へとつなぎ、持続可能な福祉・介護サービスを支える重要な手段となります。
事業を「終わらせる」のではなく、「次につなぐ」選択肢として、前向きに検討する価値があるといえるでしょう。
福祉・介護事業のM&Aのデメリット
買い手側のデメリット
【制度変更・介護報酬改定の影響を受けやすい】
福祉・介護事業は、介護保険制度に大きく依存しているため、制度変更や介護報酬改定の影響を受けやすいというデメリットがあります。
たとえば、介護報酬改定によって加算要件が変更された場合、想定していた収益を確保できなくなる可能性もあります。
M&A後にこうした制度変更が起こると、収支計画の見直しが必要になるケースもあります。
そのため、買い手側は、現在の収益だけでなく、制度変更に耐えられる運営体制かどうかを慎重に見極める必要があります。
【人材流出のリスクがある】
M&A後、経営体制や運営方針が変わることで、職員が不安を感じ、離職につながるケースもあります。特に、介護業界は人手不足が深刻であるため、少数の離職でも現場への影響は大きくなります。
買収後に十分な説明やフォローが行われない場合、
- 職場の雰囲気が悪化する
- サービス品質が低下する
M&Aを成功させるためには、職員とのコミュニケーションを重視し、安心して働き続けられる環境づくりが欠かせません。
【行政指導やコンプライアンスリスクを引き継ぐ可能性がある】
福祉・介護事業では、行政指導や監査が定期的に行われます。
過去に指導歴や返還リスクを抱えている事業所を買収した場合、その影響を引き継ぐ可能性があります。
特に注意が必要なのが、以下の内容です。
- 加算の算定要件未充足
- 書類不備や記録不足
- 高齢者虐待防止・ハラスメント防止への対応不足
これらの問題は、M&A後に発覚すると、事業運営に大きな支障をきたす恐れがあります。
そのため、デューデリジェンス(買収監査)を通じて、事前に十分な確認を行うことが重要です。
売り手側のデメリット
【経営の自由度が低下する可能性がある】
M&Aによって事業を譲渡すると、経営判断の最終権限は買い手側に移ります。そのため、これまで経営者自身の判断で進めてきた施策について、自由度が低下する可能性があります。
特に、M&A後も一定期間、現場に関与するケースでは、経営方針の違いにストレスを感じることもあります。事前に役割分担や関与範囲を明確にしておくことが大切です。
【経営理念や運営方針の違いによる摩擦】
福祉・介護事業は、経営理念やケアに対する考え方が非常に重要な分野です。
そのため、買い手企業との理念や運営方針に違いがあると、現場で摩擦が生じる可能性があります。
理念の違いが大きい場合、
- 職員のモチベーション低下
- サービス品質への影響
【条件次第では希望通りの売却ができない場合がある】
M&Aでは、必ずしも売り手の希望通りの条件で売却できるとは限りません。
- 希望価格に届かない
- 引継ぎ期間や役割に制約が付く
特に、業績が不安定な場合や、人材不足が深刻な場合には、条件面で調整が必要になることもあります。そのため、早めに準備を進め、複数の選択肢を持つことが重要です。
デメリットを理解したうえでM&Aを検討する重要性
福祉・介護事業のM&Aには、買い手・売り手双方にデメリットが存在します。
しかし、これらのデメリットは、事前の準備や適切な相手選びによって軽減できるものでもあります。
重要なのは、メリットだけでなく、デメリットも正しく理解したうえで、自社にとって最適な選択かどうかを判断することです。
信頼できる専門家や仲介会社に相談しながら進めることで、リスクを抑えたM&Aを実現しやすくなります。
福祉・介護事業のM&Aの流れ
福祉・介護事業のM&Aは、一般的な企業M&Aと基本的な流れは共通していますが、介護保険制度や指定、行政対応など、業界特有の注意点があります。
ここでは、売り手・買い手双方が押さえておくべきM&Aの流れを、STEPごとに解説します。
STEP1:売却・買収の目的を整理する
最初に行うべきことは、M&Aを行う目的を明確にすることです。
目的が曖昧なまま進めてしまうと、相手選びや条件交渉の軸が定まらず、途中で話が行き詰まってしまう可能性があります。
売り手側の場合、M&Aを検討する背景にはさまざまな理由があります。主な目的としては、次のようなものが挙げられます。
- 後継者不在による事業承継の課題解決
- 事業を廃業せず、サービス提供を継続すること
- 経営者自身のリタイア資金の確保
一方、買い手側においても、M&Aを行う目的は多岐にわたります。たとえば、以下のような目的が考えられます。
- 事業エリアの拡大や多拠点展開
- 人材不足を補うための人材確保
- 新規参入やサービスラインの拡充
このように、まずは自社にとってM&Aがどのような意味を持つのかを整理することが、最初の重要なステップとなります。
STEP2:案件探し/買い手探し・マッチング
目的が明確になったら、次に行うのが案件探し・買い手探しです。
この段階では、M&A仲介会社やマッチングプラットフォームを活用するケースが一般的です。
福祉・介護事業の場合、事業内容や運営環境によって、適した相手は大きく異なります。そのため、マッチングを進める際には、あらかじめ条件を整理しておくことが重要です。 具体的には、以下のような点が検討材料となります。
- サービス種別(デイサービス、訪問介護、老人ホームなど)
- 事業を展開している地域
- 事業規模(利用者数、職員数、売上規模など)
多くの場合、最初は事業者名を伏せた「ノンネーム情報」で打診が行われ、関心を示した相手と次のステップへ進む流れとなります。
STEP3:交渉開始・秘密保持契約(NDA)
具体的な情報開示に進む前に、秘密保持契約(NDA)を締結します。
NDAは、M&Aの検討過程で知り得た情報を第三者に漏らさないことを約束する重要な契約です。
福祉・介護事業では、取り扱う情報の性質上、特に慎重な対応が求められます。たとえば、次のような情報が含まれるためです。
- 利用者に関する情報
- 職員の個人情報や雇用条件
- 行政対応や監査に関する情報
NDA締結後、財務情報や事業内容の詳細が開示され、本格的な条件交渉がスタートします。
STEP4:基本合意
条件交渉が一定程度進んだ段階で、基本合意書を締結します。
基本合意書は、最終契約に向けた前提条件を整理するための書類です。
基本合意書には、主に以下のような内容が盛り込まれます。
- 想定される譲渡価格
- 譲渡スキーム(株式譲渡・事業譲渡など)
- 独占交渉権の有無
福祉・介護事業の場合、この段階で指定や許認可の承継が可能かどうかをあらかじめ確認しておくことが重要です。
基本合意は中間的な合意ではありますが、その後の交渉に大きな影響を与えるため、内容は慎重に確認する必要があります。
STEP5:デューデリジェンス(詳細調査)
基本合意後に行われるのが、デューデリジェンス(詳細調査)です。
このプロセスでは、買い手が売り手事業の実態を多角的に確認します。
福祉・介護事業のデューデリジェンスでは、一般的な財務・法務調査に加えて、業界特有の項目が重点的に確認されます。
具体的には、次のような点です。
- 介護報酬の算定状況や加算の取得状況
- 人員配置基準や運営基準の遵守状況
- 行政指導や監査の履歴
この段階で問題点が見つかった場合、条件の見直しや、場合によっては交渉自体が中止となることもあります。
STEP6:最終契約の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な条件に合意できた場合、最終契約(譲渡契約)を締結します。
最終契約書には、M&A成立後のトラブルを防ぐため、詳細な条件が定められます。
主な内容としては、以下のような項目があります。
- 最終的な譲渡価格と支払条件
- 譲渡日(クロージング日)
- 表明保証や補償条項
- 競業避止
- 引き継ぎに関する条件
また、契約内容とあわせて、行政への届出や指定承継に関する手続きスケジュールも確認しておくことが重要です。
STEP7:クロージング・引き継ぎ(PMI)
最終契約締結後、譲渡対価の支払いと事業引き継ぎが行われ、クロージングとなります。
その後は、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)と呼ばれる引き継ぎ・統合期間に入ります。
福祉・介護事業のPMIでは、事業の安定運営を実現するために、特に次の点が重要となります。
- 職員への丁寧な説明とフォロー
- 利用者および家族への周知
- 運営体制や業務ルールのすり合わせ
この引き継ぎが円滑に進むかどうかが、M&A成功の大きな分かれ目となります。
福祉・介護事業のM&A成功のポイント
福祉・介護事業のM&Aを成功させるためには、価格や条件だけで判断するのではなく、人・現場・地域との関係性を含めて総合的に考えることが重要です。
この章では、実務の現場で特に重視される成功のポイントを整理します。
数字だけで判断しないことが重要
【財務状況とあわせて事業の実態を確認する】
M&Aを検討する際には、売上や利益といった財務指標に目が向きがちですが、福祉・介護事業では数字だけでは判断できない要素が多く存在します。
帳簿上は黒字であっても、現場が疲弊している場合には、M&A後の運営に支障をきたす可能性があります。
そのため、財務情報に加えて、事業の実態についても丁寧に確認することが重要です。
具体的には、次のような点を把握しておく必要があります。
- 現場の雰囲気や職員の定着状況
- 管理者やキーパーソンの役割と影響力
- 利用者との関係性や満足度
これらを事前に確認しておくことで、M&A後のギャップを最小限に抑えることができます。
【介護報酬や加算への依存度を把握する】
福祉・介護事業は、介護保険制度に基づく報酬や各種加算によって収益が成り立っています。
そのため、どの加算によって収益が支えられているのかを把握せずにM&Aを進めると、制度変更時に大きな影響を受ける可能性があります。
事前に確認しておくべきポイントとしては、次のような点が挙げられます。
- 取得している加算の種類と算定根拠
- 加算要件を満たすための人員配置や運営体制
- 将来の制度改正による影響の大きさ
現在の利益水準だけでなく、将来的な安定性を見極める視点が重要です。
人材・職員への配慮を最優先に考える
【職員への情報開示と丁寧なコミュニケーション】
福祉・介護事業において、職員はサービス品質を支える最も重要な存在です。
そのため、M&Aの進め方によっては、職員が不安を感じ、離職につながるリスクもあります。
M&Aを成功させるためには、職員への配慮を後回しにせず、適切なタイミングと方法で説明を行うことが重要です。
特に意識すべき点として、以下のような事項があります。
- 不安を過度にあおらない説明の仕方
- 雇用条件や役割変更の有無の明確化
- 管理者やリーダー層への早期共有
職員が安心して働き続けられる環境を整えることが、結果として利用者満足度の維持・向上につながります。
【現場を支えるキーパーソンを軽視しない】
福祉・介護事業では、管理者やベテラン職員など、現場を支えるキーパーソンの存在が事業運営に大きな影響を与えます。
M&A後にこうした人材が離職してしまうと、現場の混乱やサービス品質の低下につながる可能性があります。そのため、M&A前の段階から、次のような点を整理しておくことが重要です。
- 誰がキーパーソンとなっているのか
- その人物が抜けた場合の影響度
- 引き継ぎやフォローの体制
人材面のリスクを把握し、事前に対策を講じることが、M&A成功の大きなポイントとなります。
利用者・地域との関係性を大切にする
【利用者・家族への丁寧な説明を行う】
福祉・介護事業のM&Aでは、利用者やその家族への配慮も欠かすことができません。
経営者や運営主体が変わることに対して、不安を感じる利用者や家族は少なくありません。
M&A後には、サービスが継続されることや、職員体制に大きな変更がないことなどを、丁寧に説明する必要があります。
特に意識すべきポイントとして、次の点が挙げられます。
- サービス内容や提供体制が継続されること
- 利用者の生活環境に大きな変化がないこと
利用者や家族の理解を得ることが、安定した事業運営につながります。
【地域・関係機関との連携を維持する】
福祉・介護事業は、地域包括ケアの一翼を担う存在であり、地域や関係機関との連携が不可欠です。
M&A後も円滑な運営を続けるためには、これまで築いてきた関係性を丁寧に引き継ぐ必要があります。
具体的には、次のような対応が求められます。
- 医療機関や指定居宅介護支援事業者への早期挨拶
- 地方公共団体への情報共有
- 運営方針や体制変更の説明
こうした対応を怠らないことが、地域からの信頼維持につながります。
BCPとガバナンス体制を整える
【BCP(事業継続計画)を含めた体制整備を行う】
近年の制度改正では、BCP(事業継続計画)の策定と運用が重視されています。
M&Aは、既存の運営体制を見直し、BCPを含めた仕組みを整備する良い機会でもあります。
BCP整備にあたっては、次のような点を整理しておくことが重要です。
- 災害や感染症発生時の対応フロー
- 職員の役割分担
- 緊急時の連絡体制
実効性のある計画を整えることで、事業の安定性を高めることができます。
【ガバナンス・コンプライアンス体制を強化する】
M&Aをきっかけに、運営ルールや内部管理体制を見直すことは、長期的な事業安定につながります。
特に、高齢者虐待防止・ハラスメント防止への対応は、事業継続に直結する重要なテーマです。
制度やルールを整備するだけでなく、現場に浸透させることが重要であり、次のような取り組みが求められます。
- 職員への継続的な研修
- 相談・報告体制の明確化
- 定期的な運用状況の確認
ガバナンス体制を強化することで、M&A後のトラブルを未然に防ぐことができます。
福祉・介護事業のM&Aに際しての注意点
福祉・介護事業のM&Aでは、一般的な企業M&Aと異なり、許認可や資格、法令遵守といった制度面の確認が極めて重要です。
これらを見落としたままM&Aを進めてしまうと、事業の継続そのものが困難になるリスクがあります。
この章では、福祉・介護事業ならではのM&A上の注意点を、制度・実務の観点から整理します。
許認可・指定の承継に関する注意点
【介護保険事業の「指定」は自動的に引き継がれない】
福祉・介護事業のM&Aで最も注意すべき点の一つが、介護保険事業の指定の扱いです。
介護保険事業は、介護保険法に基づき、地方公共団体から指定を受けて運営されています。
M&Aのスキームによっては、指定が自動的に引き継がれない場合があります。特に、事業譲渡の場合には、原則として新たに指定を取り直す必要があります。
この点を理解せずに進めてしまうと、次のような問題が生じる可能性があります。
- 一時的に介護保険サービスが提供できなくなる
- 利用者への影響が生じる
- 売上が途絶える期間が発生する
そのため、M&Aの初期段階から、指定承継の可否や手続きについて、行政や専門家に確認しておくことが重要です。
【事業譲渡と株式譲渡で対応が異なる】
福祉・介護事業のM&Aでは、株式譲渡と事業譲渡のどちらを選択するかによって、許認可対応が大きく異なります。
株式譲渡の場合、法人自体は変わらないため、指定が原則として継続されるケースが多くなります。
一方で、事業譲渡の場合には、指定の新規取得が必要となることが一般的です。
そのため、スキーム選択の段階で、次のような点を慎重に検討する必要があります。
- 指定取得にかかる期間
- 行政との事前協議の必要性
- 引き継ぎ期間中の運営方法
スキーム選択は、価格だけでなく、実務面への影響も踏まえて判断することが重要です。
資格者・人員配置基準に関する注意点
【有資格者が退職すると指定要件を満たさなくなる可能性がある】
福祉・介護事業では、サービス種別ごとに配置が義務付けられている資格者が存在します。
M&A後に、これらの資格者が退職してしまうと、指定要件を満たさなくなるリスクがあります。
特に注意が必要なのは、次のような資格です。
- 管理者
- 介護福祉士や看護師
- サービス管理責任者、児童発達支援管理責任者
M&A前の段階で、誰が要件を満たしているのかを把握し、退職リスクへの備えを検討しておくことが重要です。
【人員配置基準を下回るリスクへの備え】
介護保険事業では、人員配置基準を下回ると、指定取消や報酬返還といった重大なリスクが生じます。
M&A後は、組織変更や役割変更により、人員体制が不安定になることもあります。
そのため、事前に次のような点を確認しておく必要があります。
- 現在の人員配置が基準を満たしているか
- 欠員が出た場合の代替体制
- 採用計画や外部人材の活用可能性
人員体制は、M&A後の安定運営を左右する重要な要素です。
介護保険法・関連法令への対応
【介護保険法に基づく運営ルールの確認】
福祉・介護事業は、介護保険法をはじめとする法令に基づいて運営されています。
M&Aを行う際には、これらの法令を正しく理解したうえで、現行の運営が適正かどうかを確認する必要があります。
特に、次のような点は重点的に確認すべき項目です。
- 介護記録や帳票類の整備状況
- サービス提供内容と報酬請求の整合性
- 過去の行政指導や監査履歴
法令違反が後から発覚した場合、買い手にとって大きなリスクとなります。
【返還リスク・行政指導履歴の確認】
介護報酬の請求誤りや算定要件の未充足があった場合、報酬返還を求められることがあります。
この返還リスクは、M&A後に発覚するケースも少なくありません。
そのため、過去の運営状況について、次のような点を事前に確認しておくことが重要です。
- 行政指導や監査の有無と内容
- 是正対応が完了しているかどうか
- 将来的なリスクが残っていないか
リスクを正しく把握したうえで条件交渉を行うことが、M&A後のトラブル防止につながります。
M&A後を見据えた制度対応の重要性
【制度対応はM&A後も継続的に必要となる】
福祉・介護事業における制度対応は、M&Aのタイミングだけで終わるものではありません。
介護報酬改定や制度改正は定期的に行われるため、M&A後も継続的な対応が求められます。そのため、M&Aの検討段階から、次のような視点を持つことが重要です。
- 制度変更に対応できる体制があるか
- 行政とのコミュニケーションが円滑に取れているか
- 専門家と連携できる環境があるか
【専門家の関与がM&A成功を左右する】
福祉・介護事業のM&Aでは、一般的なM&A知識だけでなく、介護制度や法令への理解が不可欠です。
そのため、制度に詳しい専門家や仲介会社のサポートを受けながら進めることが、成功の可能性を高めます。
制度面の確認を怠らず、慎重に進めることが、安心・安全なM&Aにつながります。
福祉・介護事業のM&Aに関するよくある質問
福祉・介護事業のM&Aは、制度や運営の特殊性から、不安や疑問を持たれることが多い分野です。
ここでは、実際に経営者から寄せられることの多い質問について、分かりやすく解説します。
Q1. 赤字の福祉・介護事業でもM&Aは可能ですか?
赤字であっても、福祉・介護事業のM&Aが成立するケースはあります。
M&Aでは、現在の損益だけでなく、将来的な改善余地や事業の継続性も評価対象となるためです。
特に、次のような事情がある場合には、買い手から評価される可能性があります。
- 一時的な人手不足や設備投資によって赤字となっている
- 利用者数やニーズは安定している
- 経営管理や運営体制を見直す余地がある
重要なのは、赤字の理由を整理し、改善の可能性を説明できる状態にしておくことです。
Q2. 小規模な事業所でも売却のニーズはありますか?
はい、小規模な事業所であっても、十分にM&Aの対象となります。
福祉・介護業界では、特にデイサービスや訪問介護などの小規模事業所が、事業承継型M&Aとして多く取引されています。
規模に関わらず評価されやすい事業所の特徴としては、次のような点が挙げられます。
- 地域に根ざした運営ができている
- 利用者との関係性が安定している
- 管理体制や記録類が適切に整備されている
「小さいから売れない」と判断する前に、まずは情報収集や相談を行うことが大切です。
Q3. 個人事業主でもM&Aはできますか?
個人事業主であっても、福祉・介護事業のM&Aは可能です。
実務上は、事業譲渡という形で進めるケースや、譲渡前に法人化を行うケースが多く見られます。
個人事業の場合には、特に次の点に注意が必要です。
- 契約関係や資産の整理
- 事業と個人財産の切り分け
- 許認可や指定の扱い
スキームの選択によって手続きが大きく変わるため、早い段階で専門家に相談することが重要です。
Q4. 職員や利用者には、いつM&Aの話を伝えるべきですか?
職員や利用者への説明タイミングは、M&Aにおいて非常に重要なポイントです。
一般的には、基本合意後から最終契約前後のタイミングで、段階的に説明するケースが多くなります。
説明にあたって意識すべき点としては、次のようなものがあります。
- 不確定な情報を早い段階で伝えすぎないこと
- 突然の発表にならないよう配慮すること
- 雇用やサービスが継続されることを丁寧に伝えること
特に職員への説明は、離職リスクを抑えるうえで非常に重要です。
Q5. M&Aにかかる期間はどれくらいですか?
福祉・介護事業のM&Aにかかる期間は、案件の内容や条件によって異なりますが、おおむね6か月から1年程度が目安となります。
一般的には、次のようなプロセスを経て進められます。
- 相手探し・マッチング
- 条件交渉・基本合意
- デューデリジェンス・最終契約
許認可や指定の手続きが関係する場合には、さらに時間がかかることもあるため、余裕を持ったスケジュールが必要です。
Q6. 介護保険の指定はそのまま引き継げますか?
介護保険の指定が引き継げるかどうかは、M&Aのスキームによって異なります。
株式譲渡の場合は、法人自体が存続するため、指定が継続されるケースが一般的です。
一方、事業譲渡の場合には、新たに指定を取得する必要が生じることが多くなります。
そのため、事前に次の点を確認しておくことが重要です。
- どのスキームを選択するか
- 指定承継や新規取得にかかる期間
- 行政との事前協議の要否
指定の扱いは、事業継続に直結するため、慎重な確認が欠かせません。
Q7. M&A後、経営者はすぐに退任できますか?
M&A後の経営者の関与期間は、契約内容や事業の状況によって異なります。
福祉・介護事業では、引き継ぎの重要性から、一定期間関与を求められるケースが一般的です。
多くの場合、次のような理由から引き継ぎ期間が設けられます。
- 利用者や職員との関係性の引き継ぎ
- 行政対応や運営ノウハウの共有
- 管理体制の安定化
希望する関与期間がある場合には、事前に整理したうえで条件交渉を行うことが大切です。
Q8. M&Aを検討するタイミングは、いつが適切ですか?
M&Aは、経営が行き詰まってから検討するものではなく、余力があるうちに準備を始めることが理想的です。
経営状況が安定している時期のほうが、選択肢が広がり、条件面でも有利になりやすくなります。
そのため、次のような行動を早めに行っておくことが有効です。
- 市場動向や相場感を把握する
- 将来の事業承継について整理する
- 専門家から情報収集を行う
「まだ売らない」段階でも、準備を始めておくことが後悔しない判断につながります。
まとめ
福祉・介護事業は、高齢化の進展や75歳以上人口の増加を背景に、今後も社会に不可欠な役割を担い続ける分野です。
一方で、人手不足や経営者の高齢化、制度対応の複雑さなど、事業継続に関する課題も年々大きくなっています。
こうした環境の中で、福祉・介護事業のM&A(合併・買収)は、単なる売買ではなく、事業を次の世代へ引き継ぐための重要な選択肢として注目されています。
本コラムでは、福祉・介護事業の現状から、M&Aの相場、サービス別の特徴、メリット・デメリット、具体的な流れ、成功のポイント、制度面での注意点、そしてよくある質問までを整理してきました。
あらためて、特に重要なポイントを振り返ります。
まず、福祉・介護事業のM&Aでは、数字だけで判断しない視点が欠かせません。売上や利益だけでなく、人材、現場の安定性、地域との関係性といった要素が、事業価値を大きく左右します。
次に、M&Aを成功させるためには、人と制度の両面に目を向けることが重要です。職員や利用者への配慮、キーパーソンの引き継ぎに加え、許認可や資格者、介護保険法など、制度面の確認を怠らないことが、長期的な安定運営につながります。
さらに、M&Aは「限界になってから検討するもの」ではなく、余力があるうちに準備を始めることが大切です。早めに情報収集を行い、選択肢を持っておくことで、より納得感のある判断がしやすくなります。
福祉・介護事業は、利用者や職員、地域社会の生活を支える大切な社会インフラです。M&Aは、その価値ある事業を「終わらせない」ための前向きな選択肢であり、次の担い手へとバトンをつなぐ手段でもあります。
将来の事業承継や経営の方向性に少しでも不安や悩みを感じている場合は、まずは情報収集から始めてみることをおすすめします。適切なタイミングで準備を進めることが、福祉・介護事業の持続的な発展につながっていくはずです。